「コロナ禍」における災害被災者看護支援の現状と課題
~令和2年7月九州豪雨災害での体験を通して~
コロナ禍は社会に多大な影響をもたらしています。災害時の被災者支援も例外ではありません。今、被災者支援の現場ではどのようなことが起こっているのでしょうか。看護支援を行う上でこれまでの災害看護の常識が通用しない状況にどのように対応したのか、今後も続くであろうコロナ禍の下で災害看護はどうあったらよいのか、実際に令和2年7月九州豪雨災害において、支援活動を行った3名の看護職にお話を伺いました。
1.避難所のアセスメント活動
熊本赤十字病院看護師長
志賀陽子さん
―どのような活動をしたのでしょうか。
発災後約2週間経過した令和2年7月16日から18日まで医師2名、看護師2名、ロジスティク担当者2名の医療救護班として活動しました。当初のミッションは避難所での巡回診療などでしたが、すでにその頃の医療ニーズは低下し、実際に医療を行う場面は少なく、活動内容も移行期でした。そのため、本部のコーディネートチーム(以下COT)により今後の活動の方向性を探るための避難所等のアセスメントを行うよう指示を受けました。
① 避難所でのアセスメント活動
人吉市のA避難所においては、広い体育館の中で家族ごとの段ボールによる隔壁や段ボールベッドが配置されていました。また、わかりやすく表示されたゴミの分別、常設されているものも簡易的に設置されたものも清潔に使用されているトイレなど、最低限のプライバシー確保や感染対策がなされ、生活環境面は整備されていると感じました。コロナ禍以前の避難所風景と違ったのは、有熱者専用の避難エリアや入り口に設置された体温計、被災者をはじめ避難所に出入りする人ほぼ全員がマスクを着用している点でした。そして、食事の配給時に少し間隔を空けた列を作る被災者の様子でした。最低限の生活環境が整備されているからこそ、非日常的な避難生活下においても様々なルール遵守ができるのではないか、と感じました。一方、他の避難所では、被災者の生活スペースの温度管理ができず、日に日に暑くなる中眠れない状況が続き、避難者の健康保持や悪化の予防が喫緊の課題となっていました。このような避難所では、マスク着用のルール遵守も難しく、健康悪化のリスクが更に高まると考えられました。生活環境により被災者の健康リスクも違い、また、生活環境が被災者の行動に大きく影響することを痛感しました。A避難所で活動している地元の保健師に話を伺いました。その話から、避難所としての環境面はある程度整備されており、今後被災者の関心は生活再建に移行することが予測され、生活再建の進行状況によっては、被災者、支援者共にこころのケアのニーズが高まっていくのではないかと考えられました。
② 医療調整指揮所での支援団体ミーティング
球磨村のB指揮所(※)では、支援団体のミーティングに参加しました。これには指揮所リーダー(DⅯAT)、保健師の他、災害時健康危機管理支援チーム(DHEAT)、国立病院機構(NHO)、日赤救護班など複数の支援団体が参加しており、今後の役割につなぐべく情報収集に努めました。ここには、役場機能と支援物資の集配所などの機能もありましたが、雨はしのげるものの、ほぼ屋外と同様の環境であり、非常事態下とは言え、役場職員の労働環境としては厳しい状況でした。同時に業務量の多さも重なり、役場職員へのこころのケアは必須であると考えられました。しかし、まだ精一杯被災者のための業務を行っているため、「こころのケア」という言葉や直接的な働きかけは適さない段階であると感じました。何より、膨大な業務がある限り、どのようなケアも十分届かないように思いました。そのように考えたのは、平成30年7月豪雨災害における広島呉市での活動において、断水に困る被災者の苛立ちやクレーム対応に苦慮する役場職員へこころのケアを行った際に、「水が出ればこころのケアはいらない」と言われた経験があったからです。課題は見えたように感じましたが、具体的な支援方法が考えつかず、本部COTに被災者や支援者の状況やそこから感じた事を報告し、もやもやした気持ちで1日目の活動を終えました。
③ 避難生活環境の改善のために
2日目は本部COTから、球磨村の支援に入っているDHEATと救護班がコラボできるかを判断してほしいと依頼がありました。DHEATは球磨村の全戸訪問を行っており、救護班とのコラボが可能となれば、保健師業務を効率的に進行でき、こころのケアの一助にもなると考え、1日目に見えた課題を解決できるかもしれないと期待しました。指揮所Bのリーダーにその旨を伝え、球磨村の保健業務に携わる方々に全戸訪問の内容や目的について話を聞き救護班にその任務が可能なのかを考えると共に、連携している支援団体と話し合いました。しかし、様々な理由でコラボは困難であるという結果になり、実現には至りませんでした。
具体的支援方法が見つからず意気消沈する中、日赤のインフラ班により設置された完全自己処理型水洗トイレを使用した役場職員の方が、それまでの簡易型トイレと比べて、見た目も清潔で使用感もいい、と笑顔で話され大変喜ばれていました。その様子を見て、生理的欲求を満たすための環境を整備することが、不自由さや不便さからくるストレスを減少させ、少しでもこころのケアにつながるのではないかと考えました。実際に食事スペースや休憩スペースなどを確認すると、ひと時でもゆっくりできるとは言い難い環境でした。そこで、たとえ短時間でも騒がしさや慌ただしさから離れリラックスできるスペースの提供について本部COTに報告相談し、2日目の活動を終えました。
今回の活動を終えて、直接的に被災者や支援者の支援につながったのか、と不消化な気持ちがありましたが、後続の救護班活動をみると、自分達の班がアセスメントしCOTと相談したことが形になっている点もあり、わずかながらも自分達の活動が役立ったのかもしれないと考えることができました。
―COVID-19対応で困ったこと、難しかったことはどのようなことですか。
避難所では、基本的な感染対策のルールはありました。しかし、実際は、出入り口が複数あり、出入り者の管理が不十分になっていることなどが問題になっていました。この件については、各班がCOTへ報告していましたが、改善に時間を要していました。また、私たちの活動は、他県からの応援職員が派遣終了後にCOVID-19に感染していたことが判明した直後だったため、救護班に対する被災者の反応が気になりましたが、過剰に不安視されるなどの反応は感じませんでした。しかし、この応援職員と同時期、同施設で活動していた救護班は、活動中止となり、帰院後も状況が明確になるまで、自宅待機が指示されました。
私たち救護班の活動には直接的影響はありませんでしたが、感染対策の啓発活動やアセスメントなどに、より緊張感をもって取り組みました。DMAT指揮下の救護班は、活動開始前後の体温を測定してスマートフォンで入力し管理するシステムが導入されていました。 今後の災害支援には必須となるシステムだと思いました。
―「コロナ」に限らず今後新たな感染症が現れてくるといわれています。看護職として災害の現場で支援をするための課題はどのようなことだと考えますか。
災害の現場も普段の看護の現場も看護職として果たす役割は同様だと考えます。なぜなら、普段の看護の現場で感染予防のケアができなければ、災害の現場においてもできないと考えるからです。災害現場で支援をするためには、普段の看護活動が災害看護につながっているということを日々どれだけ意識して行えるか、だと思います。日常の看護場面で感染管理の視点を持ち、感染予防のケアを実施することで得られる知識や経験知が、突然の災害現場においても、被災者の生活環境や行動を感染管理の視点でアセスメントし、感染予防の教育指導、また、PPEやスタンダードプリコーションの適切な実施など、あらゆる場面に活用できるのではないかと考えます。
※「人吉球磨医療圏保健医療調整本部」があった人吉市と球磨村とは距離も離れていたことから、本部の指揮下のもと球磨村だけを所管する医療調整指揮所が現地に設置されていた。
2.「支援者」へのこころのケア
熊本赤十字病院看護師長
西村佳奈美さん
―どのような活動をしたのでしょうか。
日赤熊本県支部からの要請で、球磨村役場職員と応援職員に対するこころのケア活動を行いました。当院からは私も含め看護師5名、公認心理師2名、事務職1名、延べ9名が4班に編成されて8月3日~28日の4週間、交代で任務にあたりました。私は最初の立ち上げと最後の撤収を担当しました。
当時の村役場の職員は、その約半数が被災し、避難所や被災した自宅、仮設住宅から通勤しながら土日も業務にあたっていました。7月の残業時間は平均143時間、100時間超えは41人、8月にはずいぶん減りましたが、それでも平均64時間、100時間超えも15人と、大変過酷な労働環境に置かれていたと思います。
最初の1週間は、役場担当者との関係づくり、活動日・活動時間・場所の設定(球磨村役場内の1部屋)や産業医への挨拶などを行い、私たちの活動を周知してもらうためにポスターを掲示し、毎日開催される会議でもこころのケア班の活用をPRしました。
活動内容は、感染対策を行いながらのハンドケア、バックケア、リフレッシュ運動、補助ベルトを使用したストレッチ運動などです。アイマスクやリラクゼーションの音楽・アロマの活用、飲み物やお菓子の提供も行いました。また、メンバー交代時には活動状況や職員の意見をまとめ、役場担当者に報告し、対応を依頼したこともあります。
撤収に際しては、時期やその後の対応などを役場担当者と協議し、気になる職員については情報提供を行い、フォロー方法などを確認しました。
―COVID-19対応で困ったこと、難しかったことはどのようなことですか。
お互いマスクを着用し、ケアの前後にはアルコールによる手指消毒を徹底しました。椅子やテーブルも同様にアルコールでふきあげました。しばらくして日赤本社から感染予防の観点からハンドケアを中止するよう指導がありました。ハンドケアを希望する方もありましたが、説明してリフレッシュ運動やストレッチ運動に切り替えることにしました。対象者からは「ここでは感染者が発生していないし、東京とは違うのにね」という声が聞かれました。私たちも細心の注意を払っているので、ハンドケアを希望されている方々に実施したいと思ったこともありました。
―「コロナ」に限らず今後新たな感染症が現れてくるといわれています。看護職として災害の現場で支援をするための課題はどのようなことだと考えますか。
まず自分たちが感染しないよう体調を管理し、免疫力を低下させないことだと思います。食事をきちんととり、できるだけ良い睡眠がとれるような場所を確保し、安全に務めることは必須です。そして、スタンダードプリコーションやPPEに関して普段からきちんとしたスキルを身に着けておくことも重要です。
また、現地で活動していたDMATは、被災地の事務局を訪れた際、個人のスマートフォンでQRコードを読み取らせていました。各自そのコードを通じて毎日測定した体温を入力したり、問診に答えたりしていました。感染の可能性をいち早く把握するための仕組みだったようです。感染症の流行時には、接触者を追跡するなどのためにも、IOTをどんどん活用するのは良いことだし、日赤もこうしたシステムを取り入れたほうがよいと考えます。
3.保健活動支援
日本赤十字社熊本健康管理センター係長
(保健師)
松本貴子さん
―どのような活動をしたのでしょうか。
令和2年7月豪雨により熊本県では甚大な被害が発生しました。日本赤十字社熊本県支部は対策本部を設置し、医療救護班や日赤災害医療コーディネートチームが活動を行いました。7月末にはA村で唯一の診療所が通常診療に戻り医療ニーズが落ち着いてきた時期に、役場では保健師を始め職員の負担が大きく疲弊した状態で保健活動へのニーズが高まり、こころのケア・保健師支援などの活動が求められました。健康管理センターでは初めての保健師支援として、8月3日~28日までA村役場へ7名の保健師を交替で派遣しました。活動内容は役場保健師、熊本県・市町村・他県の保健師チームと合同ミーティングを行いながら、地域及び避難所の健康管理を目的として要フォロー対象者の戸別訪問、避難所の支援等を行いました。
その中で、私は8月中旬にA村にて保健師支援活動を行いました。A村では発災から40日以上経過していましたが、避難所に174世帯334名が避難されている状況でした。主に避難所における被災者への訪問、感染予防対策として環境衛生状況の確認(手指衛生・トイレ等の衛生管理・体調不良者の支援体制など)、避難所担当者への感染予防支援(掲示物・物品のチェック、吐物処理方法のレクチャーなど)を実施しました。また、被災者の声がすぐに届くよう健康相談BOXを設置し要フォロー対象者を選定して個別訪問を行い、支援終了に向けて役場保健師や避難所運営担当者と情報共有し、継続した支援へとつながるよう活動を行いました。
―COVID-19対応で困ったこと、難しかったことはどのようなことですか。
感染予防の観点から集団における健康教育も制限があり、活動が感染対策に絞られました。そのため従来の飲酒や熱中症、生活不活病予防やストレスなどの健康問題への健康教育や保健相談を十分に行うことができず、避難者に保健師として寄り添える時間が少なかったように感じました。
―「コロナ」に限らず今後新たな感染症が現れてくるといわれています。看護職として災害の現場で支援をするための課題はどのようなことだと考えますか。
今回の活動を通して課題だと感じたことは、看護職として役割を明確にすることです。感染症蔓延下に関わらず、災害現場において支援として求められるニーズを把握することで、医療ニーズのみならずDHEATのような公衆衛生的な保健ニーズへの対応も必要となるのではないかと考えます。看護職の専門性や各施設の特性を活かした総合的な活動の中で、保健師の果たす役割はますます重要になると考えます。