視床下部と下垂体の特殊な機能障害

  • 間脳下垂体不全といいます
  • 下垂体腺腫では視床下部障害が起こることはめったにありません
  • 下垂体ホルモンが足りないために起こる障害はとても良く知られていますが,ここでは比較的めずらしいものを書いていきます
  • 特に,視床下部の障害では普通の臨床医が知らないことも多いので,内分泌専門の先生に相談して下さい
ホルモン治療に対する医療費の補助は「特定疾患治療研究事業」の対象疾患として認められています
全国で「下垂体機能障害」に対して補助を行っていますので地元の役所で調べて下さい

肥満について(下垂体不全)

  • 下垂体を全部摘出してしまったときには高頻度に肥満がおきます
  • たくさん食べているわけではないと思うのに太ってしまうという症候です
  • とにかく体重が増える,BMI (body mass index)が増えるというのが診断です
  • 下垂体のホルモン不足では,成長ホルモン欠損,男性ホルモンの欠乏でも肥満が生じます
  • ステロイドホルモン(コートリル)を過量に飲んでいる場合やクッシング病(ステロイドホルモンが異常に分泌される)でも肥満になります
  • 下垂体不全の治療の中で肥満を改善できるのは,成長ホルモンと男性ホルモンの補充です

視床下部性肥満 hypothalamic obesity

  • 視床下部の障害で摂食障害を生じることがありますが,脳腫瘍の場合は不思議なことに拒食になることは少ないです
  • 食欲の中枢は視床下部の前の方にあって,損傷されると制御できない過食が生じます
  • 過食以外の肥満は,視床下部性肥満 hypothalamic obesity, hypothalamic injury-associated obesity といわれます
  • この場合は単なる過食ではなくて,視床下部のエネルギーバランスの調節障害ですが,はっきりした原因は解っていません
  • グルコース(糖分)のホメオスターシス(意識しなくても体が自然に調節してくれること)がくずれています
  • 下垂体障害が高度,視床下部の損傷がある,年齢が低いときに腫瘍ができた,視床下部に高線量の放射線治療(50グレイ以上)がされたなどが原因危険因子とされています
  • 頭蓋咽頭腫,毛様細胞性星細胞腫,胚細胞腫瘍,髄芽腫などの治療後に多いです
  • 大きな腫瘍ほど治療後の肥満は高度になります
  • 子供の頭蓋咽頭腫では40%以上でかなりの肥満になるといわれています
  • 太っているお母さんの子供はこの肥満になり易いともされます
  • この肥満は腫瘍の治療後の3年以内に生じてしまうことが多くて治りにくいので,早くから肥満対策をすることが大切です
  • 肥満による2次合併症は,脂肪肝と肝障害,心疾患,高脂質血漿(コレステロールや中性脂肪が高い),糖尿病,高血圧,動脈硬化などです
  • ヨーロッパからの長期経過観察の報告では肥満になった頭蓋咽頭腫の患者さんに心臓血管障害の死亡率が高いという報告があります
  • 肥満によって運動能力が低下するのは当然ですし,筋肉がつきにくいので体力不足になります
  • 視床下部障害といえども結局は,食べる量が多くてエネルギーの消費が少ないのから肥満になっているので,ダイエットをして体を動かしてエネルギーを消費するという肥満対策の第1歩がとても大切です
  • 無意識のうちのバランスが崩れているから,意識して肥満にならないように努力はつづけてください
  • でも肥満の改善はとても難しいです
  • 視床下部と下垂体に詳しい内分泌内科の先生にきびしい生活指導を受けましょう
  • この肥満を改善するためのよい薬はないのだと思いますが,薬物療法は内分泌内科の先生に聞いて下さい
  • 2015年9月にEuropean Commissionが,頭蓋咽頭腫による制御不能なひどい肥満に対して,beloranibという薬剤を承認しましたが日本では使えません

ナトリウムバランスの障害について

  • 視床下部の障害では,低ナトリウム血漿(ナトリウムの値が130mEq/l以下)や高ナトリウム血漿(150mEq/l以上)になったりします
  • 術後の急性期を過ぎれば低ナトリウム血漿の方が多いです
  • 尿崩症でも低ナトリウム血漿になることが多いのですが,尿崩症だけでは危険なナトリウム値にはなりません
  • 治りにくい低ナトリウム血漿を,CSW cerebral solt wasting syndrome 脳性塩類喪失症候群(脳性塩喪失症候群)といいます
  • かつて SIADH syndrome of inappropriate antidiuretic hormone secretion (抗利尿ホルモン分泌不全)といわれてきましたが多くの場合は違います
  • いまでもCSWをSIADHと診断するお医者さんが多いです,特に脳外科の先生
  • 塩(塩化ナトリウム)の体からの排泄がうまく調整できないのです
  • 低ナトリウム血漿の場合は毎日のおしっこから塩が出すぎます
  • 尿量が多くなったり,細胞外液が増えたり,ANP (ANH) やBNPが高くなったりします
  • 片側だけの視床下部損傷ではあまり起こりません
  • 両側の視床下部の底部,第3脳室の床の部分の損傷でよくみられます
  • 視床下部をおかす腫瘍,特に頭蓋咽頭腫,星細胞腫,胚細胞腫瘍で多い後遺症です
  • 軽症のものは,頭部外傷や頭蓋顔面骨奇形(クルーゾン病など)の手術後でも生じます
  • 第3脳室が膨らむ閉塞性水頭症でも経験したことがあります
  • 下垂体腺腫(プロクチノーマ)でも見たことがあります
  • 低ナトリウム血漿も高ナトリウム血漿もひどくなると意識障害やけいれん発作を生じます
  • ひどいナトリウムの値のとき意識障害があっても急速に補正してはいけません
  • 急速補正をするとcentral pontine myelinolysisといって脳幹部が壊れてしまう恐ろしい結果を招くことがあります
  • 急性期をすぎると治ることも多いのですが,視床下部の障害が強い場合には治りません
  • 外来で定期的に血液検査をしてナトリウムの値を調べることはとても大切です
  • ナトリウムバランスが崩れて低ナトリウム血漿になりやすい場合は,お塩を毎日飲みます,これはお医者さんが処方してくれます
  • 高熱が出たりして塩分が急速に失われる時などでショックになってしまうような危険があります
  • 高熱や疲労や食事を抜くことを避けなければ行けませんし,そのような時はとても注意しないといけません

間脳症候群 (diencephalic syndrome) 

  • 体重が増えなくてひどいやせ(痩せ)がとくちょうです,failure of thriveといわれて丈夫に育つことができない状態と表現されます
  • 皮下脂肪がつかなくて骨と皮ばかりになります
  • 視床下部をおかすいろいろな病気で見られますが,特に星細胞腫が1歳前後の乳幼児に発生してとても大きくなった時にでます
  • 食べることが少なくなる摂食障害もあるのですが,とにかく食べても太らないのです
  • 嘔吐をすることがしばしばです
  • 空腹時の血液の中の成長ホルモン(GH)の値が高くなります
  • 成長ホルモンの負荷試験では異常な反応が見られ視床下部からのGH-RHの分泌異常と考えられます
  • 確立した治療法はありませんがどうしても食べられない時には中心静脈栄養をしてしのぎます
  • 化学療法や放射線治療で腫瘍が小さくなると間脳症候群も改善することがあります
  • 間脳症候群が改善した後には逆に肥満になることが多いです
  • 長期生存すると10歳以下で思春期早発症(2次性徴が早く来る)になる子供が多いです

体温調節障害 (hypothermia/hyperthermia) 

  • 体温調節中枢は,視交叉の直上あたりの視床下部の前部 the preoptic area and anterior hypothalamus (PO/AH)にあります
  • 深部脳温度と末梢温度受容器からの体温情報を処理して、自律神経を介して体温調節をする機能をもっているところです
  • 視床下部からの体温の調節は,1. 骨格筋の代謝,2. 皮膚の小動脈の収縮能,3. 汗腺の機能で実行されます
  • 頭蓋咽頭腫の子どもでの治療後遺症となることがあります
  • この中枢は終板のすぐ外側にあるので,頭蓋咽頭腫が第3脳室にあったり,経終板法で手術を行った時に出現しやすいでしょう
  • ガンマナイフやサイバーナイフ治療の後でも発症することがあります
  • 高体温症でもなくて低体温症でもなくて,体温が外気と同じように高低してしまうのが視床下部性の体温調節障害です
  • 変温動物と同じように体温調節ができない変動体温となります
  • 視床下部にある体温を調節する自律神経の働きが低下することによって生じます
  • 高度なものはすごく珍しくて私自身も5人くらいの患者さんしか見たことがありません
  • なぜなら,体温調節ができないような視床下部障害の患者さんは重篤で生存できないような病気が多いので,体温調節ができないまま長期生存者になること自体が難しいからです
  • 低体温の方が多いです,外気温が低いと34℃くらいの体温になってしまって眠りますから部屋を暖め,外出時にはムクムクに着込んで外へ出ます
  • 外気温が高いと38℃を超える高熱になってしまいますから,エアコンとかで温度調節して冷やします
  • 日常生活がとても不便で外出が難しくなります
  • 残念ながら薬物治療は知られていません
体温調節の裏技
8歳の子どもで,体温が外気に合わせて38度くらいに上昇してしまう子がいます。眠っていても発熱してしまうし,外気温が30度を超えると発熱,湿度が高くなると発熱します。その子は,小学校に通うのに,アイスリュック(保冷材)を背中に背負って行きます。半日もつので,学校でお昼に一回交換します。これで高熱を出さずに元気に学校へ登校しています。

発汗異常 (dyshidrosis, hyperhidrosis)

  • 発汗と体温調節は同じ中枢にあります
  • 視床下部体温調節中枢 hypothalamic thermoregulatory centre, thermostat center という部位が腫瘍あるいは手術で損傷される時に起こります
  • 両側の視床下部障害では目立ちません,左右両半身の発汗異常は視床下部障害以外のホルモンや薬の副作用などを考えます
  • 片側の視床下部障害で,反対側の半身だけの発汗異常が生じることがあります
  • 治療方法は知られていませんが,日常生活の大きな障害にはなりません

成長ホルモンの補充と腫瘍再発

  • 実験研究で成長ホルモン(GH)は細胞分裂を促したり,遺伝子に障害を受けた細胞がこわれる(apoptosis)のを妨げます
  • そのことから,脳腫瘍を治療したあとに,成長ホルモンを投与すると再発が増えたり,新たな腫瘍が発生するという危惧がありました
  • でも,成長ホルモンを投与することによって脳腫瘍が再発したり新たな腫瘍ができたりするという事実はありません
  • とくに頭蓋咽頭腫では,再発リスクと成長ホルモン投与の関係が全く証明されていないのに,成長ホルモンの投与を長期にわたって止められてしまう子どもが多いです
  • 頭蓋咽頭腫はたくさんの後遺症を抱えて生きていく子どもが多いのに,成長ホルモンを使わないとさらに低身長や肥満という障害が加わってしまいます
  • ですから,成長ホルモンが足りない子供たちに成長ホルモンを使うことに心配はいりません
  • 代表的な4つの論文を挙げておきます(旭川医大小児科の藤枝先生に教えていただきました)

Swerdlow AJ et al. Growth hormone treatment of children with brain tumors and risk of tumor recurrens. J Clin Endocrinol Metab 85: 4444-4449, 2000
イギリスからの報告です。180人の脳腫瘍の子供たちに成長ホルモン補充がなされました。脳腫瘍再発の危険は増さないと結論されました。

Sklar CA et al. Risk of disease recurrence and second neoplasms in survivors of childhood cancer treated with growth hormone: A report from the childhood cancer survivors study. J Clin Endocrinol Metab 87: 3136-3141, 2002
米国からの報告です。172人の脳腫瘍患児を含む361人の小児がん生存者に成長ホルモン補充がされました。成長ホルモンの投与は,病気の再発や死亡のリスクを高くしないと結論されました。また脳腫瘍の子供で新たな腫瘍がより多く発生するという事実もありませんでした。

Ergun-Longmire B et al. Growth hormone treatment and risk of second neoplasms in the childhood cancer survivor. J Clin Endocrinol Metab 91: 3494-3498, 2006
上記と同じグループの追加報告です。さらに経過観察を続けてました。全体としては成長ホルモンを使用された子供に新たな固形腫瘍の発生率が少し高いと結論されました。しかし,20人の子供に発生した腫瘍の内の9例の2次腫瘍は髄膜腫でした。この中には4例の髄芽腫を含む11例の脳腫瘍の患児がいます。11人全員が放射線治療を受けていて8人での2次腫瘍は髄膜腫です。放射線誘発髄膜腫はとても多い良性腫瘍なので,この2次腫瘍は成長ホルモンとはほとんど関係ないと推測されます。

Jenkins PJ, et al. Does growth horomene cause cancer? Clin Endocrinol 64: 115-121, 2006
これは総論です。成長ホルモンが過剰に分泌される先端巨大症の患者さんで大腸直腸癌の発生率が高いそうです。しかし成長ホルモンを補充された小児での癌の発生リスクは高くはなりません。


他にも視床下部障害では下記のような症状があります

  • 摂食障害:拒食と過食です
  • 乳頭体と関連するの情動の障害:不安と易怒性
  • 脳弓柱,乳頭体と関連する認知機能障害:記銘力障害短期記憶障害
  • 過誤腫においてみられる発作:笑い発作、泣き発作,gelastic seizure
  • 性欲の抑制と亢進
  • 睡眠障害:不眠傾向ではなくて傾眠傾向,睡眠過多,ナルコレプシーに対する治療をします
  • growth without GH:成長ホルモンがなくても身長が伸びること

また追加の記載をします。お待ちください。

Copyright (C) 2006-2017 澤村 豊 All Rights Reserved.