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広島大学病院 心臓血管外科 診療准教授 今井克彦
心房細動という不整脈は、その成り立ちが複雑であり現在でも発症と維持に関するメカニズムの全体像はわかっていません。 それ故に、治療に関しても「これで完全」というものはまだ世の中に存在しないというのが正直なところでしょう。 心房細動の治療には大きく分けて、薬物治療(飲み薬や点滴など)を主体とした「非侵襲的治療」と、カテーテルや外科手術を中心とした「侵襲的治療」があります。このうち、外科手術は体に対する負担が最も大きいものです。こういったことから、外科医は体に対する負担が少ない手術方法(低侵襲手術といいます)を開発してきましたが、心房細動手術においても同様に手術の低侵襲化が行われてきています。 手術の低侵襲化には、切り開く範囲を小さくする(体の表面から見える手術の傷跡を小さくするということで、例として内視鏡などを用いた手術)、全身麻酔の負担を小さくする(多くの部分を硬膜外麻酔や局所麻酔などの低侵襲な麻酔で手術を行う)、心臓手術にはつきものの「人工心肺」という全身に多くの負担をかける装置を使用しない(オフポンプ手術と呼ばれます)、「人工心肺」装置は使用するものの、心臓を停止させて行う手術の時間を短くする(心臓は手術中に停止している時間が長ければ長いほど負担を受けます)、などの方法があります。 「簡略化手術」は、心臓手術の場合「心臓そのものに対する負担を軽減する(言い換えると、手術中の心停止時間を短くする)」方法を指すことが多く、心房細動の手術でも同じ事が言えます。 簡略化手術の利点は、(1)心臓に対する負担軽減が出来るので、傷んだ心臓(心機能が低下している、など)に対しても手術が可能になる、(2)弁膜症や心筋梗塞など別の心臓手術(動脈瘤などの大血管手術も時に含みます)が必要な方にも同時に行うことが出来る、(3)術者の負担軽減が可能、などがあります。逆に欠点といえば、手術を簡単にしてしまうことによって、得られる結果(心房細動手術の場合は、術後の心房細動消失率です)が悪くなる可能性がある事です。
心房細動手術は、手術中に心房に「電気的隔離線(その部分では電気が伝わらない、いわゆる絶縁体)」を理論的にたくさん作成してゆくことが基本となりますが、この電気的隔離線作成には、心房切開(むろん後から縫合しますが)や種々のエネルギーを用いた隔離線作成装置を用います。 いずれの場合も、心房そのものを傷つけるわけですから、効率の良い隔離線作成方法によって隔離線作成部位(または長さ)を減らすことが出来れば、心臓への負担が減ることになり「簡略化手術」となります。 我々の施設では、慢性の心房細動に対する術式の簡略化を如何に効率的に、結果(心房細動消失率)を悪くせずに行うかについて、手術中の心房電位の計測を中心とした研究を重ね、術式に応用してきました。図Aに簡略化の一例を示します。 この図は心臓全体を正面から見たものですが、青色の点線で示されているのが隔離線です。 図右の「肺静脈口隔離術」の方が点線の総延長が少なく、心房を傷つける程度が小さいことがわかります。図B(「不整脈診療Skill Upマニュアル」 池田隆徳編 羊土社より改変)は、立体的な心房の面構成を展開図のように二次元であらわした模式図ですが、隔離線が少なくなるからといって、結果(心房細動消失率)が大きく異なっているわけではないことを示しています。図Cは我々の施設で最近行っている術式で、既に50例以上の方に行った術式ですが、最も効率的に過不足無く電気的隔離線を作成することによって、高い心房細動消失率(91%、慢性心房細動に対して)を得ています。 慢性ではなく、発作的に心房細動が起こる発作性心房細動では、心房細動の消失率はさらに高くなることが知られています。