東京大学医学部附属病院 心臓外科・呼吸器外科

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肺マッピングと精密ナビゲーション肺切除手術

2026.07.22

肺マッピングとは?

近年のCT検査の高解像度化により、肺の中に多くの小さなしこり(結節)が見つかるようになりました。これらの中には小型の原発性肺がんや、他の部位の悪性腫瘍から転移してきた転移性肺腫瘍を疑うものが多く含まれ、手術による診断や治療が必要となります。手術では、これらの小さな結節の部位を正確に確認し、悪性腫瘍の場合は十分な余裕(切除マージン)を確保した切除が必要になります。さらに、無駄に多くの肺組織を切除すれば、患者さんの呼吸機能や生活の質(QOL)の低下をきたすリスクがあるため、過不足のない切除を行う必要があります。しかしこれは容易なことではありません。小さな肺結節を手術中に見つけることは、場合によっては浜辺で針を探すように難しく、さらに、昔は大きく胸を開けて、肺を直接手で触って肺結節を探していましたが、小さな穴から手術を行う胸腔鏡手術やロボット支援手術が一般的となった現在では、肺を指で触ること自体が容易ではありません。
このような時代の変化を背景に、手術中に小さな肺結節を見つけるために肺に印(しるし)をつける様々な方法(マーキング法)が提案されてきました。しかし方法によっては気胸や空気塞栓症などのリスクが問題になることもあり、また従来のマーキング法は必ずしも結節自体を指し示すわけではないため、マーキング位置から腫瘍の位置を推定し、そこから十分なマージンをさらに推定する必要がありました。つまり精密な肺切除を行うために1か所の印ではどうしても不十分になる場合がありました。
このような状況を打開するために発想を転換し、肺に複数の印をつける「肺マッピング」の考え方をはじめて導入したのが、以下に説明するVAL-MAP法です(下記「気管支鏡バーチャル3D肺マッピング(VAL-MAP)」参照)。この方法自体は、手術前に気管支鏡で肺の中から複数の印を肺につけることで、肺方面に「地図を描く」やり方です。VAL-MAP法は、2012年の開発以降、国内外で様々な形で進化を遂げてきました。
さらに、最近東大病院の手術室では、手術中にCT撮影を行えるO-arm(オーアーム)が導入されました。これを用いて、全身麻酔導入後に、外科用のクリップを用いて肺の表面に複数の印をつける新たな肺マッピング方法がはじまっています(下記「O-arm(術中CT)を用いた肺マッピング」参照)。
さらに2026年、これまでの肺表面のマッピングでは不足していた深さ(肺表面からの距離)の情報を補うVAL-MAPコイルが医療機器として承認されました。深部病変に対する3次元的な精密切除を可能にする手法として普及が期待されます(下記「VAL-MAP 2.0: コイル併用3次元肺マッピング」参照)。

進化する「肺マッピング」のコンセプトと方法

気管支鏡バーチャル3D肺マッピング(VAL-MAP)

VAL-MAPとは?

微小肺病変に対する外科的診断・治療に際して行われる術前CTガイド下マーキングは、空気塞栓による心筋梗塞・脳梗塞、出血、気胸の合併症が報告されており、部位による制限も多くありました。これに代わる方法として筆者(佐藤雅昭)が京都大学(当時)で2012年に開発したのが、Virtual Assisted Lung Mapping (VAL-MAP)法です。高解像度CT画像を基に3次元再構成したバーチャル気管支鏡をガイドにして、気管支鏡下に少量の染料(インジゴカルミン)を肺表面に吹き付け印をつけます。複数個所(2-6箇所程度)の印を同時につけることで、可塑性に富む「肺」という臓器の表面に角度、相対的距離といった位置情報を与えることができるため「マッピング」と呼んでいます。

VAL-MAPにより肺に描いた「地図」(A)CTで認められた肺癌疑いのすりガラス様病変に対して(B)3Dバーチャルイメージで地図を設計、それぞれのマーキングポイントに至る気管支をバーチャル気管支鏡で計算して、(C)のような4点のマーキングを頼りに右肺S8a亜区域切除術を施行。過不足のない切除を行った。手術時間は1時間半程度、診断は肺癌(腺癌)だった。(文献1より一部改編し許諾を得て掲載)

  • Sato M, Omasa M, Chen F, Sato T, Sonobe M, Bando T, Date H. Use of Virtual Assisted Lung Mapping(VALMAP), a bronchoscopicmulti-spot dye-marking technique using virtual images, for precise navigation of thoracoscopic sublobar lung resection. J Thorac Cardiovasc Surg.2014;147(6):1813-9.

当院では手術の前日、または当日朝に、内視鏡室で喉に局所麻酔をして気管支鏡を行います。胃カメラに似た処置ですが、点滴から鎮静薬を少量入れて行うため、患者さんはほとんど処置のことを覚えておらず、苦痛の少ない処置が可能です。約20分ほどの間に、目標とする気管支から1.8mm径の細いカテーテルをいれ、その先端が胸膜(肺の一番外側)に達していることをレントゲン透視で確認して、1ccのインジゴカルミン(青い色素)を注入します。この色素は広く胃カメラなどでも使用され、食品添加物にも用いられる安全なものです。この処置が終わったらCTを撮影し、実際に肺のどこに印がついたかを確認し、さらにこれを3次元に構成して最終の手術計画をたてます。こうすることで、印の実際の位置が多少計画とずれていても、この段階で手術計画を修正することができるため、VAL-MAPの高い精度を維持することができます。VAL-MAPのまれな合併症(約4%)として気胸がありますが、通常ごく軽微なものであり、これまで治療が必要だったことはありません。その他の危険性、合併症については担当医にご相談ください。

(A)バーチャル気管支鏡、(B)VAL-MAPに使用するカテーテル、(C)実際の気管支鏡写真と目標気管支へのカテーテル挿入、(D)レントゲン透視でのカテーテル位置の確認。

肺にみつかった小さな2つのすりガラス病変。3か所のマッピングを行い、肺部分切除を施行。手術時間は30分程度、いずれも早期の肺腺癌だった。(文献1より一部改編し許諾を得て掲載)

この方法が特に有効と思われるのは、胸腔鏡を用いた手術では指で触れて確認することが難しい小さな病変や、CTですりガラス様陰影を呈するやわらかい病変、また確実な切除マージンを確保した過不足のない切除を必要とする手術などです。

VAL-MAPのよい適応と考えられる手術・病変
  • 原発性肺癌が疑われる小さなすりガラス様病変(ground glass nodule)
  • 小さな転移性肺腫瘍
  • 複雑な区域切除
  • 葉間にまたがり、切除マージンの確保が重要なすりガラス様病変
  • 胸膜癒着が予想され、肺部分切除・区域切除が必要な場合

VAL-MAPは従来のマーキング法を超えて、胸腔鏡下の精密縮小手術(肺部分切除、区域切除)を可能とする次世代の手術ナビゲーションシステムであり、世界からも注目されています。VAL-MAPを用いた手術の有効性、再現性を検証するmulti-institutional lung mapping study (MIL-MAP) Studyが日本国内の20近い施設で進行し、2016年4月までに500件の症例集積がなされ、高い有効性と安全性が示されました。また最近、これらの試験に参加いただいた患者さんの経過が、長期的にも良好で再発が少ないことが示されました。

先進医療を経てVAL-MAPが保険医療として実施可能となりました

2016年9月から2017年7月まで、当院が主施設となり全国17施設で実施された先進医療『微小肺病変に対する切除支援気管支鏡下肺マーキング法の非対照非盲検単群試験(臨床試験登録番号:UMIN000022991)』を経て、現在インジゴカルミンを用いたVAL-MAPは保険診療として実施可能になっています(2018年3月8日付、関東信越厚生局東京事務所からの通知による)。これにより、全国のどの施設でも、この方法を用いて手術中同定困難な肺内小病変の切除を行うことができるようになりました。

より感度の高い蛍光色素を用いたICG併用VAL-MAP

従来のVAL-MAPは、肺の炭粉沈着などで見えにくいことがあったため、2020年10月より、当院では蛍光胸腔鏡下で高感度に視認可能なインドシアニングリーン(ICG)を併用したVAL-MAP dual staining(DS)を導入しました。VAL-MAP DS法は、柳谷昌弘助教が関連施設であるNTT東日本関東病院在籍時に開発したものです。
さらにその信頼性を確認するため、2023年~2024年に当院では、長野匡晃助教(現在は国立国際医療センター)を中心に特定臨床研究を実施し良好な結果を得ました。今後保険診療への展開が期待されます。またVAL-MAP後に撮影するCTでマッピング位置の確認を容易にするため京都大学で開発された、造影剤を併用する方法も取り入れています。

O-arm(術中CT)を用いた肺マッピング

従来のVAL-MAP法は、基本的に手術の前日または当日朝に、内視鏡室で局所麻酔下・鎮静下に気管支鏡を用いて肺に複数の色素の印をつける肺マッピング法でした。最近同大病院では、手術室でのCT撮影がO-armの導入によって可能となりました。このため、病変の位置や性質、患者さんの状態等によっては、手術室で全身麻酔をかけたあとに、直接肺の表面にサージカルクリップ等をもちいてマッピングを行い、その位置と病変の位置関係をCTで確認して、そのまま切除する方法も導入しています。VAL-MAP法と比べ、まだ症例数は少ないですが、患者さんの負担を軽減しつつ遜色のない結果が得られる可能性があり、さらに後述のVAL-MAPコイルによる3次元マッピングへの展開も期待されます。

  • Nakao K, Karasaki T, Cong Y, Akamine T, Yanagiya M, Nagano M, Kawashima M, Toyokawa G, Konoeda C, Sato M. Intraoperative mobile CT and virtual-assisted lung mapping for pulmonary nodule localization: workflow characteristics and radiation dosage in a single-center experience. Gen Thorac Cardiovasc Surg. 2026 Jun 25. doi: 10.1007/s11748-026-02342-3. Epub ahead of print. PMID: 42347901.

深部情報を含めた3次元肺マッピングを可能にするVAL-MAPコイル併用VAL-MAP:VAL-MAP 2.0

前述のようにインジゴカルミンを用いたVAL-MAPは保険診療として実施可能となりましたが、同時に先の先進医療では、切離ラインが深部に及ぶ場合には、十分な切除マージンが確保できない可能性が高まることが新たに分かりました。この部分を強化すべく新たに開発したのが、気管支鏡下に色素マーキングを行うと同時に、気管支内に血管塞栓用のマイクロコイルを留置し、手術中はX線透視も活用して3次元のマッピングを基に肺を切除する次世代のVAL-MAP(VAL-MAP2.0)です。

マイクロコイル併用VAL-MAP(VAL-MAP 2.0)の概念図(上)と実際の症例(下)。
従来のVAL-MAPでは対応が難しいこともあった深部の病変に対して、さらに精度の高いマッピングと手術が可能になった。

これにより、従来のVAL-MAPを用いても確実な切除がむずかしかった病変に対しても、さらに精度の高い切除が可能になると期待されます。この方法は当院での特定臨床研究を2018年に実施・終了し、良好な結果がえられました。

この結果を受けて2019年2月より、当院が主施設となり、VAL-MAP法で実績のある全国8施設(東北大学、東京大学、東京医科歯科大学(現、東京科学大学)、聖路加国際病院、湘南鎌倉総合病院、島根県立中央病院、徳島大学、産業医科大学)で先進医療Bとして多施設での臨床試験を行いました。

本試験の結果はきわめて良好で、当該分野で最も権威のある学術誌、The Journal of Thoracic and Cardiovascular Surgeryに掲載されました。

  • Sato M, Kobayashi M, Sakamoto J, Fukai R, Takizawa H, Shinohara S, Kojima F, Sakurada A, Nakajima J. The role of virtual-assisted lung mapping 2.0 combining microcoils and dye marks in deep lung resection. J Thorac Cardiovasc Surg. 2022;164(1): 243-251.

そして2026年、VAL-MAP 2.0に用いるマイクロコイルが、「VAL-MAPコイル」としてPMDAからの医療機器承認を受け、共同研究開発を行ってきた株式会社パイオラックスメディカルデバイスより発売されることになりました。
今後の国内外への普及、展開が期待されます

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