「過猶不及」- シナプスが作られ過ぎないようにする仕組み -
- MDGA1/2はNeuroliginとの相互作用を介してシナプス形成を抑制し、その欠失はE/Iバランスの偏移と精神神経疾患様の行動異常をもたらす -
香川大学医学部医学科 分子神経生物学 山本 融
Connor SA, Ammendrup-Johnsen I, Chan AW, Kishimoto Y, Murayama C, Kurihara N, Tada A, Ge Y, Lu H, Yan R, LeDue JM, Matsumoto M, Kiyonari H, Kirino Y, Matsuzaki F, Suzuki T, Murphy TH, Wang YT, Yamamoto T, Craig AM.
Altered cortical dynamics and cognitive function upon haploinsufficiency of the autism linked excitatory synaptic suppressor MDGA2.
Neuron 91, 1052-1068 DOI: 10.1016/j.neuron.2016.08.016. (2016).
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0896627316305086
Connor SA, Ammendrup-Johnsen I, Kishimoto Y, Karimi Tari P, Cvetkovska V, Harada T, Ojima D, Yamamoto T, Wang YT, Craig AM.
Loss of synapse repressor MDGA1 enhances perisomatic inhibition, confers resistance to network excitation, and impairs cognitive function.
Cell Rep. 21, 3637-3645 DOI: 10.1016/j.celrep.2017.11.109. (2017).
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S221112471731793X
私たちの認識・思考・情動の基盤は脳内の神経回路網の成り立ちにあり、その制御機構の解明は、高次脳機能の発現機構を理解するとともに、その異常として顕現する種々の精神神経疾患にアプローチしていくためにも重要な課題です。複雑に見える神経回路も、その単位であるニューロンに目を移せば、2種類の神経がつくる2種類のシナプス入力、すなわち興奮性神経からの興奮性シナプスを介した興奮性入力と、抑制性神経からの抑制性シナプスを介した抑制性入力との強度とタイミングにより、そのニューロンの興奮が定まるという単純な原理のもとに作動しています。したがって、あるニューロンがうける興奮性入力と抑制性入力とのバランス(E/Iバランス)は、そのニューロンの興奮性を決定する極めて重要なファクターであり、基本的には両シナプスがどれくらい形成されるかによって、このバランスが定まります。これまでに、シナプスを作る、すなわち、シナプス形成を正に制御する因子については精力的に研究が進められ、数多くの知見が報告されています。中でもシナプス前膜のNeurexinとシナプス後膜のNeuroliginとの相互作用は、興奮性・抑制性両シナプスの形成と維持に中心的な役割を担っていることが知られています。しかしながら、生命現象においては、正に推し進めるシステムがあれば、これを負に制御する、すなわち抑制するシステムが存在し、そのバランスによって適切な状態が保たれています。シナプス形成においても、これを負に制御するシステムが存在することが想定されていましたが、その分子的実体は明らかではありませんでした。
私たちは、神経回路網の形成時に現れる新規・未解析因子を単離し解析することで、神経回路網形成の分子機構に新たな切り口から迫っていけないか、と考えて研究を進めました。そして、単離した因子のひとつ、免疫グロブリンスーパーファミリーに属するGPIアンカー型の膜タンパク質であるMDGAが、シナプス形成を負に制御している分子的実体である、ということを明らかにしました。MDGAはNeuroliginと結合してNeurexinとNeuroliginとの相互作用を阻害し、これにより、シナプスが作られすぎないようにしていたのです。また、MDGAにはMDGA1・MDGA2の2つのファミリー分子が存在していますが、興味深いことに、それぞれを欠失させたマウスにおいて、対照的な表現型が現れることが分かりました(図1)。MDGA1を欠失させたマウスにおいては、抑制性シナプスの数が選択的に増加してE/Iバランスが抑制方向に偏移するとともに、その後の解析からは統合失調症様の認知・感覚ゲーティング異常が認められました。これに対してMDGA2を欠失させたマウスにおいては、興奮性シナプスの数が選択的に増加してE/Iバランスが興奮方向に偏移するとともに、自閉スペクトラム症様の社会性行動異常が観察されました。E/Iバランスの偏移はシナプス病とも総称できる精神神経疾患の基本的な分子病態としても近年注目を集めています。MDGA1・MDGA2をそれぞれ欠失させるとE/Iバランスがそれぞれ逆方向に偏移し、統合失調症様・自閉スペクトラム症様の異常が引き起こされる、ということは、高次脳機能におけるE/Iバランス統御の重要性をあらためて示すものであるとともに、E/Iバランス異常が主因となっているような精神神経疾患の分子病態の解析や治療薬の探索を進めていくための足がかりになり得る知見であると思われます。
タイトルの「過猶不及」(論語・先進篇)は孔子が中庸を説いた、人口に膾炙している言葉ですが、生命システムにもそのまま当てはまります。シナプス形成においても、MDGA1/2によりシナプスのでき「過ぎ」が抑えられており、興奮・抑制どちらの方向でも、行き「過ぎ」ると良くないことが起こりやすくなる、ということが、今回の解析でも改めて明らかになりました。この研究は香川大学医学部・徳島文理大学香川薬学部・ブリティッシュコロンビア大学(カナダ)を中心に理化学研究所・北海道大学の協力を得てまとめた研究であり、本プラットフォームをはじめ多くの研究者の支援によって進められたものです。この場を借りて感謝申し上げます。
図1 MDGA1/2はシナプスの過形成を抑制しており、それぞれの欠失はE/IバランスをI<E, E>Iに偏移させ、統合失調症様、自閉スペクトラム症様の行動異常を引き起こす。