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脳の生後発達におけるDNA修復の役割を解明
-能動的DNA脱メチル化おけるDNAポリメラーゼβによるDNA2本鎖切断の抑制は海馬錐体神経細胞の発達に必要である-

大阪大学大学院生命機能研究科 菅生紀之

Uyeda, A., Onishi, K., Hirayama, T., Hattori, S., Miyakawa, T., Yagi, T., Yamamoto, N., and Sugo, N.
Suppression of DNA Double-Strand Break Formation by DNA Polymerase β in Active DNA Demethylation is Required for Development of Hippocampal Pyramidal Neurons. J. Neurosci. 40, 9102-9027 (2020)
https://www.jneurosci.org/content/40/47/9012


 遺伝情報の源であるゲノムDNAは、核内で常に損傷の危険に曝されていますが、それに対して細胞にはDNA修復のメカニズムが備わっています。その破綻は、細胞死や突然変異が蓄積されることで癌や免疫不全といった疾患に繋がることが知られています。一方、脳の病気である発達障害や自閉症といった精神神経疾患も遺伝子の突然変異に起因することが明らかとなってきました。しかし、発生発達過程のいつどのようにして突然変異が生じるかに関してはほとんど明らかになっていません。DNA修復は、損傷の構造に対応して数多くの酵素が役割分担をすることで強固なシステムを構成しています。DNAポリメラーゼβ(Polβ)もその一つで、塩基損傷を修復する塩基除去修復経路の一端を担っています。近年、この修復経路がエピジェネティックな遺伝子発現制御の一つである能動的DNA脱メチル化の過程に含まれることが明らかになっています。これまでの研究では、Polβを完全に欠損したマウスは出生直後に呼吸不全により致死となることから、胎生期の神経発生での役割を報告してきました(Sugo N, et al., EMBO J., 2000; Onishi K, et al., J. Neurosci., 2017)。しかし、その一方で生後の神経細胞分化や脳機能に及ぼす影響に関しては全く不明でした。
 生後の脳におけるPolβの時空間的な役割を明らかにする研究を行いました。大脳特異的に最終分裂後の興奮性神経細胞でPolβを欠失する遺伝子改変マウス(Nex-Cre/Polβf/f)を作製して調べた結果、出生後2週間ほどの発達初期段階で学習・記憶を司ることが知られる海馬神経細胞の核内に重篤なDNA損傷であるDNA2本鎖切断が数多く引き起こされることを発見しました。この損傷は一過的に増加し細胞死までには至らないものの、遺伝子発現や樹状突起形成に異常をもたらすことを明らかにしました。この分子メカニズムとして細胞分化に関わる能動的DNA脱メチル化との関係を調べたところ、生後発達初期にゲノムDNA中のメチル化シトシン量は大幅に減少していました。さらに、能動的DNA脱メチル化の開始に必要とされるTET酵素の高発現と発現抑制の遺伝子操作を行うと、それぞれDNA2本鎖切断の増加と減少が観察されたことから、Polβはメチル化されたシトシンを除去する際に生じたギャップに新たなシトシンを合成する過程に必要であることが明らかになりました。この過程が脳機能へ及ぼす影響を調べるために行動解析を行ったところ、遺伝子改変マウスは空間学習・記憶や不安様行動に異常が認められました。以上のことから、生後発達初期の神経細胞分化における能動的DNA脱メチル化にPolβ依存的DNA修復によるゲノム安定維持が必要であり、正常な脳機能の構築に貢献していることが初めて明らかになりました(図を参照)。
 本研究によって、Polβが生後発達初期の神経細胞分化と回路構築に不可欠であることが明らかになりました。このことは、ゲノム安定性を維持するDNA修復酵素システムが、正常な脳の機能構築に貢献していることを示唆しています。今後、今回の研究成果が脳形成や精神神経疾患の発症原理の理解に繋がることが期待されます。

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