日本心肺蘇生法協議会への提言
Proposal to the Japan Resuscitation Council (JRC)

越智元郎*、畑中哲生**、白川洋一*、新井達潤***
Genro Ochi, Tetsuo Hatanaka, Yoichi Shirakawa, Tatsuru Arai

*愛媛大学医学部救急医学、**救急救命九州研修所、***愛媛大学医学部麻酔・蘇生学教室

キーワード:心肺蘇生法、日本心肺蘇生法協議会、ガイドライン、ILCOR、AHA

(蘇生(日本蘇生学会誌)19: 167-170, 2000)


 目 次



和文要旨

 日本心肺蘇生法協議会(Japan Resuscitation Council, JRC)は1999年に発足した、わが国の心肺蘇 生法普及に関与する組織、団体を結ぶmulti-disciplinaryな組織である。JRCには国際蘇生法連絡委員 会(ILCOR)と連絡を取りながら、世界標準に沿いまたわが国の事情を加味した心肺蘇生法の統一ガイ ドラインを策定し、国内の各組織に浸透させてゆく任務がある。今回、JRCがその機能を十分に発揮す るために求められる組織の基盤作り、ワーキンググループの発足、広報機能の充実などについて具体 的な提案を行った。


1.はじめに

 わが国における心肺蘇生法の普及にたずさわる者にとって、日本心肺蘇生法協議会(Japan Resuscitation Council, JRC)1)が発足した1999年は、大きな区切りの年と言えるであろう。世界的 な観点から心肺蘇生法のあり方を協議し、その教育方法についても共通の基盤に立とうとする、国際 蘇生法連絡委員会(International Liaison Committee on Resuscitation, ILCOR、1992年発足)2)の 活動はわが国の関係者にも知られていた。ILCORには、少なくとも一国の心肺蘇生法のあり方を決定できる組織でなければ参加はできず、様々な組織や学会などがいわば割拠するわが国において は、ILCORに代表を派遣することはかなわなかった。しかし、1999年7月わが国における心肺蘇生法に 関する統一的な協議機関としての日本心肺蘇生法協議会(Japan Resuscitation Council, JRC)が設立され、ILCORへの参加が検討された。

 筆者らは特定の組織の代表としてJRCに参加してはいないが、平成11年度厚生科学研究費補助金による「プレホスピタル・ケアの向上に関する研究」の活動の一環として、JRCの発足にかかわった。またILCORの「心肺蘇生法に関する勧告」3), 4)の翻訳を手がけ、さらに1999年 9月に開催された American Heart Association(AHA)の 2nd International Evidence Evaluation Conference5)にも参加した。

 このような経過から、われわれは1999年12月、JRCのあり方について提言書をまとめ、JRC事務局へ提出した。JRCへの各分野からの理解と援助を願い、われわれの提言の趣旨を紹介する。


2.日本心肺蘇生法協議会(JRC)が果たすべき役割と活動計画

 1999年 7月、関連学会、関連省庁、日本赤十字社などが参加してJRCが組織された。JRCは構成各組織 の合意として、実質的にわが国の心肺蘇生法の統一ガイドラインを策定する権限を付与された multi-disciplinaryな機関であり、そのことをもってILCORへの参加が実現した。

注:現実には手続き上の問題により、JRCの ILCORへの加入は遅れることとなった(本論文が刊行された 2000年 8月の時点では未加入である)。

 ILCORは「心肺蘇生法に関する勧告(1997年)」3)において、その設立意義について以下のように述 べている。

 『世界的なガイドラインの確立は実現可能な目標であり、我々がこのように主導性を発揮すること で、目標に向かって大きく前進することができたと信じている。継続的な国際協力には、他にもメ リットがある。世界の他の地域で実施され、異なる言語により記述された蘇生調査に対して、より正 当な評価を行うことが出来る。また、自分たちの現在の知識基盤がどれほどの欠点を持つものか、よ り鋭く感じ取ることができる。そして、蘇生科学を向上させようとする決意がより強まり、多施設研 究に世界中から参加できるようになって、より迅速に結果を出せるなどといったことがあるから だ。』


 JRCの設立には、世界におけるILCORと同様の意義や任務が期待され、つぎの点が重要である。

  1. わが国の関連各組織が協力して心肺蘇 生法の普及を推進するための、協議や調整の場・機会を提供する。

  2. わが国で行われている心肺蘇生法やそ の指導法に対し、相互評価の機会を設ける。なお客観的な評価を行うためには、心肺蘇生法の手順や その成果の記載法などに統一された指針が必要であろう。

  3. 心肺蘇生法や蘇生治療に関連した多施 設研究が容易となる環境をつくり、ひいてはその成果を共有し、将来の指針に反映させる。


     そして世界組織であるILCORや、各国における他の代表組織である AHAとの関連からは、

  4. ILCORやAHAなどと常に連絡を取りその活動に協力し、国際的な規模でを実現すること、

    を上げる必要がある。


 これらを具体的に推進するためには以下のような配慮が必要となる。

  1. 財政的基盤の確立

     JRCの活動を支える財政的基盤としては、

    1. 所属組織等からの分担金
    2. 研究費を含む国、自治体、公的機関、学術団体などからの補助金
    3. 私的企業、個人等からの寄付
    4. JRCからの出版物、開発機器などの販売利益

    などが挙げられる。ただし、JRCからの出版物がどの程度の収益を上げるか予想は難しい。少なくとも、AHA新ガイ ドラインの日本語版やJRCからの新指針の刊行には大きな社会的意義があり、同時にこれがJRCの財政 的基盤の強化に役立つことを期待したい。

  2. JRC所属組織間のデータ共有とデータベースの構築について:

     JRCにおいて心肺蘇生法の指針を策定したり、各種治療の効果を評価する上で、JRC所属組織がデー タを共有する必要がある。さらにデータ蓄積をコンピュ−タ化しデータベースを構築したり、必要に 応じて資料をネットワーク上に置くことが望まれる。共有する価値のあるデータには以下のようなも のがある。

    1. 各地域における病院外心肺停止患者の実数、発生場所、立ち会い者の有無、原因疾患、心電図 分類、年齢層や性別、受けた治療の内容、最終予後など(都道府県別に年間の実数をまとめ、人口比 での発生頻度も計算する)。

    2. 上記の患者のうちで市民による心肺蘇生法を受けた患者の数、市民処置の内容、処置実施者の背景(年齢、性別、心肺蘇生法の講習受講歴)など。

    3. 各組織が施行した心肺蘇生法の講習の受講者数、講習の内容、受講者の背景など。

    4. 心肺蘇生法やその講習に伴う感染が疑われる事例、心肺蘇生法やその訓練を実施中に発生した事故例など。

    5. 顕彰すべき心肺蘇生法実施者

  3. 広報手段の確保

     JRCの活動は多数の組織・機関にまたがるが、決定事項などを早急に広報する必要が生じることがあ る。機関誌のような広報手段の必要性については言うまでもないが、速報性や多量のデータを扱った り、データベースの共有という観点からは、インターネットが有用である。

    1. JRC事務局の日本救急医療財団が 刊行している「救急医療ジャーナル」誌にJRCに関する広報欄を設ける。あるいはJRCのための新たな 機関誌を刊行する。

    2. インターネット・ウェブサイトを 通じた広報と情報共有をはかる。

  4. JRC内のワーキンググループの立ち上げ

     JRCにおいては、国内統一指針の策定をはじめ、様々な急を要する課題をかかえている。これらに対し て全体会議として作業を進めることは効率が悪く、また国内の専門家を直接参画させた方が、より的 確な論議が可能になる。われわれは各組織から当該分野の専門家を集める、AHA方式のワーキンググ ループ(以下、WG)での検討を提案したい。そして、立ち上げる価値のあるWGとしては、国内統一指針の策定に関するもの、AHA新ガイドラインの翻訳に関するもの、ILCORとの連絡に関するもの、アジア地区の各組織との連絡に関するもの、広報に関するもの、データベース構築に関するもの、用語統一に関するもの、などが挙げられる。


3.国内統一指針の策定について

 かつて消防、日赤、学会関係など各分野の代表が参加した、日本医師会救急蘇生法教育委員会にお いて、わが国の心肺蘇生法の統一案が協議された。そして各組織で行う心肺蘇生法教育についても、 この統一案に準拠することを申し合わせた6)。申し合わせの骨子は次の2点であった。(1)1992年の AHAに沿った救急蘇生法教育を行う。(2)救急蘇生法教育には止血法を含む。この協議のあと日本医師 会からは「救急蘇生法の指針―一般市民のために―」7)および「救急蘇生法の指針―医師用―」8)が 刊行された。

 上記のような経過にもかかわらず、気道確保確保時の口腔内異物確認の扱いをはじめとして、各組織 の指導内容には差が生じている2), 9)。今回、ILCORへの加盟、さらに日本医師会救急蘇生法教育委員 会が叩き台とした 1992年の AHAガイドラインの大幅改定といった新しい事情がある。これを受けて JRCは、世界基準に沿いなおかつわが国の事情にも十分に配慮した、新指針を策定する必要がある。こ の統一指針が国内で十分に尊重され、市民に無用な混乱を生まないことを願うものである。新 指針策定までに必要なステップについて私見を述べる。

  1. 日本医師会救急蘇生法教育委員会による心肺蘇生法の統一案策定ならびに「救急蘇生法の指針」 1), 8)刊行の経過、特に各組織間の合意の内容について、当時の日本医師会の記録を参照する。

  2. 上記の記録内容の如何は問わず、2000年に予定されている新指針の策定は、手続き上、かつての 医師会統一案(「救急蘇生法の指針」7), 8))を改訂する形を取る。またJRCから新指針に準拠したテ キストを早急に刊行する。

  3. JRCによる新指針は原則として「ILCOR勧告」3)に準拠し、 またAHAなどILCOR所属組織のガイド ラインの内容を反映したものとする。

  4. 新指針を国内で普及させるために、JRCに参集した全組織が以下の申し合わせをする。

     a. 各組織内でJRC刊行による新しい心肺蘇生法テキストの使用を推奨する。

     b. 今後各組織が新しい心肺蘇生法テキストを刊行する場合はJRCの指針に準拠した内容とし、特に最 低限の処置の流れ(Sequence of action)については不要な加筆・訂正を避ける。

     c. 各組織の心肺蘇生法テキストで使用する用語についても、できるだけJRCの指針で採用されたもの を使用する。

     d. JRCの指針や心肺蘇生法テキストに改訂すべき部分が生じた場合には、その都度所属組織に連絡 し、各組織のテキストについても訂正を行う。


4. JRCのAHA International ECC Guideline Conference ならびに次回ILCOR会議への関与について

 AHAの Guideline Conference は新ガイドライン策定のための最終的な全体会議となるもので、2000年2月にダラス市で開催された。AHAでは国内で普及させる心肺蘇生法ガ イドラインの刊行と平行して、国際版の刊行を考慮している。各国の救急医療体制などの違い を考慮した国際版の刊行においては、本会議におけるJRC代表のコメントは重視されるだろう。

 また JRCからの有用な evidenceの呈示には意義がある。AHAは英語圏以外の論文などについても参照する方針である。しかし、2000年刊行の AHA新ガイドライン策定においては、心肺蘇生に関する科 学的根拠の評価の作業はほぼ終了しており、次の改訂に向けての継続的な努力が必要である。

 前回の AHA会議4)で日本の論文が幾つか evidenceとして取り上げられたが、内容が理解されない悩みが述べられた。 AHA担当者が 望む日本語論文をJRCで翻訳して提供することは重要である。

 著者らは前回の AHA会議の先立ち、会議の参加者のために救急蘇生に関する日本の状況を要約し関 係者に送付した()。われわれの資料はあくまでも非公式なもので、JRCとして公的な情報提供ができ れば、国際版ガイドライン刊行など、AHAの活動へのよいバックアップになると考える。

 2000年6月初め、ヨーロッパ蘇生会議(ERC)の学術会議10)がベルギーで開催され、このとき併せ てILCOR会議が開催される。このような会議に日本の evidence を発表することは意義が大きい。われわれはAHA会議に続く ERCの学術会議についても重要な機会と認識し、JRCからの 参加者の人選を急ぐことを提案したい。

 最後に、われわれは救急医療関係者として、また医学生や救急隊員への教育を担当する者として、JRCの今後 の活動には大きな期待を寄せている。本提言が、JRCの活動への何らかの示唆となれば望外の喜びであ る。


文 献

  1. 美濃部 嶢:財団の活動報告 (1) 心肺蘇生法委員会の開催とJRC(日本心肺蘇生法協議会)の設 立.救急医療ジャーナル 7: (5) 通巻39号 p.84, 1999

  2. 越智元郎、畑中哲生、生垣 正,他:心肺停止(CPA)とプレホスピタルケア:I.心肺蘇生法の普及.救急医学 23: 1883-1887, 1999

  3. ILCOR Advisory Statements(救急医療情報研究会による和訳)
    http://ghd.uic.net/99/ilcor.html

  4. 越智元郎、畑中哲生、生垣 正、小田 貢、石原 晋、守田 央、白川洋一:心肺蘇生法に関するILCOR勧告(翻訳版)について.日本救急医学会誌 10: 625, 1999

  5. 美濃部 嶢:財団の活動報告 (2) AHA 2nd International Evidence Evaluation Conferenceの参加報告.救急医療ジャーナル 7: (6) 通巻 40号 p.71-72, 1999

  6. 青野 允:蘇生法の国際基準を目指して わが国の現状.朝日メディカル 1999年3月号 p.70-71

  7. 日本医師会・編:救急蘇生法の指針−一般市民のために−.へるす出版,東京,1993

  8. 日本医師会・編:救急蘇生法の指針―医師用―、へるす出版、東京、1994年

  9. 越智元郎,畑中哲生,生垣 正,他:わが国における心肺蘇生法指導法の統一を望む
    http://ghd.uic.net/98/ib20cpr.html

  10. Resuscitation 2000, 5th Scientific Congress of the European Resuscitation Council
    http://www.erc.edu/conferences_meetings.htm



表1
AHA Second International Evidence Evaluation Conferenceに向けての提案書
(抜粋抄訳)

愛媛大学医学部救急医学 越智元郎
救急救命九州研修所   畑中哲生


 われわれは表記会議において、心肺蘇生法普及に関する日本の考え方、問題点などを、各国からの 出席者に伝え、また本会議の実りをわが国の救急医療関係者に還元することに尽力したい。


主な提案

 1.ILCOR勧告とAHA Guidelines 2000の翻訳

 他国のすぐれた思想や運動を国内に浸透させようとするとき、適切な翻訳資料を作成することはき わめて重要である。われわれはILCOR勧告ならびにAHA Guidelines 2000の翻訳版出版が許されること を望む。

 2.わが国の二次救命処置に関する現状

 ILCOR/AHA による心肺蘇生ガイドラインの目標の一つがいかに VF/VTを早期に診断し、早期に除細 動を行うかにあると思われる。しかしながらわが国のプレホスピタルケア体制と欧米のそれとの間に は非常に大きな差が存在する。

 3.救命処置等に関する用語の問題

 AHAの心肺蘇生法ガイドラインにおいて、米国の救急医療事情を反映する用語が使用されており、一 部の用語についてはわが国では対応する用語は必ずしも存在しない。それらについて適切な定義をお 願いしたい。

 4.市民による心肺蘇生法実施率向上のためには以下のような努力が必要と考えられる。

  a)心肺蘇生法実施率評価法の標準化
  b) 市民の蘇生処置に関する詳細なデータを蓄積すること
  c) 感染症の危険性と感染防止器具の評価、補償体制の充実
  d) 公務員などへの心肺蘇生法習得の義務づけ

 われわれは本資料を通じて、日本固有のいくつかの問題についてご説明した。AHA Guidelines 2000 の策定作業において、各国の事情についても配慮願うことにより、本ガイドラインが名実と もに世界標準としてふさわしい汎用性と深みを備えられることを期待する。

注)本提案の原文は以下のインターネットサイトで公開されているので、参照願いたい。   http://ghd.uic.net/99/j9dallas.htm


■救急・災害医療ホームページ/ □救急医療メモ