所得格差の拡大が世界中で懸念されています。行き過ぎた格差の拡大は、貧困層を増やすだけでなく、人々同士の結束やソーシャル・キャピタルの低下、社会的なストレスの増大を招き、ひいては不健康を引き起こす可能性があります(これを所得格差仮説といいます)。
また、単に「お金がない」ということで貧困の問題をとらえるはなく、社会のあらゆる制度や仕組みとの関係において、「排除されている状態」としてとらえることで、現代社会における「貧困」問題を社会保障などの制度のあり方と併せて検討する動きがあります。
所得格差は健康をどのように、そしてどの程度むしばむのでしょうか。また、社会的に排除された状態では、健康が損なわれるのでしょうか。
これまでの研究成果
- 所得格差が遠因となって毎年数万単位で過剰に死亡していることが、大規模なデータの分析により示唆されました(文献)
- 所得格差が一定以上格差が大きくなると、健康への影響も大きくなるという、いわゆる「閾値効果」がある可能性があること、更に閾値効果はどのような地域の単位(国・都道府県・市町村など)で所得格差を測定しても、存在する可能性が示されました(文献)
- 他人、特に自分と似通った人よりも、自分の社会経済的な状況やステータスが劣っている、と感じると、私たちは様々なストレスを感じるものです。所得格差が広がると、自分の所得水準が変わらなくても、自分より高所得の人との差が開くため、そのような他人との比較によるストレスが高まります。大規模な全国調査である「国民生活基礎調査」のデータを分析したところ、そのような「自分に似た他人と自分の所得との格差(相対的剥奪度)」が大きい人ほど、自分の所得水準に関わらず健康状態も良くないことがわかりました。(文献)
- 同様の検討を高齢者の追跡データ(愛知老年学的評価研究:AGESデータ)で調べたところ、高齢者でも、男性では強い関係が見られました。一方女性では関係ははっきりしませんでした(文献1 / 文献2)
- さらにスウェーデンの全国民の追跡データでも、同じように、男性では強い関係が見られ、女性でもやや弱い関係がみられました。また、最も所得が少ないグループでは関係が見られませんでした。所得が低いと、そのような他人との比較の効果よりも、所得水準が低いことによる絶対的な影響の方が強くなってしまうのではないかと考えられました(文献)
- 以上をまとめた文献など(文献1 / 文献2 / 文献3)
- 所得が低く、地域の人々との当たり前の社会関係をうまく築けず孤立している、といった、いわゆる「社会的排除」の状態にあると、その後の死亡リスクが高くなる(寿命がっ短くなる)ことが追跡研究で明らかになりました(文献)
関連リンク
- 現代社会の階層化の機構理解と格差の制御:社会科学と健康科学の融合(文部科学省新学術領域研究)
- くらしと健康の調査:Japanese Study of Aging and Retirement: J-STAR
関連文献リスト
- Kondo N, Sembajwe G, Kawachi I, van Dam RM, Subramanian SV, Yamagata Z. Income inequality, mortality, and self rated health: meta-analysis of multilevel studies. British Medical Journal 2009;339(nov10_2):b4471-.
FULL TEXT: BMJ - Kondo N, van Dam RM, Sembajwe G, Subramanian SV, Kawachi I, Yamagata Z. Income inequality and health: the roles of population size, inequality threshold, period effects, and lag effects. Journal of Epidemiology and Community Health 2011:e11.
URL: Pub Med - Kondo N, Kawachi I, Subramanian SV, Takeda Y, Yamagata Z. Do social comparisons explain the association between income inequality and health?: Relative deprivation and perceived health among male and female Japanese individuals. Social Science & Medicine 2008;67(6):982-987.
URL: Pub Med - Kondo N, Kawachi I, Hirai H, Kondo K, Subramanian SV, Hanibuchi T, et al. Relative deprivation and incident functional disability among older Japanese women and men: Prospective cohort study. Journal of Epidemiology and Community Health 2009;63(6):461-467.
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PDF: J-STAGE - Åberg Yngwe M, Kondo N, Hägg S, Kawachi I. Relative deprivation and mortality – a longitudinal study in a Swedish population of 4,7 million, 1990–2006. BMC Public Health 2012;12:664.
FULL TEXT: BMC Public Health - Kondo N. Socioeconomic disparities and health: Impacts and pathways. Journal of Epidemiology 2012;22(1):2-6.
PDF: J-STAGE - 近藤尚己, イチロー・カワチ. 貧困・所得格差と健康――貧困の絶対性と相対性の観点から. 貧困研究 2009;2:45-56.
URL: 貧困研究会 - 近藤尚己. 格差社会をどう“診る”か. メディカル朝日 2011;40(7):40-41.
- Saito M and Kondo N(Equal contribution), Kondo K, Ojima T, Hirai H. Gender differences on the impacts of social exclusion on mortality among older Japanese: AGES cohort study. Social Science and Medicine 2012;75(5):940-5.
URL: Pub Med