拡張扁桃体の2つの類縁微小神経亜核は、異なる情動関連行動への寄与と遺伝子発現応答を示す
名古屋大学環境医学研究所
上田修平、竹本さやか(被支援者)
Ueda S, Hosokawa M, Arikawa K, Takahashi K, Fujiwara M, Kakita M, Fukada T, Koyama H, Horigane SI, Itoi K, Kakeyama M, Matsunaga H, Takeyama H, Bito H, Takemoto-Kimura S.
Distinctive Regulation of Emotional Behaviors and Fear-Related Gene Expression Responses in Two Extended Amygdala Subnuclei With Similar Molecular Profiles.
Front. Mol. Neurosci., 14: 741895 (2021). doi: 10.3389/fnmol.2021.741895
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fnmol.2021.741895/full
中心拡張扁桃体は扁桃体中心核(central nucleus of the amygdala,CeA)や外側分界条床核(lateral division of the bed nucleus of the stria terminalis,BNSTL)などから構成され、恐怖や不安など負の情動の生起に関わる主要な脳領域です。CeAとBNSTLの機能や領域間の回路結合、あるいは発現分子について、両者が類似するという報告がある一方で、機能的な違いも提唱されており、未だ統一的な見解が得られていません。これは、いずれの神経核も複数の亜核からなる複雑な組織構築を有しているため、各亜核を精細に区別してその機能を理解することが困難であったためと考えらます。そこで、我々は、CeAとBNSTLの特定亜核に多く存在するPKCδ陽性細胞の機能阻害をCreドライバー系統の活用により精細に行い、両神経亜核の情動行動への寄与を比較検討することにしました。更に、定常状態や恐怖や不安を惹起する刺激を受けた際に発現変動する応答遺伝子の差異について明らかにしました。
まずPKCδ陽性細胞の分布をPKCδ陽性細胞が蛍光標識される遺伝子改変マウス系統(Prkcd-cre; Ai14)を用いて検討したところ、CeAの亜核であるCeL、BNSTLの亜核であるBNSTovに密に分布することが確認されました。そこで、CeLとBNSTovの機能的な違いについて、それぞれの亜核のPKCδ陽性細胞に破傷風毒素(Tetanus toxin, TeNT)を発現させ神経伝達遮断を行い、不安や恐怖などの情動と関連する行動試験を実施しました。その結果、CeLのPKCδ陽性細胞の神経伝達遮断は、高架式十字迷路試験には影響しない一方で恐怖条件付け学習を障害すること、逆に、BNSTovのPKCδ陽性細胞の神経伝達遮断は、高架式十字迷路試験で不安レベルの低下を惹起する一方で恐怖条件付け学習には影響しないことが明らかとなりました。即ち、負の情動行動制御において、CeLはより恐怖学習に、BNSTovはより不安様行動に関与していることが示されました。
機能的な違いが明らかとなった両亜核について、遺伝子発現プロファイルの差異を解明するため、PKCδ陽性細胞を蛍光標識したマウス系統(Prkcd-cre; Ai14)により各微小神経亜核を可視化し、顕微鏡下でパンチアウトすることで高精度に採取し、RNAシークエンスを行いました。まず、定常状態(ホームケージ)での遺伝子発現解析を実施したところ、CeLとBNSTovの発現分子プロファイルは類似していることがわかりました。更に機能的な違いを裏打ちする遺伝子発現変化の有無を検証するため、恐怖条件付け学習に伴い変動する応答遺伝子群の解析を行いました。その結果、応答遺伝子群は両亜核で異なっておりほとんど重複がないことがわかりました。以上より、扁桃体と分界条床核のそれぞれの亜核であるCeLとBNSTovについて、定常状態における発現遺伝子のプロファイルは非常に類似している一方で、脅威やストレスに応答した際の遺伝子発現応答が大きく異なることが判明し、回路機能修飾において重要な役割を果たす可能性が示唆されました。今後、見いだされた変動遺伝子の機能的な意義を解明することで神経核選択的な機能を支える分子基盤の解明が進むことが期待されます。
(図の説明)
本研究により明らかとなった拡張扁桃体の2つの微小神経亜核(CeLとBNSTov)の違い。
左図:CeLのPKCδ陽性細胞の神経伝達遮断により恐怖条件付け学習が阻害され、BNSTovでは不安様行動が抑制された。
右図:行動学的な違いと合致し、CeLとBNSTovで異なる応答遺伝子が同定された。
(Ueda et al., Front Mol Neurosci. 2021;14:741895から引用し一部改変:https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fnmol.2021.741895/full)