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石山寺から瀬田唐橋へ

石山寺から瀬田唐橋へ

                                (2015年10月10日 室月 淳)

研究会のあとに、滋賀県大津の石山寺によりました.瀬田川をわたる十月の風が心地よくて,石山寺駅を降りてから続く一キロ以上の参道も気になりませんでした.

寺名の由来となった珪灰石の岩山に広がる伽藍をゆっくりと歩き回りました.本堂の拝観では,20代の若夫婦が安産祈願の祈祷を受けている横を,そっと足音を忍ばせて通りぬけました.

こういうのもいいなあ.開業したら僧侶の資格もとって,両親学級のサービスとしてやってみようかなあ,と思いつつ厨子の閉じた扉の向こうの本尊に手を合わせました.本尊は勅令により秘仏となっていて,33年に一度の開帳だそうですが,それがちょうど来年にあたります.さっそく来年の出張の予定を確認いたしました.

いちばん気に入ったのはこの多宝塔でした.安定感のある姿が心地よい.半球の第二層部分が第一層のなかに落ち込んでいて,多宝塔にしばしば感じる作為のある無理な構造という印象がまったくないのが気に入りました.なかの如来像は快慶作といわれています.

石山寺拝観のあと,瀬戸川の川辺の道をくだって,瀬戸唐橋まで30分ほど歩きました.

瀬戸唐橋は,地政学的にいうと東国から畿内にはいる要衝にあたり,日本史を左右する数々の戦いの舞台となったところです.壬申の乱,恵美押勝の乱,源平合戦,承久の乱,南北朝の戦い,本能寺の変〜天王山の戦いなどなど.京側の軍勢は瀬田川を最終防御線として,橋桁をおとしたり,橋そのものを焼きはらって相手の侵攻を阻止しようとするのですが,ほとんどのいくさでは守備側の敗北でおわっているのは興味深いといえます.

「コウノドリ」の話題で世間は盛り上がっていますが,おなじ「モーニング」に連載されている「ジパング 深蒼海流」が最近佳境にはいってきていておもしろい.歴史上あまり人気のない源頼朝を主人公とした歴史マンガです.前篇にあたる「ジパング」は,自衛隊の最新イージス艦が太平洋戦争の真っただ中にタイムワープするという,荒唐無稽でありながら最近よくありがちなパターンのストーリーのマンガであり,個人的にはあまり好きになれなかったのですが,この「ジパング 深蒼海流」は比較的史実にそった展開となっていて好感がもてます.そこにもこの瀬田唐橋のシーンが描かれていました.

「平家物語」のなかの「木曽殿最期」のくだりは比較的よく知られていて,わたしも高校時代に講談社文庫で原文で読んで覚えています.古典を読むことなどあまりなかったのでその記憶は鮮明です.源義仲の乳母子の今井兼平がわずか500騎の少勢で,源範頼率いる三万騎もの大軍をこの場所にくぎづけにして瀬戸川を渡らせませんでした.源義経の搦め手勢がおおきく迂回して宇治川をわたって京にはいったため,兼平は手勢をまとめて敗軍の義仲と合流せざるを得なくなり,そのあと最期の粟津の戦いにのぞむことになります.

川岸におりて水量を確かめてみましたが,意外に流れがはやく川底も深そうで,騎馬による渡河はやはり難しいのではないかと感じました.瀬戸唐橋はその長い歴史になんどもなんどもかけ直されて,いまはコンクリートの橋となってそのうえに国道をとおしています.いまも流れる橋のしたの清流を見おろしつづけて飽きることはありませんでした.

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カウンタ 1807 (2015年10月10日より)