日本赤十字看護学会

委員会活動

ジュネーブ条約150周年にあたって

-赤十字の活動とジュネーブ条約-
第15回日本赤十字看護学会学術集会 テーマセッションⅡ
主催:日本赤十字看護学会国際活動委員会

演者:細川隆憲 (赤十字国際委員会 企画調整官)

今年は、ジュネーブ条約が成立して150周年目の節目に当たります。この節目に、赤十字運動と、ジュネーブ条約との関係を振り返ってみたいと思います。特に法律家ではない赤十字の一職員にとって、ジュネーブ条約の持つ意味について考察していきます。

赤十字運動とジュネーブ条約は、スイス人青年実業家アンリ・デュナンの献身的な活動に端を発します。1859年、北イタリアでのソルフェリーノの戦いの惨状を目撃したデュナンは、近隣の農家の婦人達を組織し、敵味方なく傷ついた兵士達を救護しました。

この経験をもとに書かれた著書『ソルフェリーノの思い出』の中で、デュナンは2つの提案をします。ひとつは、平時から戦時に備え、傷病兵を看護する組織を各国に整備しておくこと。もうひとつは、各国の傷病兵を救護する組織の活動を中立なものとして国際条約で保護することです。

この提案は多くの支持を受け、1863年には赤十字国際委員会が創設され、ドイツなどいくつかのヨーロッパ諸国では赤十字社が設立されました。また、翌年1864年には、12カ国の代表が調印しジュネーブ条約が成立します。

敵味方なく傷ついた兵士達を救護するための仕組み、言い換えれば武力紛争下における人道援助活動実現のためのメカニズムを実現する二つの歯車が、赤十字運動とジュネーブ条約であったといえます。だからこそ、私たち赤十字の職員は、ジュネーブ条約について知っておく必要があるのです。

今回の発表では、はじめに国際人道法一般について概観します。その後、ジュネーブ条約の内容について概説します。

国際人道法とは、国家による武力の行使のあり方を規定する国際法です。それはよく「戦争にもルールがある」と言い表されます。どのような決まりでしょうか。敵対行為に参加しない、あるいはもはや参加していない人は保護されなければならない(紛争犠牲者の保護)。敵対行為の方法や手段を制限し、人間の尊厳を守り、苦痛を軽減するように努めなければならない(害敵手段、方法の規制)。国際人道法は、この2つのルールに集約されます。

ここで注意しなければならないのは、国際人道法は、国家による武力の行使それ自体を禁止しているわけではないということです。国際人道法は、武力紛争の講師それ自体を、現実に対処しなければならない事実と捕らえまる。その上で軍事的な必要性と人道的な配慮とのバランスを取ることで、無制限な武力の行使に制限を加え、武力紛争という極限状態においても人間の尊厳を守ろうとします。

ジュネーブ条約は、先に述べた国際人道法の2つの柱のうち、前者の紛争犠牲者の保護を規定する法律です。1864年に成立したジュネーブ条約は、1906年、1929年、そして1949年と3度改訂されてきました。紛争形態の進化に伴って、紛争犠牲者の保護が拡大されてきたのです。

現在のジュネーブ条約は、4つの条約より構成され、陸戦の傷病兵の保護救済、海戦の傷病兵、難船者の保護救済、捕虜の人道的待遇、そして文民の保護を規定しています。何より重要なことは、ジュネーブ条約が訴えている紛争犠牲者の保護は普遍的な支持をえているということです。ジュネーブ条約は、196カ国世界の全ての国により批准されているのです。

では、私たちは国際人道法をどの程度理解しなければならないのでしょうか。赤十字の活動とジュネーブ条約はどのようにかかわっているのでしょうか。

ジュネーブ条約1つを取っても、そこには600を超える条文があります。赤十字の職員全てが、この条文を全て正しく理解することは不可能です。そこで赤十字国際委員会は、国際人道法を7つのルールにまとめています。

  • 戦闘や敵対行為にも参加しない全ての人々を、いかなる場合にも差別せず、人道的に取り扱うこと。
  • 降伏し、敵対行為を止めた戦闘員は、殺傷してはならないこと。
  • 紛争当事者は、その支配下にある傷病者を収容し、看護しなければならない。また、そのための医療要員、施設、機材等を保護する赤十字などの標章を尊重、保護すること。
  • 捕虜や抑留者の生命、尊厳、人権の尊重と保護及び家族との通信、援助を受ける権利を保障すること。
  • 公正な裁判を受ける権利及び拷問、体罰、残虐で品位を汚す扱いを受けない権利を保障すること。
  • 戦闘方法や武器の使用は無制限ではなく、不必要で過度な損害や殺傷をもたらす武器は使用してはならないこと。
  • 紛争当事者は、常に戦闘員と文民を区別し、攻撃を軍事目標に限定し、文民とその財産を保護するべきこと。

これらを概観してわかるように、赤十字の精神(7原則)や赤十字が実施している人道援助活動の多くが、国際人道法のルールと深く関係していることがわかります。人道、公平、中立の精神に則って、紛争被害者の救援、とくにその看護にあたるというのは、まさに赤十字が日々行っていることです。

たとえば、日本赤十字社が取り組んでいる赤十字標章の正しい使用に関する啓蒙活動も、紛争下において赤十字標章が尊重され、標章がもたらす保護が保障されるようにという国際人道法の履行確保に向けた取り組みの一環であることが分かります。

さらに、赤十字国際委員会が行っている抑留者への訪問活動や、離散家族の再会事業は、ジュネーブ条約に規定されている内容と深く関係しています。ジュネーブ条約では、赤十字国際委員会のような公平な人道支援団体に、利益保護国に替わり捕虜への訪問を行うことや、家族との通信を行うさいに活動の調整的役割を果たすことが求められています。

その他にも、赤十字国際委員会は、昨年から武力紛争下における性暴力に対する人道支援を体系化し、さらに強化するための取り組みをはじめています。これは、紛争下におい「拷問、体罰、残虐で品位を汚す扱いを受けない権利」を保障するというルールに基づいていることが分かります。

ところで、今日の武力紛争を見てみると、国際人道法の有効性が疑われるような事態が、数多く見受けられます。人間の尊厳を奪うような残虐な行為、一般市民を対象にした攻撃に関するニュースを毎日のように耳にします。国際人道法の無力を憂い、ときとして虚脱感に襲われてしまいます。

現代社会において国際人道法は、その持つ意味を失ってしまったのでしょうか。

赤十字運動に携わるものとして現実を見つめるとき、現状がいくら悲惨なものであり、赤十字の活動に大きな壁が立ち塞がっているからとはいえ、敵味方なく傷ついた兵士を救護したアンリ・デュナンの精神を忘れることはできません。むしろ現代のような多くの挑戦に国際人道法が直面しているからこそ、赤十字運動に携わるものとして、ジュネーブ条約の持つ意味をできるだけ多くの人々に伝えていく義務があるのではないでしょうか。