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染色体異常−次回妊娠へのアドバイス

染色体異常−次回妊娠へのアドバイス

                                (室月 淳   2012年5月23日)

 

 要 旨

染色体異常児の分娩既往をもつ女性が,次回妊娠に同様の異常を繰り返す経験的危険率をまとめた.染色体異常のタイプによって,症例数は多いが再発危険率の低い群と,少数ではあるが危険率の高い群とを明確に区別して対応することが重要である.次回妊娠に対するアドバイスは,遺伝カウンセリングとして捉えて対処することが望ましく,臨床遺伝学についての正しい知識と心理面における慎重な配慮が必要である.

 

 はじめに

遺伝カウンセリングの中で,染色体異常に関する相談は大きな割合を占める.産婦人科医が染色体異常の遺伝カウンセリングを求められる機会は少なくなく,高齢妊娠や染色体異常児の出産既往歴があるとき,超音波診断で胎児異常や羊水量異常を認めたときなどが考えられる.

遺伝カウンセリングには,純粋に医学的な側面とカウンセリングとしての側面があるが,染色体異常に関する問題はその両面にまたがっている.すなわちカウンセラーとしての医師は,染色体についての正確な診断および充分な遺伝学的な知識を求められると同時に,クライアントに正確な情報を提供する技術,クライアントの自己決定を促し,その行動を支援する技量などが必要となる.

本稿では特に染色体異常とその反復出現率を論じ,さらに染色体異常の児を得た親が遺伝相談に来院した場合の対応について概説する.

 

 染色体異常の特徴

染色体は遺伝子をコンパクトに折畳んで収納した状態にあるが,染色体異常には,複数の遺伝子が過量あるいは不足している場合と,染色体構造に変化があっても遺伝子自体の過不足のない場合の両方がある.前者は不均衡型染色体異常といわれ,種々の程度の臨床症状を示す.染色体の数の異常(異数体,トリソミー,モノソミーなど)や構造異常(欠失,不均衡転座やロバートソン転座など)がこれに当たる.

後者は均衡型染色体異常であり,染色体の相互転座や逆位,重複などが含まれる.この場合遺伝子の増減はなく,その個体の表現型は正常であるが,配偶子形成時に染色体異常をもたらすことがある.すなわち次世代に染色体異常児発生のリスクがあるため,一般に保因者(キャリア)として扱われることがある.

染色体異常の遺伝カウンセリングにおける基本的な姿勢としては,症例数は多いが再発危険率のきわめて低い群と,少数ではあるが危険率が高いものとを明確に区別する対応が重要である.すなわち,前児の染色体異常が配偶子における染色体の不分離やde novoで生じた転座や欠失などによるものであったのか,あるいはキャリアであるどちらかの親から転座染色体を伝えられた遺伝性のものであったのか,の正確な遺伝学的診断がカウンセリングの前提となる.ちなみにダウン症候群を例にとると前者は98%,後者は2%であり,一般的には再発危険率が低い場合がほとんどである.

 

 21トリソミー(ダウン)症候群

染色体異常の種類から,トリソミー(標準)型(94%),転座型(5%),モザイク型(1%)に分類され,遺伝相談を行うためには正確な核型の診断が前提となる.

1. トリソミー(標準)型

トリソミー型では,21番の過剰染色体の95%は母由来とされ(1),母親の年齢の増加に伴って一般の発症頻度が高くなる.われわれがおこなった5,484件の羊水穿刺による染色体分析を集計した共同研究における,21トリソミーおよびその他の染色体異常の年齢別危険率を表に示す(2).

表 高齢妊娠各年齢における胎児染色体数的異常発生率(千分率)
母体年齢 21トリソミー 18および13トリソミー 性染色体数的異常 染色体数的異常総計*
35 2.62 1.32 1.07 4.12
36 3.37 1.76 1.42 5.35
37 4.31 2.33 1.90 6.94
38 5.50 3.10 2.54 9.02
39 7.03 4.12 3.40 11.70
40 8.98 5.47 4.54 15.20
41 11.47 7.26 6.07 19.73
42 14.66 9.65 8.11 25.61
43 18.73 12.82 10.84 33.25
44 23.93 17.03 14.48 43.16
45 30.57 22.62 19.36 56.04
*染色体数的異常全体を対象として推計したため,各々の発生率の和と異なる

 われわれの施設において,21トリソミー児分娩既往妊婦は202例あり,延べ234件で胎児染色体検査が行われた.その結果,21トリソミーを反復した妊婦は3例,その他の胎児染色体異常2例(47,XYY 2例)であった(3).21トリソミーを反復した夫婦には,末梢血および皮膚細胞で染色体検査を行い正常核型を得ているので,このやや高い染色体異常反復発生率は,年齢だけではなく,染色体不分離を来しやすい何らかの素因や性腺モザイクなどの可能性が考えられる.

通常の遺伝カウンセリングでは,前児が標準型の21-トリソミーであれば,両親の染色体検査を行う必要はない.患児をもった母親で次の子に予期される再発のリスクは,一般集団における危険率の2〜3倍になることが知られている.遺伝相談における再発危険率の提示としては,35歳未満では1%,35歳以上では正常人の年齢別危険率の2倍程度とするのが妥当であろう.

いずれにしろ同胞の再発危険率は過剰な心配が必要なほどではない.それにもかかわらず,ダウン症児がいる両親の多くは次回妊娠で出生前診断を望むという事実がある.また一方では,仮に次児がダウン症でも絶対に中絶をしない意志を表明する両親も存在する.カウンセリングを行う場合は,ダウン症の児をもつ両親のこういったアンビヴァレントな心情に対しては,特に注意深く思いやりをもって接すべきであろう.

標準型21-トリソミーの個体が児をもうけることがまれにある(特に女性の場合).この場合再発危険率は50%ということになる.

2. 転座型

21一トリソミーの4%程度に,21番染色体を含んだ転座染色体が存在する.転座型の21トリソミー症例において,両親にいずれかに同様な転座染色体が認められる(すなわち転座保因者である)頻度は約50%とされる.残りの半数は,染色体の転座が新たに生じたいわゆるde novoと考えられる.両親の染色体が正常であるこの場合,再発危険率は一般と同じであり,ハイリスク群とはならない.

最も多い保因者の染色体核型は,21番染色体が14番に転座している場合(21/14転座)である.この保因者の配偶子が受精した場合,正常核型,正常保因者,転座型トリソミーのいずれかになり,理論的な再発危険率は1/3となる.しかし,このような転座保因者夫婦から羊水検査で実際に転座型トリソミーが診断される頻度は5%であった(4).実際の再発危険率が低くなる原因として,転座型トリソミーは妊娠初期に流産しやすいことが考えれる.

遺伝相談の際には,21/14転座染色体をもつ親から21トリソミー児が生まれる経験的危険率は,母が保因者のとき15%,父が保因者のとき1〜2%とし,それ以外の転座型(21/13,21/15,21/22)の場合もこれに準ずる(5).きわめてまれではあるが,21番染色体同士の転座[45, XX, der(21)(q10;q10)]の場合は,生まれてくる児には転座型21トリソミーが100%に認められる.

3. モザイク型

受精時には正常な核型であったが,初期胚の分裂の途中で不分離が起こり,21トリソミーの細胞と正常細胞が混在するものである.再発危険率は標準型トリソミー型と同じと考えられる.

問題はモザイク型の染色体構成をもつ親から生まれる児についての危険率であるが,これは生殖腺にどれだけのトリソミー細胞が分布しているかによるため,明確な答えを出すことはできない.この場合出生前診断が選択肢となるかも知れない.

 

 18および13トリソミー

常染色体の完全トリソミーで出生まで生存可能なのは,ダウン症候群を除くと18および13トリソミーがほとんどである.

われわれの施設において,18トリソミー児の分娩既往妊婦47例に延べ56件,および13トリソミー児の分娩既往妊婦11例に延べ15件の胎児染色体検査が行われたが,トリソミーの反復を含む染色体異常を認めなかった(3).さらに症例を重ねて検討する必要があるが,これらの妊婦の染色体異常児の再発リスクは高いとは言えないようである.

一般的にみても再発危険率に関するまとまった報告は余りないが,いくつかの文献まとめて1%程度という数字が出されている(5).ただし,13トリソミーでは,まれにロバートソン転座に基づくもの(13/14転座や13/15転座など〉があり,両親のいずれかが転座保因者の可能性がある.この場合,転座型のダウン症候群と同じように両親の染色体の正確な核型分析が前提となる.不均衡転座型の13トリソミーは妊娠初期に流産する頻度が高いせいか,経験的な再発危険率は低いと推測されている(6).

 

 性染色体異常

Xモノソミー(45,X)あるいはX短腕部分モノソミー(46,XXp-)などのターナー症候群,X染色体過剰(47,XXYなど)を示すクラインフェルター症候群,XXX症候群(トリプロX症候群),XYY症候群などがある.再発危険率に関する明確な情報はあまり多くない.我々の集計では,前児がターナー症候群であった妊婦18例に1例(5.6%)の再発を認めたが,再発危険率はきわめて低いという報告(7)もあり参考となる.

XXX症候群の母親から生まれる児は,理論的にはX染色体異常のリスクが予想されるが,実際には通常の危険率とほとんど変わらないといわれる.再発危険率を5%と見積もる報告(8)もあるが,通常は1%以下と考えるのが妥当であろう(5).XYY症候群の父親から生まれる児についても,明らかに再発危険率が増加するという報告は現在のところない.

ターナー症候群とクラインフェルター症候群は性腺機能低下を示すため,遺伝相談で再発危険率が問題となることはあまりない.ただし文献的にはモザイクでない純粋のターナー症候群の女性の妊娠例が21例あり,そのうち11例が正常児であったという興味深い報告がある(9).

遺伝カウンセリングの場では性染色体異常はもう少し違った意味で問題となる.これらの異常のほとんどは散発的に発生し,低身長や原発性無月経が発見の端緒となるため,学童期や思春期以降に診断されることが多い.症状としてはさして大きな障害はないが,問題は生殖能力に関することと,いつでもというわけでもないがときに軽度の精神発達遅延が認められることがある.ターナー症候群やクラインフェルター症候群は性腺機能低下を示すが,知能の発達は正常である.すなわちこれらの大部分のひとは,正常な核型のひとと何ら変わることのない日常生活を送っている.このような場合にどのような告知を行うか,あるいはどのようなカウンセリングを行うかは難しい問題である.

ターナー症候群においては,身長を伸ばすための成長ホルモンや第二次性徴発現のための女性ホルモンの投与が現在行われており,生活の質はかなり向上している.これらの医学的な課題は小児科医や内分泌専門医がきちんと対応すべきことである.ただしときに染色体異常ということから,ターナー症候群が遺伝カウンセリングに回されてくることがある.カウンセラーの役割としては,診断告知を受けた両親に対して子どもの受け入れを援助したり,子どもの育て方や将来に対する不安についての相談がある.正確な医学的知識と責任ある対応が求められる.

 

 おわりに

遺伝カウンセリングの内容は,医学的な情報の収集および判断,そしてクライアントへの情報提供から成る.カウンセラーは多種にわたる遺伝性疾患の知識と反復確率の正確な推定が求められる.また遺伝カウンセリングに訪れるクライアントは,すでに他の病院で診断を受けている場合が多いので,カウンセラーは他施設からの情報収集を行う必要も多い.あるいは特殊な疾患の場合は,適切な専門施設への紹介が求められる.

適切な情報提供の視点からみると,個々の染色体異常に関する正確な説明だけではなく,その障害があることがその個人あるいは家族にどのような意味をもつのか,本人のアイディンティティ尊重のために充分注意をもって話す必要がある.ときには患者・家族団体の紹介や児の養育相談のようなソーシャルワーカー的な仕事が中心になることもあるかも知れない.

当然のことながら染色体異常は妊娠初期に出生前診断が可能である.もちろんカウンセリングは非指示的が原則であるから,出生前診断を前提とした,初めに羊水穿刺ありきカウンセリングは誤りであろう.あくまで結果として選択肢のひとつとして提示されなければならない.しかし一方では,妊娠22週未満の人工妊娠中絶は状況により許容されるという事実があるので,たとえ仮にカウンセラー個人の倫理観からはずれることがあっても,選択肢として出生前診断や人工妊娠中絶が存在するときは,それをクライアントに提示しなければならない.さらにカウンセラーは,クライアントがいかに自分の感覚に反した選択をしたとしても,クライアントの自己決定を尊重しそれを支援する態度を取ることが望まれる.

本稿は,染色体異常児を出産した親が遺伝相談に来院した場合に,次回の妊娠・出産のためにどのようなアドバイスをしたらよいかを想定して書かれた.内容は個々の染色体異常における再発危険率の検討が中心となったが,ここには出生前診断に関することの他にも,転座型の染色体異常の問題も存在する.遺伝相談に際しては保因者診断が前提となるのだが,染色体検査は夫婦の心理的関係に細心の注意を払って行う必要がある.検査の理由と検査結果の告知に関して,夫婦と医師側の間で事前に方針を明らかにしなければならない.こういった遺伝カウンセリングは慎重に運ばなければならず,やはり専門機関に紹介して施行されるべきかも知れない.

染色体異常に関する遺伝カウンセリングは,染色体に関する正確な知識の他に,専門的な診断能力や経験を積んだカウンセリング技術が要求される場合がある.自分の守備能力をこえると判断した場合は,クライアントに率直にその旨を説明して,適切なところに紹介することが望ましい.紹介するところとしては,日本人類遺伝学会,日本臨床遺伝学会で認定している専門施設,あるいは臨床遺伝専門医,遺伝カウンセラーなどが目安になるだろう.いずれの場合であっても,日頃より信頼して紹介できるところをつくっておくことが大事である.

 

 文 献

1. Antonarakis SE: Parental origin of the extra chromosome in trisomy 21 as indicated by analysis of DNA polymorphisms. New Engl J Med 1991;324:872−876.

2. Yaegashi N et al: Age-specific incidences of chromosome abnormalities at the second trimester amniocentesis for Japanese mothers aged 35 and older: collaborative study of 5,484 cases. J Human Genet 1989;43:85-90

3. 上原茂樹:周産期診療における先天異常への対応−出生前診断のためのカウンセンリング.臨婦産 1998;52:987-994

4. Uehara S, et al: The outcomes of pregnancy and prenatal chromosome diagnosis of fetuses in couples including a translocation carrier. Prenat Diag 1982;12:1009-1018

5. Gardner RJM, Sutherland GR: Chromosome abnormalities and genetic counseling. Oxford; 0xford University Press, 1989

6. Ferguson-Smith MA: Prenatal chromosomal analysis and its impact on the birth incidence of chromosome disorders. Br Med Bull 1983;39:355-364

7. Stene J, et al: Risk for chromosome abnorrnality at amniocentesis following a child with a non-inherited chromosome aberration. A European collaborative study on prenatal diagnoses 1981. Prenat Diag 1984;4:81-95

8. Neri G. A possible explanation for the low incidence of gonosomal aneuploidy among the offspring of triplo-X individuals. Am J Med Genet 18:357-364, 1984.

9. Kaneko N, Kawagoe S, et al. Turner’s syndrome: review of the literature with reference to a successful pregnancy outcome. Gynecol Obstet Invest 29:81-87, 1990.

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