肺移植後の長期フォロー
2015.06.15
肺移植は多くの末期呼吸不全の患者さんにとって、生きる希望となる医療です。2014年に肺移植認定施設となった当院は、2015年4月第1例目の肺移植(生体肺移植)を実施し、本格的に肺移植実施施設として動き始めました。
しかし肺移植は、移植手術を受けて終わりではありません。むしろそこからが、新たな、そして決して易しくはない生活・健康管理のスタートとなります。その難しさは、世界的には肺移植後5年の生存率が約50%(1)(日本では5年生存率約70%(2))に留まるという、心臓・肝臓など他臓器の移植と比べると厳しい数字になって現れています。肺移植によって繋いだ命をいかに大切にして日々を過ごしていただくか、肺移植を受けられた患者さんにとっても、ご家族にとっても、肺移植を実施する私たちにとっても、非常に重要な問題です。東京大学肺移植プログラムでは、既に他施設で肺移植を受けた複数の患者さんのフォローアップも行っていますが、今後ますます増えるであろう肺移植後患者さんが、充実した健康的な生活を送れるよう取り組んでいきます。このコラムでは、なぜ肺移植「後」が難しいのか、そしてどのような解決策があるのかを、できるだけわかりやすく解説します。
肺移植「後」の難しさはどこから来るのか?
肺移植は手術そのもののリスクもさることながら、移植後の管理にも様々な困難が伴います。他の多くの移植臓器(心臓・肝臓・腎臓など)と大きく異なるのは、外界に曝された臓器であるという肺の特徴です。肺は空気の通り道である気管・気管支を通じて常に外界に曝されています。そこからは、空気中の微生物(細菌、ウイルス、カビ)に加えて、口の中や消化管(食道・胃など)からの消化液や細菌の流れ込み、あるいは様々な空気中の汚染物質が侵入してきます(大気汚染も肺移植後の肺機能に大きな影響があることが、最近トロント大学との共同研究で明らかになりました(3))。
肺移植後は移植された肺を体が拒絶しないよう、生涯にわたって免疫抑制剤を飲む必要があります。通常は、ネオーラル(cyclosporine)またはタクロリムス(tacrolimus, FK506)、セルセプト(myocofenorate mofetil: MMF)、ステロイド(predonine) の3種類の免疫抑制剤を服用していただき、患者さんの状態によって投与量の変更や薬剤の変更を行います。一般的に肺移植後に必要となる免疫抑制剤の量は他の臓器移植よりも多く必要であることが知られており、他の臓器よりも拒絶反応が起きやすいことの現れです。一方、免疫抑制剤を多く使うことで体の免疫力が落ちるため、感染症などにもかかりやすくなります。つまり、肺移植後は拒絶されやすく感染もしやすい状態となるのです。
なぜ肺は拒絶されやすいのか?
そもそもなぜ肺が拒絶されやすいかといえば、前述のとおり肺は外界に曝された臓器であり、体に侵入してくる様々な外敵と戦うための高度な免疫系を進化の過程で発達させてきたことと関係がありそうです(4)。そして皮肉なことに、肺移植後はその強力な肺の免疫力を押さえるために使わざるを得ない免疫抑制剤が、外界と通じている肺の特性と相まって、さらに感染症にかかりやすい状況をつくってしまうのです。実際、肺移植後慢性期の、移植手術を乗り越えた患者さんの命を危険にさらす最大の原因は肺移植後の慢性拒絶であり、次いで呼吸器感染を中心とした感染症があげられます(1)。肺移植後の患者さんは生涯にわたって、拒絶と感染の間の微妙なバランスを取り続けなければなりません。そればかりか、感染症や、その他の肺への刺激(胃食道逆流による消化液の流れ込みや大気汚染など)が肺の免疫を刺激し、慢性拒絶のきっかけとなることもわかってきました。これまで「慢性拒絶」と呼ばれてきたものは、単純な拒絶だけでなく、様々な因子が引き金となって移植された肺の機能を低下させることから、専門家の間ではあえて慢性拒絶とは呼ばず、慢性移植肺機能不全(chronic lung allograft dysfunction: CLAD(クラッドと読みます)) という呼び方が国際的には定着しつつあります。ここではわかりやすいよう、あえて慢性拒絶という呼び名を使っています。慢性拒絶・CLADの発症率は、肺移植後5年で50%に及ぶとされています(1)。
慢性拒絶になるとどうなるのか?
肺移植後の慢性拒絶(CLAD)は従来、末梢気道の炎症・線維化と狭窄を中心とする閉塞性細気管支炎(bronchiolitis obliterans: BO)であると言われてきました。BO自体は肺組織を生検でとってきて顕微鏡でみたときの診断(病理診断)であり、現実には肺移植後の生検は危険性を伴い診断率も低いことから、呼吸機能、特に1秒量(FEV1.0、1秒間に吐き出せる息の量)の低下をもって、bronchiolitis obliterans syndrome (BOS:「ボス」と読みます)と診断されてきました。
こうした呼吸機能の低下に加え、BOSの症状は一般的には息切れ、場合により咳や痰、発熱を伴うこともあります。多くの場合は残念ながら不可逆的な変化、つまり一度落ちてしまった呼吸機能は多くの場合元に戻らず、進行すれば在宅での酸素が必要になることもあります。BOSに対する有効な予防法や治療法は確立していませんが、その原因の除去(拒絶に対する免疫抑制、感染症の治療、逆流性食道炎の治療、炎症全般に対する低用量マクロライド系抗生物質投与など)はBOSの予防と、BOSを発症したあとでも、その病状進行の抑制に意義があると考えられています。
2010年、Satoらは(私のことですが)当時勤めていたカナダ・トロント大学・トロント総合病院で、BOSとされていた患者の約1/3~1/4は、気道主体の病変よりも末梢肺の病変が中心であり、呼吸機能的にはBOSに特徴的な閉塞性障害ではなく、むしろ拘束性障害を来すことを見出し、BOSとは異なるタイプの慢性拒絶として Restrictive Allograft Syndrome (RAS:「ラス」と読みます)と命名しました(5)。RASはBOSと比べると進行が速く予後不良であることがわかりました(5)。
残念ながらRASもまた、有効な治療法・予防法が確立されているわけではありませんが、RASの発見でみえてきたのは、従来はBOSとして一緒にされていた慢性拒絶が多様な病態の集まりであり、進行がとくに早いRASを除くと、純粋なBOS-とくに移植から2年以上たって発症したBOSは比較的予後がよいということでした(6)。
ここで我々にとっても肺移植患者さんにとっても重要な点が2点あります。
- BOSの場合はあわてず、慎重に免疫抑制剤の調整や感染症管理を行うこと。拒絶だと慌てて大量の免疫抑制剤を投与し、感染症で命を落とす患者さんが多いこと、免疫抑制の増強はBOSにはそれほど有効でないことが多いことから、患者さんのQOLを維持して無理のない治療を進めることが重要であろうと考えられます。呼吸機能の低下が続く場合には、年齢等によっては再移植を検討することもあります。いずれも専門的な判断が必要となります。
- 予後不良な慢性拒絶であるRASの病態解明と治療法の研究を進めること。こちらは現在、京都大学、トロント大学とも共同で研究を進めています()。とくに免疫抑制の維持が不十分である場合、RASとなる可能性が高いという印象があります。その意味では、慢性拒絶発症前の微妙な免疫抑制剤のコントロールができているかどうかがカギになります。
日本における肺移植後の慢性期管理をリードする
ここまで見てきたように、肺移植後の慢性期管理で特に重要なのは、医師と患者・家族がともに肺移植後という特殊な状態とおこりうる事態についての高い知識と意識をもち、こまめに連絡をとって慢性拒絶や感染などの変調のきざし、治療のタイミングを見逃さないことです。東京大学における臨床肺移植はまだはじまったばかりですが、だからこそ、しっかりとした長期フォローアップのシステムをつくることが可能だと考えています。当院への通院が難しい遠方の患者さんに対しては、インターネットテレビ電話の技術を積極的に用いて、遠隔地の管理を地元主治医と共同で確立するモデルとなっていきたいと考えています。