僧帽弁形成術について
心臓弁膜症※1のひとつに僧帽弁閉鎖不全症という病気があります。その名の通り、左心室と左心房の間にある僧帽弁という弁がしっかりと閉まらなくなって血液が逆流してしまう病気です。正常では、血液は左心房から僧帽弁を通って左心室に流れ、左心室から大動脈へ送り出されていきますが、この疾患では左心室から左心房へ血液が逆流してしまうせいで、十分な血液が心臓から拍出されず、心不全(息切れや浮腫み)が出現します。また、不整脈も起きやすくなってきます。
弁逆流を治す方法は心臓手術しかないわけですが、手術の方法は大きく分けて、弁置換と弁形成の2種類があります。弁置換手術は、もとの弁を人工弁に入れ替えることで弁逆流を改善させる方法です。この人工弁には現在、生体弁と機械弁という弁が使用されており、それぞれ特徴があります。
表①
材料 | 耐容年数 | 抗凝固療法 | 適応患者 | |
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生体弁 | ウシやブタの心膜 | 10~15年 | ワーファリンは最初の3-6か月のみ | 高齢者 |
機械弁 | カーボンなどの素材 | 30年以上 | 一生ワーファリンを内服 | 若年者 |
表①に示したように生体弁は生体素材で出来ているために血液をサラサラにするワーファリンという薬を一生内服する必要はありませんが、耐容年数が短いため、多くの病院で高齢者に用いられることが多いです。一方機械弁は耐容年数が長いものの一生ワーファリンを内服する必要があり、若年患者で使われることが多くなっています。年齢による使い分けの他に、職業や性別(妊娠中にワーファリンを内服すると胎児に異常が出る可能性があります)、患者さんの希望などによって使用する人工弁を選択しています。
一方、弁形成術という手術は、自分の弁を手直しすることで逆流を制御する手術です。僧帽弁は2枚の弁尖が開いたり閉じたりすることで血液の流れをコントロールしていますが、弁尖や弁輪、腱索(弁尖を左心室側から引っ張っている腱)などの構造が崩れてしまうことで逆流が生じます。崩れた構造を、針や糸、人工弁輪(人工弁ではありません)を使って直すことで逆流を改善するのが弁形成術というわけです。主に自分の組織を使って直すのでワーファリンを一生内服する必要はありませんし(最初の3-6か月のみ内服することがあります)、耐容年数も長期が期待できます。
すべての僧帽弁閉鎖不全症が弁形成術で直せるわけではありませんが東大病院では、9割程度の患者さんに弁形成術を行っています。僧帽弁閉鎖不全症の診断を受けた方はぜひご相談下さい。
※1 心臓弁膜症
心臓弁膜症は、心臓の血液の流れを整流する弁の機能不全によって全身への血液の循環の効率が低下して心不全症状を呈する疾患です。
心臓の4つの部屋(右心房、右心室、左心房、左心室)の出口には、それぞれ弁が存在します(三尖弁、肺動脈弁、僧帽弁、大動脈弁)。弁は血液の流れを整流する「一方向弁」として働くべきものですが、変性や感染、虚血、外傷、そのほか種々の理由によって機能不全を起こし得ます。機能不全には2種類あり、「狭窄」と「逆流(閉鎖不全)」です。狭窄とは血液がスムーズに流れていかないこと、逆流(閉鎖不全)は、血流が逆戻りしてしまうことです。
外科手術としては、弁置換と弁形成とがあります。弁置換は人工弁に取り替える術式であり、弁形成は自己の組織をトリミングすることで弁の機能不全を修復することです。僧帽弁、三尖弁に対しては、特に弁逆流の場合は弁形成が積極的におこなわれます。大動脈弁の機能不全に対しては、従来は置換がほとんどでしたが、近年、弁形成が試みられる例が増加しています。