沿革
東京大学医学部呼吸器外科の前史は1893年(明治26年)に開講した第二外科学教室に始まる。外科学が体表の疾患から腹部・胸部の疾患の治療へと発展した時期である。
1916年我が国では初めて日本外科学会にて肺臓外科の宿題報告が行われたとあるが、第二外科学教室においても、既に第二次大戦前から主に肺結核の外科治療と研究が盛んに行われていた。当時は主に肺虚脱を目的とした胸郭成形術が局所麻酔下に行われていた。都築 正男 教授(1917卒)は肺結核治療を教室の主題とし、1934年からCoryllos氏変法胸成術を行い、1942年には日本外科学会での宿題報告を行った。
既に欧米では戦前から気管内麻酔による手術が行われていたが、日本では当時「平圧開胸論争」を経て自発呼吸による開胸術が行われていた。より安全な気管内挿管・人工呼吸下全身麻酔が肺切除では必要とされたが、第二外科 林 周一 先生(1941卒)は1950年に日本初の気管内麻酔器を作成し臨床に応用した。翌年の日本外科学会総会では本器を用いた肺切除術の供覧が福田 保 教授(1920卒)のもとで行われた。
肺結核の治療は抗結核薬の発明後は外科手術から内科治療に移り、その後の呼吸器外科は肺癌をはじめとする悪性腫瘍が主な対象疾患となっていった。我が国における肺癌治療は1920年代には既に報告が散見されたが、戦後10年を経たころから国内では肺癌治療の研究が盛んになった。第二外科学教室では1950年右肺癌に対する肺全摘が卜部 美代志 先生(1933卒)によって行われた。縦隔腫瘍に対する手術治療は1950年の成熟奇形腫切除(福田教授)から始まった。1954年重症筋無力症(MG)(胸腺腫合併例)に対する胸腺摘除が胸骨正中切開下腫瘍・胸腺全摘が木本 誠二 教授(1931卒)執刀で行われ、術後呼吸補助は「鉄の肺」を用いたとある。1955年には縦隔腫瘍全国統計を行い(卜部先生)我が国における先進的役割を果たしていた。
1964年第二外科学教室から胸部外科教室が分かれ、木本誠二先生が初代教授となり、心臓血管外科と呼吸器外科の診療・研究・教育を担当した。当時より肺癌、縦隔腫瘍、重症筋無力症の臨床研究がつづけられた。1981年に心肺移植(Reitz)、1983年に肺移植(Cooper)の長期生存例が報告された時期には胸部外科では臨床応用を目指したニホンザルを用いた同種心肺移植ならびに肺移植研究を行い、長期生存を得るに至った。
1990年代から低侵襲手術である胸腔鏡が次第に行われるようになったが、胸部外科ではいちはやく胸腔鏡を臨床に応用し、1992年から胸腔鏡下手術を開始するとともに、臨床研究を活発に行った。1993年には肺気腫に対する胸腔鏡手術、1996年には原発性肺癌に対する胸腔鏡下肺葉切除を開始した。
1995年 本学の大学院制度再整備により、当時古瀬 彰教授(1961年卒)が主宰された胸部外科学教室は研究体制としては外科学専攻臓器病態外科学講座 心臓外科および呼吸器外科の2科に分かれ、臨床では医学部附属病院心臓外科と呼吸器外科の2科となり、呼吸器外科が形式的に独立した。1997年 髙本 眞一先生(1973年卒)が心臓外科および呼吸器外科の2科の教授を務めることとなった。大学院大学再編により、大学院の研究環境が充実し、現在に至るまで肺癌の臨床・基礎的研究、肺・気管移植研究を中心とした基礎的・高度な研究が行われるようになった。
2004年から当教室を親講座として寄附講座「免疫細胞治療学」が開設された。原発性肺癌・転移性肺腫瘍・胸膜中皮腫を対象としたがん免疫治療の臨床および基礎研究を当科と協力しながら行っている。
肺移植については、当科から申請した「同種肺移植の臨床実施」が2009年2月に承認された。2011年4月に中島 淳(1982年卒)が呼吸器外科教授に就任し、さらに肺移植実施が可能となるための必要条件の設備を行った結果、2014年3月移植関係学会合同委員会の承認を得、東大病院は国内9番目の脳死ドナー肺移植の新規認定施設となった。2014年度に入り肺移植適応患者の登録を開始した。並行して、2014年8月「生体ドナー肺を用いた肺移植(生体肺移植)の実施」について倫理委員会の承認を得、2015年4月、当院第1例目となる特発性肺線維症の患者さんに対する生体部分肺移植術を施行した。同年7月には脳死ドナー肺による両肺移植が施行された。
呼吸器外科を標榜する教室の関連病院としては、8病院に教室出身者が勤務している。2015年度初期臨床研修医開始者からは全科において新しい専門医制度が発足するが、東大病院を基幹施設とした関連病院とのグループを形成し、呼吸器外科専門医を育成するためのプログラムをすでに用意し、基幹となる新外科専門医制度の整備を待っている状態である。呼吸器外科を目指す医師の修練において十分な環境を準備済の状況である。臨床だけでなく、研究面においても多施設共同研究の実施が可能なシステムを構築し、大規模臨床研究が可能な環境を整備している。現在の大学病院においては教育・研究・診療のすべてが求められており、一般的な治療の実施による学生および医師卒後教育のみならず、今後の呼吸器外科疾患の治療効果を改善させるための新たな試みを行う、また行いやすい環境を整備するためにさらに努力を続けている。