靈蘭之室 茶餘酒後

   ……休息している閑な時間

経合の大概

(通行本の離合真邪論 全元起本には第二巻にも真邪論として重ねて出る)
 『太素』では「黄帝問於岐伯曰」で問答が始まるのが三度有る。大きく分けて三つの段落ということだろう。
 ものごとには法則というものが有る。人でいうならば、十二経脈である。天地が温和であれば何ということも無いが、寒ければ血はしぶって流れず、暑ければ気はとりとめもなく溢れる。虚邪が入り込めば、河川に風が吹いたようなもので、経脈は動じて、寸口に至って時に大きく時に小さく現れる。三部九候にしたって、突然に変化が有れば、すみやかにその路を遏すべきである。この三部九候云々も、全元起本でともに第一巻に在る決死生篇との関連がおもしろい。
 さて、遏といえばつまり泻すべきなのだが、具体的にはどうするのか。患者の吸うのにあわせて鍼を入れ、気の動向とせめぎ合うことなく、静かにじっくりと留め、邪がのさばるのだけは押しとどめ、吸うにあわせて鍼を転じ(回転させ?)、気を得て(鍼尖に邪気を捉まえたと思ったら?)、患者の呼くにあわせて、ゆっくりと鍼を引き抜く。
 実際には、不足で補うべきときも有る。どうするか。そのところを揉んだり、推したり、弾いたりして気をはげまし、そのうえで患者が呼くのが終わるのにあわせて鍼を入れ、静かにじっくりと留め、気長に気が集まってくるのを待つ。奪うときよりもなおさら、気が集まるのは術者の思惑通りにはいかない。それを「如待所貴」と表現している。十分に集まったとみたら、患者が吸うのを候って鍼を引き、気が漏れないようにその門を閉じる。
 そもそも邪気は最初には絡に在ると考えている。それが絡を去って経に入り、やがて血脈中にやどる。その血脈が波立っている、でも邪が定着してしまったわけではない。そうなる前に、止めて取り去る。出会い頭に衝突するなどということは避けるべきである。これを「其来不可逢」という。邪気の動向をつかみそこねて、邪気をほしいままに暴れさせては真気が脱してしまう。そんなことにあわてるのを、「其往不可追」という。その他にも「不可掛以髮」とか「扣之不発」などとも言う。これらは、『霊枢』九針十二原篇に出る詞である。この篇との関係は興味深い。
 改めて補寫とは何かと問われては、邪を攻めると答えている。すみやかに盛血を取り去ってやれば、真気は自ずと回復する。邪というものは新たに客したものであるから、固居するまえに処理すべきなのである。補寫の概念が、現在の教科書的な説明と異なるように思う。第一段の呼吸に合わせて刺抜のが、どうして補瀉でありうるのか。おそらくは、瀉は術者が積極的に奪いにいくべきである。だから、多少の痛みはやむを得ない。だが、補は患者の真気が満ちてくるのを待つべきで、痛みがあってはままならぬ。だから、患者が痛みを感じるのを極度におそれる。
 さらに真と邪が合っても、格別の騒ぎになっていないものは、どう候うのかと問われて、三部九候の盛虚を揉んだり撫でたりしてみると答えている。微妙なものであるから、左右上下と比べて判断する。ここに「地以候地,天以候天,人以候人」と言うのも、三部九候診が、もともとは体表でその下に在る器官の状況を診る方法であった傍証にはなると思う。

ぶれいもの!

「知恵を出したところは助け、知恵を出さないやつは助けない。」何を偉そうに。そりゃ無礼でしょう。
「呼ばれて入ったら、3、4分出てこなかったから怒った。」そりゃ無礼ですなあ。「お客さんが来るときは自分が入ってから呼べ。」ごもっともで。でも、あんたもガキじゃないんだから、語気をコントロールできなんだったら、引退した方がいい。

復興担当が、破壊活動を、派手にやらかしたのは、間違いない。

レッテルのはりかえ

防災のつもりだったけど、現に起こってしまったんだから、復興というわけですか。まあ、防災のほうも続けるらしいけど。

寸口の脈だけを診て、病の所在部位を知る?

一カ所だけの脈を診て、分かることは、全身的な意味で、病情は如何に、であろう。
寸口という一カ所の脈を診て、病は何処に在るのか、を知ろうとすれば、別の工夫が必要となる。
一つには、『素問』三部九候論(ただし、原形と思われる頭に三カ所、臍以上に三カ所、臍以下に各三カ所の脈診部位を想定するもの、それの臍以上と臍以下)を、腕関節部に持ってきて(少し調整して)、いわばミニチュア版の三部九候診を試みることがある。大雑把に言えば、耳の針で、耳殻に全身を投影した図が有るでしょう、まあ、あんな感じです。
もう一つには、手首のどこかを陰陽の境界線と想定して、そのどちら側に問題が在りそうかを診て、そこから陰陽論的に問題の所在を割り出すことを試みる。
現代日本の、所謂六部定位脈診は、左右の寸関尺に五蔵を配置し、そのうえで五行の相克関係から、虚している蔵を割り出そうとしている。上の二つの行き方の、どちらの正嫡なんだろう。

7月の読書会

7月は,久しぶりの第二日曜です。

 7月10日(日)午後1時~5時
場所はいつものところの 二階の多目的室 です。

宣明五気の大概

(通行本の宣明五気篇と血気形志篇)
 宣明五気篇の分は、これはもう五行の色代表である。
 ただ、五項目づつ挙げていても、むしろ陰陽によるものと考えられるものも有る。陰病は骨に発し、陽病は血に発する。陽病は冬に発し、陰病は夏に発する。(陰病は肉に発するの項は疑問。)邪が陽に入れば狂し、陰に入れば痹となる。邪が陽に入って搏すれば癲となり、邪が陰に入って搏すれば瘖となる。陽が陰に入れば静、陰が陽に出れば怒である。春に秋のような脈であったり、夏に冬のような脈であったり、秋に春のような脈であったり、冬に夏のような脈であったりしては助からない。
 血気形志篇の方は、先ず三陰三陽の血気の多少を言い、陰と陽のいずれがそれぞれ表裏を為すかを言う。その表裏は別に常識と同じだから気にすることは無い。(表裏を言うときには手足を言う。多分、手に厥陰と言いたくなくて、心主と言うからだろう。)ただ、ここでも苦しいところが有れば、先ずその血を去って、その上で(気を)補瀉せよといっているのは面白い。また、何故だか少し間を置いて篇末に、三陰三陽を刺すについて、血気を出すとか出すべきでないとかの注意書きが有る。無論、多ければ出してかまわないし、少なければ出ないようにする。三陰三陽の血気の多少そのものの信頼性は分からない。
 次いで背兪の一法が有る。脊柱からどれだけ離れるかを言うために、両乳の間をはかって云々はどうでも良いが、上から左右に肺兪、下の左右に心兪、さらに下の左に肝兪、右に脾兪(『太素』では左右が逆?)、さらに下の左右に腎兪と言うのが面白い。左右に肝と脾を配するのと、現今の六部定位脈診で、関の左右に肝と脾を配するのは、何かしら関係するかも知れない。現在は多くが『霊枢』背腧篇のものによっているようだが、再考してみても良いかも知れない。

蔵気法時論の大概

(通行本で言うところの蔵気法時論 その前半)
 五蔵と関わる時と、経脈と、味を説く段が二つ、五蔵の病症と取るべき経脈を説く段が一つある。
 五蔵と四季との関係は、現在の常識と同じだから、別にどうということは無い。ただ、それを一日のうちにも置き換えて同じような関係が有ると言う。肝を例にすれば、第二段では、夏に愈、長夏に加(後のまとめの文に拠る)、秋に甚、冬に持(持ちこたえ)、春に起(好転、起床?)である。他の心・脾・肺・腎は、起に夏・長夏・秋・冬をあてて同様に順送りにする。春→夏→長夏→秋→冬を一日に置き換えれば、平旦(明け方)→日中→日昳(午後のやや日が傾いたころ)→下晡(夕方)→夜半となり、季節と同様な病情の変化を予想する。
 味の関係はややこしい。大胆すぎるという批判を覚悟して言えば、第二段の泻に用いるべき味、心の甘と脾の苦を入れ替えたい。そうすれば散を欲すれば辛、逆の収を欲すれば酸、軟を欲すれば鹹、逆の堅を欲すれば苦となる。脾に病が在ればいずれにせよ甘を食す。第一段も、鹹を食せば燥くとか、苦を食せば泄すとか、辛を食せば潤うとか、いずれも単純に効能を説くのであって、五行の相生・相剋を考えようとするのは錯覚かも知れない。肝は急を苦しみ、あるいは散を欲するが、ときには収の必要も考慮すべきである。心は緩を苦しみ、あるいは軟を欲するが、ときには堅の必要も考慮すべきである。脾は湿を苦しむ。肺は上逆を苦しみ、あるいは収を欲するが、ときには散の必要も考慮すべきである。腎は燥を苦しみ、あるいは堅を欲するが、ときには軟の必要も考慮すべきである。そして酸には収、苦には泄あるいは堅、甘には緩、辛には潤あるいは収、鹹には燥あるいは軟の効能が有る。
 第三段は、五蔵の病情と取るべき経脈の説明である。ただ、心の変病に郄中とか、脾病に太陰・陽明の他に少陰とか、肺病に太陰の他に足太陽の外にして厥陰の内とかを指示するのが面白い。そもそも『霊枢』経脈篇の是動病でさえ、冠したのとは異なる蔵に冠する症状が登場することが有る。心すべきであろう。

呪い師

針術の、古典的な仕組みを知らずに治療しているとしたら、それは呪いとさして違わない。
あるいは、古典的な仕組みを気にせずに治療しているとしたら、それは呪いとさして違わない。
努力する目標は、より良く効く呪い師になることである。

良く効く呪い師に、存在意義が無い、などとは言わない。
患者にとっては、最終的には、効けば良い。
(本当か?本当の本当の最終は、そうはいかないかも知れない。)

でも、呪い師には、絶対になりたくないという、頑なものはいる。
あるいは、少なくとも自分流の呪いでなくては嫌だ、という不器用者も。
どうするか?古典を紐解いて、自分なりの虚構を構築するしかない。
これは苦しい、報われるわけが無い。(あるいは、わずかにある?)
苦しみを、少しでも紛らわすためにはどうするか。
たまに、自分以外を、この!呪い師めが!!と罵倒してみる。

良い呪い師になるには、古典なんぞに手を出さない方が、無事かも知れない。
努力するのは、より良く効く呪い師になるために、である。
あるいはまた、自分の呪いに疑いを抱く呪い師の呪いが、効くだろうか?

より良い治療家になるには、古典に手を出さない、というわけにはいかない、とは思いたい。

欲以微針通其経脉

『霊枢』の成立は何時か。
それは、何をもって成立と見なすかによる。
私としては、毒薬と砭石を拒否し、微針でもって経脈を通ずれば、ありとあらゆる病を癒やすことができる、と宣言した時だと思う。
つまり、現在のように『霊枢』を構成しなおした時である。
上記の宣言は、九針十二原篇第一の冒頭に見える。そのように手を加えた。
少し丁寧に読めば、九針十二原篇が一枚岩でないことは分かる。
そのうち、九針でも十二原でもない部分が、本当に言いたかったところだろう。
九針とか十二原とかの部分は、古い文献の再利用かも知れない。
そういう意味でなら、『霊枢』の成立は、うんと古いかも知れない。
微針でもって経脈を通ずれば、ありとあらゆる病は癒える。どうしてそんなことが可能であるかはさておいて、できるはずだと宣言する。
人体のすべてを管理するものとして、五蔵というものを想定する。そして、五蔵の不調は原穴で調えることができる。
五蔵と原穴をつなぐものは必要だが、宣言が真実ならば、もうそれだけで充分なはず。
実際には、どっこい、そうはいかない、だから本輸のセットを考え出す、管理の他にエネルギー問題も有る、だから六府と合穴を考え出す。
「必ず治す!」と宣言して、その舌の根が乾かぬうちに「治せざれば」と続ける世界である。
九針十二原篇の十二原は遠隔操作である。九針はそうではない。他の篇で、次第にそうなりはするが。だから、九針十二原篇が一枚岩でない。
宣言を言い換えれば、『霊枢』が目指す針治療は、遠隔操作である。でも、『霊枢』に書かれている針治療の全てがそうだというわけではない。
だから、おもしろい、けど、困ったね。

厳三点

佐藤春夫訳の『平妖伝』の第四回に,厳本仁なる名医が登場するけれど,いや,噴飯ものです。
訳文:益州に一人の名医が居った。姓を厳,名を本仁といい,有名な厳君平の後裔であった。彼の診察は人とちがい,三木の指頭で打点すれば直ちに病源を知り,その与える薬で癒らぬものはなかった。そこで一つの渾名が伝わり厳三点と呼ばれたのである。
原文:話説益州有箇名醫姓嚴名本仁乃嚴君平之後裔他看脉與人不同用三箇指頭畧點着便知病源所之藥無有不愈故此傳出一箇渾名叫做嚴三點(国会図書館蔵の清版に拠る)

「三木」が「三本」の間違いというわけじゃないんですよ,わざわざ「木」に「もく」とルビが有るんだから。それはまあ,文庫に入れるに際しての編集ミスの可能性も無くは無いけれど,下文にも「寸関尺(脛脈の部位)の三支脈の上を一点し」云々とやっているんだから,訳者が無罪というわけにはいかないと思うよ。示教と助力の「畏友増田渉君」もね。
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