愛媛大学医学部救急医学 越智元郎
2001年の初頭にあたり、日本救急医療財団 心肺蘇生法委員会委員の諸 先生方の御繁栄を御慶び申し上げます。また、わが国に心肺蘇生法の普及 において日本救急医療財団 心肺蘇生法委員会が果たして来られた御活動 に対し、深甚な敬意を表します。
さて本年、日本救急医療財団 心肺蘇生法委員会におかれましては 2000年8月に刊行された American Heart Association (AHA)の心肺蘇生法ガイ ドライン日本語版の刊行を準備され、同時にわが国の心肺蘇生法の統一 指針の策定のための協議を行っておられます。このような心肺蘇生法に関 するきわめて重要な文書の刊行の機会は、心肺蘇生関連の用 語や定義の統一をはかる好機であると考えます。わが国の心肺蘇生法指針 が、国際蘇生法連絡委員会(ILCOR)や AHAによる指針に織り込まれた国際的 統一の流れに合致した共通の用語・定義を使用することにより、心肺 蘇生法の普及や、多施設研究に世界中から参加する上で大きな成果が得られる と考えられるからです。
以上のような観点から私共は、AHA心肺蘇生法ガイドライン日本語版およ びわが国の心肺蘇生法の統一指針で使用され、ひいては今後わが国の共通 の用語・定義として、心肺蘇生法の研究と普及に関与する各団体、 学会で用いられるべき用語ならびに定義の案を提案申し上げます。貴委員会において 御検討下さいますことをお願い申し上げます。
末筆ではございますが、委員の皆様の益々の御発展を御祈り申し上げます。
2001年 1月 4日
愛媛大学医学部救急医学 | 越智元郎□ | |
同 上 | 白川洋一□ | |
同 麻酔・蘇生学 | 新井達潤□ | |
救急救命九州研修所 | 畑中哲生□ | |
市立秋田総合病院 中央診療部手術室 | 円山啓司□ | |
砺波総合病院麻酔科 | 生垣 正 □ | |
九州大学大学院医学研究院 災害救急医学 □ | 漢那朝雄□ | |
尼崎市消防局 尼崎北消防署 | 守田 央□ | |
有限会社マスターワークス | 伊東和雄 |
連絡先: 〒791-0295 愛媛県温泉郡重信町志津川 愛媛大学医学部救急医学 越智元郎 TEL 089-960-5710(直通) FAX 089-960-5714 e-mail: gochi@m.ehime-u.ac.jp |
1) 心停止 cardiac arrest
日本救急医学会において「医療機関に来院する心肺機能停止に関 する用語」の定義が策定されたきっかけは、「Dead on Arrival (DOA)」という用語の国内外での使用方法の違いが指摘され たことであった3)。そして「DOA」に代わる語と して 「cardiopulmonary arrest on arrival (CPAOA)」 を 始めとする各用語が定義された。しかし、欧米では 「cardiopulmonary arrest, CPA」という語を使うことは少 なく、「cardiac arrest」によって脈拍、自発呼吸がな く反応のない患者を表している4)。それゆえ委員会においては、 「心肺停止」でなく「心停止」を用いるのが適切である。
ここで、厚生省令などで言う「心肺停止状態」とは、反応がなく呼吸、循環の停止状態である「心停止」と、自発呼吸が停止しているが循環については停止に至らないか確認できない「呼吸停止」を併せて称する語である。呼吸停止を放置すれば短時間のうちに心停止に陥る恐れがあり、心停止に準じた蘇生対応が必要となる。
2) 心停止の心電図分類
次に、日本救急医学会では心停止の心電図分類として、心静止、 心室細動および電導収縮解離のみを上げている。これに対し、 諸外国では心停止患者の心電図を VF/pulseless VTとそれ以外とに大別し、 対応手順の上で電気的除細動の必要性の有無を際立たせている。日本救急医学会 の心電図分類には(無脈性)心室頻拍は無く、このことが救急救命士による除細動の 適応からも心室頻拍が除外されることにつながっている。これは用語の問題という よりも、むしろ心停止に関する概念が諸外国とわが国との間で食い違っていることを 示している。委員会においては、必ず心停止に無脈性心室頻拍を含めた記載に統一されたい。
また、わが国の一部では心室細動の略語として「Vf」を用い、心室粗動に「VF」をあてる表記法が使われている。救急医療の場面で心室細動と心室粗動を区別する意味はなく、 また海外の文献では心室細動として「VF」をあてることが一般的である。この機会に「心室細動(VF)」として統一されることを希望する。
一方、日本救急医学会が用いている「電導収縮解離」は諸外国では pulseless electrical activity, PEA(無脈性電気活動) としてまとめられている。われわれは「心停止」の心電 図分類として、「心室細動」、「無脈性心室頻拍」、 「心静止」および「無脈性電気活動」の4語を用いること、 そしてこれらについて日本循環器科学会を含む各団体と 合意を形成し、AHA心肺蘇生ガイドライン(翻訳版)を はじめとする各テキストにおいても、統一された用語で記載さ れることを期待する。
3) DNAR指示(Do Not Attempt Resuscitation order)
他方、「DNR指示(do not resuscitate order)」については、AHA によって2000年8月に刊行された心肺蘇生ガイドライン(以下、AHA Guidelines 2000)4)では、蘇生の可能性(成否)はともかくとして蘇生処置を開始するかどうか(attempt)という観点から「DNAR指示(Do Not Attempt Resuscitation order)」が用いられている。本語については日本語訳よりも英略語(DNAR)をそのまま使用することが適切であろう。またこの orderの主体を医師と考える誤解がある が、あくまでも患者本人またはその代行者が医療関係者等に対して(あらかじめ)要請するものであることに留意すべきである。
以上、日本救急医学会救命救急法検討委員会によるCPR関連 用語・定義にはいくつかの問題があり、委員会において同学会と各団体との 間で十分な協議を行い、適切なものに置き換えてゆく必要がある。
ウツタイン様式の「用語の使い方」の章で説明が加えられた重要ないくつかの語について、われわれの意見を加えて列記する。
心停止は、反応がない(意識がない)、無呼吸(あるいはあえぎ呼吸)、脈拍が触知できない、の3兆候で確認される心臓の機械的な活動の停止をいう。
救急システムの構成員以外の者による蘇生処置。状況によっては、医師、看護婦、救急救命士も bystander となりうる。この場合、正確には救急の専門的な技能を有する第一出動者(professional first responder)による心肺蘇生と表現される。
なお日本医師会監修 救急蘇生法の指針、1993年6)では、居合わせた市民(バイスタンダー)による心肺蘇生は "救命手当"、救急隊員によるものを "応急処置"、救急救命士によるものを "救急救命処置" と区別しているが、これらは必ずしも定着しておらず用語上の区別自体は不必要と思われる。
組織だった救急チ−ムの一員として救急業務に関与する人。単に救急救命士などの "資格を有する者" を指すものではない。
心拍を再開させようとする行為を総称して言う。心肺蘇生は成功、不成功、あるいは一次(basic)、二次(advanced)に分類される。
胸骨圧迫心マッサ−ジおよび呼気吹き込み人工呼吸により、有効な循環を回復させようとする行為。人工呼吸呼吸補助器具や一般用フェイスシ−ルドを使用する場合もあるが、バッグマスク法やより侵襲的な方法による気道確保(気管内挿管、もしくは咽頭を通過させる器具を用いるもの)、医薬品などを用いる場合は二次救命処置に分類される。
一次救命処置(basic CPR)を越えた意味で、アメリカで特に使用される。心停止の判定のしかた(一次救命処置と同様)や救急システムへの通報の仕方などを盛りこんだ、教育訓練のプログラムを指す。
一次救命処置(basic CPR)に加え、さらに高度な気道確保と換気の技術、電気的除細動、経静脈的あるいは経気道的薬剤投与を用いて、生体の自発的な循環を回復させようとする行為。またその教育訓練のプログラムを指す場合もある。なお、AHA Guidelines 2000において、電気的除細動それ自体は一次救命処置として明確に分類された。電気的除細動のわが国における位置づけについては今後の検討が必要である。
心停止の原因を厳密に究明することは本来困難であり、入手できる情報にもとづいて、心原性と推定される心停止とそうでないものに分類して統計解析を行うほかない。非心原性の心停止は、その原因がより容易に限定されるが、これに含まれないものは「心原性(推定)」のカテゴリ−に含まれる。
非心原性の心停止の原因は、しばしば明白で、容易に判定できる。
反応時間(response time)とも言う。救急本部で救急要請を覚知してから、救急車が現場で停止するまでの時間。覚知あるいは現場到着などの時刻については覚知時刻、現場到着時刻などと称する。2つの時刻の間の経過時間を "・・時間" と称することに注意。
「自動式体外除細動器」が正確な訳であり、傷病者の心電図のリズムを
解析する機能を有する除細動器を総称する。なお、救急救命士に対して使
用が許されている「半自動式除細動器(semi-auto or shock advisory
defibirillator)」も自動式体外除細動器(AED)の一種である。これらは
自動式除細動器として用いることも、医師や(医師の具体的な指示のもと
に)救急救命士が手動式で作動させることも可能である*。
*越智註:以下の報告書で出された新しい考え方であり、メディカルコントロールの確立を前提としている。現時点ではまだ、全国的に定着、合意に至った考え方ではない。
「病院前救護体制のあり方に関する検討会報告書 (平成12年5月)」
|3.救急救命士の業務内容について
AHA Guidelines 2000より前のガイドラインでは Emergency Cardiac Care (ECC)と表記された。Cardiopulmonary Resuscitation and Emergency Cardiovascular Care (CPR & ECC) と併記され、緊急治療を必要とする非外傷性疾患を総称する。
ニ次救命処置が許された正規の救急チームに先立って現場に到着し、自動式体外除細動器(AED)を用いた除細動処置や一次救命処置(Basic CPR)を実施する人あるいはチーム。米国では除細動の資格を有する消防隊員がパラメディクよりも早く現場に到着し、除細動などの蘇生処置を実施することが広く行われている。さらに AHA Guidelines 2000では警察官や一般市民などにAED使用の資格を取らせ、いち早く現場で処置を実施させようとする Public Access Defibrillation (PAD) の考え方が強調されている。ウツタイン様式日本語版「用語の使い方」の章では「一次当事者」と訳しているが、一方「救急システムに関する記載」の章では「第1出動あるいは第2、第3出動」という訳を用いている。一方、われわれはILCOR勧告(翻訳版)で「一次応答者」を用いた。
first responders という用語は救急医療システムの正規の一員として(例えば消防隊員が)対応する場合と、警察官や航空機乗務員などが救急医療体制とは無関係に活動する場合を共に含むと考えられ、前者のみを連想させる「一次出動者」でなく、「一次応答者」を推奨したい。また、わが国に定着していない概念であることから、「ファースト・レスポンダー」とカタカナ表記あるいはこれを併記することも検討されたい。
AHA Guidelines 2000では一般市民と healthcare providers の間で実施すべき蘇生処置に差を設けている。例えば後者には気道異物除去のために Heimlich法を実施させ、乳幼児の蘇生に備えてバックマスク法による人工呼吸の習得を推奨している。この healthcare providers は医師、看護職、助産婦、救急救命士などの法的な資格をもって医療活動を行う職種(医療従事者)のみならず、老人介護施設、託児所をはじめ様々な場で人々の健康に関わる立場の者を含めた概念である。健康管理者への心肺蘇生法の普及もまた AHA Guidelines 2000の重要な課題である。
新生児(newly born), 乳児(infant), 年少児(child younger than 8 years old), 年長児(child 8 years old or more)
現在、蘇生の手順と手技の適用を決定するにあたって最も重要視されているのは傷病者の年齢であるが、年齢のみによる区別では不十分であり、また成人から小児を、小児から乳児を区別する単一のパラメータは存在しない。とは言え、年齢区分を表す一応の定義を定めておくことは重要である。われわれは生後1週間未満を新生児、1歳未満を乳児、8歳未満を年少児、8歳以上を年長児としてわが国の心肺蘇生法テキストを記載することを提案したい。なお小児を8歳で区切ったのは8歳以上では成人とほぼ同様の蘇生手技が適応されるためである。また救急関連テキストなどで、乳児とすべき所を乳幼児と誤記されることがあるので注意を要する。
蘇生の最終結果を表す語は「転帰(outcome)」であるが、将来の経過を予測したり
一般的な経過を述べる場合に用いる「予後(prognosisi)」がしばしば誤用される。転帰を表す各種の用語についてはすべてウツタイン様式に準拠すべきである。
アメリカを米国、心臓を心臓病、協会を学会と表記する場合がある。AHAは単なる学術団体とみるには余りにも大きな社会的影響を有する団体であり、またその追求するテーマも心臓病には限られていない。また他の関連団体を「欧州蘇生会議」などと記載するのでなければ「アメリカ」を用いるのが適切であろう。従ってわれわれは「アメリカ心臓協会」を推奨したい。
(註:上記の英語表記に関しては日本救急医療財団の御指導を賜りたい。)
主に日本救急医療財団 心肺蘇生法委員会に所属する関連学会の代表によって構成される組織で、同委員会の海外向けの窓口としたもの。
参考文献
2.ウツタイン様式との間の用語・定義統一
(bystander CPR, lay responder CPR, citizen CPR)
照会先:厚生省健康政策局指導課
| (2) 救急救命士の業務内容の充実
| ア.電気的除細動
| また、乳幼児や低体重の傷病者に対しては、半自動式除細動器を用いて
| 成人と同様のプロトコールに沿った除細動は実施が困難なことから、こ
| れらは従来どおり除細動に必要な熱量等の医師の具体的な指示の下に除
| 細動を実施すべきである。
http://plaza.umin.ac.jp/~GHDNet/00/k5prehos.htm#42a
3.その他の重要用語
以上、日本救急医療財団 心肺蘇生法委員会の諸先生方、そして心肺蘇生の研究ならびに教育にたずさわる多数の関係者の御論議を御願いしたい(なお、本提案の関連資料が以下のウェブ資料8)に収載されているので、参照されたい)。
http://plaza.umin.ac.jp/~GHDNet/02/uts/j3uts0.html
http://plaza.umin.ac.jp/~GHDNet/99/ilcor4.html
http://plaza.umin.ac.jp/~GHDNet/00/kcyougo.htm