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妊娠・出産に関して
妊娠や出産は健康な方においても一定のリスクを伴うものです。筋強直性ジストロフィーの患者さんは、妊娠・出産に関する様々なリスクを有するため、妊娠前からリスクを理解し、十分な準備と態勢を整えて臨むことが大切です。ここで書かれていることを読んで、医療者とよく相談していただくことで、安全に妊娠・出産を行うことができるよう願っています。
- 妊娠前に気を付けることは何ですか?
ご夫婦どちらかが筋強直性ジストロフィーと診断されている場合には,お子さんを希望された段階で,「妊娠をする前に」ご夫婦で遺伝カウンセリングを受けて頂くことが大切です.遺伝カウンセリングでは,出生前診断に関する情報も得ることができます.この疾患では,50%の確率で,生まれてくるお子さんが同じ疾患である可能性があります.お母さんからお子さんに遺伝する場合,お母さんよりも症状が強くなり,生まれてすぐに症状が出てしまう重症な場合(先天型)もあります(表現促進現象といいます).お父さんからお子さんに遺伝する場合は,お母さんからの遺伝の場合に比べて軽度の場合が多いですが,中にはお父さんより重症になる場合もあります.お子さんが非常に重症な場合,妊娠途中で流産することがあります.
- 妊娠管理,出産をする病院を選ぶ場合に気を付けることはありますか?
妊娠・出産は通常よりも,様々なリスクが伴います.
このため,自宅出産や新生児科のない産院などでの出産は避けるべきです.
少なくとも神経内科,すぐに帝王切開の対応が可能な産婦人科,出生したお子さんを安全に管理してくれる新生児科(新生児集中治療室)の3つを備えた医療機関での妊娠管理,出産をする必要があります. 妊娠中はお母さんの症状,筋痛,ミオトニアや高CK血症などが悪化することがありますので,すぐ相談できる神経内科があると,産婦人科の先生たちも安心できます.また,出産の時間が長引いたり,出血が多くなったりすると,お腹の赤ちゃんの具合が悪くなってしまうことがあります.この場合は,赤ちゃんとお母さんの命を守るために,帝王切開に切り替える必要があります.この対応が可能な産婦人科を選ぶことが必要です.最後に,赤ちゃんが予定よりずっと早く小さく生まれてしまったり,出産の時のストレスで赤ちゃんが疲れてしまったり,赤ちゃん自体が同じ病気である場合,症状が重く,呼吸が不十分な場合があります(先天型).このような時に備えて,すぐ,赤ちゃんに対応してもらえる新生児科(新生児集中治療室:NICU)をそなえた医療機関で出産する必要があります.
- 病気が妊娠のしやすさ(受胎能力)に影響することはありますか?
これは意見が分かれているところです.この病気では,性腺の機能が悪くなることが知られていますので,月経不順や排卵誘発への反応が悪いことが予測されています.ですが,実際調べてみると,そのようなデータはなく,あまり影響はないと現在は考えられています.男性不妊に関しては頻度が高く,男性の患者さんの2/3が精巣萎縮や,精子の数が少なくなると報告されています.
一方で,子宮外妊娠が一般の5-10倍多いことが最近報告されています.
- 赤ちゃんへの実際のリスクはどのくらいですか?
妊娠中,出生後の赤ちゃんの死亡率は15%と通常の10倍以上高いと報告されています.しかし,これは赤ちゃんが重症な先天型にかかっている場合です.その場合,赤ちゃん自体の筋力が弱く,呼吸ができないなどの理由で助からないことがあります.もし,このように赤ちゃんの筋力が弱い場合でも,新生児科やNICU(新生児集中治療室)が早期に対応することができれば,リスクを軽減することができます.赤ちゃんが同じ病気でも軽症な場合や,病気にかかっていない場合は,赤ちゃんへのリスクはそれほど高くないと言われています.
- 自然流産や早産のリスクは高いのでしょうか?
流産に関しても意見が分かれています.自然流産が多いという報告もありますが,実際の報告では,13%程度と一般の12~15%とそう変わりがありません.
一方で,早産は非常に多く,50%が早産(38週より前の出産)になってしまいます.早産になってしまった例の6割は比較的安全な35週以後の出産ですが,4割は危険が伴う35週前(27週から34週)の早産になってしまうとされています.赤ちゃんが重症な先天型の場合に多くみられます.早く生まれてしまった場合に備えて,新生児科のある医療機関で妊娠管理を行いましょう.
- 妊娠中の合併症で気を付けることは何でしょうか?
妊娠中毒症の合併は通常と比べても,それほど多くはないと言われています.最近注目されているのは尿路感染症で,報告では13%ものお母さんが合併したとされています.中には,重症化して手術で腎臓を摘出する必要があったり,血液に菌が入ってしまって,敗血症という重症な状態になったりすることもあり,注意が必要です.
また,前置胎盤が通常の10倍以上起こりやすいこともよく知られています.これは,子宮内の胎盤(お母さんとお子さんをつなぐもの)ができる場所が通常よりも下側,出口に近い側にあるため,出血を起こしやすく,出産も通常分娩による出産は危険であるため,帝王切開による出産が必要となります.前置胎盤が多い理由は,お母さんの子宮がうまく動かないことや子宮の中の膜がうまくつくられないためと考えられています.
妊娠中に羊水過多といって,子宮の中にある水が多くなる異常が10~20%にみられると言われていますが,これはお母さんの問題ではなく,赤ちゃんが先天型である場合にみられます.羊水過多の症状が出てきたら,医療機関で赤ちゃんの状態を注意深く診てもらいましょう.
他,妊娠中に糖尿病が発症したり,悪化したりすることも知られています.また,気分の落ち込みやマタニティーブルーが強く出てしまうこともあるので,よくご家族やかかりつけの先生に相談にのってもらうようにしましょう.
- 妊娠中にお母さんの病気の症状は悪くなりますか?
30%のお母さんが,筋痛や筋力低下,ミオトニアの症状が妊娠中に悪化したと言っています.また同時に高CK血症が指摘されることも度々あります.ですが,多くの場合は急激に体重が増えたことなどが原因になると言われており,一過性で症状は改善します.極一部のお母さんの中には,筋痛,筋力低下の症状が急激に悪くなってしまうこともあります.
- 妊娠や分娩の管理で,他に気を付ける点はなんですか?
不整脈に気を付けて,定期的に心電図をとる必要があります.また,筋力低下に伴って,呼吸筋力の低下,飲み込みのしにくさ,胃から腸への排出の遅れなどの症状が強くなると,肺炎を起こすことがあるので注意が必要です.
- 分娩のリスクはどんなものがありますか?
分娩第I期(始まってから,子宮口が全開大するまで)の時には,子宮の動きが悪く,陣痛が弱かったり(微弱陣痛),長引いたりしてしまうことがあります(遷延分娩).II期(赤ちゃんが出てくるとき)にも同様に,陣痛が弱かったり,お母さんのいきみが弱いために,分娩が長引いたりしてしまうことがあります.この時に注意しなければならないのが,なかなか出てこられないことにより,赤ちゃんが疲労してしまい危険な状態になってしまうことです.赤ちゃんの心臓の動きが悪くなったり(胎児心音低下),時に胎児仮死と言って,酸素が足りなくなったりする重症な状態になってしまうことがあります.そんな時には,ためらわず帝王切開で赤ちゃんを助けてあげる必要があります.
III期(出産後から胎盤が出るまで)になっても油断は禁物です.子宮の収縮が悪いために大出血を起こしてしまうことや,胎盤の位置やくっつき方が異常でやはり大出血してしまうことがあるので,注意が必要です.
- 産後に気を付けることはありますか?
子宮の収縮が悪いため,後陣痛(拡張した子宮が産後にもとに戻ろうとして強く収縮する)が長引くことがあります.妊娠中に悪化した,筋痛や筋力低下が持続することもあります.
また,疲れやすさがあり,疲労回復にも時間がかかるため,時に日常生活や育児をするほど体力が戻らないこともあります.
お父さん,ご家族は,この点をよく理解して頂き,お母さんを精神的にも支えてあげてください.
- 妊娠中,分娩時に使ってはいけない薬はありますか?
とても大事なポイントです.
早産を起こしやすいのが特徴のひとつですが,早産防止目的の子宮収縮抑制薬には注意が必要です.日本でよく用いられる子宮収縮抑制薬は,硫酸マグネシウム(マグネゾール)と塩酸リトドリン(ウテメリン)があります.塩酸リトドリンでは,横紋筋融解といって,筋肉が壊れてしまい,異常に血清のCK値が上昇する病態を起こしやすいため,投与は注意が必要です.一方の硫酸マグネシウムも,呼吸を抑制してしまう重大な副作用があり,こちらも慎重投与が必要です.このため,海外ではインドメサシンの使用が推奨されていますが,日本では妊娠中の使用は禁忌であり承認されていません.どちらの薬を使用するにしても,副作用に注意が必要です.
また,帝王切開時の麻酔薬,筋弛緩薬は必要最低限とすることが基本です.特に,バルビツール酸系の麻酔薬で,呼吸が抑制される重篤な副作用が知られています.また,脱分極型の筋弛緩薬を使うことにより,筋痙攣やミオトニアの増悪が知られており,あらかじめ,これらの薬の使用に関しては,主治医の先生と確認をしておく必要があります.
妊娠出産注意事項(PDFファイル)