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胎児医療のための疾患単位の検討

超音波診断の本質はどこにあるのか−胎児医療のための疾患単位の検討

                               (2012年7月30日 室月 淳)

 要 約

疾患とはなんでしょうか? 同じ原因,病状,経過,転帰,病理組織変化をもつものを疾患単位と定義し,個別の具体的な症例を観察することによって上記の疾患単位が決められると一般にはされています.分子生物学の発達により個々の疾患の責任遺伝子が解明されてきて,疾患単位はますます明瞭に定義されるようにもみえます.しかし遺伝子変異と個々の疾患の発症の関係をくわしく検討すると,疾患と遺伝子は明確に一対一対応しているわけではないことがよくわかります.

ふつうに考えると病気というものは先験的に存在し,責任遺伝子の変異がその根拠としてあるというようにもみえますが,実はそれはわれわれの思いこみにすぎません.ある現象を病気と判断しそれを個々の疾患単位に切り分けるのは,われわれ医療者の都合,あるいは目的にそった行為だろうと思います.胎児医療の対象となる疾患,いわゆる「胎児疾患」は,出生後の通常の疾患単位とは異なる定義がされる場合も必要となるでしょう.それは胎児疾患の予後をきちんと評価するため,あるいは適切な疾患に胎児治療を行うためです.このように胎児医療におけるわれわれの目標を自覚的に捉え,胎児の疾患単位を検討していくことが重要です.

 はじめに

胎児超音波診断を学ぶためには,われわれはふつう教科書を読んで,この疾患の超音波所見はなになにである,鑑別診断としてなになに疾患があげられるといったことを勉強します.この10年で超音波診断のすぐれた教科書がいくつも出版されためか,近年の若手産科医の超音波診断技術の向上は驚くべきほどです.後生畏るべし.

ある先天疾患には外表上こういった特徴がある,内臓にこういった構造異常があるとされていれば,超音波で描出される画像がそういった特徴や構造をどの程度再現できるかにわれわれの努力が向います.肉眼でみえる外表上の印象や特徴を超音波画像でつくりあげるために発達したのがいわゆる3Dとか4D超音波とよばれるものでしょう.また外科手術や剖検によって確かめられた内臓異常の構造の所見を,胎児超音波やMRIでは何とかリアルに再現しようとします.

しかしそこには陥穽も潜んでいます.超音波断層法は,当然なことながら「超音波」を使って対象の特性を評価する検査であり,超音波と光は空間分解能や深達度といった特性がまったく違うために,目でみたそのままのように超音波で画像をつくることは原理上不可能です.たとえばコウモリが超音波で把握している外界は,われわれがみている世界とはまったく違うものだろうと思います.コウモリが超音波を使って判断する能力は,肉眼よりも優れている面も劣っている面もあるでしょう.疾患の肉眼的所見を超音波で忠実に再現しようとしても,結局のところ目にはかなうはずもありません.それでは胎児超音波診断は何を目指すべきなのでしょうか?

 α-ジストログリカン異常症の胎児診断

産科医の若手が集い症例を検討し勉強し合うあるSNSのグループで,先日Walker-Warburg syndrome(WWS)の胎児例が取り上げられ,出生前画像診断が可能かの議論がさました.WWS自体はややまれな疾患ですが,類縁疾患である福山型先天性筋ジストロフィー(Fukuyama-type congenital muscular dystrophy; FCMD)は日本人にしばしば認められわれわれにもなじみのある疾患です.日本人には少ないmuscle-eye-brain disease(MEB)を合わせたこの3疾患は,先天性筋ジストロフィーに神経細胞の遊走障害による中枢神経系奇形を合併するという共通した特徴をもつ疾患群として考えられてきました.近年,これらはいずれもα-ジストログリカンの糖鎖修飾異常をもつことが明らかになり,α-ジストログリカン異常を示す一連の疾患スペクトラムである「α-ジストログリカン異常症」という新しい疾患概念が提唱されています.

しばらく前まではFCMDがひとつの独立疾患であることすら疑われていて,McKusick?のカタログに疾患として収載されたのはようやく1986年のことでした(OMIM#253800).重症度の順にならべるとWWS > MEB = FCMDとされていますが,軽症のWWSと重症のMEBやFCMDはオーバーラップする部分が大きく,疾患の独立性についてはその後も長く議論されてきました.1998年にはFCMDの原因遺伝子fukutin,2001年にはMEBの原因遺伝子POMGnT1が同定され,WWSについてはPOMT1, POMT2遺伝子異常がそれぞれ2002年,2005年にみつかっています.ただしPOMT1, POMT2の変異が同定されるのはWWS全体の30%くらいに過ぎず,近い将来には新しい変異遺伝子がみつかって疾患分類自体が変わる可能性もあります.

遺伝子解析の進歩により病態の本質的把握が進み,疾患概念も変化したα-ジストログリカン異常症ですが,われわれ産科医にとって,すなわち胎児期においてはこれらの疾患群はどのように捉えられているのでしょうか.ひとつは神経細胞遊走障害を来す滑脳症(lissencephaly)II型の中の鑑別疾患に入ってきます.もうひとつは遺伝性水頭症のリストで常染色体劣性遺伝型を示す疾患としてです.同胞再発ではない孤発例では,超音波を中心とした胎児画像診断では,なかなか正診にいたるのは容易でありませんが,文献的には,中枢神経奇形(滑脳症,脳室拡大,脳梁欠損,小脳虫部低形成など)に眼所見(小眼球症,白内障など)を合併するときに疑うとされています.

中枢神経奇形は,FCMDでは多小脳回(polymicrogria)や巨大脳回(macrogria)などの所見が優勢ですが,WWSでは滑脳症II型,小脳虫部低形成,水頭症,脳瘤といったより重度の奇形を呈しており,その多くに羊水過多を合併します.MEBもWWSに準じた所見を呈するようです.ですから超音波やMRIによる胎児診断では,α-ジストログリカン異常症は中枢神経奇形の重いWWS,MEBと,比較的軽いFCMDのふたつに大きく鑑別されることになります.すなわち画像による胎児診断では,WWSとFCMDは形態により鑑別可能ですが,WWSとMEBはおそらく鑑別は難しく,極言すれば胎児医療レベルでは,WWSとMEBはひとつの疾患単位として扱われているのが実情です.

出生後の小児医療では臨床所見や予後からFCMD,WWS,MEBの3つに分類されて扱われているのに対して,胎児医療レベルではFCMDとWWS/MEBの2つに大別されています.日本ではMEBの頻度がきわめて低いので,診療上これで特に問題はおきていないのかもしれません.しかし厳密にいえば,WWSとMEBのふたつは出生後の症状も予後も明らかに違うし,胎児期にそれを明らかにすることには周産期のケアに意義が高いといえます.

 胎児期の疾患概念を考える

胎児疾患というのはその名のとおり「胎児期に発症する疾患」であり,超音波などでそれを診断したり,流死産児の外表を観察したり剖検をして確認するのは,主にわれわれ産科医ということになります.小児科医やそのほかの医師がみる「出生後」には,あたり前ですがそれはすでに「胎児」疾患ではなくなっています.すなわち胎児疾患を認識し,その病態をある程度明らかにすることによって定まっていく疾患単位は,出生後の疾患とは少し異なってくる可能性はじゅうぶんにあるでしょう.胎児疾患を理解していくためには,出生後にどのような症状や経過をとるか,出生後にどのような病態を示すかの知識はもちろん非常に重要なものですが,出生前に適切な医療を行うためには出生後とは異なる疾患理解が必要となってくるかもしれません.

病気というのは,そこに「もの」として実在しているわけではなく,あくまでも「できごと」であり現象に過ぎないのは納得しやすいことと思います.その現象をどのように把握し,どのように切り分けてある疾患名をつけるか,すなわち「診断」するかは,時代によっても地域によっても大きく変化します.すなわち実在している病気を明らかにし診断するのではなく,認識される現象をある病気としてこちら側が規定するというわけです.病気を病気とし,分類していくそのやりかたはまったくの自由勝手というわけではありませんが,認識のための手段やこちら側の関心などに大きく依存しているといえそうです.

この問題を「遺伝子」レベルでみたらどうでしょうか? たとえば先に例としてとりあげたα-ジストログルカン異常症では,いずれもα-ジストログルカンの糖鎖修飾異常という共通の特徴をもち,FCMD,WWS,MEBはそれぞれfukutin,POMT1とPOMT2,POMGnT1という責任遺伝子が同定されていて,これらの疾患は明らかな実体として存在しているようにもみえます.ひとつの疾患単位にひとつの責任遺伝子が対応しているのならば,疾患の同一性は客観的に保証されており,それはあたかも実在するものと同じ存在にみえます.

しかし注意深く考えてみると,WWSではPOMT1, POMT2遺伝子異常が全体の30%しかカバーしていないこと,α-ジストログルカンの糖鎖修飾異常は機能的な障害として現れるのでこれらの疾患はやはり実体ではないこと,原因遺伝子の異常とはすなわち生体をつくる設計図の異常であり「もの」としてあるわけではないこと,などからこれらの疾患概念はそれぞれ実体というよりは現象にすぎないともいえそうです.しかしここではもう少し考えてみるため,別な疾患を例にとりあげます.

 骨形成不全症II型を例にして

骨形成不全症は易骨折性,青色強膜,難聴などを示す一群の骨系統疾患であり,特にII型は胎児期から骨折で発症し一般に予後不良の重症型です.I型コラーゲン異常症であり,I型コラーゲン遺伝子(COL1A1, COL1A2の2つが存在する) の優性変異によって発症します.ところが骨形成不全症II型の7%程度に同胞再発が認められているため,これまでは性腺モザイクによるものと考えられてきました.

しかしこの数年で,CRTAP, FKBP10, LEPRE1, PPIBという新規遺伝子変異が明らかになってきました.いずれもコラーゲンの翻訳後修飾に関する酵素複合体を構成する蛋白で,1型コラーゲンの線維形成に異常を引き起こします.興味深いことに,従来知られていたCOL1A1, COL1A2の優性変異とCRTAP, FKBP10, LEPRE1, PPIBなどの変異のホモ接合では表現型が同一である,すなわちまったく同じ病気であり,表現型や予後からも変異遺伝子の区別がまったくつかないこともわかってきました.

胎児超音波診断においては,骨形成不全症の症状と予後を推定するためにはタイプ別の鑑別診断が重要となりますが,同じII型であるならば変異遺伝子が何であるかは周産期管理にまったく関係ありません.胎児医療においては骨形成不全症II型という疾患単位とすることがリーズナブルであるため,疾患単位と責任遺伝子は一対一には対応しないことになります.(一方で遺伝医療の視点からは,疾患が常染色体優性遺伝か常染色体劣性遺伝かでは遺伝カウンセリングはまったく異なってきますので,遺伝子変異の同定は非常に重要な意味をもちます.)

また1型コラーゲン遺伝子の塩基配列の変異としてみても話は単純ではありません.COL1A1にしてもCOL1A2にしても非常に大きな遺伝子ですので,その中に塩基配列の変異はしばしば認められますが,その多くは発現するタンパクの機能に影響しない一塩基多型,すなわちSNPと呼ばれるものです.

疾患単位disease entityとは,同一の原因,病状,経過,転帰,病理組織変化をもつものとされます.すなわち骨形成不全症II型を疾患単位として成立させているものは,1型コラーゲン遺伝子の変異といった単純な根拠によるものではなく,発症の機序はもちろん症状,検査所見,転帰,予後といった総合的な組み合わせによるものといえるでしょう.

結局のところ,遺伝子病とよばれる先天異常の疾患を分類するときも,あらかじめ決められた疾患単位は存在するわけではなく,産科医なら産科医の視点で決められることになるとはいえそうです.しかしその線引きはこちらの一方的都合で勝手になされるわけでは決してありません.超音波をはじめとした画像診断で捉えられる所見を基本として,われわれが目指す周産期管理や周産期ケアを行うためには,どのような疾患概念をつくりあげどのような疾患単位に分類して診療を行っていけばいいのかという考えに基づくことになります.すなわち今ある医療技術的な制約に加え,われわれの胎児医療の理念自体こそが問われているとすらいえます.

 胎児超音波診断のめざすもの

われわれ産科医は出生前診断に対してどのように考えていったらいいのか最初にもどってもう一度考えます.周産期管理とご両親へのカウンセリングを考えると,疾患の症状と予後をきちんと評価できるような診断をしたい.そうなるとWWSとMEBはきちんと鑑別できることが望ましいでしょう.しかし今のところそれは難しいとするならば,その出生前診断におけるその鑑別は間違いなくわれわれの宿題となるでしょう.すなわち胎児診断レベルでは,αジストログリカン異常症をどのように捉え,その中の疾患単位をどう鑑別するか,遺伝子レベルでの疾患分類とどう折り合いをつけていくか,その点をよく考える必要があります.

「胎児水頭症」とか「四肢短縮症」といった産科特有の診断名があります.これは超音波プローブを妊婦の腹壁にあてたときにストレートにみえてくる超音波所見そのものです.周知のとおり「胎児水頭症」には無数の病態が含まれており,それぞれ症状も違えば予後も異なります.「四肢短縮症」のなかには骨系統疾患だけでなく,胎児発育遅延も染色体異常もさらには正常例すら包含されています.当然のことですが胎児診断においてはていねいに超音波所見をとり,さらに細かい鑑別診断が要求されます.ひとつひとつの症例において,疾患の本質や本態を考えず,既存の疾患概念にあてはめて診断しようとすると,胎児疾患のもつ多くの広がりを閉じてしまうことになりかねません.前におこなったfetal dymorphologyの提案もその点とかかわっています.

そして今後は胎児診断を行う人間には,人類遺伝学の知識は必須となるでしょう.近年では責任遺伝子の同定により疾患概念がどんどん変化していますが,胎児医療においては最新の知見に基づいた診断が要求されます.もし遺伝子医療の発展により,胎児エコーを行うわれわれが網羅的に把握できないくらいの疾患があふれかえって,新たな知見がカバーできなくなってしまうとすれば,データベースを整備してだれでもアクセスできるような体制をつくるべきでしょう.あるいは個人個人がそれぞれ何らかの専門性を持ち,ネット環境を利用して互いに助け合っていくのもいいかもしれません.

そしてなによりも胎児超音波検査では周産期管理,周産期ケアのための診断が必要です.それは疾患の予後をきちんと評価できるような胎児診断ですし,さらには疾患治療,すなわち胎児治療という将来の視点をもった診断を目指すべきだと考えています.そのためには超音波という特性を生かした疾患所見の把握と整理,周産期管理とカウンセリングのための疾患の症状と予後の予測などが求められますが,疾患というのはすでに存在しているものとは違って,あくまでもわれわれが認識する現象であることを考えるならば,胎児医療の本質にそくした胎児疾患概念をつくりあげていっていいのだろうと思います.

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カウンタ 4810 (2012年7月30日より)