放線菌が産生する新規マクロジオライド化合物の発見
(公財)微生物化学研究会 微生物化学研究所 沼津支所 坂本 修一
Kohda Y, Sakamoto S, Umekita M, Kimura T, Kubota Y, Arisaka R, Shibuya Y, Muramatsu H, Sawa R, Dan S, Kawada M, Igarashi M.
Isolation of new derivatives of the 20-membered macrodiolide bispolide from Kitasatospora sp. MG372-hF19
The Journal of Antibiotics, 75: 77-85, doi: 10.1038/s41429-021-00492-5 (2022).
https://www.nature.com/articles/s41429-021-00492-5
土壌中に多く生息する放線菌は様々な二次代謝産物を産生しており、それらの中から抗生物質や抗がん剤などの医薬品シーズとなる化合物が多数発見され、実用化されてきました。筆者が所属する微生物化学研究所も、結核の特効薬となったカナマイシンや抗がん抗生物質ブレオマイシンなどを発見し、現在も新たな天然化合物の探索を続けています。その一環として私たちは、複数のがん細胞株に対して細胞増殖抑制活性を示す微生物培養液サンプルをスクリーニングする過程で、放線菌Kitasatospora sp. MG372-hF19の培養液から、三種の新規マクロジオライド化合物Bispolide C-Eを発見しました。
三種の新規Bispolide化合物はいずれも20員環の大環状ジオリド骨格をもち、複数の肺がん細胞株に顕著な細胞増殖抑制活性を示すとともに、MRSAやVREなどの多剤耐性菌を含むグラム陽性細菌に対する抗菌活性を有することがわかりました。作用機序を明らかにするために、やはりがん細胞株に対する増殖抑制活性やグラム陽性菌に対する抗菌活性を持つ、16員環の大環状ジオリド骨格のマクロジオライド化合物Elaiophylinと比較することにしました。分子プロファイリング活動の細胞株パネル解析により39種のヒトがん細胞株に対する細胞増殖抑制活性を評価したところ、いずれの化合物も全ての細胞株に同程度の活性を示し、非常に良く似た活性プロファイルとなりました。この結果は、BispolideとElaiophylinが共通の作用機序により細胞増殖抑制や殺細胞効果をもたらすことを示唆しています。
Elaiophylinは脂質二重膜においてカチオン選択的イオンチャネルを形成することが知られていました。そこで、膜電位感受性蛍光プローブを用いて肺がん細胞株A549の膜電位に与える影響を検討したところ、Bispolideも膜電位の変動を誘導し、その変動パターンはElaiophylinに類似していました。従って、BispolideはElaiophylinと同様に脂質二重膜である細胞膜にカチオン選択的イオンチャネルを形成し、それによって細胞のイオン濃度勾配と膜電位を大きく変動させることで、幅広い細胞に増殖抑制・殺細胞効果をもたらすことが考えられました。
天然物、特に微生物培養液などの多様な成分を含むサンプルをスクリーニングする場合、細胞等の表現型を指標とした評価系は有効な手法ですが、得られた化合物の標的分子が不明なため、作用機序の解析が必要になることが難点です。本研究では、細胞増殖を指標にした評価系から得られた新規天然低分子化合物について、分子プロファイリング活動の細胞株パネル解析を利用することで、作用機序の手がかりを得ることができました。表現型を指標としたスクリーニングに細胞株パネル解析を援用する手法は、有用な天然化合物の探索に適したストラテジーであると言えます。