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南相馬市立病院でのカウンセリング外来の立ち上げ

南相馬市立病院での放射線健康カウンセリング外来の立ち上げ

                                室月 淳  (2012年6月24日)

 

あなたを苦しめるのは いったいどんな奴なんだ

巡る季節の中 鼓動を感じ

答えは全部心の中にあるはず だから迷わないで

部屋の明かりの下 明日を感じ

ゆっくりと 出来る事だけ それだけでいい

(小林建樹 「祈り」)

 「放射線健康カウンセリング外来」

2011年3月11日14時46分,牡鹿半島沖を震源としたマグニチュード9.0の地震は東北・関東地方に大きな被害をもたらしました.すなわち東日本大震災です.ここで改めて亡くなられた多くの方々のご冥福をお祈り申し上げます.

地震とそれに引き続いた津波により,東京電力福島第一原子力発電所では放射能物質の漏出を伴う大事故に発展しました.あの震災と原発事故から1年以上がたち,マスコミ報道にみる世情もややおちついてきたようにみえます.しかし地震や津波で住む家を失って仮設住宅で暮らす被災者,原発事故により地元を離れた避難者はいまだ大勢います.特に原発事故に関してはいまだ解決の契機を得ず,避難したひとたちも地元にのこったひとたちもそれぞれ苦しみ続けています.

福島第一原発から30キロ圏内に位置する南相馬市(震災前人口7万1千人)は,避難準備区域の指定解除によって現在4万6千人(65%)まで人口が回復しましたが,こと30歳以下の若い世代をみると震災前の30%程度しか戻ってきていません.このままでは20年後にはこの地域が滅びてしまうとの地元の危機感は深刻なものがあります.

南相馬市立総合病院(旧原町市立病院)の産婦人科は自治医大出身の安部宏先生がひとり医長をされていますが,今年5月から分娩取扱いを再開いたしました.福島第一原発から23キロ地点にある南相馬市立病院が分娩取扱いを再開し,さらに小児科が診療を開始したのは,南相馬で安心してお産できますよ,こどもが生活しても大丈夫ですよという病院から市民へのまさにメッセージといえます.そして市民の放射線一般に対する不安や疑問に答えるための相談外来の設置が構想されました.

こういった経緯によりこの7月から南相馬市立病院に「放射線健康カウンセリング外来」が立ち上がることになりました(図1).遺伝カウンセリングの本邦の第一人者であり,実際に震災後たびたび南相馬に入って放射線カウンセリングのボランティア活動を行ってきた千代豪昭先生が責任者となって現在その準備がなされています.医師カウンセラーのほかに放射線被曝の専門家なども参画してチームがつくられましたが,被災地に近い東北の人間も必要ということで,遺伝カウンセリング学会での活動のご縁によりわたしにも協力するようお声がかかりました.

今回の「放射線健康カウンセリング外来」の目標は,「医療従事者の立場から,相談者本人や家族の健康に対する不安を少しでも軽減できるようお手伝いする」ことにあります.すなわち医療従事者による健康相談の一環として,個人を対象としたカウンセリングの形態で行うことになっています.これは千代先生がこれまで南相馬市で行ってきた放射線カウンセリングの経験より,市民の国や専門家への不信が続く一方で,医療者への信頼はかろうじて今でも維持されているとの確信に基づくものです.

福島第一原発の周辺地域の住民は行政や専門家のいうことをあまり信用しなくなっています.政府は事実を過小評価する一方で安全を強調してきましたし,マスコミは極端な意見を無定見に流しながらその報道内容に責任を取ろうとはしません.専門家もひとによって正反対の意見を平気で述べるため,専門ではない住民にはどちらが正しいか判断するすべがありません.ですから「市民の放射線一般に対する不安や疑問に答える」ため多くのひとを集めて壇上から安全性を声高に説いても,立派なパンフレットや本をつくって住民に配っても,信用されないどころか反発されることのほうが多くなっています.

カウンセラーは必ずしも放射線の専門家ではありませんが,医療の専門家としてクライアントを援助します.被曝という問題だけではなく,生活習慣や内因性の健康問題を包括的に取り上げ,クライエントの健康増進を目指すことになります.ここでだいじなことは,放射性被曝の安全性を押し売りしたり,避難住民の地元帰還を勧めたりすることが目的では決してないことです.これはカウンセリング一般に共通することですが,カウンセラーは国の政策や原発問題には中立の立場に立ち,クライアントには非指示的な姿勢で一貫しなければなりません.

放射線健康カウンセリングは医療カウンセリングの一種ですから,科学的なエビデンスをきちんと踏まえることは基本中の基本ですが,ただし一般的な話に終始するのではなく,「あなたの問題を考える」というスタンスをとる重要です.だからこそ講演だとか啓蒙といった形態が意味をなさず,「カウンセリング」として個別に話を聞くことが必要とされるのです.さらに放射線健康カウンセリングは医療チームでの対応が求められます.複数のカウンセラーのほか病院医師やスタッフ,心理職,地域の保健師などが有機的に連携していく必要があります.被曝の厳密な評価に自信がないときは,放射線被曝を専門とするカウンセラーと相談して対応する必要性がでてくるでしょう.

しかしわれわれ産科医が対応することになる妊産褥婦に対する放射線カウンセリングは難しい問題が多くあります.福島県住民の年間推定被曝量のレベルでは,遺伝的影響も胎児被曝に関してもほぼ問題ないと確信をもっていえますが,科学には100%ということがないのも事実であり,心配ないということが科学者として無責任というそしりは免れないかもしれません.今どう判断してどの方向に進めばいいのか,それは10-20年もたてば明らかになっているのでしょうが,この時点では暗闇の中で右往左往している気分です.しかし右でも左でもなく,一歩でも前に進むために,ひとりでも多くの先生方のご支持とお知恵を拝借いただければ幸甚です.

 妊産婦のケア

最近でたWHOの報告書によると,この地域の年間推定被曝量はどんなに高くみつもっても10mSvをこえることはまれのようです.ですからおそらく胎児に対する影響は考え難いのですが,それでも低線量内部被曝についてはまだ不明なことが多い現状です.現時点での一応の対策として,妊娠中何回かのホールボディカウンター(WBC)検査,線量計貸出しによる居住環境の検討,フィルムバッジの貸出しによる外部被曝量の評価などが考えられています.

わたしは妊娠初期のWBC検査は基本的にやったほうがいいと思っています.可能性は低いのですが,もし仮にセシウムが検出されれば,検討や相談しながその後の生活スタイルや食習慣などを変えていくきっかけになります.その結果その後の妊娠中の内部被曝を最小限にしていくということで,非常に意義があるのではないかと思います.

しかしこのことについては,安易な人工妊娠中絶に結びつかないように細心の注意を払う必要があります.超音波診断で捉えるNTの所見の意味が一般の妊婦さんにとって理解しがたく,強い不安に陥ってしまうのと同じような状況です.こういった確率的所見というものは容易に確定的所見と混同され,とても高いリスクと捉えられてしまいがちです.ですからWBC検査を一種の「遺伝学的検査」と考え,妊娠初期の妊婦全員にカウンセリングを行って同意をとる必要があると思います.

WBC検査での,たとえばセシウム137 500Bq/bodyという値がでたときに,これがどの程度の胎児被曝に当たるのか,またその量の確率的影響をどう判断するのかはきわめて難しく,今いろいろと文献的検討を行っているところですが,中絶を選択するのは医学的に明らかに妥当な判断ではないといえそうです.

 コミュニティの再建へ

南相馬市で妊娠出産するかたがたを応援しようと思います.ここで生きていくことを決意し避難せずに残ったひとたち.生まれ育ち慣れ親しんだ故郷にもどってきたひとたち.生活の糧をえるために残らざるをえなかったひとたち.避難先も住みにくくてもどらざるをえなかったひとたち.南相馬のすべてのひとたちの不安を聞き相談にのる「放射線健康カウンセリング外来」のお手伝いです.

ひとはみなコミュニティの中で生まれ育ち,そして死んでいきます.ひとはみな自分の役割をもち,他のひとたちとさまざまに関係しながら,おたがいに助け合って生きています.コミュニティが崩壊し,故郷を喪失した人間に,真の充足した生は訪れないのではないでしょうか.コミュニティのなかにはいまでもある種の不平等やら抑圧といったものが残っているのでしょうが,ひとは他のひとたちとのコミュニケーションをとおしながら,未来にむけてそれらを少しずつなくしていくに違いありません.

南相馬でひとりでも多くのひとたちが生きていけるように,事故以前のなお美しく豊かな大地がもどってくるように祈っています.

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