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曲がり角にたつ地域遺伝カウンセリングサービス

曲がり角にたつ地域遺伝カウンセリングサービス

                                  室月 淳(2011年7月20日)

東北大学病院

地域遺伝カウンセリングサービスとは

わが国の遺伝カウンセリングの黎明期にあたる'70年代から'80年代にかけて,"Genetic counseling"の訳である「遺伝相談」は,主に保健所を中心とした地域行政ぐるみの保健サービスの一環としてなされてきました.当時は厚生省の指導もあり,全国各地に行政主導の遺伝相談システムがつくられていました.

保健所で行う遺伝カウンセリングは,患者あるいはクライアントとして来院してくる病院とは異なり,啓蒙や広報などによる情報提供,あるいは保健師によるニーズの掘り起こしが重要です.遺伝相談を地域住民の健康増進の一つの手段として捉え,相談を待つだけでなく,地域保健活動として地域に出かけていく形をとっていました.カウンセリング後の福祉サービスや療育機関への連携,心理的サポートなども保健師の重要な仕事でした.

地域住民の遺伝カウンセリングの潜在的需要はかなり大きいと予想されますが,現実にはまだそれほどではありません.実際に需要がないわけではなく,医療・保健関係者はもとより,住民に遺伝カウンセリングそのものがじゅうぶんに理解されておらず,またいかなる場所で行われているかも知られていないために,住民のニーズが実際の遺伝カウンセリングに結びついていないと考えられます.ある推計によると,遺伝カウンセリングの潜在的需要は人口5千人につき年間ひとりとされています.

保健師は地域における活動によってそういった遺伝カウンセリングの潜在的なニーズを掘り起こし,医療につなげる重要な役割を果たします.また行政による各種の福祉サービスや療育機関への紹介なども得意とする分野です.わが国の遺伝カウンセリングのこれまでの発展の上で,保健師たちが果たした役割は非常に高く評価される必要があります.さらには充実した遺伝カウンセリングシステムを全国に構築するためにも,こういった行政主体の地域遺伝相談サービスは大切に残していく必要があるでしょう.

遺伝子の時代における遺伝カウンセリングシステム

ヒト・ゲノムの解析が進み,ゲノム・遺伝情報を利用した遺伝子医療,遺伝薬理学情報に基づいたテーラーメイド医療や新たな医薬品開発研究,再生医療といったものが実用化しつつある現在は,遺伝子の時代に適合した新しい遺伝カウンセリングの重要性が叫ばれています.遺伝子医療の高度化も相まって,現在,大学病院やセンター病院の遺伝子医療部門における臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーを主力にした遺伝カウンセリングシステムを構築することに主に努力が費やされています.

遺伝カウンセラーも,先端医療研究に対応できる高度な専門的知識,技術ならびにコミュニケーション能力をもち,患者・家族・被験者の立場を理解して新医療とのインターフェースとなる能力を求められています.遺伝子医療から得られる情報をどのように有効に役立てるのか,倫理的・社会的側面も配慮しつつ患者やその家族の側に立って援助する専門職である遺伝カウンセラーが今ほど必要とされる時代はないといえます.

先に述べた地域住民のニーズに答える保健所での地域遺伝カウンセリングサービスと,医療の進歩に伴って生じる高度な遺伝カウンセリングを行う大学病院や周産期センターの遺伝子診療部は,車の両輪のような形でうまく共同してわが国の臨床遺伝を牽引していくのが望ましいと考えられます.

危機に瀕する地域遺伝カウンセリングサービス

実はしかし,こういった地域行政網を利用した地域遺伝カウンセリングシステムは各地で曲がり角にきています.

地域遺伝カウンセリングシステムの欠点として,保健師は遺伝の専門職ではないこと,また行政職として担当者が次々に変わっていくことがあります.そのために看護師,助産師や保健師といったコメディカルが勉強できるようなセミナーや講習会などを定期的に開催して絶えずトレーニングしていく体制がなければ,すぐに遺伝カウンセリングサービスの質が低下してしまうことになります.

これまでは家族計画協会主催の「コメディカルスタッフのための遺伝相談セミナー(初級編/上級編」が関係各位の尽力により毎年開催されてきました.またコメディカル有志による地域遺伝相談研究会も活動を続けてきました.しかし遺伝カウンセリング学会の主流が,臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーといった医療専門職の養成に主力を入れるようになって,上記のようなコメディカルが勉強できる講習会が次第になくなって,地域の保健師などが徐々に学会を離れていき,モチベーションも少しずつ低下してきているようにも見受けられます.

わたし自身がこれまで実際に関係してきたのは仙台市と盛岡市における遺伝相談事業ですが,いずれもこの数年間は相談件数も減少し,事業が停滞しているようにも見受けられます.仙台市の遺伝相談事業においても月に2回あった相談日が,数年前から月に1回になっています.以前とは異なり,東北大学病院に遺伝子診療部ができて医学的にきちんとした遺伝カウンセリングが行うようになったため,遺伝相談件数が減少したということはあるでしょう.しかし仙台と盛岡で共通した現象として,横のつながりもない状態で,保健師さんたちが悪戦苦闘している姿です.

地域遺伝カウンセリングシステムの再構築

保健師さんたちが地域で掘り起こしてくる遺伝相談のニーズには重要なものがあり,こういった地域遺伝カウンセリングはとても大切にしていかなければならないと実感しています.たとえば母子手帳の交付の場で,妊婦さんから多くの遺伝カウンセリングのニーズを引き出せるのは周知のとおりです.そしてそれを担当しているのは地域の保健師さんたちです.

地域遺伝相談事業については市民サービスとしてぜひとも存続させるべきです.遺伝相談事業に遺伝専門医が積極的に参画し,意見を言い,改善すべき点を提言し,保健師さんを鼓舞してやりがいを見出せるようにするとよいでしょう.講習会の開催などで盛り上げ,さらに他地域のグループとも連携しながら活動を盛り上げていく必要があります.

ますはわれわれ遺伝専門医が,自分の地域の遺伝カウンセリングサービスに積極的に関わり,ひとつひとつ内容のある充実した遺伝カウンセリングを実現することです.遺伝や先天異常,妊娠中の被曝や服薬など,素朴なところでの相談をする機会が徐々に減少してきていることは残念です.DNA解析でカウンセリングするのではなく,心の通い合いでカウンセリングすることの大事さが見直されるべきと思っています.

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