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Hippoがん抑制経路の活性化を伴う新規がん促進機構の発見
-転写共役因子VGLL3はHippo経路の活性化を介して細胞増殖を促進する-

千葉大学大学院薬学研究院 山口憲孝

Hori, N., Okada, K., Takakura, Y., Takano, H., Yamaguchi, N., and Yamaguchi, N.
Vestigial-like family member 3 (VGLL3), a cofactor for TEAD transcription factors, promotes cancer cell proliferation by activating the Hippo pathway. J. Biol. Chem. 295: 8798-8807 doi.org/10.1074/jbc.RA120.012781 (2020)
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0021925817493744


Hippo経路は、タンパク質キナーゼLATS1/2の活性化を介して転写共役因子YAP/TAZをリン酸化し、これらの分解や核外排出を促進するシグナル伝達経路です。YAP/TAZは、核内において転写因子TEADを活性化して細胞の増殖や成長を促します。遺伝子変異などによりHippo経路が破綻するとYAP/TAZが恒常的に活性化し、細胞増殖が持続的に促されて発がんに繋がります。このことから、Hippo経路は、YAP/TAZを抑制して過剰な細胞増殖を抑えるがん抑制経路として広く知られています。転写因子TEADには、YAP/TAZ以外にも結合する転写共役因子が存在しますが、YAP/TAZと比較すると、これらの分子機能やHippo経路との関連性については解析が進んでいません。そこで、TEADの転写共役因子であるVestigial-like (VGLL) familyに着目し解析を進めました。
VGLL familyはショウジョウバエの翅の形成に必要な遺伝子Vestigialのオルソログであり、哺乳細胞では4つのホモログから構成されています。まず、ヒト肺がん細胞株A549を用いてVGLL familyそれぞれの安定発現株を作製し、細胞増殖への影響を調べました。その結果、VGLL1, 2, 4を発現させた細胞ではほとんど変化が認められない一方で、VGLL3を発現させた細胞において紡錘状の細胞形態変化と増殖性の亢進が認められました。このことから、VGLL3はVGLL familyの中でも強い細胞増殖の促進機能をもつことが明らかとなりました。
VGLL3は、TEADの転写共役因子として機能するため、VGLL3安定発現株におけるYAP/TAZやHippo経路の活性化について解析しました。その結果、初めはVGLL3安定発現株では細胞増殖の亢進に伴いYAP/TAZは活性化していると予想しましたが、実際には、この予想に反してYAP/TAZの分解と核外排出が誘導されていることが判明しました。YAP/TAZを抑制するHippo経路の活性化を調べたところ、LATS2の発現が上昇し活性化していることがわかりました。VGLL3安定発現株のTEADをノックダウンしたところ、LATS2の発現が低下し、YAP/TAZの分解が抑制されることもわかりました。このことから、VGLL3は、TEADを介したLATS2の発現誘導によるYAP/TAZの抑制を伴って、増殖を促進することが明らかとなりました。
次に、VGLL3による遺伝子発現制御について解析を行いました。YAP/TAZはTEADを介してCTGFやCYR61などの増殖性因子の発現を介して細胞増殖を促進します。VGLL3安定発現株における発現を調べたところ、これらの遺伝子発現は誘導されていないことがわかりました。YAP/TAZ依存的に活性化するTEADのレポータープラスミド[pcDNA/8xGTIIC(5′-GGAATG-3′)-EGFP]を作製してVGLL3発現の影響を解析したところ、VGLL3の発現によりこのレポーターは活性化ではなくむしろ抑制されることがわかりました。これらのことから、VGLL3はTEADを活性化するものの、YAP/TAZによって活性化されたTEADとは異なるDNA配列を認識することが示されました。
最後に、VGLL3発現による細胞増殖亢進が、実際のがん細胞においても認められるかどうかを解析しました。公共の遺伝子発現データベースを用いて各種ヒトがん細胞株におけるVGLL3の発現を調べたところ、間葉系の性質を有する悪性化がん細胞株において特に高い発現が認められることがわかりました。間葉系乳がん細胞株MDA-MB-231と骨肉腫細胞株Saos-2を用いてVGLL3をノックダウンしたところ、LATS2の活性が低下してYAP/TAZの核外排出が抑制されるとともに、細胞増殖が低下することがわかりました。これらの細胞株のLATS2をノックダウンすると、同様にYAP/TAZの核外排出の抑制と細胞増殖の低下が認められることがわかりました。これらのことから、間葉系がん細胞においては、VGLL3が高発現してLATS2を活性化し、YAP/TAZを抑制して細胞増殖を促進していることが明らかになりました。
本研究により、VGLL3が高発現するがん細胞においては、LATS2の活性化、すなわちHippo経路の活性化が、細胞増殖の抑制ではなく促進に寄与することがわかりました(図1)。これまでの知見から、TEADに対してYAP/TAZとVGLL familyは競合的に結合することが示唆されています。このことから、VGLL3高発現がん細胞では、Hippo経路の活性化は、YAP/TAZを抑制してVGLL3のTEADへの結合を促進し、VGLL3-TEAD複合体の活性化を導くと考えられます。活性化したVGLL3-TEAD複合体は、YAP/TAZ-TEAD複合体とは異なる標的遺伝子を誘導して細胞増殖を促進すると考えられ、ChIP-seqなどによる詳細な解析が必要です。今後、分子プロファイリング支援活動の援助をもとに、Hippo経路やVGLL3の活性化を抑制する化合物の探索を行い、特定した化合物のがん抑制作用について検討したいと考えています。

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