IT革命と医療 5.救急医療におけるインターネットの活用

愛媛大学医学部救急医学 越智元郎

(医学のあゆみ 198: 807-810, 2001の内容に最近の資料を加えた)


 目 次

要約

1.救急医療と通信ネットワーク
2.遠隔医療と救急医療における可能性
3.救急医療に関する文献検索とウェブの利用
4.災害医療とインターネット
5.草の根の救急・災害医療情報ネットワーク
6.救急医療機関と消防本部との情報共有をどう実現するか

結語

参考文献

表1.救急医療メーリングリスト(eml)としての社会的活動


要 約

 インターネットは多数のコンピュータを回線でつないだ世界規模のコンピュータ通信ネットワークである。今回、救急医療関係者がインターネットを用いてどのような情報を得、どのような活動をすることができるかについて、救急医療と通信ネットワーク、遠隔医療と救急医療における可能性、救急医療に関する文献検索とウェブの利用、災害医療とインターネット、草の根の救急・災害医療情報ネットワーク、救急医療機関と消防本部との情報共有をどう実現するか、の6つの観点から考察を加えた。

 医師をはじめ様々な職種・機関が関与する救急医療において、インターネットは円滑な情報共有をはかる上できわめて有用な通信手段になると考えられる。


1.救急医療と通信ネットワーク

 医師をはじめ様々な職種・機関が関与する救急医療において、これまでの細分化された所属の壁を突き破ることのできるインターネットは「良貨が悪貨を駆遂する」効果をもたらすのではないだろうか。

 救急医療関係者にとってこのような通信ネットワークが重要である理由を上げると、

  1. その業務を遂行するにあたり、多施設、多機関、多職種の連携を要する、

  2. しばしば迅速な対応を要する、

  3. 関係者の勤務が不規則、深夜に及び、1カ所に集まっての会議などで、直接の担当者の意見を集約するのが難しい、

  4. 救急医療体制とくにプレホスピタルケアの、ソフト面の整備が急務であり、十分な論議が必要であること、

などが挙げられる。

 一方で、救急・災害医療におけるインター ネットの利点についてまとめると、

 1) 迂回経路を有し災害に強い、2) 多人数間での情報共有が容易、3) 双方向性の情報交換が可能、4) 交信の経過を記録でき、検索も容易、5) 一度に大量の情報を伝達できる、6) マルチメディアによる情報伝達も可能、7) 安価である、などが上げられる。

 インターネットの2つの主要なツールである、ウェブと電子メールの特徴を上げる。ウェブによる情報収集は、検索により必要な情報にたどりつくことができる。これは自宅や職場が、大規模な図書館に隣接しているのと同じ効果をもたらす。また、ウェブによる情報発信は、個人の努力によって積み上げてゆくことのできる蓄積型の情報であり、さらにハイパーリンクによって、世界の豊富な関連情報とリンクさせることができる。

 電子メールは個人間通信の手段であると同時に、ある集団内の多数のメンバー間の情報共有の手段として、メーリングリスト(以下、ML)を運用することができる。そしてMLと非公開ウェブなどの併用により、効率的な情報共有が可能となる。


2.遠隔医療と救急医療における可能性

 遠隔医療は、映像を含む患者情報の伝送に基づき、遠隔地から診断、指示といった医療行為などを行うことを言う。一つには遠隔地から伝えられたレ線像、病理画像、動画などの情報をもとに、遠隔診断を行うことができる。また遠隔地の医療機関からコンサルテーションを受けたり、在宅医療支援として、医療機関と家庭間の遠隔医療、リハビリテーション指導、介護指導、妊産婦の自宅管理などを行うことができる。映像伝送の技術は学会中継、TV会議などにも応用される。

 遠隔医療のメリットとしては、医療の地域格差の解消、ならびに遠隔地の救急医療の質の向上をもたらすことができる。また、伝送された情報により患者転送の必要性を判断することができ、不必要な長距離搬送を減らすことができる。あるいは、救急救命士との事後の症例検討などにより、プレホスピタルケアに関する合意形成とメディカルコントロールの質の向上をはかることができる。一方、在宅人工呼吸管理の安全性を向上させたり、入院患者に家族や社会との接点をもたらすことができる。さらに救急車などの移動体と病院との間の遠隔医療は、医師の診療を得ることが困難な場への医師の関与を促進する。国際医療協力での有用性1)も指摘されている。

 遠隔医療の手段については、様々な機器やソフトウエアが開発されているが、結局のところ通信速度とデータ圧縮効率の向上が、その有効性の決め手となる。一方、利用者の共通基盤としてのインターネット普及が重要であると考えられる。


3.救急医療に関する文献検索とウェブの利用

 インターネットを用いた文献検索は迅速かつ安価であり、抄録、時にテキスト全文を無償で入手することができる。またPubMed、医学中央雑誌などの文献データベース、中毒関連データベースなどの利用方法に慣れることは、新しい時代の救急医療関係者に求められる素養と言える。

 一方で、上記のような商用データベースに収載されない、有用な救急関連文献も多数存在する。これらの情報のデジタル化やウェブ収載は、ボランタリーな努力によってなされている。愛媛大学救急医学教室から発信している「救急・災害医療ホームページ2)は救急医療領域ではわが国初めてのウェブサイトである。その収載情報の一つに「救急・災害医療文献集」がある。この資料集には、学生実習「災害医学抄読会」で扱った500編に及ぶ関連論文のリストと、学生による論文要約を収載している。

 救急関連の有用なウェブサイトをみると、学会関係では日本集団災害医学会日本救急医学会日本集中治療医学会日本外傷学会などがウェブを発信している。日本臨床救急医学会のように、その年の担当大学などが、その年の学会総会に限ったウェブを発信する例も少なくない。ただ、学会としての基本方針を明らかにしたり、広報をする上では、固定した学会ウェブを運用する価値があると思われる。

 大学・医療施設・消防本部などのウェブは多数発信されているが、全国の各組織のウェブに対する熱意には大きなバラツキがある。これらの組織は各地域においては情報の発信源として重要な位置を占めており、またアカウンタビリティの観点からも、ぜひウェブという広報手段を持っていただきたい。


4.災害医療とインターネット

 1995年6月に兵庫県が実施した調査3)によると、被災地内の病院のうち被災前のすべての機能を、被災当日にほぼ維持していた施設は44%に過ぎなかった。病院機能を損なった原因については、調査した163病院のうちの42%が病院施設や機器の損壊を上げ、断水を上げた施設は74%、停電が33%、病院スタッフの不足が44%、電話の途絶を上げた施設は60%を占めた。

 一方、大阪大学の調査4)によると、ひどい損壊のあった病院群は地震当日に平均約260人の患者に対応したのに対し、同じ被災地域にあっても被害が軽度であった施設は約90人、被害のなかった施設では約60人の患者に対応したにとどまり、情報の途絶が対応能力と実患者数の著しいアンバランスを招いたことをうかがわせる。阪神・淡路大震災の教訓として、医療機関の通信手段は電話/FAXに依存し過ぎており、電話の途絶が病院の機能麻痺の主要な原因の一つとなったことを忘れてはならない。

 次に、愛媛大学 白川らの調査5)によると、東京地下鉄サリン事件に対応した医療施設のうちの約半数において、警視庁が毒物はサリンが疑われるとの記者会見を行った午前11時までに、最初の患者を収容し、不十分かつ不確かな情報のみで手探りの診療を開始せざるを得なかった。この事件でも災害管理・調整システムが機能しないまま、たくさんの患者がいくつかの医療施設に集中した。そしてわが国には公的な災害情報ネットワークは存在せず、専門家の情報提供を受けるためのシステムがないことが問題とされた。

 わが国の公式情報ネットワークである広域災害・救急医療情報システムは、阪神・淡路大震災の反省から生まれた。本システムはインターネットなどを用いて、地域の医療機関、消防機関,保健所,市町村などを結ぶ。災害医療情報に関し,全国共通の入力項目を設定し,被災地の医療機関の状況,全国の医療機関の支援状況などを、全国から把握することができる6)

 しかし、本システムには、どのような方法で未導入府県からの情報をくみ上げるかという問題がある。また災害モ−ドに切り替えるタイミングや実際の入力体制などについては、災害通信訓練を行う必要がある。さらに同システムのウェブやメーリングリストについても一層の充実が望まれている7)


5.草の根の救急・災害医療情報ネットワーク

 草の根の努力による救急・災害医療情報ネットワークの、情報伝達経路となるのはメーリングリスト(ML)である。現在わが国には救急医療ML、集中治療ML、中毒ML、救急隊員 MLなどの有用なMLがある。この中で、愛媛大学医学部のサーバーを用いて運営している救急医療ML(略称 eml)は救急災害医療をテーマとしたMLで、様々な領域、職種の会員が参加している。これは1996年2月にスタートし、登録メンバー数は2001年6月末で 930人を数える。配送メール数は通算約 35,000通で、年平均 6000通を超えている。

 emlの特徴としては、会員全員が氏名や連絡先を公開し、会員データベースを整備している。また、交信記録をすべて会員内で共有することにより、各自が発言に責任を持ち、同時に有用な知的資源として活用してきた。さらに、重要な論議の合意事項はウェブや医学誌への投稿の形で、積極的に公開してきた。

 一方、会員の横のつながりにより、多数の有意義な社会的活動を実施、また学会などの際には親睦会を開催し人間的な絆を強めている。 emlとして行った社会的活動を列挙する と表1のようになる8)


6.救急医療機関と消防本部との情報共有をどう実現するか

 消防本部と救急医療機関はプレホスピタルケアを接点として、ともに市民へのサービスを任務として活動している。しかし、設立母体、指導官庁などが異なり、両者の間の関係は必ずしも緊密ではない。一方、救急救命士法施行10年を迎え、メディカル・コントロールの重要性が叫ばれる今、両組織のより緊密な情報共有が望まれる。インターネットは多忙な医療関係者と消防消防署本部とを結ぶ、重要な手段になると思われる。

 消防本部と救急医療機関が共有したい情報 には以下のものがある。

  1. 個々の患者の病院搬送時情報

     患者引き渡し時には、診療を急がれる場合など情報交換の時間が十分でないのが一般的である。また外傷患者の重症度を予想する上で、事故現場の写真など、画像情報も有用である。心肺停止例ではウツタイン様式での記載を完成する上でプレホスピタルでの情報が欠かせない。

  2. 個々の患者の病院収容後情報

     確定的な予後情報は消防統計をまとめる上でも、ウツタイン様式の記載を完成する上でも必須である。また収容した患者が HIV、肝炎、結核などに罹患していたと判明した場合、その情報が消防本部に伝えられる必要がある。さらに個々の患者における救急隊活動の内容が適切なものであったか、医師による評価はきわめて有用である。

  3. プレホスピタルケアの事後評価

     医療機関による救急隊員への適切なメディカルコントロールを実現する上で、症例検討会を実施したり、共同研究としてまとめたりすることは重要である。そのためには両組織が搬送患者全員に関する情報を効果的に共有することが望まれる。

     消防機関と医療施設の間の情報交換において注意すべき点として、まず守秘義務の問題がある。救急救命士や医師などは守秘義務に縛られているが、消防本部―救急医療機関間の情報共有は許されるべきである。これは個々の患者治療に反映し、地域の救急医療レベル向上のために必要な情報であるからである。

     通信手段としては病院到着直後の口頭伝達、記録手渡しがあるが、時間的制約があり、表面の情報交換にとどまる。電話は適切な相手とつながるまでが大変であるし、FAXを用いた場合でも、1対少数の伝達に限られる。これに対し、インターネットでは画像を含むマルチメディアを利用でき、相手の都合のよい時間に送受信でき、1対多・多対多の通信も可能である。ただ、宛先違いなどにより思わぬ個人情報の漏洩が起こりうることを知っておく必要がある。


結 語

 医師をはじめ様々な職種・機関が関与する救急医療において、インターネットは円滑な情報共有をはかる上できわめて有用な通信手段になると考えられる。


文献

  1. Shinchi k, Taneda A, Takemura T, et al. The role of telemedicine in international disaster medical assistance operations. J J Disas Med 2000; 4: 105-109.

  2. Ochi G, Shirakawa Y, Tanaka M, et al. An Introduction to the Global Health Disaster Network (GHDNet) . J J Disas Med 1997; 2: 18-22.

  3. 兵庫県阪神・淡路大震災復興本部、兵庫県保健環境部医務課:災害医療についての 実態調査結果、平成7年6月

  4. 吉岡敏治、島津岳士、平出 敦ほか:受け入れ病院での救急医療1、大阪大学医学部付属病院特殊救急部の場合、救急医学 1995; 19: 1682-6

  5. 白川洋一:地下鉄事件における中毒情報授受の実態調査.中毒研究 1997: 10: 58-62

  6. 厚生省健康政策局指導課:広域災害救急医療情報システム.21世紀の災害医療体制、へるす出版、東京、1997

  7. 越智元郎:災害救急医療と通信ネットワーク.日臨麻会誌 2000; 20: 83-90.

  8. 越智元郎、大友康裕、水野義之ほか:草の根型の救急医療情報ネットワークについ て、臨床と研究 2000: 77: 1503-1507

  9. 越智元郎:可搬型衛星通信装置を用いた大規模災害時のデータ通信システム、平成10年度〜平成11年度科学研究費補助金 研究成果報告書(課題番号 20672127)、2000

  10. 竹田 豊、越智元郎、畑中哲生ほか:気道異物に対する救急隊員並びに市民による異物除去の検討、平成11年度自治省消防庁委託研究 報告書、2000

  11. 齋藤秀俊・著、救急医療情報研究会 着衣泳研究部会・監修:命を守る着衣泳、新潟日報社、新潟、2001

  12. 越智元郎、畑中哲生、漢那朝雄ほか:大学病院衛星医療情報ネットワーク遠隔講義を用いた新しいCPRの普及活動、プレホスピタルケア 14(4): 94, 2001

  13. 越智元郎、畑中哲生:AHA Guidelines 2000 が出来るまで.エマージェンシー・ナーシング 14: 1086-1094, 2001


表1.救急医療メーリングリスト(eml)としての社会的活動

テーマ年月日掲載誌など
用語「患者監視装置」について1997年7月日本集中医誌 6:147,1999
カンボジア蛇咬傷への情報支援1997年8月J J Disast Med 4:47,1999
eml災害通信訓練1997年8月、1998年9月、1999年1月文献9
乳幼児の突然死撲滅キャンペーン1998年4月〜エマージェンシー・ナーシング 12:653,1999
救急医療における守秘義務の問題1998年10月日救急医会誌 10:113,1999
メーリングリスト間の災害時バックアップ計画1999年1月 
プレホスピタル研究:異物除去の検討1999年1月文献10
救急処置シミュレーションに関する論議1999年4月プレホスピタル・ケア 13:42,2000
脳死報道に関する論議1999年5月愛媛県医師会報 通巻756号:p.6,1999
国際蘇生法連絡委員会(ILCOR)による心肺蘇生法に関する勧告の翻訳1999年2月〜 日救急医会誌 10: 625, 1999
American Heart Association 心肺蘇生法ガイドライン策定会議への代表派遣1999年9月、2000年2月文献13
臨界事故対策のための緊急提言1999年10月治療 82:91,2000
ミクロネシア連邦への中古救急車寄贈2000年1月 
日本心肺蘇生法協議会への提言2000年2月蘇生 19:167,2000
有珠山噴火による被災者救援物資の受入れについての提言2000年3月文献8
心肺蘇生法普及に関する提言2000年6月治療 82:144,2000
有珠山噴火による被災者救援物資の受入れについての提言2000年3月文献8
着衣泳普及活動、普及ビデオならびにテキスト刊行2000年6月〜文献11
大学病院衛星医療情報ネットワーク(MINCS-UH)遠隔講義「心肺蘇生法2001年の展望」2001年3月文献12
「東海大学ドクターヘリ試行的事業報告書」のデジタル資料(CDR版)配布活動 2001年6月 
心肺蘇生法に関する用語統一の提案
1)集団災害医学会用語集への提案書
2)日本救急医療財団 心肺蘇生法委員会への提言書
2000年12月、2001年1月日救急医会誌 2001; 12; 71-2
プレホスピタルケア関係者有志の宣言 2002 2002年4月 日本臨床救急医学会発表原稿


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