塩酸リトドリンを疑う
塩酸リトドリンを疑う
(室月 淳 2017年4月13日)
周産期医療をになう医療関係者のかたがたにひとつだけ提案させていただきたいことがあります.日本の切迫早産管理についてですが,ひとことでいえば,リトドリンの点滴はもうやめよう,世界的なエビデンスにもとづいた治療をおこなおう,という呼びかけです.
切迫早産妊婦にたいしリトドリンの持続点滴による長期安静臥床をおこなっているのは,世界で日本だけなのはみなさまもご存じかと思います.リトドリンについては48時間までの妊娠延長効果しかないこと,また新生児の予後からみると使用群と非使用群でまったく差がないことが知られています.
「ウテメリン」が薬事承認されたのは1986年で,奇しくもわたしが医者になった年でした.旧GCPのさらにそれ以前の80年代の薬剤治験というのは,いまの目からみると信頼性が落ちるものであり,リトドリンの長期投与による有効性もはっきりしません.しかし日本では,津々浦々の病院で切迫早産患者が点滴につながれて長期入院している光景があたりまえとなっていて,知らず知らずのうちにリトドリンは周産期医療に必要不可欠な薬のように思いこんでいます.
現在われわれは,切迫早産の新薬について新GCPにもとづいた治験をおこなっています.切迫早産で搬送されてくる妊婦のリトドリン点滴を入院時にほぼ全例で中止するのですが,おどろくべきことに80-90%はそのまま子宮収縮が消失していきます.リトドリンを中止しても子宮収縮が消失しない例を対象に治験にエンロールメントをしていますが,適応のある症例を集めるのに苦労するほどです.
リトドリンを切っても早産するわけではなく,それどころかほとんどの例で子宮収縮が消失していくというのは,従来からリトドリンの医学的有効性を疑っていたわれわれにとっても目からうろこであり,衝撃的な事実でした.このことを周産期で働く多くの若手医師に知っていただきたくてこの文章を書いています.
リトドリンは医学的有効性がないばかりか,ときに重篤な副作用をおこすことも知られています.産婦人科医会の母体死亡症例検討委員会でもリトドリンの副作用と思われる母体死亡症例があがってきますし,全国の死戦期帝王切開症例調査でも18例中2例がリトドリンによる肺水腫が原因の母体心停止でした.
母体死亡の原因として肺水腫が散見されますが,リトドリンの副作用と推定されるものがほとんどです.また以前にわれわれが経験したことですが,切迫早産妊婦が前医入院中に耐糖能異常が認められ,多量のインスリン(1日計60単位)が使われていました.当院に搬送されて,例のごとくリトドリンを中止したところ低血糖をおこし,結局インスリンがまったく不要になった症例がありました.
あしたから切迫早産の妊婦のリトドリン点滴を切ってみませんか? ぜったいに早産となることはありません.しかし上司や同僚,後輩,病棟スタッフ,そしてなによりも本人や家族からの抵抗があるかもしれませんね.それならばこれまでのエビデンスを提示してみなで検討し,リトドリンは48時間点滴したら終了とする,すなわち(世界標準である)short tocolysis法を徹底することからはじめませんか? 日本独特の因習で迷信でもあるリトドリン長期持続点滴をなくしていくには,先生がたの志いかんにかかっています.
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カウンタ 19977(2017年4月13日より)