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妊婦健診で先天異常が見つかったときの対応とケア

妊婦健診で先天異常がみつかったときの対応とケア

                               (室月 淳 2012年4月13日)

出雲日御碕燈台(島根県) 

はじめに

妊婦健診でルーティンに超音波診断がなされるようになって,胎児診断はより正確に,より詳細に,より早期にと進歩してきた.しかし先天異常と診断されその告知を受けることは,それが重度のものであれ軽度のものであれ,女性にとっては大きな衝撃となる.そして女性と夫は妊娠継続や分娩方法・分娩時期などで困難な選択を迫られることが多い.告知から出産に至るまでわれわれ医療従事者がどのような対応とケアを行うかは非常に大きな問題である.

女性と夫への告知そのものについては結論は明らかである.できるだけ早期に,適切な落ち着いた環境下で,明確に,これからこどものためにどんなことができるかという将来への展望を含めて説明することが,女性と夫の早い受容と現実的な対応を助けるというものである.しかし実際には説明を受ける側の知識や理解力,人生観などによって,あるいは具体的状況や深刻度によって,個々の受け止め方は千差万別である.先天異常を指摘された女性の抱える不安と医療従事者の認識のずれは,女性を援助する過程で深刻な軋轢と葛藤を生み出すことも多い.

ここでは,先天異常が疑われる女性と夫に対しどのように告知し,どのような妊娠ケアを行っていったらいいかを,将来のガイドラインの一材料ともなるように項目ごとにまとめてみた.

妊婦健診で異常を見つけたとき

ふつうの妊婦健診では児の異常を見つけることが第一の目的ではないが,それでも通常の超音波検査で偶然発見されることがある.見つかってから医療者がその対応に迷ったり,夫婦が出生前に知らされてしまったことなどに苦しんだりすることが起きてくる.生命予後に直接関係しない口唇裂などの疾患であれば告知しない,あるいはあらゆる出生前診断を望まないといった選択肢も事前に提供されるべきであろう.また超音波診断によってすべての先天疾患を診断することが不可能なのも当然である.超音波検査にあたっては,提供できる情報の内容や検査の限界について説明し,夫婦がどこまでの情報提供を望むのかを事前に確認する必要がある.

夫婦は児についてすべての情報を知る権利を有しているので,望むのならばわかったことはなるべく早期に,直接に,事実を正確に説明する必要ある.しかし子どもについての重大な話は夫婦一緒の場で行うことはカウンセリングの大原則であり,健診のその場で本人だけに伝えるのは避けるべきだろう.予想していない異常を見つけた際は医療者本人もまだ混乱していることがあるので,改めて夫婦同伴での来院を促して落ち着いたところでの説明を行った方がいい場合が多い.すべての情報を中途半端な状態であからさまに伝えるという思慮に欠ける姿勢は,すべての情報を伝えないという思慮に欠ける姿勢と同様に有害と考えられる.したがって「悪い知らせ」を伝えるためには,だれが,どのタイミングで,どのように説明するかを十分に検討するべきであろう.

先天異常の「告知」

先天異常の「告知」は,問題が特定された時点でできるだけ早く,親身になって,明確かつ率直に説明を行うことが原則である.最初の面談のときに女性は例外なく衝撃を受けるが,そのとき受けた感じ方や印象によってその児をどう受け止めるか,その後に児の障害を受容できるかどうかが大きく左右されることになる.そのために何が伝えられるかだけでなく,いかに伝えられるかが重要である.

胎児に先天異常があるという現実をつきつけられて女性は強い不条理感を味わう.すなわち胎内に児が存在しながらその存在価値をゆるがされることになり,女性自身が自己否定,自己嫌悪に陥るのである.そのために女性ひとりだけに説明することはせず,できる限り夫の同席を条件として夫婦そろって告知に臨むことが望ましい.

そこで重要となるのは女性とその夫に対する気づかい,思いやりのみならず,児に対して肯定的な捉え方をもって告知する姿勢かもしれない.明確に,率直に説明することが大事であるが,さらにその説明の中にいかに支持的な,あるいはポジティブなメッセージをこめて伝えることができるかが重要な意味をもつ(1).ポジティブなメッセージについては後述する.

説明のしかた

どんな内容を説明に含めるか,どんな表現とするかは事前に考えておき,充分にことばを選んで説明すべきである.説明を受ける側の知識や理解力によって説明のしかたも当然変わってくる.ひとは自分のもっている知識に関係づけながらものごとを理解するからである.

一度に理解できる内容は限られているため,ほとんどの場合説明は一回では終わらない.実際の場でも説明に組み込む情報量を限り,全体を長くならないようにして,またひとつのセンテンスも短くなるよう注意する必要がある.ことばで聞くだけではわかりにくいとき,書きながら説明したり,事前に用意した説明資料を活用することも重要である.文字だけでなく絵や図なども理解を助けるのは言うまでもない.

また大切なのは説明(カウンセリング)の時間は充分にとって両親の理解が得られるようにすると同時に,質問の機会と質問しやすい雰囲気をつくることである.説明の後に患者さんの理解の程度を確認し,次回の説明にフィードバックするよう心がける.

初回の告知では両親は動転しているのが通常の姿であり,ほとんど理解できなかったと多くの人間が回想している.また胎児奇形によっては,告知は早急なものではなく段階を踏んだ方が望ましい場合もある.初回の面談は長時間となり過ぎないようにして,改めてお話しする機会を設けるようにすべきだろう.

「奇形」や「障害」という表現

「社会の中の障害観」が女性や夫,親族の中に存在し,あるいは彼らの住む地域に強い誤解に満ちているとき,具体的な病名や「奇形」「障害」という表現を使うと誤解が生じやすく問題が多い.「奇形」という単語があると,キーワードとしてそれだけが頭に残ってことばがひとり歩きすることがある.

実際の病名としても「キアリ奇形」,「ダンディウォーカー奇形」,「脳動静脈奇形」,「肺嚢胞性腺腫様奇形」,「エブスタイン奇形」,「奇形腫」などが存在するが,疾患自体の重症度,出生後予後はもちろん多様である.それに類した表現として「発達障害」における「障害」,「致死性四肢短縮型小人症」,「致死性骨異形成症」の「致死性」,「子宮内胎児発育遅延」の「遅延」などのことばがあげられる.

われわれが専門用語として使う表現と,女性や夫が日常用語としてとらえることばの間には大きな乖離が存在する.病名が意味する内容は,多くの場合不完全にしか理解されないので誤解を生じやすい.悪いイメージを助長しないように具体的に「何々に問題がある」と説明するのはひとつの方法だろう.もし具体的に病名を告げるならばいくつかの条件が必要である.ひとつは病名が意味する内容が共通に理解されていて大きな誤解を生じさせない.もうひとつは病名に心理的に強いマイナスイメージを喚起するような表現が含まれていないことである.説明にあたって「奇形」「障害」だというかどうかは,女性や夫の知識,理解力,態度による.

ある先天異常に病名のラベルを貼るのは,奇形や障害の表面的特徴だけではない本質や原因を考え,問題を改善するための最適の方策を立てて治療を行い,本人の苦しみを軽減するためである.先天異常の特徴はあるいくつかの症状が共通にあらわれるという「パターン性」にある.たしかに同じ病名をもっていても表れ方は千差万別であるが,それでも症候群の中に共通性をみることができる.先天異常を先天異常だと認識するのは,その類似したパターンを出現させている根本的なしくみを明らかにし,本質的な対応や最適の治療を考えるためであろう.

先天異常の「原因」

先天異常が見つかった女性をケアしていると,さまざまな場面で「なぜこの児は異常なのか?」という質問を投げかけられることがある.この問いの本質は,実は「なぜ人間は生きているのか?」のと同様の実存的なものであるが,医学的にはさまざまなレベルの表現で先天異常の「原因」を説明することは可能である.たとえばダウン症候群では,どの染色体にどのような変異が生じているのかという説明が典型的である.しかし医学的にみても多くの先天異常では確定的な原因はなお未解明であり,たとえば「まだよくわかっていないが脳の発達に何かトラブルが生じている」といったわかりやすい説明もよく使われる.

夫婦,特に女性は自分を責めてしまうことが多いが,これは胎児異常を指摘されたときの典型的な感情的反応といえる.しかしどのような状況であろうと,こういった捉え方は根拠がなく間違っている.罪悪感への対応は特に大切である.「決してご本人やご主人に原因があるわけではありません」と伝えてあげるべきなのである.ほとんどの夫婦がどこかの段階でこのような罪悪感を抱くので,このような思いが語られていない場合は逆に尋ねてみるといいかも知れない.こういった医療者の共感的態度によって彼らの罪悪感を和らげることができる.強い罪悪感や不安のもとでは,疾患に対する正しい理解や情報を利用して自律的に行動を決定することなど不可能であろう.

世の中には夫婦のどちらかに遺伝的原因があると犯人捜しをしようとする人がいる.そうでなくても子どもにいろいろな問題が起こったとき,しかもその原因がはっきりしない段階では,親に原因を求めようとする風潮がある.責められる親も女性であることが多い.たとえ仮にそれが遺伝性疾患と疑われても,あるいは自分自身から遺伝する可能性を知っていて妊娠した場合であったとしても,児の異常は本人の「責任」ではない.疾患の原因や遺伝性の問題は,児が出生してから段階を踏んで明らかにしていけばいいのである.

ポジティブなメッセージとは

分娩後の女性に聞くと,妊娠中は実際よりもずっと恐ろしい奇形を想像していたという感想をもらすことが多い.胎児は「イメージの赤ちゃん」と言われ,夫はおろか女性にとってもおなかの中にいるわが子はまだ現実のものではなく,心の中でさまざまな空想を膨らましてイメージしている存在である.そのような状態で,突然予想もしていなかった先天異常の話を受けると,イメージは容易に暗転して胎児はおそろしい化け物のように感じてしまうことがある.これを「モンスター・イメージ」と呼び,医師から最初に受けた説明や態度などに大きく影響を受けるといわれる.

だからこそ「胎児」ではなく「赤ちゃん」ということばを使ってあげたい.超音波画像などを積極的に使って実際の児の姿を両親に示すことにより,肯定的なイメージが形成されることを期待できる.また障害に関しては考えられる予後の「幅」,すなわち期待される最善と最悪の結果について説明する.疾患の告知においては通常もっとも最悪の結果を説明することに医療者は慣れているが,まだ生まれてこない児に関しては細心の配慮が必要である.

出生前の不確実な段階では,児の予測される機能について明確に説明できないこともあるかも知れない.「幅」という概念は両親に楽観的な希望を残し,また目指すべき目標を与えることになる.さらにその場合,新生児の脳の可塑性,わが子に備わった「可能性」という概念は両親にとって大きな希望になる.人間としての胎児のポジティブな側面を強調することで,人間は本来ポジティブな存在なのだというメッセージを与えることに意味があるのである.

そしてもっとも重要なのは,どんなに重い障害を抱えていても,生まれてくる命を祝福する準備があることをきちんと伝えることである.人間のポジティブな面に意図的に目を向けさせることで,人間への希望,人間への基本的な肯定を伝えることがもっとも本質である.

出生後の変化・改善の見込み

胎児の先天異常には通常の意味での治療法がない場合も多い.しかしそれは何もできないということではない.さまざまな療育的な対応が早期からとられることで,二次的な問題が防止され,その子の良好な発達が助けられる.両親のみならず,親族などその子の周囲にいる人々に,これからの子どもの進歩や改善について肯定的期待が伝えられることは,そのこどもへの好意的対応が誘導することになる.

小児科など関連各科医の出生前から関わりも重要な意味をもってくるので,出生前のある時期に両親に紹介しておく.その段階で病気とその経過,可能性,外科手術などについて簡単に説明してもらってもいいだろう.また入手可能な参考資料,援助を与えてくれる専門家や公的サービス,サポートグループなどの情報提供も大切である.

強靭な精神について

女性とその夫の精神的負担はいうまでもないことだが,そこに寄り添う医療者においても強靭な精神力を必要とする.逆境のときにも負けない強靭な精神力は,実はユーモアから生まれてくると思う.自分本位ではなく相手の心をいたわる気持ちがユーモアであり,同時に気持ちの余裕をもつことで現実を別の角度からみることにより,さらによい答えを促すことができるかもしれない.

ユーモアは何も面白おかしいことではない.ジークムント・フロイドは,「ユーモアというのは,苦しいつらい状況でも,その苦しみは自分を侵すことができないという姿勢を示すこと,むしろそんな状況でさえも自分は楽しんでいるということを,笑いで示すことだ」と言っている(2).ユーモアは表面的な笑いではなく,その人間の心,人間の尊厳を侵せないという精神である.

先天異常についての説明やケアはどうしても重くなりがちである.告知,説明を暗いだけでない雰囲気で行える,あるいはユーモアとともに女性に寄り添うことができるのは本当に重要な才能だろう.

おわりに

どのようなケアでもその基本は心を傾けて相手の話を聞く「傾聴」から始まる.相手の話を聞くことにより相手の感情があたかも自分のことのように伝わってくるが,先天異常の告知を受けた女性のやり場のない悲しさや苦痛があたかも自分に起こったことのように感じられる瞬間がある.その体験を女性とともに分かち合えたという実感はとても貴重なものである.

しかし健児の誕生といった目にみえる「成果」が期待できない限界状況での周産期ケアは,医療者自身がケアの意味を失う危険性も存在する.そのような女性に対して医療者は自らが最善を尽くしていると思いつつも,期待した成果が得られないままに苦しい日々を送らざるを得ないことすらある.このときいわゆる「燃えつき症候群」の前段階にいることになる.

かつて癌末期の患者への対応やケアについても同様の困難に直面していた時代があった.しかし1980年代の疼痛コントロール法の確立から始まって,palliative careの概念の成立とともに現在ではシステム化された対応指針と心理的サポートの具体的なノウハウが確立している(3).

先天異常が見つかった女性への支援のこれまでの具体的な指針としては,上記のpalliative careにおける成果を応用した告知のノウハウ(4)やコミュニケーションスキル(5)を敷衍したり,「重篤な疾患をもつ新生児の家族と医療スタッフの話し合いのガイドライン」(6)を出生前にも拡張して用いることが提案されてきた.またインフォームド・コンセントのために非常に参考となる本も存在する(7).

しかし妊娠中の胎児異常の告知やその後のケアそのものについては,倫理的,法的に微妙な問題が絡むためもあるのか,きちんとした形でまとめられた指針やガイドラインといったものがいまだに存在していない.いつもでもその場しのぎの人まねでない,組織だった対応ガイドラインを作成すべきときに来ているといえる.

文献

(1)室月淳:妊娠期に発見された児の異常-予期せぬ結果をどう伝えるか.ペリネイタルケア 2000;21:658-662

(2)相川恵子,仁平義明:子どもに障害をどう説明するか‐すべての先生・お母さん・お父さんのために.東京,ブレーン出版,2005,pp114

(3)Sepulveda C, Marlin A, Yoshida T, et al: Palliative care-the World Health Organization’s global perspective. Journal of Pain and Symptom Management 2002;2491-96

(4)Baile WF, Buckman R, Lenzi R, et al: SPIKES - A Six-Steps Protpcol for Delivering Bad News: Application to the Patient with Cancer. (悪い知らせを伝える際の6段階のプロトコル:癌患者への応用)http://theoncologist.alphamedpress.org/cgi/reprint/5/4/302

(5)藤森麻衣子:患者とのコミュニケーションのあり方−SHAREプロトコールについて.http://www.bms.co.jp/pdf/medical/cancer/gan_shojo_04.pdf

(6)田村正徳,玉井真理子編:新生児医療現場の生命倫理‐「話し合いのガイドライン」をめぐって.大阪,メディカ出版,2005

(7)チャールズ・ハインド:いかに“深刻な診断を”を伝えるか‐誠実なインフォームド・コンセントのために.東京,人間と歴史社,2000

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