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「ブライダルチェック」に感じる違和感

「ブライダルチェック」に感じる違和感

                                 2018年6月29日 室月淳

 「ブライダルチェック」ということばをお聞きになったことはありますか? 結婚前に妊娠できるか,あるいは妊娠や出産に問題となる病気がないかをチェックする検査です.男性女性とも対象となりますが,実際には女性が受けることのほうが多いようです.最近,あちこちでよく宣伝されています.

わたしはこの検査に強い違和感をもっています.例をあげて説明します.わたしは自治体の遺伝カウンセリング事業で,市民にたいする遺伝相談を20年以上つづけています.そこでは日常臨床で経験する遺伝カウンセリング,たとえば遺伝疾患といった対象をこえた幅広い内容の相談がもちこまれてきます.

そのなかでよくある相談のひとつに,自分の子や家族が結婚を望んでいるが,それがいとこ婚であったり,結婚あいての身内がなんらかの病気をもっているという場合があります.もちろんこれは,生まれてくる子や孫になんらかの病気がでてこないか,そういった遺伝性を心配しているわけです.

このときわれわれ遺伝専門医は矛盾した立場におかれます.親の心配はじゅうぶんに理解できるし,親の希望を満たしてやりたい気もします.しかし一方では、成人同士の結婚は当事者の権利であり,自分の子であろうとも当人の自由です.憲法で保障された自律的な意志決定を認めてあげたいと思います.

もちろん遺伝学的にただしい事実を伝えることで遺伝カウンセリングとしてはじゅうぶんでしょう.しかしわたしの経験からいうと,そのとき伝えられた医学的事実は,必ずといっていいほど,親たちの都合のよいように勝手に編集され,一部が誇張されて,子がのぞむことを抑制する材料として使われます.

要はこの問題は,結婚をのぞむ当事者間の問題だから,まず当事者が遺伝カウンセリングを受けて話を聞くことが重要であり,先決問題なのです.そのうえで当事者だけで決めるか,場合によっては親もまじえて相談するかを,家族内で話しあって決めることになります.

遺伝学カウンセリングの原則からいうと,当事者でない親が心配だからといって勝手に相談にくるのはゆるされません.しかしこのような行政が主体となった地域遺伝カウンセリングは,市民の健康相談サービスのひとつという位置づけですから,こういった家族内の相談というのもすくなからずあるのです.

わたしが「ブライダルチェック」に感じる違和感というのもおなじところにあります.ブライダルチェックの検査の内容を専門的にみると,たとえば風疹や麻疹の抗体を調べ,もし抗体が低ければワクチン接種を勧めるといった妊娠前におこなう医療行為としてきわめてリーズナブルなものが多いといえます.

妊娠してはじめて判明するトラブルにいつも苦労しているわれわれ産科医としては,ぜひとも妊娠前に解決しておいていただきたいことばかりです。しかし「ブライダルチェック」を受ける側からみると意味がかわってきます.医学的な問題をチェックしてはやめに対応するためだけの検査ではないのです.

「ブライダルチェック」は多くの場合,結婚相手やその親から求められることが多いようです.独身男女が婚活をおこなうための条件とされることもあります.女性が子どもを産めるからだかどうか,男性が妊娠出産に影響するような感染症をもっていないかどうか,を調べるようあいてに要求しています.

すなわち「ブライダルチェック」は結婚相手を選別するための条件です.自分の結婚相手をチェックする検査ということになるでしょうか.医学的に解決可能なものを検査対象としているはずですが,当事者のあいだではまったくちがう意味をもっています.たとえばエイズの検査はかならずはいってきます.

もし結婚相手がエイズ陽性だったとしたら,医学的に本人の発症予防が可能であり,また子への垂直感染が防止できるとしても,それがわかって結婚にふみきれるのでしょうか.親はそれを許すのでしょうか.もちろんあいてが医学的に問題のないことを結婚の条件とするという人間がいてもいいかもしれません.

まちがいなく子どもがつくれる証明を相手に求めることも個人の自由なのでしょう.そういう結婚も世の中にはあるでしょう.しかし医師は,医療は,人間のそういったエゴイスティックな欲求に積極的に加担すべきではない,すくなくともそれを宣伝したり商売とすべきではないとわたしは思います.

フランスでは1940年代より,結婚する前に「婚前検査」を受けることが法律で義務づけらていましたが,2007年に廃止されたそうです.これはフランスの優生政策のひとつとして位置づけられていました.断種を強いた米国や北欧,あるいは日本の旧優生保護法よりはずいぶんマイルドだったとはいえます.

医学的には「ブライダルチェック」は非常にのぞましくみえます.しかしフランスの例でみるように,この検査には優生学的な側面がみえかくれしています.現実的な影響を考えると,かなり慎重にあつかわれる検査だろうと思います.病気でない健康な人間にたいする検査は抑制的であるべきでしょう.

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