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トリプルネガティブ乳がんが腫瘍随伴マクロファージを誘導する機構を探索
―分泌型 HSP90 を介した免疫微小環境リプログラミング―

慶應義塾大学医学部 竹馬 真理子

Hong, L., Tanaka, M., Yasui, M., Hara-Chikuma, M.
HSP90 promotes tumor associated macrophage differentiation during triple-negative breast cancer progression.
Sci Rep 14, 22541, 2024, DOI: 10.1038/s41598-024-73394-9
https://www.nature.com/articles/s41598-024-73394-9


 トリプルネガティブ乳がん(TNBC:ER陰性・PR陰性・HER2陰性)は、治療標的となる分子が少ないことから、化学療法と免疫チェックポイント阻害薬が中心となる予後不良サブタイプであり、新たな治療法の開発が急務となっている。腫瘍微小環境(tumor microenvironment: TME)の重要な構成要素のひとつである腫瘍随伴マクロファージ(tumor-associated macrophages: TAM)は、腫瘍促進的な性質へと分化したマクロファージであり、免疫抑制作用をもち、腫瘍の増殖、血管新生、転移、免疫逃避に寄与している。多くのがん種で、TAMが予後不良に関与していることが報告されているが、TNBCのTMEにおいてTAMが誘導されるメカニズムは、十分には明らかになっていなかった。本研究では、TNBC由来分泌因子による単球からTAMへの分化機構、およびその制御因子の同定を目的として、ヒト細胞モデルとマウス同系移植モデルを用いて解析を行った。
 TNBC分泌因子が、単球からTAM様マクロファージへの分化を制御する可能性を探索するため、ヒト由来単球細胞株(THP-1)を用いたスクリーニング系を構築した。TNBC細胞の培養上清でTHP-1細胞を刺激すると、TAM様遺伝子群の発現が増加した。このことから、TNBC由来の分泌因子が単球のTAMへの分化を誘導することが示された。キナーゼ阻害薬・分子標的薬を含む化合物ライブラリ(文部科学省 学術変革領域研究「分子プロファイリング支援活動」により提供)を用い、TAMマーカー遺伝子であるCD163発現を抑制する化合物をスクリーニングした結果、HSP90阻害薬である radicicol が、TNBCによるTAMマーカー誘導を顕著に抑制することを見出した。さらに、HSP90阻害薬としてより広く用いられている Ganetespib を用いた実験により、HSP90阻害はTNBCが誘導する単球内の細胞シグナル伝達を抑制することを確認した。またTNBC細胞が分泌するHSP90自体が、単球からTAMへの分化を直接ドライブしていることを明らかにした。加えて、マウスTNBC細胞4T1をBALB/cマウスに皮下移植した同系移植モデルにおいて、Ganetespib の投与は、腫瘍増大を抑制し、腫瘍内のTAM集積の減少と、免疫抑制的ながん微小環境を部分的に改善することも示された。これらの結果は、HSP90阻害が、腫瘍細胞そのものとがん微小環境の双方に作用することで、抗腫瘍効果を発揮する可能性を示している。
 HSP90阻害薬は、既に複数のがん種で臨床試験が進んでいることから、HSP90を標的としたTAM制御に基づくTNBC治療戦略への展開が期待され、本研究結果はその可能性を強く後押しするものである。

図.乳がん腫瘍微小環境における分泌型 HSP90 を介した腫瘍随伴マクロファージ誘導
(図作成:洪羚嘉, 筆頭著者)

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