手術紹介

悪性脳腫瘍の治療の詳細

  1. 治療実績
  2. 悪性脳実質性腫瘍(神経膠腫,リンパ腫等)に対する手術
  3. 放射線治療
  4. テモゾロミド(TMZ)療法
  5. 悪性星細胞腫系神経膠腫に対する化学放射線治療の多施設共同臨床試験
  6. 再発悪性神経膠腫に対する次ライン化学療法
    (1) ベバシズマブ(bevacizumab)療法
    (2) ACNU単独療法
    (3) 低用量ICE療法
    (4) 用量強化テモゾロミド療法(Dose-dense TMZ療法)
  7. 中枢神経系悪性リンパ腫に対する治療方針
  8. 放射線壊死に対するベバシズマブ治療の臨床試験
  9. 頭蓋内胚細胞腫瘍に対する臨床試験

1.治療実績

2011年内に杏林大学附属病院脳神経外科で治療した原発性悪性脳腫瘍症例の治療実績は以下の通りです(即ち、髄膜腫・下垂体腺腫などの良性脳腫瘍や、転移性脳腫瘍の症例は除外されています)。全体的には2000年以降継続している診療数の増加傾向が依然2011年でも認められています。

全診療症例は232例で,前年から16症例増加しました。実治療症例数も117例と2010年に引き続き、年間100例の大台に乗る治療数となり、6年前からの倍増状態が継続しています。新規治療症例は71例と、2007年から2010年までの50弱の症例数での推移から一気に増加しました。特に、最も治療困難な膠芽腫症例が前年の39症例から48症例に増加し、更に新規症例が30例とほぼ倍増しています。神経膠腫の継続症例も含めた診療症例数は160例、治療症例は85例、新規の治療症例は52例でした。また、中枢神経系原発悪性リンパ腫(PCNSL)症例も診療数32例、実治療例19例、新規症例数12例も過去最多を記録しています。

手術症例は48例で前年とほぼ同数でした。

放射線治療例は症例数が56例と増加し、分割照射が48例、定位放射線治療例が12例でした。再発後のsalvage治療として定位放射線治療 (SRT)を主としてサイバーナイフにより行った症例が2011年も比較的多い傾向が継続しています。現在、サイバーナイフ治療は、連携する都内の病院に御依頼し、施行して頂いています。

化学療法施行例は86症例と、前年数とほぼ横ばいでした。総延べ化学療法施行回数は451サイクルでした。主として、悪性神経膠腫に対する標準治療薬であるテモゾロミド(TMZ)治療が多くなっています。現在進行中(登録はこの1月で終了しました)であるJCOG 0911臨床試験(INTEGRA)の試験治療群であるインターフェロン(IFN)群の症例において、IFN投与が2011年には含まれました。またACNU単独療法をTMZ治療後の再発などの症例に施行する機会が増えています。その理由は、欧米における再発膠芽腫に対する第III相比較臨床試験において、ロムスチン(CCNU)が試験治療薬(分子標的治療薬)に対してむしろ良好な治療結果を示したことに起因しています。ベバシズマブ(bevacizumab)症例数はほぼ前年と同数でしたが、治験(再発悪性神経膠腫に対する国内治験と初発膠芽腫に対する国際治験:AVAglio試験)がほぼ終了したことにより、総投与回数は前年よりやや減少しました。しかし、12症例に計83サイクルの治療を行っており、依然再発時における主たる治療オプションとなっています(保険適応になっていないため、自費診療で行っています)。

2011年の特徴として、PCNSLに対し、大量メソトレキセート(HD-MTX)療法とその後の全脳照射後に地固め療法として、また、再発時にHD-MTX療法の不応の際に、大量シタラビン(HD-AraC)療法を導入したことです。これは、欧米の(IELSG)臨床試験結果に基づく治療戦略で、HD-MTXに次いでPCNSLに対してactiveな薬剤であると報告されたAraCを使用したレジメンです。初発例における地固め療法では、その後の再発はまだ認めていません。再発時のsalvage療法としてのHD-AraC療法は半数以上で奏効が認められ、有効な治療レジメンと考えています。今後は、初発時にHD-MTXと併用するレジメンを当科でも導入することを検討中です。

再発悪性脳腫瘍、特に小児系悪性脳腫瘍である髄芽腫や上衣腫の再発時に、経口エトポシド療法を施行しましたが、髄芽腫では良好な維持ができている症例を経験しています。また成人毛様細胞性星細胞腫再発例に対しても、腫瘍の縮小効果が見られています。

現在、永根基雄准教授をheadとする悪性脳腫瘍の治療を担当する腫瘍チームは、小林啓一助教を中心に、田中雅樹助教、及び研修医の3名で担当しています。

2.悪性脳実質性腫瘍(神経膠腫,リンパ腫等)に対する手術

近年確立してきた多機能手術システム、すなわち、術中神経モニタリング(大脳皮質刺激及び白質刺激による運動誘発電位MEPを中心とし、体性感覚誘発電位SEP, 聴性脳幹反射ABRなども含め)、5-アミノレブリン酸(5-ALA)を用いた術中腫瘍蛍光診断(Photodynamic diagnosis; PDD)(治験も行いました)、ナビゲーション手術、言語領同定のための覚醒下手術などを用いた集学的な手術システムをコメディカル・スタッフとともにルーチンに施行しており、小林助教・田中助教を中心に脳実質内浸潤性腫瘍の可及的摘出を行っています。神経膠腫手術における腫瘍摘出率の向上がみられ、中央値で98%と高い水準を獲得しています。

術前に核医学検査であるメチオニンPETを積極的に施行し(都内の外来PETセンターに依頼)、ナビゲーション画像に錐体路の投影とともにPET陽性領域を同期する画像処理法を導入し、手術時の画像アシストを多機能的に行うことが可能となりました(丸山助教)。その結果、錐体路近傍の腫瘍摘出も積極的に行うことが増えてきています。

摘出の困難な深部やeloquent areaに局在、あるいはびまん性に進展する神経膠腫、また高齢者で長時間の手術の適応がない症例、及びPCNSLが疑われる症例では、レクセル・フレームを用いた定位生検を行っています(丸山助教、小林助教、田中助教)。脳幹内に局在する腫瘍などに対する組織確定も積極的に検討しています。

3.放射線治療

2011年も従来通り悪性脳腫瘍に対する放射線治療は,原則術後局所分割照射を施行しています(放射線治療部)。分割照射の治療例数は、おおよそ例年通りで48例でした。照射線量は悪性神経膠腫に対して60グレイ(Gy)/30回分割を原則とし、75歳以上の高齢者症例では,40Gy/15回分割の低分割照射法を本年も施行しました。

再発悪性神経膠腫に対しては、TMZ治療後の2次治療法の有効性・持続性に限界があり、再手術が困難な症例に対しては腫瘍の局所コントロールを目的に追加照射を行っています。その際は、殆どの場合、追加照射による放射線性脳障害のリスクを軽減する目的も併せ、多分割による定位放射線治療 (SRT)をサイバーナイフにより施行しました。当院にはサイバーナイフは装備されていないため、現在主として日本赤十字医療センターに委託し、外来あるいは入院にて照射治療を行っていただいています。

中枢神経系原発悪性神経膠腫(PCNSL)に対しては、標準治療のHD-MTX療法後に全脳照射を施行しており、通常、全脳30Gy + 局所10~16Gyの計腫瘍部40~46Gyの照射としています。初期治療のHD-MTX療法が著効を呈する症例では照射線量の減量を試みており、HD-MTX療法6サイクル後に全脳照射24Gyに留めた治療を行っています。

転移性脳腫瘍に対しては、JCOG 0504臨床試験を現在も施行中であり、全脳照射あるいは,定位放射線手術(SRS)を当院ライナックを使用して施行しています(永山医師,丸山助教)。試験の非該当症例においても、適応のあると判断される症例ではSRSを施行していますが、当院でのSRSは治療可能日が限定されることなどの問題があり、ガンマナイフの専門施設に依頼し、治療する症例もあります。

4.テモゾロミド(TMZ)療法

TMZは膠芽腫に対する標準治療薬として世界的に汎用されていますが、当院においても、2003年9月以降TMZ療法を導入し、現在膠芽腫(GBM)及びグレードIII退形成性神経膠腫に対する初期治療にて術後放射線照射+TMZ療法を主として実施しています。また、予後不良因子をもつグレードIIの神経膠腫に対しても、個別化化学療法として施行する場合もあります。

2011年のTMZ治療症例数は計54名でした。初発の放射線治療との併用治療数は増加し、過去最多の32例に施行されました。総治療回数は計235サイクル施行されています。前年までと同様、維持並びに再発時のTMZ単独療法は原則外来診療下で施行しており,永根外来(通常及び脳腫瘍化学療法外来)で投薬し、各サイクルでプロトコールによる投薬量の確認と化学療法の同意書作成、薬剤部とダブルチェックした上で、安全確実に実施しています。

5.悪性星細胞腫系神経膠腫に対する化学放射線治療の多施設共同臨床試験

厚生労働省研究班:悪性脳腫瘍の標準的治療法の確立に関する研究(渋井班)における班研究として,Japan Clinical Oncology Group (JCOG)脳腫瘍グループに属し、多施設共同臨床試験を計画しています。名古屋大学が中心となった初発膠芽腫に対するINTEGRA study(JCOG 0911)を行っておりましたが、2012年1月をもって登録終了いたしました。当院からも多数の患者さんに参加して頂きました。

また,グレードIII退形成性神経膠腫に対しても,TMZを用いた臨床試験(東京女子医科大学が中心)をJCOG脳腫瘍グループで行う予定です。

6.再発悪性神経膠腫に対する次ライン化学療法

(1) ベバシズマブ(bevacizumab)療法

悪性腫瘍における腫瘍血管新生の主役を担う血管内皮細胞に対する成長因子は血管内皮増殖因子(VEGF)であり,膠芽腫ではVEGFの発現量が他臓器癌と比較しても著明に高値であることが知られています。そのため、VEGFを阻害する血管新生阻害治療の有効性が期待されていました。このVEGFに対し米国で最初に開発承認された抗VEGFモノクローナル抗体であるベバシズマブは、再発膠芽腫に対し極めて良好な治療成績が報告され、現在世界中にて初発・再発膠芽腫などに他剤との併用を含めた臨床試験が数多く行われています。当院でも2009年に院内IRBでの承認を得て、TMZ治療後の再発悪性神経膠腫に対し、自費診療下での治療を御同意された場合に行っています。

(2) ACNU単独療法

欧米における再発膠芽腫に対する大規模な第III相臨床試験において、対照アームとしてニトロソウレア剤のCCNUが使用され、試験治療群より良好、あるいは劣らぬ治療成績が報告されました(REGAL試験、Enzastaurin試験など)。その結果を基に、現在欧州を中心として再発膠芽腫に対する臨床試験の対照治療法はニトロソウレアを推奨する意見があります。このような観点より、当科ではTMZ治療後の再発悪性神経膠腫、並びにTMZの有害事象によりTMZの継続が不可能となった症例において、積極的にACNU単独療法を導入しています。

(3) 低用量ICE療法

カルボプラチンなどのプラチナ製剤も再発膠芽腫の治療に使われてきました。カルボプラチンとエトポシドの併用療法(JET)や、更にイフォスファミドを加えたICE療法ですが、当院での治療経験では腫瘍の縮小や安定を得る効果に乏しい一方、高度な骨髄抑制がみられることもあり、現在は積極的には使用していません。

(4) 用量強化テモゾロミド療法(Dose-dense TMZ療法)

最も活性の高い治療薬であるTMZを増量する、あるいは長期に連用することで、標準的なTMZ投与法に耐性を示す腫瘍に対する有効性が報告されています。当院でもdose-dense TMZ療法は院内IRBにて承認されています。しかし、用法が保険適用外になるために自費治療が必要です。

7.中枢神経系悪性リンパ腫に対する治療方針

中枢神経系原発悪性リンパ腫(PCNSL)に対しては、手術が可能な症例では生検術を行い、組織学的に診断を確定後、大量メソトレキセート療法(HD-MTX)を行い、引き続き放射線治療を行うことを原則としています。HD-MTX療法が有効な場合は、最大6サイクルまで継続し、放射線治療を減量する場合もあります。照射終了後は、更に地固め療法として大量シタラビン療法(HD-AraC)を追加する方針としています。

現在,厚生労働省渋井班脳腫瘍グループにて、初発PCNSL症例に対する新規放射線化学療法の臨床試験(埼玉医科大学国際医療センターが中心)を計画中です。

8.放射線壊死に対するベバシズマブ治療の臨床試験

脳腫瘍に対する放射線治療、特に高エネルギー照射(定位放射線手術や治療など)後に経験されるところのある放射線壊死は、有効な治療法が未だ確立していません。最近抗VEGFモノクローナル抗体であるベバシズマブが、その病態制御に有効である可能性が示唆されました。それを受けて、大阪医大の宮武准教授を研究代表者として、多施設共同ベバシズマブの放射線壊死に対する治療効果を検証する臨床試験が開始されています。当科も高度医療評価制度による本治療に参加しています。

9.頭蓋内胚細胞腫瘍に対する臨床試験

埼玉医科大学国際医療センター脳脊髄腫瘍科 松谷先生を研究代表者とする全国規模のオープン参加による第II相試験:「初発の頭蓋内原発胚細胞腫に対する放射線・化学療法第U相臨床試験」に当科も参加しています。