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気分障害を伴いやすい遺伝性皮膚疾患ダリエ病の原因遺伝子ATP2A2(小胞体カルシウムポンプ)の脳特異的ヘテロ機能欠損は行動異常とドーパミン量の亢進をひき起こす

中島 一夫1, 2, 3、加藤 忠史1, 2
1.順天堂大学大学院医学研究科 精神・行動科学講座
2.理化学研究所脳神経科学研究センター 精神疾患動態研究チーム
3.帝京大学医学部 生理学講座

Nakajima K, Ishiwata M, Weitemier AZ, Shoji H, Monai H, Miyamoto H, Yamakawa K, Miyakawa T, McHugh TJ, Kato T
Brain-specific heterozygous loss-of-function of ATP2A2, endoplasmic reticulum Ca2+ pump responsible for Darier’s disease, causes behavioral abnormalities and a hyper-dopaminergic state
Human Molecular Genetics, 30: 1762-1772 (2021), doi: 10.1093/hmg/ddab137
https://academic.oup.com/hmg/article/30/18/1762/6295113


 双極性障害(躁うつ病)を含む気分障害の確実な原因遺伝子が見つかっていない状況では、気分障害の症状を示すことの多い遺伝性疾患に着目することが、原因解明の手がかりになると期待される。ダリエ病は遺伝性の皮膚疾患であるが、1994年に英国のCraddock博士らにより、気分障害とダリエ病が連鎖する家系が報告された。5年後に、その原因遺伝子として細胞内小器官の一つである小胞体のカルシウムポンプをコードする遺伝子ATP2A2が同定された。以前より気分障害と細胞内カルシウムシグナルとの関連が示唆されていたため、ATP2A2の変異による多面的な効果により気分障害が発症する可能性が考えられた。また近年の統合失調症のゲノムワイド関連研究でも、ATP2A2との関連が指摘されている。
 私たちは2016年に、ダリエ病の症例報告を全て確認し、この疾患の患者さんのうち、機能喪失変異を持つ方では、ミスセンス変異を持つ方と比べ、双極性障害や統合失調症などの精神疾患が多いことを確認した(Nakamura et al:下図参照)。そこで、ATP2A2ノックアウトマウスを作成することとした。しかしながら、通常のATP2A2ノックアウトマウスは、ホモでは胎生致死であり、ヘテロノックアウトマウスも体重減少など全身性の症状を示すことから、Nestin-Creトランスジーンにより脳特異的にATP2A2を欠損したヘテロノックアウトマウスを作成し解析した。
 このマウスでは、神経細胞内の小胞体カルシウム取り込み活性が低下しており、神経細胞の興奮に伴う細胞内カルシウム濃度の上昇後の、カルシウム濃度の減衰がコントロールと比べて緩やかになっていることが確認された。AdAMSの生理機能解析支援をいただき、行動テストバッテリーによる行動解析を行った結果、このマウスでは、オープンフィールドテストによる新奇環境における立ち上がり行動の増加、恐怖条件付けテストによる恐怖記憶の減弱、というドーパミン伝達の亢進を示唆する行動変化が見られた。そこで、マイクロダイアリシスによりドーパミン量を測ったところ、側坐核でのドーパミン量の顕著な亢進が観察された。
 これらの結果から、このマウスでは、脳における細胞内の小胞体カルシウム取り込み能が低下した結果、神経細胞の興奮に伴う細胞内カルシウム上昇が収まりにくくなったためにドーパミンが過剰に放出されてしまい、行動変化を起こしている可能性が考えられた。双極性障害の躁状態と統合失調症では、いずれもドーパミンが過剰に分泌されていると考えられており、このマウスで見られた変化は、この遺伝子が双極性障害と統合失調症の両方と関係しているというこれまでの知見と一致していると考えられる。
 双極性障害における小胞体のカルシウムシグナル変化が、モノアミン神経伝達物質の一つである「ドーパミン」の変化を引き起こすという今回の研究は、双極性障害の数多ある仮説のうち、「モノアミン仮説」と「カルシウム仮説」を結びつけることで、双極性障害という病気の全体像の理解を少し進めることができたといえるのかもしれない。

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