ラトケのう胞(嚢疱)について

ラトケ嚢胞(のう胞)Rathke’s cleft cyst

  1. 下垂体にできる中に液体がたまっている袋のような腫瘍です
  2. 小児から成人までいろいろな年齢層で偶然発見されることが多いです
  3. 症状も何もないものが圧倒的に多いので,基本的には治療する必要がない腫瘍です
  4. まれに大きな嚢胞となって症状を出します
  5. 眼がみづらくなったり(視野障害),おしっこがたくさん出たり(尿崩症),下垂体ホルモンが足りなくなったりします
  6. 頭痛を出すこともあるのですが,ラトケ嚢胞のために頭痛がしているのかどうか慎重に考える必要があります
  7. 頭蓋咽頭腫と間違えられやすい病気ですからMRI検査をきちんとみれる医師に相談しましょう
  8. 治療は鼻の孔からのぞいてのう胞をぷつんと破る簡単な手術でいいです
  9. 経蝶形骨洞手術といいます
  10. ラトケ嚢胞を完全に手術でとろうとすると下垂体ホルモンの分泌障害を出す恐れが高いのでそのような手術はしません
  11. だいじなことは,ラトケ嚢胞のほとんどは治療をする必要がない腫瘍だということです
  12. 症状もない小児のラトケ嚢胞を手術する脳神経外科の先生がいますが、私はそれには反対の立場です
  13. 手術を勧められた時には簡単な手術と言われてもセカンドオピニオンを聞きましょう

MRI画像です

ラトケ嚢胞のMRIです。両耳側半盲という視野の障害(目がみづらい)で発症した女性のものです。左はT2強調画像と言います。右はガドリニウム造影剤を使ったものです。嚢胞のうすい壁だけが見えますが,中身は液体です。鼻孔から入って嚢胞をぷつんとつぶすだけの手術をします。

T2強調画像ガドリニウム造影画像

下は,手術後のMRIです。嚢胞はぺしゃんこになって視力は良くなりました。正常の下垂体は残っていてホルモンの障害もありません。

手術後

下垂体ホルモンの異常だけで発症するラトケ嚢胞もあります


この患者さんは軽い下垂体機能低下症で発症しました。蝶形骨洞の中にのう胞が拡大していますが,鞍上部には全く伸びていないので,視神経交叉は正常に見えます。この手術はとても簡単です,嚢胞をぷつんと破って液体を排出するだけにした方がいいでしょう。何故なら下垂体がうすく菲薄化funningしているので嚢胞壁を摘出しようとすると前葉機能を低下させるリスクが高いからです。

ラトケ嚢胞は再発することがある

おそらく70%以上のラトケ嚢胞は最初のぷつんと破る手術で治ってしまって再発しないです。でもたまに,再発するものがあります。また鼻の孔から破ってのう胞をぺちゃんこにします。でもしつこくまた再発して大きくなるものがあります。

その場合は,開頭手術といって頭を開けてラトケ嚢胞の壁をできるだけ取り除くという手術が必要になることがあります。いずれの治療においても,できれば下垂体の機能を守ってホルモンの異常が悪化しないように努力します。しつこいラトケ嚢胞は,下垂体柄という部分が風船のように膨らんでいることが多いです。開頭術中にみると,この部分は半透明で薄いのう胞の壁ですから,一見,取っても大丈夫のように見えますが,実際には下垂体柄なので摘出が過ぎると手術後に尿崩症や下垂体不全が悪化します。意外に難しい手術です。正常の下垂体柄はrete mirabillisを見つけることで認識できますから,この血管網のある部分を残すのがコツです。

気になる論文(権威のある雑誌のふしぎな論文)

Aho CJ, et al.: Surgical outocmes in 118 patients with Rathke cleft cysts. J Neurosurg 102: 189-1993, 2005

118人の患者さんを経蝶形骨洞手術で治療した結果です。完全摘出が114例(97%)でした。視力視野障害があった58人のうちの57人(98%)で症状の改善がありました。性腺機能低下(性ホルモンの分泌低下)があった62人のうちで11人(18%)に改善が見られました。成長ホルモン分泌低下があった78人のうちで14人(18%)に改善が見られました。副腎皮質ホルモン低下があった7人のうちで1人(14%)に改善が見られました。手術後の合併症として尿崩症が出た患者さんは22人(19%)でした。5年くらいの観察期間で,118人中の21人(18%)に再発があり,12人は再手術となりました。再発の原因として疑われたものに,トルコ鞍を閉じる時に脂肪や筋肉片を使ったことと,病理でsquamous metaplasia(頭蓋咽頭腫を疑わせる所見)があったことと書かれています。のう胞壁の切除率と再発率には関連はありませんでした。ちなみに,何もしないで経過観察した61人の患者さんでは,42人で大きくなることもなく経過したとのことです。

解説:この論文で疑問(意外)なところは,完全切除率がとても高いことです。実際に,ラトケ嚢胞の薄い壁は下垂体を傷つけないでそれほど容易に完全に摘出できるものではありません。この点から,術後合併症としての尿崩症の発生率が高いものと推測されます。のう胞の壁の摘出率と再発率には関係ないとも書かれていてちょっと矛盾します。しかし,尿崩症を出さないようにのう胞の壁の部分摘出を試みれば,また逆に再発率は高くなることが予想されます。いずれにしても初回手術では無理をしないほうがいいように思います。

トルコ鞍黄色肉芽腫との中間型

ラトケのう胞は,病理組織診断でも頭蓋咽頭腫とトルコ鞍部黄色肉芽腫と鑑別できないようなものがあります。この3者には移行形のようなものが存在するのです。ですから,術前診断にもとても迷いますし,学術論文でもラトケのう胞の論文の中にトルコ鞍部黄色肉芽腫が混ざって書かれていることがあります。

この画像はプロラクチンが上昇 (51ng/ml) して生理不順になった20代女性のものです。プロラクチン産生腫瘍には見えません。左の画像では嚢疱が2つ見られます。右の画像では,上の嚢疱に液面 fluid-fluid levelが見られて,腫瘍内の出血があったようにもみえます。手術後の病理診断は両方共にラトケのう胞でした。プロラクチン値は正常に戻りました。

でも手術中の所見では,上方のものは黄色肉芽腫のようで,嚢疱内用液は頭蓋咽頭腫のように廃液用のドロッとした暗緑褐色のもので,さらにキラキラ光るコレステリンの結晶がたくさん出てきました。下の嚢疱は黄褐色の通常のラトケのう胞の内容液でした。両方ともに下垂体の正常腺組織とは区別がつかない繊維化した壁があって,危うく下垂体機能損傷を生じるところでしたが難を避けました。

このような腫瘍では下垂体機能障害を招いてしまうことが多いので,嚢疱を破るだけにとどめて壁となっている組織を積極的に摘出しない方がいいでしょう。下垂体腺腫でもなく頭蓋咽頭腫でもなく,炎症性組織あるいは肉芽腫様に見えたら切除を中断することが肝要です。

ここからは専門的な記述

1)疾患概念

Rathke’s pouchは胎生早期に閉鎖するものであるが,下垂体のpars distalisとpars nervosaの間に遺残して,生後も残存することがある。これが,下垂体前葉と後葉の間 (interbolbar cleft) で増大するものをRathke’s cleft cyst (Rathke’s cyst ラトケ嚢胞と略する)という。剖検では肉眼的に確認できるものでも5分の1例(20%)と高頻度に発見されるが,多くは非常に小さなものであり無症候に経過するものが最も多い。嚢胞は一層の円柱上皮で囲まれ,内部に黄褐色の液,時には粘液(コロイド様内容物)を含む。白濁粘性の膿瘍のように見える液体や血腫を含む場合もある。
MRIで偶然,小さなのう胞が前葉と後葉の間に見つかることは多いが,これは葉間のう胞 interlober cystと呼ぶ。頭蓋咽頭腫とラトケ嚢胞に類似した画像所見を呈し,内容物に粗大なコレステリン結晶と炎症性肉芽腫組織を含むものがあるが,これはトルコ鞍部黄色肉芽腫 xanthogranuloma of the sellar region でありラトケ嚢胞ではない。

2)診断

年齢層は小児から成人を含み,偶然発見される無症候のものが圧倒的に多い。稀に大きな嚢胞となり症候性となる。症候性ラトケ嚢胞は,下垂体柄の前方で視神経交叉を下後方から圧迫して両耳側半盲を生じる。下垂体が菲薄化して前葉不全を生じたり,あるいは後葉と下垂体柄を圧排して尿崩症を合併することもある。その他の随伴所見としては,頭痛や高プロラクチン血症が多い。第3脳室内に伸展して水頭症を生じたり,嚢胞内溶液が髄腔内にもれて無菌性髄膜炎を起こしたり,嚢胞内に感染した報告もあるが稀なものである。

画像診断にはMRIを用いる。円形あるいは楕円形の嚢胞であり,トルコ鞍内あるいはトルコ鞍上部伸展を呈することが多いが,鞍上部のみに位置して下垂体柄に付着して存在することもある。境界明瞭な単房性嚢胞で石灰化を含まない,均一な信号強度を呈することが典型的な所見である。信号強度は嚢胞内容物によって異なり,様々な様相を呈して一定しない。

画像上の鑑別診断は,頭蓋咽頭腫,トルコ鞍部黄色肉芽腫と嚢胞性非機能性下垂体腺腫である。下垂体腺腫とラトケ嚢胞が偶然合併することはまれではなく,術前鑑別診断は時として困難であり,手術後の組織所見で初めて明らかになることもある。いずれにせよ嚢胞壁が薄く内容物が均一であることがラトケ嚢胞を疑うもっとも大きな根拠となる。

3)治療

近年,MRIが汎用されるようになり,無症候性ラトケ嚢胞が多く発見される。このように偶然発見されたものは,15 mm程度のある程度目立つ大きさであっても,何もせずに経過観察してよい。症候性となったものだけが治療の対象となり,逆に無症候性ラトケ嚢胞を手術してはいけない。
ラトケ嚢胞の薬物治療はないので,経蝶形骨洞手術によって嚢胞開放を行い,内容物を排出除去するのみに止めるか,下垂体組織を損傷しないようにごく一部を切除する(造袋術:marsupialization)。本来は嚢胞壁全体に上皮細胞が存在するので全摘出しなければ再燃するとの危惧もあるが,この手術手技のみで治癒することが多く,嚢胞が再発あるいは症状が再燃することは多くはない。この手術によって切除できる嚢胞壁はごくわずかな量であるので,術後の病理組織診断に苦慮することも多い。内容物にコレステリン結晶が多く含まれているもので炎症性結合組織が認められればトルコ鞍部黄色肉芽腫 xanthogranuloma of the sellar region であるので,これも全摘出しないで手術を終了した方が良い。

時に嚢胞開放術の後に嚢胞が再増大するが,これも同様な手技で再手術する。何度も再発をくり返す場合は,開頭手術で嚢胞壁を大きく切除しなければならないことがあるがなるべくこの手術方法は避けた方がいいし,嚢胞壁の全摘出は残存する下垂体機能に大きな障害を与えるので行わないようにする。

4)予後

無症候性のものの予後は良好であり,増大して症候性嚢胞になることは稀である。また,手術後の再発も少ない。頭痛や視力視野障害はほとんどが改善する。下垂体機能不全は手術によって回復しないこともあるが,必要に応じてホルモン補充療法を行う。

5)文献

Kim JE, Kim JH, Kim OL, et al. : Surgical treatment of symptomatic Rathke cleft cysts: clinical features and results with special attention to recurrence. J Neurosurg 100: 33-40, 2004

Naylor MF, Scheithauer BW, Forbes GS, et al. : Rathke cleft cyst: CT, MR, and pathology of 23 cases. J Comput Assist Tomogr 19: 853-859, 1995

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