-国際活動の経験を共有し、赤十字の看護の原点を見つめ直そう!-
第12回日本赤十字看護学会学術集会 交流セッション
主催:日本赤十字看護学会国際活動委員会
概要
赤十字は「人道・公平・中立・独立・奉仕・単一・世界性」という普遍的な原則のもとに、世界最大のネットワークを持って活動する人道機関です。
日本赤十字社は、「苦しんでいる人を救いたいという思いを結集し、いかなる状況下でも、人間のいのちと健康、尊厳を守ります」を使命とし、世界各地で発生する大規模な災害や紛争の現場で、あるいは人々の健康生活の改善が課題となっている地域で活動しています。私たち看護職は、人間の生命に深く関わり、人格および人権を尊重することを大切にしていますが、それは赤十字の理念である「人道」と合い通じるものではないでしょうか。
今年のメインテーマは「看護の原点をたぐりよせ未来につなぐ英知」です。昨年の交流集会では、国際救援・国際協力において活躍している赤十字看護師の活動から赤十字の基本原則を再考してみました。今回は、3名の方に国際活動のご経験を語っていただき、活動の中で大切にされた想いから、その活動がどのように「赤十字の基本原則」とつながっているかを考えるとともに、「赤十字の看護の原点」についても探求したいと思います。
話題提供者
- 井ノ口美穂(福岡赤十字病院)
「パキスタン洪水救援事業」 - 池田 載子(大阪赤十字病院)
「パキスタンICRCペシャワール武器創傷外科病院での活動報告」 - 山本加奈子(日本赤十字広島看護大学)
「国際協力における実践と教育 -ラオスでの10年間の経験から-」
司会進行
- 松尾 文美(日本赤十字社和歌山医療センター)
- 東 智子(日本赤十字社事業局看護部看護管理・教育課)
アドバイザー
- 河合 利修(日本赤十字豊田看護大学)
タイムテーブル
9:00~9:05
国際活動員会の設置目的及び活動について、本交流セッションの趣旨について説明
9:05~10:00
3名の話題提供者からそれぞれ発表、発表前に司会から各話題提供者の経歴紹介
10:00~10:25
質疑応答(委員より)
質疑応答
その他
井ノ口美穂 (福岡赤十字病院 助産師)
「パキスタン洪水救援事業
-洪水災害における多国赤十字社協働のERU活動-」
日本赤十字社は災害発生時の基礎緊急医療型の支援ユニットを保持している。2010年7月から発生したパキスタンの豪雨洪水災害に対し、フランス赤十字社、オーストラリア赤十字社と共に基礎緊急医療ERU(Emergency Response Unit)チームを編成し、パキスタンSIND州における緊急救援活動を行った。
フランス・日本・オーストラリアERUチームは6-7名で構成されていた。チームリーダーをトップとし、医師、看護師、助産師、薬剤師、管理要員がそれぞれ必要な時期に配置され巡回診療や母子医療を現地のボランティアと共に提供していった。医療活動を行った3ヶ月間で延べ2万人以上の患者の診療を実施し、上気道感染症、下痢などの治療を行った。多国籍協働での洪水災害におけるERU活動を通し見えてきた現実について報告する。
山本 加奈子 (日本赤十字広島看護大学)
「国際協力における実践と研究
-アウトサイダーの立場から赤十字の課題を考える-」
青年海外協力隊(Japan Overseas Cooperation Volunteers:JOCV)は、日本政府の政府開発援助(Official Development Assistanc:ODA)の予算により、独立行政法人国際協力機構(Japan International Cooperation Agency:JICA)が実施するボランティア事業である。50年以上の歴史を有し、その派遣累計は35,905名(2011年3月)、職種別では5,658名が保健衛生部門である。さらに、その約半数の2,354名が看護師・保健師・助産師であり、看護職への国際貢献に対する期待は大きい。報告者は、2000年に青年海外協力隊の一員として、ラオスに看護師として派遣された。それまでに、ラオスにはすでに多くの看護職が派遣されており、長年にわたる技術移転協力が行われてきていた。しかし、それらはラオスの看護における国際協力として体系化されたものではなく、横のつながりも不十分であり、個々人が、それぞれの立場、それぞれの所属先において、それぞれの目標に基づき行う、個人レベルの活動であった。それらは、“点”としての貢献でしかなく、ラオス全体の看護レベルを向上させる“線”になるには程遠いものであった。ラオスにおいて求められる看護師の役割、看護の目指すものが明確でなかったため、活動の中で戸惑いや疑問を感じていた。その疑問が、その後のラオスの看護教育に関する研究に取り組むきっかけとなった。また、同時に、予防可能な風土病でもあった腸管寄生虫症で命を落とす子どもたちを目の当たりにし、その対策についても課題が残り、現在の研究活動につながっている。
実践の中で生じた疑問を研究により解決し、その研究結果をうまくフィードバックできれば、保健医療、看護の改善に大きく貢献できる可能性がある。しかし、国際看護、とりわけ、現地の看護についての研究は、ほとんど行われておらず、ボランティアなどの活動報告がほとんどであり、参考にできる論文が少ない。また、その研究結果はタイムリーに現場で活用されてこそ一層価値があがる。そのためには、現地の組織、国際機関、他の研究者等とうまく連携をとっていくことが重要であると感じている。
報告者は、赤十字の組織に入りまだ3ヶ月目であったことから、本シンポジウムでは、アウトサイダーの立場から、意見を述べた。赤十字は世界各国での支援の実績があるにも関わらず、その経験・実績が外部に伝わっていない現状がある。それらの報告書などにアクセスが可能になれば、より国際看護分野の研究も発展し、しいては、看護レベルの改善・向上にも貢献できると考える。また、実践活動に加え、活動に研究の視点を盛り込んでいくことも課題であると考える。赤十字に限らず、国際協力を行うにあたり、情報提供、情報の共有の重要性、研究の体系化、パートナーシップについて、考える機会となった。
質疑応答
Q1.
公平や中立といった原則を守るのが難しい状況もあったということだが、そのような場合は妥協せざるをえないものなのか。(河合)
Q2.
JICAと赤十字の違いが何かあるか。(河合)
Q3.
JICAには、赤十字の理念のようなものがあるのか。(東)
Q1.
公平や中立といった原則を守るのが難しい状況もあったということだが、そのような場合は妥協せざるをえないものなのか。
特に紛争地域などで赤十字活動を行なう際に、中立や公平の原則を守りたくても守れない状況もあった。例えば、パキスタンで紛争犠牲者のための病院で活動している時、搬送されてくる人々がタリバンの兵士ばかりで、赤十字はタリバン側についていると言われたこともあった。しかし、赤十字として負傷している兵士達の救護を拒むわけにはいかない。そのような状況の中で悩みながら活動した経験があるが、妥協するというわけではなく、難しい状況の中でも赤十字の原則に沿って活動するということを常に頭の中に置いておくことが大事である。(池田)
Q2.
JICAと赤十字の違いが何かあるか。
本年4月から赤十字の看護大学に赴任してきたばかりで、赤十字についての知識はあまりない。よって、違いが何かは今のところようわからない。しかし、今後理解していきたいと思う。(山本)
Q2に関連して、河合先生から「ラオスでは山本先生の活動時期と同じ時期に日赤でも活動(血液事業)をしていたが、そのことを現地で見聞きしたことがあったか」という質問がなされた。
→山本先生は赤十字もラオスで活動していたことはご存知なかった。これまでも赤十字をアピールしなければということは課題に挙がっていたが、お互いの活動を理解し、協働・連携していくために、もっとアピールしていくことは必要である。
先生は、国際救援・開発協力に関する研究を行なうにあたって、経験豊富な赤十字から情報をもらうことができなかったことに触れ、それぞれの組織が蓄積している経験知や研究結果を共有することができにくい現状があることを問題提起された。赤十字としては紛争などに関連した情報の中でオープンにできないものもあるが、国際救援・開発協力に関する活動の質を上げるためにも、蓄積された経験知を共有して共同研究等を行うことも必要であろう。
Q3.
JICAには、赤十字の理念のようなものがあるのか。(東)
JICAには、赤十字の理念のようなものは掲げていないが、それぞれのプロジェクトに目的があり、その目的に沿って活動を行なっている。
その他
活動報告の中で、本来なら不必要な薬を安易に処方し服用していることを問題視し、基礎教育の重要性を訴えたことに対し、フロアから、日赤が基礎教育にどのように関わっていったらよいと考えるか、今抱えている課題は何かという質問があった。これに対する明確な答えはなく、今後考えていきたいということであった。
また、赤十字精神の素晴らしさを改めて感じたという意見があり、山本先生に対しては、新しく赤十字の一員となられたことを歓迎する発言があった。
発表時間が延長し、ディスカッションの時間が十分に取れなかったが、各シンポジストの国際活動経験を共有することで、参加者それぞれが看護の果たす役割などを再考する機会になったのではないか。