慢性の抗利尿ホルモン不適切分泌症候群マウスモデルにおけるバソプレシンエスケープと記憶障害
藤田医科大学 内分泌・代謝・糖尿病内科学 藤沢治樹
Kawakami T, Fujisawa H, Nakayama S, Yoshino Y, Hattori S, Seino Y, Takayanagi T, Miyakawa T, Suzuki A, Sugimura Y.
Vasopressin escape and memory impairment in a model of chronic syndrome of inappropriate secretion of antidiuretic hormone in mice.
Endocr J. 68:31 doi: 10.1507/endocrj.EJ20-0289 (2021).
https://www.jstage.jst.go.jp/article/endocrj/68/1/68_EJ20-0289/_article
従来、慢性の低ナトリウム(Na)血症は、脳が低Na血症に適応するため無症状であると考えられてきました。しかし近年、比較的軽度な慢性低Na血症患者において認知機能障害、歩行時のバランス障害などの神経症状が認められ、Quality of lifeの低下及び生命予後が悪化することが報告されています。疾患の病態解明には、適切な動物モデルが不可欠でありますが、従来、低Na血症の主な原因である抗利尿ホルモン不適切分泌症候群(SIADH)のモデルとして、ラットが一般的に使用されています。我々はその慢性SIADHラットを用いて慢性低Na血症により失調性歩行を呈すること、記憶障害が生じることを報告しました(J Am Soc Nephrol. 2016 Mar;27(3):766-80.)。しかし基礎実験に有用であるマウスモデルの報告はほとんどありません。
そこで、我々は慢性低Na血症の病態のさらなる解析のため、SIADHによる慢性低Na血症モデルマウスの作製を試みました。さらに、このマウスモデルにおいて腎臓のアクアポリン2(AQP2)発現量を評価しSIADHの病態で認められるバソプレシンエスケープが生じるか、また、ラットと同様の行動異常を示すか検討を行いました。
8週齢の雄C57BL/6マウスに液体食投与とデスモプレシン酢酸塩水和物(dDAVP)の持続皮下注を行いました。dDAVPの用量は0.03 ng/h(dDAVP0.03+液体食群)、0.3 ng/h(dDAVP0.3+液体食群)、0.5 ng/h(dDAVP0.5+液体食群)としました。また、比較として、生理食塩水持続皮下注と固形食を投与した群(生食+固形食群)、生理食塩水持続皮下注と液体食投与群(生食+液体食群)、dDAVP0.5 ng/h持続皮下注と固形食投与群(dDAVP0.5+固形食群)を作製しました(図1)。腎臓のAQP2発現量はWestern blotting法で評価しました。また、dDAVP0.03+液体食群をコントロール群、dDAVP0.3+液体食群を低Na血症群として、AdAMSのご支援の下、恐怖条件付けテスト、T字型迷路による記憶の評価を行いました。
dDAVP投与3週間後、6群間で体重の有意差を認めませんでした。血清Na値は生食+液体食群(153.3±0.3 mEq/L)と比較して、dDAVP0.03+液体食群(140.5±2.7 mEq/L)では有意に低下し、dDAVP0.3+液体食群(123.7±2.4 mEq/L)、dDAVP0.5+液体食群(122.2 ±0.5 mEq/L)ではさらに低下していました(図2)。また、血清尿酸値は、生食+液体食群と比較して、dDAVP0.3+液体食群、dDAVP0.5+液体食群で有意に低下していました。さらに、尿浸透圧は、生食+液体食群と比較して、dDAVP0.3+液体食群、dDAVP0.5+液体食群で有意に上昇していました。腎AQP2発現量は、dDAVP0.5+固形食群(血清Na値 153.9±0.5 mEq/L)と比較してdDAVP0.5+液体食群で有意に低下していました。行動解析では、低Na血症群で記憶の低下を認め(図3)、慢性Na血症を補正することにより、完全ではないものの、記憶の改善を認めました(図4)。
これらの結果から、本マウスモデルは、体重の変化なく、血清尿酸値の低下、尿浸透圧上昇を伴って血清Na値が低下しており、ヒトのSIADHの病態を呈していると考えられました。また、SIADHによる慢性低Na血症の状態でAQP2の発現量が低下しており、バソプレシンエスケープが生じていると考えられました。本マウスモデルは、世界初と言える安定した慢性低Na血症を呈するSIADHマウスモデルであり、今後低Na血症、SIADHの病態解析に有用であると考えられます。本研究の結果、慢性低Na血症で記憶が低下すること、低Na血症を補正することにより、記憶が改善することが明らかとなり、臨床的にも低Na血症の診療、治療は重要であると考えられます。