覚醒剤に対する反応性にドパミン生合成酵素が関わっていることを発見
–チロシン水酸化酵素の過剰発現がメタンフェタミン感受性を増大させる–
東京工業大学 生命理工学院
一瀬 宏
Nago-Iwashita, Y., Moriya, Y., Hara, S., Ogawa, R., Aida, R., Miyajima, K., Shimura, T., Muramatsu, S.I., Ide, S., Ikeda, K., Ichinose, H.
Overexpression of tyrosine hydroxylase in dopaminergic neurons increased sensitivity to methamphetamine
Neurochemistry International, 164: 105491 (2023). doi: 10.1016/j.neuint.2023.105491
薬物乱用は、世界的に大きな社会問題のひとつであり、医療における大きな解決すべき課題でもあります。依存を形成する薬物に対する感受性や反応性は人によって異なると考えられていますが、その分子基盤はほとんどわかっていません。依存形成には中脳の腹側被蓋野から側坐核へ投射するドパミン作動性ニューロンが深く関与していることが知られています。チロシン水酸化酵素(TH)はドパミン生合成の律速段階を触媒する酵素であり、今回私たちは、TH発現の増加が乱用薬物であるメタンフェタミン(METH)に対するマウスの反応性にどのような影響を及ぼすか調べました。METHは規制薬物ですので、所持や使用が厳しく制限されていますが、本事業の一つである生理機能解析支援を利用させていただくことにより、東京都医学総合研究所依存性物質プロジェクトチームを率いる池田和隆博士の研究室でMETHを使う実験をさせていただくことができました。
まず、野生型TH(WT-TH)、または、40番目のセリンがリン酸化された活性化型THを模倣したS40E変異体(TH_S40E)を発現するアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターをドパミンニューロン細胞体のある中脳腹側にマイクロインジェクションして、TH過剰発現によりもたらされる生化学的変化を解析しました。WT-THおよびS40E-THの発現により、細胞体のある中脳腹側ではTH発現量の増加に伴い組織中ドパミン量が増加しましたが、投射先である線条体ではドパミンの代謝回転速度(ドパミンに対する主要代謝産物であるホモバニリン酸量の比)は上昇しましたが、組織中ドパミン量に大きな変化は認められませんでした。
次に、これらのTH過剰発現マウスにMETHを投与したときの反応性の変化を比べました。マウスはMETHを投与されると、嬉しいのかじっとしていられないのかケージの中を走り回るようになります。単位時間あたりの移動距離を測定してみると、S40E-TH発現マウスはコントロールとしてGFPを発現させたマウスや、WT-THを発現させたマウスよりも少ない投与量のMETHに反応して走り回り始めることが分かりました。マウスに一定量以上のMETHを投与すると、今度は走り回るより壁を齧ったり舐めたりする通常のマウスではみられない常同行動(stereo-type behavior)という特徴的な行動を示すようになりますが、S40E-THマウスでは常同行動も他のマウスより少ない投与量で現れ、次にWT-THマウス、コントロールマウスの順となりました。
以上の結果は、THの活性や発現レベルの増加が細胞体では組織中ドパミン量の上昇につながるが、神経終末ではドパミンの代謝回転の増加だけで組織中ドパミン量に大きな変化を与えないことを示しました。また、THの活性や発現量が増加することで依存性薬物であるMETHに対する感受性が変化し、TH発現量がMETH感受性に影響を与える因子の一つであることを示しました。今後、TH発現量を抑えることによるMETH依存症の治療への応用が期待されます。