災害救急医療と通信ネットワーク

(日臨麻会誌 20: 83-90, 2000)

愛媛大学医学部救急医学 越智元郎


 目 次

はじめに

II.災害救急医療と情報伝達
 1.災害時におけるインターネットの有用性
 2.当教室における救急災害医療情報の発信

III. コンピュ−タ通信による草の根のネットワーク
 1.救急災害医療と関連メーリングリスト
 2.救急医療メーリングリスト(eml)について

IV.救急災害医療のための公的ネットワーク
 1.広域災害救急医療情報システム
 2.救急医療情報システム

V.おわりに

参考文献


はじめに

 災害救急医療に関する通信ネットワークには、研究・教育機関やボランティアなどが提供し、様々 な職種の関係者が参加する草の根のネットワークと、行政主導で構築された公的ネットワークがあ る。筆者の教室ではホームページを通じた救急災害医療に関する情報提供を行う一方、救急医療メー リングリスト(eml)を通じた関係者の間のネットワークを築いてきた。 eml はコンピュ−タ通信を 用いて様々な立場の救急災害医療関係者を、非災害時において効果的に結びつけることを可能にして おり、災害時にも情報共有のための有用な手段として機能しうると思われた。公的なネットワークと しては広域災害・救急医療情報システムと救急医療情報システムについて説明した。広域災害・救急 医療情報システムは未導入地域の対策が重要と考えられ、また災害通信訓練を積極的に計画する必要 があると考えられた。救急医療情報システムについては、インターネット対応とすることが成功の鍵 であり、このシステムを通じて市民への情報提供や、消防本部、医療機関、救急医療対策協議会など の間の情報共有をはかることが重要であると考えられる。


災害救急医療と情報伝達

1.災害救急医療と情報伝達

 わが国は1995年、阪神・淡路大震災、東京地下鉄サリン事件という2つの災害に見舞われた。これ らの出来事によって浮き彫りにされた問題の一つは、災害直後における情報の収集とその伝達のため の有効な手段が、確保されていなかったということであった。

 災害時の情報伝達は、自然災害の場合発生後1〜2日までの間が最もその重要性が高いと考えられ る。例えば、甲斐らの報告によると、阪神・淡路大震災において、被災地の隣の大阪府から、1ヶ月 以内に医療チームを派遣した病院は58あったが、このうち地震発生後48時間以内に医療チームを派遣 できた病院は4病院に過ぎなかった。その一因に被災地の医療機関と周辺の医療機関との間で、円滑 な情報交換が行えなかったことが上げられている1)

 東京地下鉄サリン事件においては、警視庁が被害の原因としてサリン中毒が疑わしいという発表を したのは、救急医療機関に最初に患者が運ばれてから2時間半以上たってからであった2)。この情報 が患者を収容した医療機関に届くのが遅れたために、多くの患者においてサリンの拮抗薬であるPAM を投与するタイミングを失う結果となっている。

 これらのことから、もし正確な情報が迅速に伝えられたならば、2つの災害による被害者や死者を 減少させることができたと考えられる。それゆえ、災害時の情報伝達手段の確立は、わが国における 危機管理の非常に重要な課題であるということができる。

 さて、最近の通信技術の進歩において最も特筆すべきものは、インターネットであろう。現在イン ターネットに接続できる人は世界中で数千万人を越えており、日本でも爆発的に利用者が増えてい る。

 阪神・淡路大震災においても、地震の直後からインターネットの有用性が注目された。発災後6日 間の間に、震災情報専用のウェブサイトが少なくとも25立ち上げられたといわれており、そのうちの 一つには最初の20日間に、世界中から36万人の人がアクセスをした。大震災関連の非政府組織 (NGO)やボランティアのために10以上のMLが活動を開始し、およそ5000人の人々がこれらのML で結ばれたと言われている3)

 これらの活動は政府や自治体の広報活動ではなく、市民自身による草の根の活動として行われたも のであった。しかし、もし災害準備体制の一つとして、インターネットを用いた公式なネットワーク が用意されていたならば、救急医療機関や災害救助団体の間で、もっと迅速な連絡が可能になったも のと考えられる。

2.当教室における救急災害医療情報の発信

 愛媛大学医学部救急医学教室では、インターネットの救急医学への積極的な活用をめざして1995年7 月、全国初の救急災害医療を主題とするウェブサイト(救急・災害医療ホームページ、 http://apollo.m.ehime-u.ac.jp/GHDNet/jp/)の発信を開始した。このサイトから情報発信を行う一 方で、このサーバを救急災害医療に関する情報発信を希望する個人や組織に提供してきた。例えば日 本救急医学会、日本外傷学会、世界災害救急医学会(現在は独自ドメーン名を取得し米国から発 信)、日本中毒情報センター、国立大学病院救急部協議会、日本災害救援ボランティアネットワー ク、日本災害犬ネットワークなどは、愛媛大学救急医学教室のアポロ・サーバからホームページを発信した。

 われわれの目的は、全国の救急災害医療関係者のコンピュータ通信を用いた情報交換や交流を支援 して行くことであり、この活動はサーバーの名前を取って「インターネット・救急アポロ計画」と名 付けられている。また、WHOの協力施設である米国ピッツバーグ大学疫学教室と連携して、The Global Health Disaster Network(GHDNet)という救急災害医療に関する国際的な情報発信の活動も 展開している3)

 これらの情報発信はいわば国立大学のネットワーク環境を市民に還元する活動であり、後記のメー リングリストの運用と併せて、様々な職種の救急災害関係者をつなぐ草の根のネットワークの形成に 貢献するものである。次の章ではこの草の根のネットワークと、行政主導で構築された救急災害医療 のための公的ネットワークについて述べる。


III. コンピュ−タ通信による草の根のネットワーク

1.救急災害医療と関連メーリングリスト

 メーリングリスト(以下、ML)は電子メールの同報機能を用いた一種のフォーラムであり、掲示 板的な広報手段であるウェブとともに、インターネットという車の両輪に例えられる。MLのメン バーは所定のアドレスに電子メールを送ることによって、登録されたメンバー全員に自動的にメール を送ることができる。あるメンバーからの情報や意見、問い合わせなどは多くのメンバーに配付され るが、これに対して返信をするには同じアドレスにメールを送るだけでよく、これもメンバー全員に 共有される。

 このような情報交換が国外を含め空間的な距離を問わずに達成される。さらに情報の送り手と受け 手が同時に端末の傍らに居る必要はなく、時間的な制約の少ない通信手段となる。また電子メール は、職種や年齢、肩書きといった壁を超えた自由な交流を可能とする言われている。費用の面でも有 利であり、学会総会や機関誌などによる学術的な交流の一部をMLによって置き換えてはどうかとい う意見もある。

 わが国にはすでに医療をテ−マとしたMLが多数あるが、救急災害医療あるいは集中治療に関する ものとして、集中治療ML(CCN)、中毒情報ネットワーク(ml-poison)ならびに筆者らの救急医療 メーリングリスト(eml)の3つが挙げられる。これらは互いに異なったメンバー層を有し、同時に 複数のMLに重複して参加したメンバーを通じて、より幅広い情報共有を可能にしている。  CCNは1996年のわが国におけるO-157の大流行に際して、わが国の多数の既存MLやニュースグルー プを結びつけ、O-157に関する緊急医療情報ネットワークの中心となった4)。CCNには日本集中治療医 学会会員が多数登録しており、O-157感染症の診療に関する、同学会の緊急情報交換の場としても活 用された。

 ml-poisonは救急医療、集中治療、法医学、薬理学などの領域の中毒専門家が集うもので、非常に 専門性の高い情報交換を行っている。1995年の東京地下鉄サリン事件のような大規模な化学災害にお いては、原因物質が明かでなかったり化学災害であることすら判然年としない場合も含め、緊急に照 会すべき第一のネットワークであろう。

 ml-poisonと筆者らの emlとの間に、興味深い接点もあった。その一つは、1997年にWHO緊急人道 局(西太平洋支部)から、洪水後にヘビ咬傷の多発が予想されるカンボジアで使用できる抗毒素血清 の種類やその入手先についての問い合わせがあった。この時、中毒情報ネットワークへメールが転送 され、その数日後にはメンバーからインドにある蛇毒研究所が紹介され、100人分の蛇毒多価血清の 発注に至ったものである5)

2.救急医療メーリングリスト(eml)について

 emlは1996年2月末、救急災害医療に関する情報交換を目的として、愛媛大学医学部機器センターに サーバーを置いてスタートした。開始当初のML・プログラムには CML を用いた。その後、eml に は800人に及ぶメンバーが参加するに至った(1999年11月現在)が、その大部分が救急隊員、救急医 療機関で働く医師、看護婦(士)、検査技師などのわが国の救急医療を直接支える草の根の人々であ る。一方、国際保健、物理学、システム管理学など救急医学以外の分野の研究者、行政官、防災関係 者、NGO関係者、法律家などが積極的なメンバーとして参加している6)。以下、 emlにおける論議の 幾つかを紹介したい。

 eml 災害通信訓練(1996年8月):

 北海道で発生した大地震を想定し、インターネットを用いて どのような情報交換が可能か、 eml メンバーがどのような行動を起こすことができるかをシミュ レートした。この際、災害時を模したMLではメール配信にかなりの時間差があり、ML・プログラ ムを majordomoに切り替えるきっかけとなった。 eml メンバーの一部は1997年の静岡県での災害通 信訓練にも参加した。また筆者の教室では1999年1月17日、WIDE計画による災害通信訓練(IAA: I Am Alive計画)7)に参加し、衛星電話を用いてバルク登録(bulk登録:テキスト入力によって多人数 の安否情報を一括入力する方法)による(仮想)入院患者情報の発信を行い、同時に Pittsburgh大学 のサーバーから仮想被災情報を発信した。この通信訓練の経過は eml でも詳細に報告された。

 ML間の災害時バックアップ(皿ケ嶺)計画(1999年1月):

 インターネットは災害に強い通信手段と言われているが、大地震などに直接被災した場合は少なくと も被災直後は通信が途絶することはまぬがれまい。来世紀前半に予想されている南海大地震(マグニ チュード8クラス)を待つまでもなく、 eml のサーバを置く愛媛大学が通信途絶に陥ることは考え られる。そのような事態においても、災害時のための草の根ネットワークである eml の機能を何ら かの方法で維持する必要がある。この事情は災害時の情報通信を念頭においた他のML等においても 同様である。以上のことから、被災地において運用が困難となったあるMLなどの依頼により、ある いは事前協定に基づき自主的に、被災したMLの機能を代行するようなシステムが必要である。そこ でこの構想に同意した他地区の2つのMLとの間で協定を結ぶこととし、この計画を東京発の官製の ものでなく地方からの情報支援という期待を込めて、愛媛大学を囲む自然から「皿ケ嶺計画」と名付 けた。 emlでは他MLのバックアップのために2つのバックアップ用ML(SARAおよび MINE)を設 け、非災害時には別目的の論議のために用いている。


IV. 救急災害医療のための公的ネットワーク

1.広域災害救急医療情報システム

 前章までは様々な職種の救急災害医療関係者が自主的に参加する、いわば「草の根のネットワーク」 について述べてきた。一方、1995年に大災害を経験した後、わが国はどのような公的ネットワークを 準備して来たであろうか。

 1995年度健康政策調査研究事業「阪神・淡路大震災を契機とした災害医療体制のあり方に関する研 究会」の報告において初めて、公的な災害医療システムの構想が示された8)。これは地域の医療機 関、関係団体、消防機関、保健所、市町村などの間の情報ネットワークを確立し、また都道府県間の 広域情報ネットワークを形作るものである。そして全国共通の入力項目によって災害医療情報を送信 し、被災地の医療機関の状況、全国の医療機関の支援状況を各地の関連機関等が把握し、迅速かつ的 確に救援・救助を行うことを日的としている。また関係機関などが端末機器を設置し、各都道府県ご とに都道府県センターを設置するが、さらに都道府県センターのデータを保存するバックアッブセン ターが千葉県に設置されている。同システムは厚生省の指導のもとに1996年度から構築が進められ、 5年計画で全都道府県に整備する予定である9)

 1999年度からは、一般市民がアクセスできるホームページに加えて、パスワードを付与された関係者 のみが情報を閲覧あるいは登録できる非公開ペ−ジを充実させている。また災害一斉通報、災害用地 理情報システム(GIS)、メーリングリスト、電子会議室などの新しい機能を付け加えた。さらに、 いくつかの地域においては、大災害を想定した本システムの運用訓練が実施されている。 筆者は1999年から厚生科学研究「災害の種類別シミュレーション訓練のモデル作成に関する研究」 10)への協力者という位置付けで、外部から本システムに関与して来た。筆者の目から見て本システ ムはまだ救急災害医療関係者に十分認知されては言えず、また現実の対応に生かしうるかという点で 懸念がある。

図.広域災害・救急医療システム

 1) 未導入都道府県の問題

 導入都道府県は1999年度末で29に過ぎず、現状では大災害時に未導入県からの情報発信は期待でき ない。例えば、1999年12月1日に徳島県が大地震による甚大な被害を受けたと仮定した場合、徳島県 からの被災情報、応援要請情報が出ないばかりか、高知県、愛媛県、鳥取県、島根県、大阪府、京都 府、福岡県などからの受入可能患者情報や医療ボランティア提供の情報も、本システムからは汲み上 げることはできない。

 未導入県が存在する現段階で、システム未導入地域からの情報発信およびそれらの地域への情報提 供をどのように確立し、広域災害・救急医療システムと効率良く並立させてゆくかということに関係 者の関心は非常に薄い。しかし今後1、2年間に大災害がないという前提は、患者の命を預かる者と して戒められるべきであろう。

 この問題に対する回答(方法論)としては、すでにいくつかの提案がなされている。一つは未導入県 の主要機関にインターネットを介して本システムの非公開ペ−ジにアクセスする権限を与え、他の施 設などの情報も含めて入力させるものである。これによって、非公開ペ−ジを通じて他の地区の被災 情報を取り出すことができる。この場合の、システム維持に関する未導入県の費用負担については具 体的な論議が必要である。

 もう一つは未導入県からの被災情報、あるいは応援都道府県としての情報を、被災地外のいずれかの 担当者が受け取り、システムへ代行入力をする形である。この場合、未導入県には共通の入力項目を データベース入力できるようなソフトウエアをあらかじめ配付しておき、テキストデータの形でバッ クアップセンターなどに送信させる。これは前章で述べた、WIDE計画による IAA計画7)のバルク登 録と同様の方法であり、衛星電話や無線のパケット通信を通じて最低限のデータ通信が可能となって おれば、多数の施設からの情報を短い時間間隔で広域災害・救急医療システムへ送信することは可能 であろう。

 2) 情報入力の重要性と災害通信訓練について

 自治体や災害医療施設の担当者の中には、「大災害時においてコンピュ−タ端末に向かって悠長な 情報入力ができる筈がない」と考える人もいる。被災地からの情報発信には通信用の電源の確保や代 替経路(衛星電話や無線)の準備も必要であるが、情報入力ための人手を割くべきことの重要性は十 分に理解されていなければならない。院内の他の仕事に当てることができる職員を1人、本システム による通信に専念させることは、中央政府や関係機関の判断材料となるデータを積み上げることにつ ながり、全体の利益にかなうのである。

 また誰がどのような情報を得た時に本システムを「災害モ−ド」に切り替えるかという約束を徹底 する必要がある。そして、災害一斉通報などによって、入力担当者に対応の必要な災害の発生が通知 された後は、関連地域におけるすべての端末から粛々と情報入力がなされるべきである。具体的な入 力手順は災害通信訓練によって、複数の担当者が修得しておくことが求められる。また他施設のため の代行入力や、非導入県からの入力についてはさらに綿密な訓練が必要である。

 一方、災害通信訓練においては、同システムを通じた被災地内外からの情報の抽出と分析、関連部 署への連絡、意志決定といった、情報受信に関する訓練も必要である。

 3) 広域災害救急医療システム・ホームページ  http://www.wds.emis.or.jp/WdsScripts/Wds/default.asp

 大災害時において市民やNGO、報道機関などに対して、どのような災害情報が呈示されるかは、明 瞭には理解されていない。被災地などからのかなり詳細な情報が取り出せないならば、NGOなどの方 針決定には役立たないし、報道機関が被災地区の医療施設や関係省庁に詰めかけたり、取材電話が殺 到するといった事態を減らすことも難しいであろう。

 一方、非災害時においては「災害医療ライブラリー」といった名称で、災害医療関係者の自己啓発 に役立つ情報を豊富に収載し、併せて公的機関の情報公開や accountabilityの確保に貢献すること ができる。収載する価値のある情報としては、すべての都道府県および市町村の地域防災計画(特に 医療計画)、すべての災害基幹病院の防災マニュアル、災害機関病院で行う災害セミナーの予定・過 去の実施記録・配布資料など、厚生科学研究などによる災害医療関連研究の報告書全文、そしてその 他の災害関連論文(著者の許可を得て収載)などが上げられる。

 問題は誰がこのような資料のウェブ化の労を執るかであろう。われわれは「The Disaster Manual in a Multi-Media Style」11)などの構想を提唱し、労力の提供を申し出ているところである。

 4) MLおよび電子会議室(本システム導入都道府県関係者だけの非公開のもの)

 1999年度から付加された表記の機能が、十分に生かされているように聞かないのはなぜであろう か。これらは災害時の情報経路として考えられているものではあるが、非災害時に関係者の情報交換 や相互啓発、人的交流などに用いられていない限り、災害時に円滑に活用できるとは考えにくい。本 来、広域災害・救急医療システムは全国の自治体や病院関係者、消防署、保健所などを含む大きな事 業であり、1日がかりの集会を開いたり、機関誌を発行するなどの情報交換や意見調整の仕組みが必 要である。国の指導で自治体関係者を集めたりすることは行われているであろうが、「災害医学」あ るいは「災害医療情報学」というような学問的な視点からの分析、提言も重要である。そしてこのよ うな交流を行う上で、MLという方式はきわめて有用である。

 しかし、単にMLという容器を作っただけで満足する訳にはゆかない。交流の核とな るメンバーを積極的に育てる必要があるのではないだろうか。自治体や保健所、災害基幹病院などか らの情報開示の一環として、また広域にまたがる multidisciplinaryな防災活動の一環と捉え、防災 および災害医療体制の担当者の中で積極的な交流の機運を作り出すべきではないだろうか。

2.救急医療情報システム

 19777年から、都道府県を単位として、市町村の区域を超えた情報の収集提供を行う救急医療情報 システムの整備が、厚生省の指導により進められてきた。同センターは、24時間体制で救急医療施設 から空床の有無、手術の可否等の情報を収集し、消防本部、医療施設等へそれらの情報の提供を行う ものである12)。現在までに、山形、鳥取、島根、徳島、愛媛、宮崎、鹿児島、沖縄を除く 39都道府 県が導入している。前章で述べた広域災害・救急医療システムは、通常の救急医療に限定した救急医 療情報システムが都道府県単位で完結していたものを、災害医療情報を盛り込むかたちで整備が進め られている。

 救急医療情報システムは多くの地域で 200以上の端末を動かし、閉鎖型ネットワークを形成してい る。しかし日常の救急医療の中で、有用な情報ネットワークとして機能している地域は少ない。また 医療機関の空床状況、手術の可否などの表示には、実質的な情報はほとんど入力されていないとい う。その結果、消防機関は本システムを信頼せず、結局のところ電話連絡によって搬送先を決定して いる。また多くは市民への情報提供の体制を取っていない。

 このような状況にあって、救急医療情報システムの存在意義を考えるとき、以下のような提案が必 要になると思われる。

 1) 救急関連機関へのインターネット基盤の整備

 すでに救急医療情報システムが導入済みの地域においては、同システムの更新の時期をねらって広 域災害・救急医療システムへのバージョンアップをはかって来た。この際にインターネット対応のシ ステムを導入し、地域内救急関連機関の通信基盤の整備をはかるべきである。

 2) 空床情報、診療可否情報の入力を市民への義務として捉える

 医療機関にとって空床情報、診療可否情報などの入力は自らにとって直接役立つものではな い。またこれらの情報を日々更新することはかなりの手間を必要とするものである。しかし、消防本 部や他の医療機関に加えて、市民に対する情報提供の場と考え、正確な情報の入力に努めるべきでは ないだろうか。

 3) ホームページを通じた市民への救急医療情報提供の場とする

 インターネット型の救急医療情報システムを築いた場合、ホームページを通じて市民に情報を 提供することが可能となる。救急蘇生法(講習会の案内など)や中毒、感染症(サーベイランス情報 など)に関する情報をはじめ、地域に密着した救急医療情報を提供する。上記のような空床情報、診 療可否情報なども市民サービスの一環として捉えることができる。また自然災害や大事故などに伴う 緊急の情報提供が必要となる場合の、情報収載の場として利用できる。

 4) 消防本部、救急医療機関、救急医療対策協議会などの情報共有の場とする

 厚生省健康政策局が中心となってまとめた救急医療体制基本問題検討会報告書(1997年12月)13) では、救急医療機関と救急隊との連携強化が強く求められている。地域の救急医療に関する恒常的な 協議の場としては、地域救急医療対策協議会や二次医療圏ごとの協議会が考えられている。しかしこ れらの協議会における審議の内容は、一般の救急隊員や救急医療関係者にはほとんど伝わっていな い。救急医療情報システムのホームページは救急医療対策協議会からの情報を収載し、また末端の救 急医療関係者から直接提言を汲み上げるというような、活発な交流を可能にするのではないか。

 5) 地域の救急対応能力を監視する窓とする

 大学病院のある市であっても、搬送病院の選定に時に1時間近く掛かり、その間救急車に患者 を乗せたまま通信指令からの連絡をひたすら待つ。そのような地域がこの国には存在するのである。 この地域では心肺停止や多発外傷であれば大学病院の救命救急部門が対応するが、やや軽症の患者の 場合、第二次救急医療機関に収容先を見付けるのに大変な時間を要する場合がある。一方、1999年初 頭、インフルエンザの流行により、多くの救急医療機関が満床となり、人工呼吸器さえ不足するに 至った。この時は多くの地域において、救急患者の搬送先の選定にに少なからず苦慮した筈である。

 このような例では、ある種の救急患者に対する準備体制が破綻していることになる。救急医療情報 システムにおいて、地域全体としての受け入れ能力を数量的に把握し、各種の救急医療体制の矛盾を 解決することが自治体や保健所、あるいは上述の救急医療対策協議会の責務であると言えよう。


V. おわりに

 災害救急医療に関する通信ネットワークとして、筆者の教室で提供している草の根の救急医療ネッ トワークについて紹介し、続いて公的なネットワークである広域災害・救急医療情報システムと救急 医療情報システムについて説明した。前者はコンピュ−タ通信を用いて様々な立場の救急災害医療関 係者を、非災害時において効果的に結びつけることを可能にしており、災害時にも情報共有のための 有用な手段として機能しうると思われる。救急災害医療のための公的なネットワークにおいては様々 な不備を抱えており、国、自治体、消防本部、救急医療機関などが協力をして、改善してゆく必要が あると考えられた。


参考文献

  1. 甲斐達朗:医療施設の災害対策.エマージェンシー・ナーシング vol.9 新春増刊 176, 1996

  2. 白川洋一:地下鉄事件における中毒情報授受の実態調査.中毒研究 10: 58-62, 1997

  3. Ochi G, Shirakawa Y, Tanaka M, Nitta, et al. An Introduction to the Global Health Disaster Network (GHDNet). J J Disast Med 1997; 2: 18-22

  4. 氏家良人:O157の流行とインターネットを用いた緊急医療情報ネットワークの作成.救急医療 ジャーナル 6: (1) 通巻29号, 24-28, 1998

  5. Ochi G., Shirakawa Y., Asahi S., Toriba M., Sekikawa A., LaPorte RE: Information transmission through the internet for the Preparedness against Venomous Snakes in the Aftermath of Cambodian Flood in 1997, Japanese Journal of Disaster Medicine 4: 47-50, 1999

  6. 越智元郎, 冨岡譲二,伊藤成治ほか:インターネットによる救急災害医療情報の伝達、ICUとCCU 24: 91-96, 2000

  7. IAA Project: インターネット災害訓練(http://www.wide.ad.jp/index-j.html

  8. 厚生省健康政策局指導課:災害に備えた事前の体制整備.21世紀の災害医療体制, へるす出版, 東京, 25-48, 1996.

  9. 大友康裕:災害医療情報ネットワークについて.救急医療ジャーナル 6: (1) 通巻29号, 12-16, 1998

  10. 邉見 弘、原口義座、金子正光ほか:1997(平成9)年度厚生科学研究費補助金行政政策研究分野  災害時支援対策総合研究事業・報告書:災害の種類別シミュレーション訓練のモデル作成に関する 研究, 1999

  11. Ochi G., Nitta K., Tanaka M., Fukumoto S., Maekawa S., Shirakawa Y.: The disaster manual in a multi-media style. Prehosp Disaster Med 12: s68, 1999.

  12. 救急医療情報センター.国民衛生の動向 46: 216, 1999

  13. 厚生省健康政策局:救急医療体制基本問題検討会報告書, 1997年


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