脳外科医 澤村豊のホームページ

様々な脳腫瘍や脳神経の病気について説明しています。

ギリアデル,グリアデル・ウェファー

GLIADEL carmustine wafer (BCNU wefer)
  • ギリアデルは日本での商品名で,英語ではgliadel wafer グリアデル・ウェファーといいます
  • 2013年に日本で保険診療適応が認められましたが,その時点で開発したヨーロッパでの使用はすでに下火になっていました
  • 悪性脳腫瘍の手術中に使います
  • 手術中に,腫瘍をとった後の脳の中に置いてくると,ギリアデルが取り残した悪性細胞を殺す力があると推定されています
  • カルムスチン脳内留置用剤 interstitial chemotherapy といいます
  • 開頭手術でグリオーマを摘出して,その穴(摘出腔)に貼付けて置いてくるという使い方をします
  • 米国で1970年代から使用されてきたニトロソウレア系のBCNU(カルムスチン carmustine)というもので新しい薬剤ではありません
  • ボリフェプロサンとカルムスチンを混ぜてあるので,腫瘍(グリオーマ)の中に置いてくるとゆっくり溶けて長い間にわたって抗腫瘍効果を発揮するという理論です
  • 適応症は悪性神経膠腫(悪性グリオーマ)です
  • 初回手術に使う場合には,手術中病理診断(迅速病理診断)が求められています
  • 手術中にグレード3か4のグリオーマが疑われれば使用可能ということです
  • 残念ながら,ギリアデル単独で悪性腫瘍が治るということはまずありません
  • 手術中にほぼ全てのグリオーマが摘出できた gross total removal と判断された時に使用します
  • 見た目で明らかに腫瘍が残っている状態では効果は期待できません
  • 初発の場合も再発の場合も,生存期間の2ヶ月ほどの延長効果があるというところでしょうか
  • 膠芽腫では,ほぼ全摘出できたという状態で使用しないと有効性はありません
  • 薬価は一枚7.7mgで15万6400円ですから,1手術あたり8枚でおよそ124万円です
2017年時点ではあまり使用されなくなりました。
理由は,あまり効果がないと臨床医が考えているからです。また他の薬剤との組み合わせの安全性がはっきりしていないこともあります。他に化学療法が使用できない患者さんなどで使われることもあります。

副作用(有害事象)

重大な副作用としては,けいれん発作,脳浮腫,頭蓋内圧上昇,水頭症,脳ヘルニア,創傷治癒不良(髄液漏),感染症,血栓塞栓症,出血などが報告されています。いずれも頻度はとても低いものですし,グリオーマの治療と手術に詳しい脳外科医であれば予想と対処ができる程度のものです。ギリアデルを留置した脳の周囲が浮腫で腫れることがあります。ギリアデルが皮膚に触れると熱傷と色素沈着を生じるくらいですから,局所脳浮腫が増悪する可能性を知っておく必要があります。

ギリアデルの使い方

マイナス15℃以下で保存する必要があります。室温に置いたら6時間以内に使用ですから,冷温保存ができない病院では使用ができません。
グリオーマを手術摘出して,切除面を覆うようにギリアデルを敷きつめます。 一袋に8枚の円盤状のギリアデル(1枚についてカルムスチン7.7mg)が入っていますから,使用枚数は最大で8枚です。

文献

女性と若年者に有効性が高い可能性がある

Champeaux-Depond C: Newly Diagnosed High-Grade Glioma Surgery with Carmustine Wafers Implantation. A Long-Term Nationwide Retrospective Study. World Neurosurg 2023
フランスで1,608人の患者さんに使用されその解析がなされました。ギリアデルを使用された患者さんの5年全生存割合は10.7%であり,若年者と女性により有効性があったとのことです。

投与後にFLAIR画像で一過性に炎症性浮腫像が強く出る症例では,予後の改善がある

Haim O: The clinical significance of radiological changes associated with gliadel implantation in patients with recurrent high grade glioma. Scientific Reports 2023
大きな腫瘍,摘出腔の大きなものには効きづらいとのことです。逆に,投与後にFLAIR画像で一過性に炎症性浮腫像が強く出る症例では,生命予後の延長があるとのことです。

多施設共同研究での成績

Duntze J, et al: Implanted carmustine wafers followed by concomitant radiochemotherapy to treat newly diagnosed malignant gliomas: Prospective,observational, multicenter study on 92cases. Ann Surg Oncol 2012
フランスの17施設からの報告で,92人の悪性神経膠腫の患者さんが治療されました。初回手術でグリアデルが使用され,術後に放射線治療とテモゾロマイド化学療法がなされました。グリアデルの副作用としてとらえられた例は,5例の重篤な感染症です。無増悪生存期間中央値は10.5ヶ月,全生存期間中央値は18.8ヶ月でした。生存期間はかなり長いと言えますが,無作為試験ではないので評価はできません。

手術でほぼ全摘出できていないと効果は期待できない

Stummer W, et al.: Cytoreductive surgery of glioblastoma as the key to successful adjuvant therapies: new arguments in an old discussion. Acta Neurochir (Wien). 2011
90%以上摘出できない膠芽腫の例では,ギリアデルを使用しても生存期間の延長はないとしています。逆に,90%以上の摘出ができた場合には2ヶ月ほどの延長があるかもしれません。エビデンスレベルは低い論文です。

ハンブルグ大学Westphal先生の有名な論文

Westphal M, et al: A phase 3 trial of local chemotherapy with biodegradable carmustine (BCNU) wafers (Gliadel wafers) in patients with primary malignant glioma. Neuro Oncol 5:79-88, 2003
240人の初発神経膠腫の患者さんにグリアデルが使用されました。手術後には放射線治療がなされています。グリアデルを初回手術に使った患者さんの生存期間中央値は13.9ヶ月,プラセボ群では11.6ヶ月でした。

カルムスチン BCNUの基礎知識

カルムスチン BCNU は,ニトロソウレア系アルキル化剤で、細胞内DNAをアルキル化し核酸合成を阻害することで、細胞周期の停止とアポトーシスを誘導し抗腫瘍効果を発揮します。1979年に注射剤として米国にて承認されました。脂溶性で血液脳関門の通過性が良いことから、欧米では1980年代と1990年代に,悪性グリオーマの治療では最も広く用いられてきた薬剤です。しかし、悪性グリオーマ細胞を死滅させるためには高用量が必要なため、骨髄抑制や肺毒性などの全身性の副作用があり,血中半減期が約15分と短いことが欠点でした。ギリアデルは局所高濃度投与でこの欠点を克服しようという発想から作られました。
1970年代当時から日本はガラパゴス化しており,類似のニドラン ACNU が使用されてきたので,欧米の成績と日本の悪性グリオーマの治療成績の比較検討ができませんでした。脳腫瘍の領域ではBCNU,ACNUともにテモゾロマイドの汎用化とともに静脈注射では使用されなくなった抗がん剤です。

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