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妊娠期乳腺細胞におけるミトコンドリア内一炭素代謝酵素MTHFD2の機能

金沢大学 がん進展制御研究所
西村 建徳

Wang Y., Hongu T., Nishimura T., Takeuchi Y., Takano H., Daikoku T., Yao R., Gotoh N.
Mitochondrial one-carbon metabolic enzyme MTHFD2 facilitates mammary gland development during pregnancy
Biochem. Biophys. Res. Commun., 674:183-189 (2023). doi:10.1016/j.bbrc.2023.06.074


葉酸代謝(一炭素代謝)経路は核酸合成に寄与することから、胎児期の細胞やがん細胞など、増殖の速い細胞において強く活性化していることが知られている。一炭素代謝経路は細胞質とミトコンドリアの二つのコンパートメントにまたがっており(図A)、強く活性化した一炭素代謝ではミトコンドリアの経路が亢進している。実際、ミトコンドリア内一炭素代謝酵素の一つであるMTHFD2(図A)は胎児期の細胞やがん細胞では高く発現しているが、細胞増殖をしていない、あるいはゆっくりとしか増殖していないほとんどの成体正常細胞ではその発現が抑えられている。

本研究では成体時において細胞増殖を活発に行っている一つの細胞種として、妊娠期の乳腺上皮細胞に着目した。乳腺上皮細胞は妊娠から出産までの間に活発に増殖し、授乳のための乳腺組織を構築する(乳腺組織は授乳期を経て、授乳終了をもって退縮し、妊娠前の状態に戻る)。この妊娠期の急激な細胞増殖にミトコンドリア内一炭素代謝経路が必要かどうかについては今まで全く調べられてこなかった。

我々はまず乳腺上皮細胞におけるMthfd2(別名NMDMC)の発現様式の解析を行った。その結果、乳腺上皮細胞のMthfd2の発現は増殖が活発に起きる妊娠期に上昇し、授乳期から退縮期にかけて徐々に降下した(図B)。このことから正常細胞において、胎児発生期の細胞に限らず、乳腺上皮細胞においても妊娠期にMthfd2が高く発現することが初めてわかった

先行研究においてMthfd2の全身性ノックアウトマウスは既に作成されており、そのマウスは胎児期の造血が正常に行われず、E13.5日で胎生致死を示した。1, 2そのため、成体におけるミトコンドリア内一炭素代謝経路の役割は未だ不明であった。そこで本研究では「先端モデル動物作製支援プラットフォーム」のサポートをいただき、Mthfd2のコンディショナルノックアウトマウスを作成した。具体的には支援を通し、作成していただいたMthfd2 floxマウスと成体乳腺細胞でCreリコンビナーゼタンパク質を発現するMMTV-Creマウスを掛け合せることで成体乳腺上皮細胞のMthfd2がノックアウトされたマウスを作成した。そして、野生型とMthfd2のコンディショナルノックアウトマウスの妊娠16.5日の乳腺組織を比較したところ、乳腺上皮細胞の占有面積はノックアウトマウスのほうが有意に小さかった(図C)。しかし、妊娠16.5日に見られた乳腺組織の差は授乳期には見られなくなり、産仔の成長(体重増加)にも有意な差は見られなかった。妊娠初期にみられた乳腺組織構造の差がなぜ授乳期にはみられなくなったのかについては今後のさらなる研究が必要となる。

成体時における活発な細胞増殖は創傷治癒や免疫応答等、特に非定常状態において刺激依存的な場面で多く見られる。これらの応答時にミトコンドリア内一炭素代謝がどのように機能しているのかについてはさらなる研究が期待される。先述のように一炭素代謝はがんにおいても亢進しているため、葉酸代謝拮抗剤は抗がん剤として現在使われている。今後、「先端モデル動物作製支援プラットフォーム」のサポートで作成していただいたMthfd2 floxマウスを用いた成体時における一炭素代謝の研究や葉酸代謝拮抗剤の治療効果判定因子の同定、薬剤耐性機序の解明が期待される。

今後、Mthfd2 floxマウスを用いて、幅広い研究をさらに展開していきたい。


図(Wang Y., et al., Biochem. Biophys. Res. Commun. 674:183-189. (2023)より改変)

参考文献

  1. Di Pietro E, Sirois J, Tremblay ML, MacKenzie RE. Mitochondrial NAD-dependent methylenetetrahydrofolate dehydrogenase-methenyltetrahydrofolate cyclohydrolase is essential for embryonic development. Mol Cell Biol. 2002 22:4158-4166 doi: 10.1128/MCB.22.12.4158-4166.2002 (2002).
  2. Patel H, Pietro ED, MacKenzie RE. Mammalian fibroblasts lacking mitochondrial NAD+-dependent methylenetetrahydrofolate dehydrogenase-cyclohydrolase are glycine auxotrophs. J Biol Chem. 278:19436-19441. doi: 10.1074/jbc.M301718200 (2003).

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