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切迫早産にたいする塩酸リトドリンの長期維持療法はもうやめよう

切迫早産にたいする塩酸リトドリンの長期維持療法はもうやめよう

                                 (2018年5月15日 室月淳)

切迫早産妊婦にたいしリトドリンの持続点滴による長期安静臥床をおこなっているのは,世界で日本だけなのはみなさまもご存じかと思います.リトドリンについては48時間までの妊娠延長効果しかないこと,また新生児の予後からみると使用群と非使用群でまったく差がないことが知られています.

すなわちリトドリンには医学的エビデンスがほとんどありません.日本では津々浦々の病院で,切迫早産患者が点滴につながれて長期入院している光景があたりまえなので,知らず知らずのうちにリトドリンは有効で周産期医療に必要不可欠な薬のように思いこまされていますが,それは完全に誤解であり思いこみにすぎないのです.

実際に当院では2年前から,切迫早産妊婦のリトドリン点滴を48時間で完全に終了するプロトコールを採用していますが,おどろくべきことに80-90%はそのまま子宮収縮が消失していきます.リトドリンを切っても早産するわけではなく,それどころかほとんどの例で子宮収縮が消失していくというのは,従来からリトドリンの医学的有効性を疑っていたわれわれにとっても目からうろこの事実でした.

リトドリンは医学的有効性がないばかりか,ときに重篤な副作用をおこすことも知られています.動悸や振戦のほか肝機能障害,横紋筋融解,顆粒球減少,肺水腫,心不全などが報告されています.産婦人科医会の母体死亡症例検討委員会でもリトドリンの副作用と思われる母体死亡症例があがってきますし,全国の死戦期帝王切開症例調査でも18例中2例がリトドリンによる肺水腫が原因の母体心停止でした.

1年前にもおなじことを呼びかけたのですが,そのときは実際のデータを示せとのご意見を多くいただいたので,先日の仙台での日産婦の「生涯研修プログラム」のなかで発表させていただきました.もしかするとお聞きになられた先生もいらっしゃるかもしれません.以下は抄録からの引用です

「子宮収縮が30分で4回以上かつ/または子宮頚管長が25mm以上の切迫早産妊婦を対象とし,2016年10月より塩酸リトドリン48時間点滴のshort tocolysisをおこない,そのあいだに母体ステロイド投与をおこなう管理とした(25例).子宮頚管長が25mm以下の妊婦にたいしては早産予防用のペッサリーを装着した.

2016年9月以前の同様妊婦(25例)をコントロールとして比較したところ(short tocolysis群対コントロール群),平均分娩週数は36.0週対35.7週(p=0.78),34週未満の早産率は4/25(16%)対6/25(24%)(p=0.36)と有意差を認めず,切迫早産管理のための入院日数は15日対41日(p=0.001)とshort tocolysis群で有意に短くなった.Short tocolysisで早産にいたったのは常位胎盤早期剥離1例,病理学的に絨毛膜羊膜炎の3例であった.

塩酸リトドリンを48時間後に中止しても早産率,平均分娩週数はかわらず,早産にいたるのは臨床的にむしろ早期娩出が望まれる症例であった.塩酸リトドリンにはさまざまな副作用が知られており,今後はshort tocolysis法が推奨される.」

あしたからリトドリンは48時間点滴したら終了とする,すなわち(世界標準である)short tocolysis法を徹底することからはじめませんか? このことに疑問に感じられるかたがいらっしゃったら,ここに書きこんでいただくなり,わたしあてに直接メッセージをいただいてもかまいません.またもし実際にリトドリンのshort tocolysisを見学したいと希望する 先生がいらっしゃったらいつでも大歓迎です.

わたしの上記の発表の内容は,塩酸リトドリンをやめても産まれないではなく,むしろ点滴してもしなくてもかわらない,すなわち結果的に10-20%は早産となるので、塩酸リトドリン長期持続投与しても意味がないというものです.ですから当院でshort tocolysisを試みることができたのは,もちろん当院が「いざことがおきたときになんでもできる施設」だからですが,「かわらない」という結論がでたいまは,理屈のうえでは,その気になればどこでもできることになります。

「いざことがおき」るのはどんな施設でもどんな場合でもあるでしょう.もちろん「なにかあれば高次施設に送らなければならない」「夜間休日はひとがいない」「いつでも高次施設が受け入れてくれるとはかぎらない」「日本のガイドラインでは,なにかおこったときに法的に責任が問われる」「スタッフが抵抗する」「ベッドの稼働率が低下し利益が減る」などと無限にエクスキューズはできます.いくら「エビデンスがない」「short tocolysisとかわらない」といわれてもなかなかむずかしいのかもしれません.

しかしこのようにさまざまな議論があって結論がなかなかだせないときは,患者の立場を第一としよう,患者のもっとも利益になるやりかたでやろう,という原点にもどって考えていくのがだいじではないでしょうか.そのうえで決めたことでしたら,どんな結論になろうともそれでいいかと思います.

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カウンタ 250128(2017年5月13日より)