胸部大動脈ステントグラフト治療(TEVAR)
大動脈瘤※1は動脈硬化、高血圧などにより大動脈にできるコブであり、通常無症状ですが形や大きさにより破裂による生命リスクが高い場合は治療が必要になります。大動脈瘤に対する従来の治療は人工血管置換ですが、胸部の大動脈瘤治療には通常人工心肺装置を用いて、胸または脇に大きな傷を置く必要があり、脳神経障害や心肺機能障害、出血、感染などの合併症のリスクを伴う為、高齢者や他の慢性疾患(呼吸障害、肝腎機能障害、ステロイド治療中など)をお持ちの場合には体にかかる負担が大きくなります。
胸部大動脈瘤の中でも下行大動脈にできたものに対しては、より低侵襲なカテーテルを用いた胸部大動脈ステントグラフト治療(TEVAR)が、2009年から国内でできるようになりました。ステントグラフトは形状記憶合金でできた骨組みに人工血管を覆ったものを細く畳んでカテーテル内にしまってあります。足の付け根に小さい切開を置き、そこから動脈内にカテーテルを通してステントグラフトを目的の位置にまで運び、そこで展開することで留置します。大動脈瘤の前後でステントグラフトが密着できる性状の良い大動脈部位が2-3cm以上あることが必要です。
脳への血管が分岐している弓部大動脈や、腹部臓器への血管が分岐している胸腹部大動脈にかかる大動脈瘤の治療には通常適さず、別のところから血管のバイパスを置き血液の流れを確保した後に、その分岐血管を塞ぐ形でステントグラフトを留置する「デブランチ」と呼ばれる特殊な方法を用いる必要があります。また、2014年からは一部にステントを組み合わせた人工血管を用いて弓部大動脈瘤の手術を行う「オープンステント法」という方法も実施可能となり、従来の人工血管置換にステントグラフトの利点を取り込んだ治療法として注目されています。
大動脈疾患には、大動脈瘤の他に大動脈解離があります。これは、3層構造になっている大動脈壁の内側にある内膜に亀裂(エントリー)が生じて壁が2層に割れてしまう病気で、上行大動脈という心臓近くで発生した場合、大動脈破裂や重要臓器の血流障害を来たした場合には生命リスクが極めて大きいため緊急手術が必要です(急性大動脈解離)。下行大動脈に解離の原因がある場合にはステントグラフトを用いてエントリーを塞ぐ治療を救命手術として実施可能です。急性大動脈解離の術後または緊急手術が必要でない場合には、多くはその後も大動脈の解離が残った状態となり、数か月から数年の経過中に血管径が大きく大動脈瘤となります(解離性大動脈瘤)。その場合はステントグラフトのみで根治は難しく、通常は人工血管置換を行いますが、手術リスクの高い場合にはステントグラフト治療を考慮します。
当院では、大動脈瘤や大動脈解離に対する治療を緊急手術も含めて積極的におこなっております。人工血管置換術、ステントグラフト治療の特性を考慮し、個々の患者さんの病状に応じて最良の治療法を選択し、より安全な治療を心がけています。
※1 胸部大動脈瘤
大動脈瘤とは、心臓から拍出された血液を全身の臓器に送り届けるための「パイプ」の働きをする大動脈が動脈硬化や先天異常、炎症、感染などの理由から拡大・瘤化した状態のことです。横隔膜よりも頭側に病変がある場合、胸部大動脈瘤と称しますが、中でも大動脈基部(バルサルバ洞)の拡張を大動脈弁輪拡張症、横隔膜をまたいで病変が広がっているものを胸腹部大動脈瘤と呼んだりします。