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ドーパミン欠損マウスでは覚醒とレム睡眠が障害される

東京大学理学系研究科 生物科学専攻 柏木 光昭

Impaired wakefulness and rapid eye movement sleep in dopamine-deficient mice.
Mitsuaki Kashiwagi, Mika Kanuka, Kaeko Tanaka, Masayo Fujita, Ayaka Nakai, Chika Tatsuzawa, Kazuto Kobayashi, Kazutaka Ikeda, Yu Hayashi
Molecular brain 14(1) 170-170 2021 doi:10.1186/s13041-021-00879-3
https://molecularbrain.biomedcentral.com/articles/10.1186/s13041-021-00879-3


 私たちヒトを含めた哺乳類は一生のうち約3分の1を眠って過ごします。哺乳類の睡眠はノンレム睡眠とレム睡眠という2つの異なるステージからなります。ノンレム睡眠中は大脳皮質の神経細胞集団は同期した活動を示すのに対し、レム睡眠中は大脳皮質の神経活動は覚醒時と同様に活発に活動することが知られています。睡眠をとる生物は哺乳類・鳥類といった脊椎動物に留まらず、線形動物(線虫)や軟体動物(イカ・タコ)、さらには刺胞動物(サカサクラゲ・ヒドラ)までもが睡眠のような状態を持つと近年の研究では報告されています。睡眠中は外敵から捕食されるリスクが増大し、一見すると生物の生存に不利な状態であるように思えます。しかしながら、ラットを断眠させ続けるとその後ラットは死に至り、ヒトにおいても家族性致死性不眠症という致死性の不眠の病が知られています。睡眠は何らかの重要な役割を持っていると予想されますが、睡眠が生命の維持に果たす根本的な役割は未だわかっていません。
 睡眠の機能に加え、睡眠のメカニズムの研究も盛んに行われてきました。睡眠は'概日リズム'と'恒常性'という2つの要素により制御されることが古くから提唱されてきました。私たちも日常生活で、長距離の移動後に時差ボケで眠くなったり(概日リズム)、徹夜明け翌日の日中に眠くなる(恒常性)ことを経験します。このような概日リズムと恒常性という2要素に加え、近年ではモチベーションに関わるドーパミン系も睡眠を制御する重要な1つの要素であることが示唆されてきています。例えば、強力な覚醒作用を持つモダフィニルの効果はドーパミン受容体を介します。また、腹側被蓋野のドーパミン作動性神経細胞を遺伝学的に刺激すると覚醒状態が強く誘導されます。このようにドーパミン系を活性化させると一貫して覚醒が誘導されますが、ドーパミン系を抑制した際の睡眠への影響は研究手法によって見解が異なっておりよくわかっていませんでした。そこで本研究では生理機能解析支援からドーパミン欠損マウスの提供を受け、ドーパミンが欠乏した状態の本マウスの睡眠を調べることでドーパミンが睡眠制御へ果たす役割の解析を試みました。その結果、ドーパミンが覚醒を促すという従来の見解通り、ドーパミン欠損マウスでは覚醒量が顕著に減少していることがわかりました。また、驚くべきことにドーパミン欠損マウスでは覚醒量に加え、レム睡眠量も大きく減少していました。本結果はドーパミンが覚醒に加えレム睡眠の制御にも重要であることを新たに示す重要な証拠の1つとなります。統合失調症などのドーパミン系の関与が知られる疾患においてもレム睡眠の異常が見られることから、今後、ドーパミン系から観た疾患と睡眠の関連・相互作用の理解が進む可能性も期待されます。


図1 ドーパミン欠損マウスでは覚醒量とレム睡眠量が減少
§ P < 0.05; §§P < 0.01; §§§; P < 0.001 [unpaired t-test]; †,‡P < 0.05; ** ,‡‡P < 0.01; ***,†††,‡‡‡ P < 0.001 [two-way repeated measures ANOVA followed by Bonferroni's test; † and ‡ indicate significant main effect of intervention and significant interaction between intervention and time, respectively, in two-way repeated measures ANOVA, and * indicates significance in Bonferroni's test]

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