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胎児採血(胎児胎盤機能評価)

胎児胎盤機能評価を目的とした胎児採血

                                      (室月 淳 2002年)

この文章は2002年に書かれたものです.当時,胎児状態を評価するためにPUBSがおこなわれることがしばしばありました.出生時の児の状態をもっともよく反映するのが臍帯動脈の血液ガス値であることはあきらかであり,同様に胎児の状態をもっともよく評価できるのも胎児血の血液ガス値であることに異論は少ないでしょう.PUBSによるデータは胎児生理の理解を大きく促したのですが,同時に非侵襲的な胎児心拍数モニタリングの所見を生理的に基礎づける貢献を果たしました.その後,胎児状態の評価は非侵襲的な方法によるのが主流になっています.

 はじめに

胎児・新生児のasphyxiaは,われわれ産科医にとってもっとも関心のある主題であるが,その診断には児の血液ガスおよびpHの測定が不可欠といえるほど重要である.胎児血のサンプリングには,’タ叡罎猟恐伺肇イド下による経皮的臍帯血採取(percutaneous umbilical blocd sampling; PUBS),∧娩中の児頭からの末梢血採血(いわゆるSaling法),J娩後の臍帯クランプによる臍帯血採血の三つがある(1).本稿では,分娩前胎児評価の一方法として,特にPUBSによる胎児血液ガス測定について取り上げて解説する.

PUBSの普及によって胎児循環への直接的なアプローチが可能となり,胎児疾患にたいする評価と治療の両面において多くの新しい試みがなされている.胎児well-being評価のための血液ガスおよび酸塩基平衡測定もそのひとつである.たとえば,子宮内胎児発育遅延(intrauterine growth restriction; IUGR)において,子宮内で慢性的に低酸素血症(hypoxemia)やアシドーシスを呈する胎児が存在することはよく知られている.一般に胎児モニタリングと呼ばれるものの重要な役割のひとつは,このような胎児が胎内死亡や神経学的障害を起こす前に見つけだし,急速遂娩や胎外治療などの医学的介入の決定をする手助けにある..PUBSは,少なくとも当初は,この同定のためのもっとも直接的で確かな方法と考えられ,多くの臨床研究がなされてきた.以下ではそれらの報告を概括し,臍帯静脈血における血液ガス,pHの正常値,およびPUBSの適応と意義,限界などについて述べる.

 

 1.胎児における血液ガスと酸塩基平衡測定の基礎

胎児血のpH値はそれが妊娠中や分娩前後のどの時点での採血によるものであっても,胎児状態の診断と予後推定のために重要な意義をもつ.胎児の重症アシドーシスは一般に周産期死亡や神経学的後遺症などのリスクを高めることになる.

a.血液ガスおよびpHの解釈

胎児におけるアシドーシスは通常,代謝性および呼吸性の両者が入った混合性アシドーシスである.すなわち,細胞外液における塩基欠損(extracellular base deficit)と炭酸ガス分圧(PCO2)の上昇を伴う.塩基欠損は低酸素による胎児組織中の嫌気性代謝と乳酸産生を意味する.PCO2の上昇は胎盤におけるCO2拡散の減少を少を示す.

胎児のPCO2レベルは成人と大きく変わらない.CO2の膜透過性は高いので,胎児胎盤血流の低下あるいはかなりの胎盤機能不全がないかぎり,母体循環中に拡散して母体に近いレベルで平衡となる.正常な妊婦母体は一般に過呼吸の傾向にあり,PCO2が低い低炭酸ガス血症(hypocapnia)となる. この軽度な呼吸性アルカローシスのため,妊婦の血液のpHはやや高い.臍帯血のpHは動静脈とも母体血pHより若干低く,たとえば子宮静脈と臍帯静脈のpHの差は一般に0.06くらいとされる(2).

臍帯静脈における血液ガスは一般に胎盤の機能を反映する.臍帯静脈血の酸素分圧(PO2)は母体側動脈血に比べてかなり低い値であり,母体側胎盤の静脈血に比べても低い.これは胎盤における酸索の拡散平衡が完全には行われないためである.CO2ではそれがほぼ完全になされている.いわゆる胎盤機能不全においては臍帯静脈血のPO2の低下が生じ,さらに悪化するとPCO2が上昇してくる.臍帯静脈血のPO2の低下は,胎盤におけるガス拡散能の低下や母体側胎盤の灌流低下,母体の貧血や低酸素など,さまざまの原因によって生じうる.

一方,臍帯勤脈における血液ガスとpHは胎児状態の直接の反映である.PO2の低下は胎児組織における低酸素症(hypoxia)を意味する.動静血とも測定可能の場合は, より胎児状態を反映している臍帯動脈血での評価が推奨される.たとえば臍帯脱出が起きたときのような極端な場合,胎児および勝帯動脈血に重症のアシドーシスが生じていても臍帯静脈血ガス値が正常なこともありうるからである(3).

しかしPUBSにおいては,勝帯静脈血のほうを採取して血液ガスおよびpHの評価を行うことが一般的である.理論的には臍帯動脈からの血液が胎児に関する最も多くの情報を含んでいるが,臍帯動脈の穿刺はかなり難易度が高く,また穿刺によって生じる胎児徐脈のリスクが何倍も高いためである.もし膀帯静脈血が異常を示すならば臍帯動脈血においても異常と推測することは十分可能である.

b. 胎児血液の特性

血液ガスとpHの測定とデータの解釈に際して,成人と胎児の条件の違いを考慮する必要がある.ひとつには,胎児のPO2が成人に比べてきわめて低く,その差を利用した拡散によって胎盤で酸素の移動がなされていることである.胎児ヘモグロビン(hemoglobin F; HbF)の特徴として酸素解離曲線が左方に移動して酸素運搬能が増大しており,かつ酸素親和性が高いため,PO2の低さが組織への酸素運搬能の直接の妨げとはなっていない.

2つめは血液ガス測定における温度補正の問題である.胎児環境である子宮内は母体の深部体温に近い39度前後にある.一般に使用されている血液ガス自動測定装置では標準体温である37度を前提に計算されるため,実際の胎児の環境温での値と比べるとpH, PO2, PCO2とも低く表されることになる(4).胎児評価の実際の場では,補正しない値で統一して検討することが多いようである.

3つめはHbFの問題である.酸素含量(oxygen content)や酸素飽和度(oxygen saturation)などの測定値は血液サンプルのヘモグロビン濃度に依存する.通常,酸化ヘモグロビンをcooximetryで直接測定し,計算でこれらの値を算出することになる. しかし,胎児・新生児の場合はヘモグロビン中のHbFの割合が高いため,酸素含量,酸素飽和度とも原理上補正が必要となる. しかし,HbFの割合は妊娠週数によっても変わるため,実際のところ臨床の場では,計測機械に内蔵された成人用プログラムで計算された値をそのまま使用することが多い.

 

 2. PUBSの実際

PUBSは,妊娠中に母体腹壁を介して超音波ガイド下に臍帯静脈を穿刺して採血する手技を指す.くわしい手技の実際は他稿(5)(6)に譲り, ここではその適応と危険性に焦点をおいて説明する.

a. PUBSの一般的適応

PUBSの主な適応は,胎児異常における染色体迅速診断と胎児貧血を疑ったときの末梢血評価であり,さらに胎児感染(風疹,サイトメガロウイルス,パルボウイルス感染症など)の出生前診断や血液ガス,酸塩基平衡などによる胎児well-being評価なども行われる.

IUGRに対するPUBSには,大きく分けると以下の3つの目的が存在する.ひとつはIUGRの鑑別診断,すなわち原因の検索にあり,具体的には胎児染色体分析および胎内感染の有無のチェックである.染色体検査は胎児のどの部分の組織からでもできるが,胎児血のみがすべての可能性に対して対応できるアプローチといえる.また,胎児リンパ球を使った染色体迅速分析では2〜3日で結果が出る利点があり, 2〜4週間を必要とする羊水穿刺に大きく勝る.

2つめは,胎児の血液ガス,pHの測定によって低酸素血症,アシドーシスを評価し,児の娩出のタイミングと方法を決定する目的である. 3つめは,胎児治療のための母体高濃度酸素投与の適応と効果の有無をみる目的である.これに付け加えれば,現在では診断や治療を目的とした一般のPUBSにおいても,血液ガスおよびpHの計測も同時になされるのが通常であろう.PUBS自体による胎児への侵襲度を評価するためである.

b. PUBSの操作に伴う危険性

PUBSは羊水穿刺などの他の侵襲的検査と同等の危険性をもつ.報告されている主な合併症には胎児徐脈,前期破水,子宮内感染,早産,出血などがある.胎児徐脈は全体の10%程度に観察されるが,ほとんどが一時的なもので自然に回復することが多い.

PUBSに関連した子宮内胎児死亡(IUFD)が報告されているが,その危険性は対象とする胎児集団によって大きく典なる.奇形があり染色体異常をもつ胎児では危険性は高くなる.Daffos (7)の1,320回のPUBSの経験では,21例のIUFDがあり,1.6%の危'倹率であった.Weinerら(8)の報告では,594回の施行でIUFDは0.8%に認められた.著者らの施設(東北大学医学部産婦人科)においては,2001年4月までの701回のPUBS施行で6例のIUFDを経験した(0.9%).PUBSの危険性は適応と術者の技量の両者に関連するが,IUFDの頻度はほぼ1%前後と考えられている.

 

 3. PUBSによる胎児well-being評価

a. 膳帯静脈における血液ガス,pHの基準値

臍帯静脈血の血液ガス,pH値は妊娠週数とともに変化するので,実際の測定値を評価するにあたっては妊娠週数を考慮に入れる必要がある.PUBSのデータによる基準値についてはいくつかの報告がある(1)(9).図73〜75に著者らが報告した臍帯静脈血の血液ガス,pHの妊娠週数における基準値(95%信頼区間)を示す(10).

一般に,妊娠週数とともに臍帯静脈血PO2とpHは直線的に低下し,PCO2は直線的に増加する.PO2は妊娠週数とともに低下するが,ヘモグロビン,赤血球数の増加によって相殺され,胎児血中の酸素含量は妊娠中に大きな変化はない.臍帯静脈血の平均酸素含量は6.7±0.6mmol/Lとなる(11).

b. IUGRに対するPUBSの試み

IUGRは児の予後に大きく影響するため,依然として周産期医療の大きな問題のひとつである.通常は超音波断層法による児体重の推定とともに,非侵襲的方法による胎児well-beillg評価が行われている. しかし,従来の胎児心拍数(FHR)モニタリングなどの方法は胎児のasphyxiaの予知に限界があり, しばしば娩出時期の決定に迷うことがある.

PUBSによる臍帯血ガスの測定は何よりも正確な胎児評価だという利点があり, こういったハイリスク胎児から直接情報を得られるのは魅力的である.それまでにも出生時の臍帯血分析によって,IUGR児が特徴的な血液ガス,代謝,末梢血所見を示すことはわかっていた.1980年代半ばにPUBSが実用化されると,IUGRに対してもすぐに試みられている(12)(13).1990年前後にはIUGRの適応がさらに拡大し,侵襲的検査であるPUBSが胎児管理に有用であることを示唆する報告が相次いだ(9)(14-16).もともとPUBSは主に染色体の迅速検査と感染症のスクリーニングを目的として始められたが,酸塩基平衡のデータが胎児娩出の時期と方法を決定するのに非常に有用と考えられた.

c. IUGR児の血液ガス,pH所見

IUGR児の一部に低酸素血症,高炭酸ガス血症(hypercapnia),アシドーシスが認められることが報告されている(9).これらの血液ガスの異常値を示す胎児においては,子宮内ですでに胎盤機能不全によるasphyxiaを呈していると考えられる.正常範囲内にとどまる例も多いのは,発育遅延の原因が胎盤機能不全による低酸素,低栄養だけではなく多様なものを含むからだろう.

図76に著者らの施設でのデータ(10)を示す.重症妊娠高血圧症妊婦に認められたIUGR児に施行したPUBSによる臍帯静脈血液ガスおよびpHの結果である.発育遅延の原因のほとんどが胎雛機能不全と考えられ,多くの例でPO2,PCO2,pHが基準値から外れた値を示している.注目すべきは胎児の予後との関連であり,36例中6例の胎児が出生前あるいは出生後に死亡しているが,そのほとんどが基準値から大きく外れた値を示した.胎児の生存例と予後不良例に分けて比較したところ,PO2,PCO2,pHおよび出生週数に有意の差を認めた(10).すなわち胎児の予後は,PUBSによる臍帯静脈血液ガス値および出生週数のふたつに大きく依存していることがわかる.

重症IUGRでは低酸索血症のほかにアシドーシスを示すが,これは一般的に代謝性または混合性アシドーシスである.胎児アシドーシスは原因が染色体異常,先天感染,胎雛機能不全のいずれの場合であっても起こりうる(15).染色体異常を伴わないIUGRのおよそ半分に,超音波ドプラ血流速度波形計測で胎盤血管抵抗の上昇を認める.先天感染によるIUGRにおいても胎盤血管抵抗の上昇を認めるが, これは胎盤感染による炎症のためと考えられる.

PCO2の上昇は,胎盤でのガス交換の減少を意味する.臍帯静脈血における軽度の低酸素血症では高炭酸ガス血症やアシドーシスを認めないが,この場合でも臍帯動脈血においては,低酸素血症の初期からPO2の上昇とpHの低下が認められることが知られている(9).こういった軽度の胎盤機能不全においては,臍帯静脈血に蓄積したCO2は胎盤を1回通過するだけで除去され,臍帯静脈血のPCO2は正常範囲内になる.

反対に軽度の低酸素血症と高乳酸血症の存在は胎盤機能不全の早期の徴候である.胎盤機能不全が重症になると,CO2産生が胎盤での除去の速度を上回るようになるので,臍帯静脈血における高炭酸ガス血症とアシドーシスの存在は胎盤機能不全がかなり進んだ状態であることを意味する.すなわち,胎盤機能不全の診断は,臍帯静脈血における低酸素血症と高乳酸血症,あるいは臍帯動脈血における高炭酸ガス血症とアシドーシスの存在がポイントとなる.

 

d. IUGR児の乳酸値とグルコース値

正常妊娠における胎児血中の乳酸値は,臍帯静脈で0.99±0.32m'mol/L,臍帯動脈で0.92±0.21mmol/Lである(9).これらの値は妊娠週数にかかわらずばぽ一定であり,母体血中の乳酸値に相関する.胎児低酸素症や胎盤血管抵抗の上昇がおこると胎児血中乳酸値が増加してくることが知られている(17).FHRモニタリングの所見が悪化する前に胎児血中乳駿値が上昇するという報告も存在する(18).

臍帯静脈血のグルコース値は母体血のそれとよく相関し,母体血のおよそ70〜80%の値を示す. これは胎児のグルコースがほとんど母体から由来し,胎盤での輸送が濃度勾配に依存した促進拡散によるためである.IUCR児が出生直後から低血糖を示すことはよく知られているが,実は子宮内ですでに低血糖が存在していることがPUBSデータからわかった(19).これは,IUGR児におけるグリコーゲンの貯蔵がきわめて低いためと考えられている.グルコース値は低酸素症の程度と相関し,胎内で低血糖を強く示すほど胎児の予後が悪い(未発表データ) (図77).乳酸やグルコースが胎児評価に直接用いられることは多くないが,もしこれらの値が軽度低酸素症の鋭敏なマーカーであれば,母体酸素療法の適応を決めるのに有用かもしれない.

胎盤機能不全による発育遅延の場合,それ以外の代謝異常も存在する. インスリン,グルコース濃度が減少するため血中トリグリセリド値が上昇する(20). トリグリセリド値の上昇は,脂肪の酸化の障害あるいは脂肪組織への取り込みの減少によるものかもしれない.母体酸素投与による胎児血中乳酸,グルコース, トリグリセリドへの影響はいまだよくわかっていない.胎児血pHはグルコース投与により減少することが観察されている.胎児への高カロリー栄養投与療法の可能性を示峻している.

 

 4. PUBSと従来からの非侵襲的胎児評価法の比較

a. ノンストレステスト(NST)

ノンストレステスト(nonstress test; NST)は,最も一般的に使われている非侵襲的胎児評価法である. IUGR 38例に対してPUBSを行った報告(21)では,胎児の低酸素血症,アシドーシスと胎児心拍数異常パターンには密接な関係が認められた.いわゆるリアクティブ(reactive)パターンをとる胎児では,発育遅延があっても,そのほとんどはPO2が正常範囲内にあった.NSTでは誤ってジストレスとされた妊娠中期の胎児にPUBSを施行することにより,不必要な医学的介入を防ぐことができたとする報告もなされている(22)(23).Donnerら(24)は,IUGR児のアシドーシス同定に関して,NSTの感度(sensitivity) 45%,陽性予知率(positive predictive value) 95%と報告しているが,問題はそのアシドーシスの定義であり,実際に彼らの報告ではpHが7.20以下の胎児は1例しか存在しなかった.

b. Biophysical profile (BPP)

Manningらの報告(25)によると,biophysical profile score (BPS) と騰帯静脈血pHとの間に密接な関係を認めた.BPS 8点以上の正常では胎児アシドーシス(pH 7.25以下)を完全に除外できた.BPS 4点以下の場合のアシドーシスの感度は100%,陽性予知率は41%であった.24例のIUGR児に対する同様の研究(26)では,BPSと胎児のアシドーシスとの密接な関連が示されている.BPSが5点以下では50%に酸血症(acidemia)が存在した.

c. 超音波ドプラ血流速度波形計測

Weiner (27)は,妊娠25週以降で勝帯動脈血流速度波形のS/D比(systolic/diastolic ratio)が3.5以上を示す場合,S/D比と臍帯静脈血PO2が強い相関をもつことを報告した.また,臍帯動脈血流で拡張期途絶を示す症例は,高率で低酸素血症とアシドーシスを呈していることが知られている(24)(28).臍帯動脈血流速度波形のS/D比やPI (pulsatililty index)値の増大は胎盤でのガス交換の低下を示し,拡張期血流の途絶は低酸素症,アシドーシスの顕在化を意味するといえる.

 

 5. PUBSによる胎児評価の適応と限界

a. 適応

出生体亜の10パーセンタイル以下をlight-for-dates児とする第10版国際疾病分類(ICD 10)の定義に従うと,胎児10人に1人は発育遅延ということになる.そのなかの約半分は胎盤機能不全や母体胎児疾患など実際に何らかの原因により発育が阻害されているのに対し,残りの半分は家族的・体質的素因から平均より小柄だがその児としては正常範囲内の胎内発育といえるものである. もしIUGRの診断が正確に行われるのなら,発育遅延胎児はすべてPUBSの適応となるかといえば,答えは否である.奇形を伴わず,妊娠後期から発症する発育遅延においては, PUBSによって重要な臨床的情報が得られるとは考えられない.これらの多くはasymmclrical IUGRであり,いわゆる胎盤機能不全によって生じるものである.仮に1〜2週間早く妊娠35〜36週で出生したとしても,児にとってはPUBSを受けるよりリスクは小さいと考えられる.

すなわちPUBSの適応は,発育遅延がきわめて重症であったり妊娠32週以前の早期から認められたりするか,あるいはsymmetrical IUGRの場合などと考えられる.正常発育の胎児からPUBSのリスクを回避するためには,胎児推定体重だけではなく,胎児腹囲を厳密に評価して平均の5パーセンタイル以下のみをPUBSの適応とすることも必要である.IUGRの原因としては,染色体異常(約20%),先天感染(約10%),胎児の系統的疾患(約1%)などがあり,胎盤機能不全により生じるものは全体の70%程度である.

胎盤機能不全によって胎児が慢性低酸素に陥っているときは,母体に高濃度酸素吸入療法を行うことがある(29).酸素投与により胎児の酸素化(oxygenation)が改善し,胎盤血管抵抗の減少と胎児中大脳助脈の血管抵抗の上昇が起こることは知られている.高濃度酸素投与が胎盤機能不全を合併した妊婦の妊娠期間を延長させる効果があるかについてはまだ証明されていないが,子宮外での生存がいまだ厳しい時期の未熟な胎児には試みる価価はあるだろう.ただし,酸素投与を中止した直後に胎児の状態が逆に悪化することがあるので,注意が必要である.

PUBSによる胎児血液ガスの測定のもうひとつの適応となるかもしれないのは,FHRモニタリングにおいて非常に解釈の難しいパターンが生じたときである.たとえばShahら (22)は,妊娠24週で基線細変動の消失と遅発一過性徐脈が生じた例や,妊娠27週で変動一過性徐脈と遅発一過性徐脈が頻発する例を取り上げて報告した. もしPUBSによって胎児のアシドーシスが碓認されれば急速遂娩の適応となる.ただし,PUBSというのは継続する事象におけるただ一点での状態評価であるため,一般的にいってPUBSが適応となるかは難しい.アシドーシスが進行する場合ではモニターに必ず変化が起こってくるはずである. また仮にpHが正常であることがわかっても,その事実は子宮収縮時における胎児低酸素症を否定するものではなく,子宮収縮が続くとともにアシドーシスに進んでいくかもしれない.

この場合,PUBSの代わりに2つの方法が考えられる.ひとつは母体にマスクで酸素投与を行うことである.酸素投与により遅発一過性徐脈が消失したが,酸素投与を中断すると再度出現する場合は,明らかにこの徐脈は胎児低酸素症を意味している. もうひとつの方法は,FHRモニタリングの所見が明らかになるまでそのままモニタリングを継続することである.

b. 問題点

PUBSによる臍帯血ガスの測定の長所は,何よりも最も正確な胎児評価だということであるが,一般的な検査法として普及しているとはいえない.手技的にある程度の修練を要するとか,採血に時間と手間がかかるなどの理由もあるが,最大の理由として医学法律的(medicolegal)な配慮が存在すると考えられる.PUBSが原因とされる胎児死亡は約1%である. PUBSの最も一般的な適応は胎児染色体異常の迅速診断と胎児溶血性疾患時の胎児状態評価であるが, この場合胎児が不治の異常であったり,疾患のリスクがきわめて高い可能性があり,正確な情報を与えてくれるPUBSが適応となる理由は十分にある. しかし,胎児血液ガスおよび酸塩基平衡評価のためのPUBSにおいては,FHRモニタリングや超音波ドプラ法などの代替的評価法が存在している以上,その施行にあたっては十分な考慮が必要となる.

出生時の臍帯動脈血pHとPO2が新生児の状態を評価する最も優れた指標であることはすでに広く受け入れられているが, もし出生前のPUBSにより胎児の低酸素血症やアシドーシスが同定され,早期の遂娩がなされることになれば,児の予後は改善可能であろうか. そのためには,PUBSによる一点の評価が児の正しい状態を反映しているか,非侵襲的なFHRモニタリングや臍帯動脈ドプラ血流速度波形評価ではわからない低酸素症,アシドーシスが存在するか,PUBSによる副作用を超えるメリットが存在するか,などの問題点を検討する必要がある.

PUBSにより得られた値はきわめて正確ではあるが, その結果が示すのは胎児状態のある一点であり,継続的な変化を表現しているわけではない.穿刺操作そのものによる子宮収縮が胎児血液ガス値に影響を与える可能性もある.何回か続けてPUBSを行うことができれば正確な状態評価と予後予測が可能になるのかもしれないが,侵襲的検査であるために難しい.

NST,超音波ドプラ血流速度波形計測,BPPといった非侵襲的検査法との比較ではどうだろうか.PUBSが一般に普及し,胎児から直接血液ガスやpHなどの信頼できる情報を得ることができるようになって,ある意味では皮肉なことに従来の非侵襲的な胎児評価法の有効性が確かめられることにもなった.たとえばPUBSのデータにより,既存のNSTや超音波ドプラ血流速度波形計測,BPPなどによる胎児低酸素症やアシドーシスの診断や重症度判定の正確さが検証されたという面がある.その結果,侵襲的なPUBSによる血液ガスやpHの直接測定の意義が揺らいできたのも事実である(30)(31).

Nicoliniら(32)の臍帯動脈血流拡張期途絶症例に対するPUBS施行例の検討によると,途絶のない症例に比べて有意に低酸素血症,アシドーシスを呈していたが,拡張期途絶例のなかでの予後良好群と予後不良群との間には血液ガス,酸塩基平衡の値に差はなかった.すなわちPUBSによる胎児血評価は,予後判定と遂娩決定に関して臨床的意義は低いと結論している.

しかし別な視点からPUBSによる胎児評価の意義を認めているDonnerらの研究(24)もある.それによると,従来の非侵襲的胎児評価法で異常所見を示さないにもかかわらず,PUBSによって低酸素血症やアシドーシスを認めたIUGR児が16%に存在したという.彼らの結論では,1回のPUBSでpHとPO2を測定することにより,NSTや超音波ドプラ血流速度波形計測などで異常所見を呈した例を予後良好と予後不良の2群に分類することができた.すなわち,IUGR児でも非侵襲的評価法とPUBSの両方で正常であるならば,それは何の病的な意義をもたない正常胎児と扱ってよいというものである.

IUGR児を早期に娩出するかどうかは,一般的には依然として妊娠週数,推定体重,非侵襲的評価法などを勘案して行われている.残念ながら現在のところ,PUBSによって胎児の直接評価を行うことにより周産期予後を改善できたという報告はない.しかしPUBSに用いた胎児評価の有用性を検討するためには,そのエンドポイントに何をおくかが重要となる.周産期の生命予後にとどまらず出生後の神経学的予後まで視野を広げた場合,胎内で長期間低酸素環境に曝露されているよりも子宮外で集中治療を受けたほうがよい場合も十分に考えられるであろう.

上記に述べてきたようなPUBSの限界とその副作用が知られるようになると,IUGR児に対するルーチンなPUBS施行については疑問視もされるようになってきた.IUGRにおいては一般に染色体異常の頻度は10%以下である.従来からの非侵襲的検査はかなり正確に胎児アシドーシスの有無を判定できるので,PUBSによる酸塩基平衡の直接評価のメリットはそのリスクを上回らなければならない.今日では,IUGR児に対するPUBSの施行は,染色体異常児に対する不必要な帝王切開を避けるために主として行われるといってもよい.

 

 おわりに

PUBSによって,いまだ未熟な胎児に関しても子宮内で血液ガスを測定することができるようになり,多くの興味深い生理学的知見が知られるようになった. しかし残念ながら,IUGR児の管理におけるPUBSの有用性についてはいまだ疑問符が付けられている.それは,PUBSがある一点での胎児評価にすぎないことと侵襲的操作に伴う危険性の2つの理由から,従来からの非侵襲的胎児評価を超えるものではないと位置づけられているからである.

もし,従来からの非侵襲的な胎児モニタリングでは正常にもかかわらず,胎児に軽度の低酸素血症やアシドーシスが存在していたとすれば,それは胎児にとって深刻な問題を意味するのだろうか. NSTやBPPなどは結局のところ胎児の中枢神経系機能を反映していると考えられるので,臍帯での血液ガス値よりは, もしかすると重要な所見かもしれない. しかし, もしNSTやBPPが正常なときでも,低酸素血症が胎児中枢神経系に何らかのダメージを及ぼすのであれば,PUBSによる血液ガス評価は大きな意味をもつことになる. また重度のIUGR児に対して,NSTや超音波ドプラ血流速度波形計測に何らかの所見が出現するまで従来どおりに経過観察している間に,神経学的障害が徐々に進行していることが証明されれば,PUBSによる血液ガス評価はこの場合もやはり臨床的に重要な役割をもつ.その可能性は十分考えられる.

 

 文 献

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