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キャリアスクリーニング

キャリアスクリーニング carrier screening について

                                 (2017年4月18日 室月 淳)

生まれつきの重度の遺伝性の疾患というのは,ひとつひとつは何千人,何万人,ときには何十万人にひとりというまれな頻度なのですが,全部あわせるとおそらく数千種類にもおよぶことがしられています.そしてどんな夫婦,カップルの子にもおなじようにそういった重篤な遺伝性疾患を発症する可能性があります.なぜならばどんな人間でも10個以上の病気の遺伝子をもっている(ヘテロ接合のキャリアである)からです.そしてたまたまパートナーがまったくおなじ病気の遺伝子をもっている,すなわちおなじ病気の遺伝子のキャリアであれば,生まれてくるこどもの4人にひとりが病気の遺伝子を重複して受けつぐ(ホモ接合)ことになり,その場合にこどもが遺伝性疾患を発症することになります.

こういった遺伝形式を常染色体劣性遺伝といいます.病気の遺伝子の保因者は基本的に健康であり,またふつうはどういった病気の遺伝子の保因者であるかわからないので,常染色体劣性遺伝の疾患のこどもは,頻度は低いながらも,みかけ上は突然に生まれてくることになります.しかしこのとき両親は病気の遺伝子のキャリアであることがほとんどなので,次の妊娠分娩でもおなじ疾患の子が生まれてくる確率(同胞再発率)は25%です.最近,すこしずつ聞くことが増えてきたキャリアスクリーニングという検査は,あるひとがどういった病気の保因者であり,夫婦やカップルがおなじ劣性遺伝性疾患の原因遺伝子をもつかどうかを,基本的に妊娠前にスクリーニングするものです.

キャリアスクリーニングは北米では比較的ながい歴史があって,ひろく受けいれられてきた検査でもあります.たとえばアシュケナージと呼ばれるヨーロッパ系ユダヤ人の集団では,テイ・サックス病や嚢胞性線維症.カナバン病といった生命予後不良の疾患の発生頻度がきわめて高いことが知られています.アシュケナージのなかでそれぞれの疾患の保因者はだいたい20-30人にひとりくらいとされます.ですから北米のユダヤ人コミュニティやイスラエル本国では,昔から積極的にキャリアスクリーニングをおこなっており,発症リスクを事前に調べることが一般的になっています.その結果,近年にはそういった予後不良の疾患の発症頻度がだいぶ低下したことが知られています.

日本人にもおなじように日本人特有のきわめて予後不良な疾患が複数あり,妊娠前にキャリアスクリーニングによってそのリスクを推定することは可能であり,ある一定の臨床的意義をもつことが推測されます.しかしもしカップルのいずれもおなじ疾患の遺伝子をもっているのがわかったら,かなりむずかしい遺伝カウンセリングが必要となってくることが予想されます.このような場合,カップルの現実的な選択肢として考えられるのは,なにもしないで妊娠しこどもをうむ(仮に病気のこどもでも受け入れていく)こと,逆に実子をつくることを断念する(たとえば養子をもらう)こと,非配偶者間人工授精か卵子提供による妊娠をめざすこと,出生前診断(PGDないしはCVS)をおこなうこと,などがあげられでしょう.

このキャリアスクリーニングプログラムは,一部では非侵襲的出生前遺伝学的検査(NIPT)のつぎに国内で普及する遺伝子検査ともいわれています.実際に国内の有名企業が参入する動きをみせています.米国でいくつかおこなわれているキャリアスクリーニングのうちのひとつを国内へ導入するため,日本人集団でのバリデーション検査もはじまっているようです.キャリアスクリーニングは,いずれ国内でも必要になってきますが,この企業がやろうとしていることにはいろいろと問題がありそうです.

ひとつの問題は,カップルがキャリアスクリーニングを受けるにははっきりしたリスクとベネフィットがあります.また結果については慎重な解釈と注意深いカウンセリングが必要であり,遺伝専門医としてもかなり覚悟のいる仕事となります.そこまでの認識があってこの領域に踏み出そうとしているのでしょうか,そもそもそういう遺伝カウンセリングの体制を用意しているのでしょうか.

また検査自体の限界もありそうです.日本人に頻度の高いデュシャンヌ型筋ジストロフィー,脊椎筋委縮症,福山型筋ジストロフィーといった疾患は,NGSを用いたエクソーム解析といった従来の方法ではなかなか検出できない性質があります.北米で使われている遺伝子検査パネルを日本人にそのまま当てはめても,キャリアの検出率はだいぶ低くなることが予想されます.これを検査として実用化させるためには追加研究が要求されてきそうですし,そのためにはアカデミアの本格的な協力が必要となってくると思われます.

最後に社会的な問題です.民族ごとに疾患遺伝子の蓄積があり,発症頻度のたかい固有の遺伝性疾患の存在が知られてきました.キャリアスクリーニングは当初,そういった民族ごとのスクリーニングパネルが開発されたのですが,それは一面で民族に対する偏見を助長するおそれもあると懸念され,いまでは標準化されたキャリアスクリーニングプログラムが推奨されています.このように遺伝情報があきらかになるとさまざまな問題を誘発するおそれがあるため,就職や生命保険などにおいて差別的取り扱いがなされないような細心な注意が必要です.すなわち法律による規制など社会としての取り組みも重要と考えられていますが,日本ではまだそういった対応はいっさいなされていません.社会的な議論が必要なところと考えられます.

 

参考文献

  • ACOG Committee opinion No. 691 - Carrier screening for genetic condition. Obstet Gynecol 2017;129:e41-e55
  • コルフ:保因者スクリーニング.コルフ臨床遺伝学 原書4版 pp213-223, 2014

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