新生仔豚仮死モデルにおける水素ガスによる腎障害の軽減効果
水素ガスは低酸素虚血による糸球体細胞数増加を抑制する
香川大学小児科 中村 信嗣
Hydrogen gas inhalation ameliorates glomerular enlargement after hypoxic-ischemic insult in asphyxiated piglet model
Takuma Iwaki, Shinji Nakamura , Takayuki Wakabayashi, Masaki Ueno, Takashi Kusaka.
Scientific Reports 15: 1677, 2025, doi: 10.1038/s41598-025-85231-8
https://www.nature.com/articles/s41598-025-85231-8
新生児仮死に伴う低酸素性虚血性脳症（HIE）は高い神経学的後遺症を残し、多臓器障害の中でも腎障害は30-70%と高頻度である。HIEの標準治療である軽度低体温療法（TH）は脳保護作用を示す一方、腎障害の改善は十分ではない。水素ガス（H₂）は選択的抗酸化・抗炎症作用を有し、我々は同一モデルで脳保護効果を報告してきたが(Htun Y., et al. Sci rep 2019)、腎保護に関する検証は未実施であった。本研究では、新生仔豚仮死モデルを用い、H₂吸入が腎皮質の急性期病理変化を軽減するかを検討した。
対象は生後24時間以内の新生仔豚20頭で、対照、HI群、HI + H₂群に分けた。HIは低振幅脳波（LAEEG）を30分間維持するプロトコールで付与し、蘇生後24時間H₂（2.1-2.7%）を投与した。負荷5日後に腎を灌流固定して取り出し、腎皮質の組織学的評価を行った。評価項目は、糸球体腫大率、糸球体長軸、糸球体総細胞数、近位尿細管腔内腔狭小化に加えて、αSMA・CD31免疫染色でメザンギウム・内皮細胞も評価した。
その結果、HI群では顕著な糸球体腫大、細胞数増加、尿細管腔狭小化が生じたが、HI + H₂群ではこれらが対照群と同程度まで抑制された。糸球体腫大と総細胞数は正相関し、狭小化が強いほど腫大が大きい負の相関が観察された。またHI群ではLAEEG持続時間と糸球体細胞数が正相関し、脳障害の重症度と腎障害が連動する可能性が示唆された。αSMAおよびCD31陽性細胞数は群間差を示さず、腫大の主体がメサンギウム・内皮細胞の増殖ではなく、内皮側の腫脹や炎症細胞浸潤による可能性が示された。
本研究結果から、水素ガスが抗酸化・抗炎症・抗アポトーシス作用を介して、近位尿細管上皮細胞の腫脹と糸球体内皮側変化を同時に抑制し、急性期腎障害を軽減することが示唆された。糸球体腫大やボウマン腔消失といった大型動物の糸球体側の病理組織所見の改善を明確に示した点が本研究の独自性である。
臨床応用の視点では、水素ガスは4%未満で可燃性がなく安全性が高いとされるが、新生児での臨床試験は未実施であり、至適濃度や投与プロトコール、THとの併用設計の確立が今後の課題である。本研究は、H₂吸入療法が脳と腎の両方の急性期障害を緩和し得る可能性を示し、将来のHIE治療の発展に寄与する重要な知見となる。
