[Synonyms: Hornstein-Knickenberg Syndrome]
Gene Reviews著者: Elke C Sattler, MD and Ortrud K Steinlein, MD.
日本語訳者: 入部康弘(横浜市立大学泌尿器科学)・古屋充子(ジェネティックラボ)
GeneReviews最終更新日: 2020.1.30 日本語訳最終更新日: 2022.9.19
疾患の特徴
Birt-Hogg-Dubé症候群(BHDS)の臨床的な特徴には皮膚症状(線維毛包腫、アクロコルドン、血管線維腫、口腔内丘疹、皮膚膠原腫、表皮嚢腫)、肺嚢胞/気胸歴、そして様々なタイプの腎腫瘍が含まれる。疾患の重症度は同一家系内でも患者により著しく異なりうる。皮膚病変は典型的には10代~30代に現れ、年齢とともにサイズも数も増加していくのが一般的である。肺嚢胞はしばしば両側性また多発性に生じる。大抵は無症候性だが、自然気胸を発症するリスクが高い。BHDS罹患者は腎腫瘍発症のリスクが健常人の7倍となっており、両側性、多巣性のこともある。腎腫瘍診断時年齢の中央値は48歳である。最も頻度の高い腎腫瘍はオンコサイトーマと嫌色素性腎細胞癌のハイブリッド腫瘍(いわゆるhybrid oncocytic chromophobe tumor: HOCT)と嫌色素性腎細胞癌である。家系によっては腎腫瘍と自然気胸の両方あるいはいずれかを発症するが、皮膚症状は発症しない場合もある。
診断・検査
BHDSの発端者の診断は大基準1つ(①顔面あるいは体幹の丘疹が5個以上存在し、うち少なくとも1個が組織学的に線維毛包腫と確認されている、②FLCNのヘテロ接合性病的バリアント)あるいは小基準2つ(①若年[50歳未満]発症の腎細胞癌、②多巣性/両側性腎細胞癌、③嫌色素性腎細胞癌とオンコサイトーマのハイブリッド腎腫瘍[HOCT]、④多発肺嚢胞[自然気胸歴の有無は問わない]、⑤第一度近親者にBHDS罹患者がいる)を満たしていることにより確定する。
臨床的マネジメント
症状の治療:
毛包腫/毛盤腫に対する外科的治療やレーザー焼灼は一時的な効果をもたらすが、病変はしばしば再発する。気胸に対しては一般的な治療を行う。腎腫瘍に対しては可能ならば腎部分切除が好ましいが、腫瘍のサイズと部位にもよる。
サーベイランス:
メラノーマのリスクを考慮し6~12ヶ月ごとに全身の皮膚の診察を行う(表5訳注参照)。1年毎に腹部/骨盤MRIで腎病変の評価を行う。MRIが撮影できない場合は腹部/骨盤造影CTを撮影するが、被曝累積による長期的影響はわかっていない。耳下腺腫瘍徴候の確認、甲状腺エコーを1年毎に施行することも検討する。40歳以前での結腸直腸癌罹患の家族歴のある人には40歳かそれより前から大腸内視鏡によるスクリーニングを開始する。
回避すべき薬剤や環境:
喫煙、高気圧、放射線被爆は避けるべきである。
リスクを有する血縁者の評価:
分子遺伝学的検査を行い、家系特異的な病的バリアントを有する家系員を早期に同定することは、より確実な診断につながり、またコストの高いスクリーニング検査を病的バリアントのない家系員に施行することも減らすことができる。
遺伝カウンセリング
BHDSは常染色体顕性(優性)遺伝形式をとる。BHDS罹患者の子どもは50%の確率で病的バリアントを受け継ぐ。発症している家系員の病的バリアントが同定されていれば、出生前診断や着床前遺伝学的検査が可能である(訳注:施行の可否は国や地域で異なる)。
臨床診断
European Birt-Hogg-Dubé consortiumが発表したBirt-Hogg-Dubé症候群の診断ガイドラインによると [Menko et al 2009]、大基準1つあるいは小基準2つが診断に必要である。注:新しい診断基準が提唱されており、そのなかではFLCNの病的バリアント同定がBHDS診断に必要とされている[Schmidt & Linehan 2015]。
示唆的な所見
BHDSは以下の大基準あるいは小基準のうちいずれかでもあれば疑われるべきである。
大基準
小基準
確定診断
BHDSの診断は発端者に以下が認められることによってなされる。
あるいは
分子遺伝学的検査のアプローチとして、表現型によってはターゲット遺伝子検査(単一遺伝子検査、パネル検査)と包括的ゲノム検査(エキソームシークエンシング、エキソームアレイ、ゲノムシークエンシング)を組み合わせることもありうる。
ターゲット遺伝子検査では、どの遺伝子が関与していそうかを臨床医が決めなければならないが、ゲノム検査ではその必要がない。BHDSの表現型が幅広いだけに、示唆的な所見(上記)で述べた特徴的所見がある場合はターゲット遺伝子検査(オプション1参照)がよいと思われるが、顔面の小丘疹と腎腫瘍のいずれかあるいは両方を伴うBHDS以外の遺伝性疾患と鑑別困難な場合は、ゲノム検査(オプション2参照)で診断するのがよいだろう。
オプション1
表現型の所見がBHDSを示唆する場合、分子遺伝学的検査のアプローチは単一遺伝子検査あるいは遺伝子パネル検査となる。
オプション2
顔面の小丘疹と腎腫瘍のいずれかあるいは両方を伴うBHDS以外の遺伝性疾患との鑑別が困難な場合は包括的ゲノム検査(どの遺伝子が関連していそうか、臨床医の判断不要)が最適オプションとなる。エクソーム解析が最も多く利用されている。ゲノムシークエンシングでもよい。
エクソームシークエンシングで診断がつかない場合、特に常染色体顕性(優性)遺伝であることを示す根拠がある場合には、シークエンス解析で検出できない(多)エクソン欠失/増幅を検出するために(臨床的に利用可能なら)エクソームアレイを使用することも考慮されよう。
包括的ゲノム検査の概略はこちらを参照。遺伝子検査をオーダーする臨床医のためのより詳細な情報はこちらを参照。
表1.Birt-Hogg-Dubé症候群に用いられる分子遺伝学的検査
遺伝子1 | 検査手法 | 当該手法による発端者の病原バリアントの同定率2 |
---|---|---|
FLCN | シークエンス解析3 | ~88%-96%4,5 |
特定の遺伝子をターゲットとした欠失/増幅解析6 | <8%4 | |
不明 | NA | ~4%4 |
臨床像
Birt-Hogg-Dubé症候群(BHDS)の臨床的特徴には線維毛包腫(特異的皮膚病変)、肺嚢胞/気胸の既往、様々な組織型の腎腫瘍が含まれる。疾患重症度は同一家系内、家系間で著しく異なりうる。
表2 Birt-Hogg-Dubé症候群の特に重要な特徴
特徴 | 頻度 | コメント |
---|---|---|
皮膚病変(例:線維毛包腫、アクロコルドン) | 84%1 | 20歳未満で発症することは通常ない。 |
肺嚢胞 | 70-85%2 | 嚢胞が出現し始める時期は不明。小児期に発症している可能性がある。 |
再発性自然気胸 | ~25%3 | |
腎細胞癌 | 19-35%4 | 組織型ごとの頻度:嫌色素性腎細胞癌(19例/49例)、淡明細胞型腎細胞癌(15例/49例)、HOCT(5例/49例)、乳頭状腎細胞癌(4例/49例5 |
皮膚病変
BHDS罹患者には通常、皮膚と同色だが白色あるいは黄色味がかった不明瞭な小丘疹が多発し、線維毛包腫として知られている。これらの非癌性皮膚病変は10代から30代にみられはじめる。最も高頻度の皮膚症状であり、40歳以上のBHDS罹患者の80%以上にみられる。初期段階では典型的には顔面中心部(鼻やその周辺)や耳介後部にみられる。しばしば年齢とともに徐々にサイズ、数、分布を増していき、顔面、頸部、体幹上部に拡がる。皮膚病変の発症が遅いことと皮膚表現型の軽さには関連傾向がある。女性のほうが男性に比べて病変が小さく少ない。発症年齢と症状の出方が多彩なため、しばしば、特に若者においては臨床診断としての有用性に限界がある。しかし、もしこの病変がみられたらBHDSの有力な手掛かりとなる。組織病理所見としては境界明瞭な線維化がみられ、箇所により毛包周囲線維腫(しばしば真皮毛包全体を置換)、線維毛包腫(指状に伸長)、毛盤腫(表皮下に位置し、大抵皮膚表面と並行)といわれる。
注:毛盤腫はかつて毛盤の腫瘍といわれていたが、現在では線維毛包腫の瘢痕化した遺残と考えられている [Tellechea et al 2015]。
そのほかの良性腫瘍としてアクロコルドン(スキンタグ)といわれるものがある[Toro et al 2008]。アクロコルドンは一般人口の25%にみられる頻度の高い皮膚病変であり、肥満や高齢でより多くみられる。アクロコルドンは典型的には頸部、腋窩や皮膚の大きなひだに存在する。血管線維腫もまたBHDSの患者で報告されているが、結節性硬化症の患者でより頻度が高い。BHDS罹患者は口腔内丘疹(頬粘膜、舌、歯肉、口唇)や皮膚コラゲノーマを発症することもありうる[Nadershahi et al 1997, Toro et al 1999]。BHDS罹患者の約14%に多発性表皮嚢胞がみられる[Kluger et al 2010]。
BHDSは多発線維形成性黒色腫(desmoplastic melanoma) [Lindor et al 2001, Khoo et al 2002, Welsch et al 2005, Toro et al 2008, Sempau et al 2010, Cocciolone et al 2010, Mota-Burgos et al 2013]、脈絡膜黒色腫[Fontcuberta et al 2011]を含む皮膚悪性黒色腫との関連が報告されている。ある研究では悪性黒色腫の発症は6%で、これは一般的な生涯罹患率である1.8-2.4%よりはるかに高い。BHDS罹患者が一般健常人と比べ黒色腫発症リスクが高くなるかは更なる研究が待たれる。(訳注:白人に対する研究。日本人で関連は指摘されていない。)
肺嚢胞と自然気胸
肺嚢胞は主に肺底部(胸膜下と肺内領域)に分布するもので、成人BHDS罹患者の80%以上にみられる。肺嚢胞総数は0から166まで幅がある(平均16)。不整形でサイズも幅がある(1.0-30mm)。肺嚢胞は通常肺の実質に埋没しており、(結節性硬化症でみられる)数増加や(嚢胞性線維症でみられる)炎症、(アミロイドーシスでみられる)沈着物はみられない。発症年齢の平均が女性30.2歳、男性38.4歳であるため、自然気胸はしばしばBHDS罹患者に生じる最初の症状である(発症年齢の範囲は13-69歳)。BHDS罹患者における単発/再発性気胸の頻度は22.5-38%とされている(訳注:日本人罹患者では73.7%)。ほとんどの罹患者にとって気胸リスクは成人し年齢を重ねるにつれ減少していく。これは、肺嚢胞の形成は主に若年成人に限定したプロセスということを示しているといえる。BHDS家系の健康な子供に胸部CTで肺嚢胞のスクリーニングを行うことは当然許容されない。したがって肺嚢胞が形成され始める年齢は不明である。
腎嚢胞・腎腫瘍
BHDS関連腎腫瘍は両側性、多巣性の傾向があるが、単発のことも珍しくない。生殖細胞系列におけるFLCNの病的バリアントを有する人の腎腫瘍頻度は19%から35%といわれている。この差は良性腎腫瘍を含めるか除外するかという点のみならず確認バイアスも反映しているかもしれない。診断時年齢中央値に性差はない(女性:54.5歳,範囲37-79歳;男性:57歳,範囲30-80歳)。発症時年齢の中央値は孤発性腎細胞癌(61.8歳)と比較し、かなり下回る[Furuya et al 2016, Sattler et al 2018b]。思春期の腎細胞癌発症例も報告がある[Schneider et al 2018]。
BHDSにおける腎腫瘍で最も典型的なのはオンコサイトーマと嫌色素性腎細胞癌のハイブリッド腫瘍、いわゆるhybrid oncocytic/chromophobe tumor (HOCT)である。これはBHDSにおける最も高頻度の癌とこれまで説明されてきたが、認識アーティファクトの可能性もある (訳注:HOCTと他のoncocytic tumorとの組織学的鑑別は曖昧)。次いで淡明細胞型腎細胞癌、オンコサイトーマが多い。それらに比べ乳頭状腎細胞癌は頻度が低い。両側性、多発性に腎腫瘍が生じた場合に組織型がそれぞれ異なることもしばしばある。
多巣性腎オンコサイトーシスは腫瘍周囲腎実質に顕微鏡的オンコサイトーマ様結節が多発する稀少な病理所見で、BHDS罹患者の50-58%に認められる[訳挿入: Pavlovich et al. 2002],[Kuroda et al 2014]。腎オンコサイトーシスが腎細胞癌の前駆病変を示しているのか良性病態かは未だ明らかではない (訳注:散発性オンコサイトーシスとは異なる)。
その他の所見
その他の腫瘍はBHDSでまれに報告されている[Tong et al 2018より改変]。
遺伝子型と表現型の関連
FLCNに関して遺伝子型と表現型の関連は確定していない。以下の関連は暫定的である。
浸透率
三主徴に関して、BHDSの浸透率はかなり高いと考えられている。生殖細胞系列にFLCN病的バリアントをヘテロで有する罹患者の90-95%はBHDS関連疾患を少なくとも一つ発症する。
病名
Hornstein-Knickenberg症候群とは、家族性に生じる多発性毛包周囲線維腫・有茎性線維腫のことであるが、これはBHDSのスペクトラムに入ると考えられている[Schulz & Hartschuh 1999]。HornsteinとKnickenberg[1975]が報告した発端者家系罹患者の1人には大腸ポリープもみられた。
頻度
様々な人種から400家系以上が報告されている。
本稿で紹介しているもの以外の表現型でFLCNの生殖細胞系列病的バリアントと関連を有するものはない。
他にBHDS症候がない散発性腫瘍(腎癌、大腸癌を含む)の場合、生殖細胞系列ではなく体細胞系列にFLCNバリアントが生じている例がありうる。計30の腎細胞癌検体と腎癌細胞株を調べたところ2種類のミスセンスバリアントが腎細胞癌1検体(p.Ala444Ser)と腎癌細胞1株(p.Ala238Val)で各々認められている[da Silva et al 2003]。体細胞系列におけるFLCNのエクソン11の(C)8モノヌクレオチドトラクトのフレームシフトバリアントが、マイクロサテライト不安定性を伴う散発性大腸癌の23%に認められた[Nahorski et al 2010]。これはFLCNの不活化が大腸における腫瘍形成に寄与している可能性を示唆している。FLCNの非フレームシフト欠失やヘテロ接合性消失が膵神経内分泌腫瘍で認められたという報告もある[Lawrence et al 2018]。こういった例では腫瘍形成の素因は遺伝性ではない。
表3.
Birt-Hogg-Dubé症候群と鑑別を要する遺伝子表現型 | 遺伝子 | 疾患 | 遺伝形式 | 鑑別の鍵となる特徴 |
---|---|---|---|---|
皮膚病変1 | CYLD2 | 多発性家族性毛包上皮腫(CYLD Cutaneous Syndrome参照) | 常染色体顕性 | 毛包上皮腫 |
MEN1 | 多発性内分泌腫瘍症 | 常染色体顕性 | 顔面血管線維腫、コラゲノーマ、脂肪腫 | |
PTEN | Cowden症候群(PTEN Hamartoma Tumor Syndrome参照) | 常染色体顕性 | 外毛根鞘腫、肢端角化症、乳頭腫様病変、粘膜病変 | |
肺嚢胞/気胸 | TSC1 TSC2 |
結節性硬化症 | 常染色体顕性 | 低色素斑、散在性小白斑、顔面血管線維腫、シャグリンパッチ、線維性頭部プラーク、爪周囲線維腫 肺リンパ脈管筋腫症(孤発あるいは結節性硬化症一徴候として生じることがある) |
FBN1 | Marfan症候群 | 常染色体顕性 | 肺、特に上葉のブラ形成、自然気胸背景となりうる | |
COL3A1 | 血管Ehlers-Danlos症候群 | 常染色体顕性(潜性) | 自然気胸は有意な初発症候かもしれない 血胸、血気胸、肺ブレブ、嚢胞性病変、出血性あるいは線維性結節もありうる |
|
SERPINA1 | α1アンチトリプシン欠乏症 | 常染色体潜性 | 慢性閉塞性肺疾患; COPD、ときに気管支拡張症 | |
CFTR | 嚢胞性線維症 | 常染色体潜性 | 進行性閉塞性肺疾患、ときに気管支拡張症 | |
腎癌3 | VHL | von Hippel-Lindau病 | 常染色体顕性 | 両側性/多巣性淡明細胞型腎細胞癌、中枢神経血管芽腫、網膜血管腫、褐色細胞腫、内リンパ嚢腫のリスク上昇 |
MET | 遺伝性乳頭状腎癌(OMIM 605074) | 常染色体顕性 | 両側性/多巣性1型乳頭状腎細胞癌 | |
FH | 遺伝性平滑筋腫症および腎細胞癌 | 常染色体顕性 | 通常は単発腎腫瘍、管状乳頭状腎細胞癌、2型乳頭状腎細胞癌、集合管癌と組織型のスペクトラムあり 皮膚平滑筋腫、若年で急速進行性子宮筋腫のいずれかあるいは両方を発症しうる |
|
MAX SDHA SDHAF SDHB SDHC SDHD TMTM127 |
遺伝性パラガングリオーマ・褐色細胞腫症候群 | 常染色体顕性 | パラガングリオーマ、褐色細胞腫、消化管間質腫瘍、腎細胞癌(オンコサイトーマ様腎腫瘍含む)のリスク上昇 | |
BAP1 | BAP1腫瘍素因症候群 | 常染色体顕性 | 中皮腫、ぶどう膜悪性黒色腫、皮膚悪性黒色腫、種々組織型腎細胞癌が報告されている | |
PTEN | Cowden症候群(PTEN過誤腫症候群のページを参照) | 常染色体顕性 | 良性過誤腫、乳癌、甲状腺癌、子宮癌、腎癌その他のリスク上昇 皮膚症候(例:脂肪腫、毛根鞘腫、口腔内乳頭腫、陰茎の色素斑) |
BHDSと鑑別を考慮すべきその他の症状
初期診断後の評価
Birt-Hogg-Dubé症候群(BHDS)と診断された人の多岐疾患とニーズを確立にするため、表4に要約した評価項目が推奨されている。
表4. Birt-Hogg-Dubé症候群と診断された人に推奨される評価項目
臓器/問題点 | 評価法 | コメント |
---|---|---|
皮膚 | 詳細な皮膚診察 | |
呼吸器 | 肺嚢胞視覚化のための胸部HRCTあるいはCT | 気胸症状/徴候のみられる人にはすぐ胸部X線と胸部CTを撮影すべき |
腎 | 腹部/骨盤MRIで腎腫瘍のスクリーニング | |
その他 | 臨床遺伝専門医や遺伝カウンセラーにコンサルト |
HRCT=高分解能CT
病変に対する治療
線維毛包腫 一般的に線維毛包腫は良性病変で、治療の必要はない。しかし、患者は審美的目的から、特に病変が顔面にある場合は治療を求めるかもしれない。外科的治療やレーザー治療は一時的効果をもたらす可能性があるが、しばしば再発する [Gambichler et al 2000, Jacob & Dover 2001, Kahle et al 2001]。mTOR阻害剤のラパマイシンを局所治療としてBHDS罹患者に外用する治療法は、二重盲検試験で効果は認められなかった[Gijezen et al 2014]。
気胸 気胸の治療は一般の場合と同じである。肺嚢胞は通常治療しなくても大抵の罹患者は正常肺機能を示す。中には軽微な閉塞性障害を示す罹患者がいるが、保存的治療が行われる。
腎腫瘍 BHDS罹患者は1つ以上の腎腫瘍を発症するリスクがある。それゆえ、サイズと位置にもよるが、腎部分切除術が選択肢になるよう、3.0cm以上大きくなる前に腎腫瘍を同定することが重要である [Johannesma et al 2019]。かつてBHDS関連腎腫瘍は発育緩慢な傾向があり転移率も低いと報告されてきた。これは全タイプの腫瘍に当てはまるのではなく転移例も報告されている[Houweling et al 2011]]。径3.0cm未満の腫瘍は定期的に画像でモニタリングする。最大の腫瘍径が3.0cm以上なら、泌尿器外科医により腎部分切除術を考慮して評価する[Stamatakis et al 2013]。急速な増大、疼痛、血尿や異常症状を伴う場合は個別のアプローチが必要である。PET-CTは評価法選択肢の一つである。
サーベイランス
クリニカルサーベイランスに関してコンセンサスは無い。コンセンサスカンファレンスが開催される日が来るまでは、推奨されている事項は暫定的なものである。
表5. BHDS罹患者に推奨されるサーベイランス
器官/問題点 | 評価法 | 頻度 |
---|---|---|
皮膚 | 皮膚科診察 | 線維毛包腫に対し定期検診は不要 悪性黒色腫のリスクに対し6-12ヶ月毎に全身の皮膚の検索を行う(訳注:欧米人で悪性黒色腫の報告があるが、日本人での関連は指摘されていない) |
肺嚢胞/気胸 | 肺CT | 無症状の人に対しては、放射線被曝累積を避けるため定期検診は不要 肺CT:(1)気胸が疑われるか、気胸治療中の人;あるいは(2)全身麻酔下の予定手術や長距離フライトを控えた人 |
腎腫瘍 | 腹部/骨盤MRIが最も望ましい1 (MRI不可であれば)腹部/骨盤造影CT2 |
20歳から1年毎にMRIを撮像する3 疑い病変(1.0cm未満、断定しがたい病変、複雑性嚢胞)については1年毎の撮像を継続する 腎腫瘍の家族歴がなく、MRIで2-3年連続異常がなければ、2年毎にスクリーニングを続ける4 |
耳下腺腫瘍 | 耳下腺腫瘍の症候(腫脹あるいは疼痛)の確認 | 1年毎に行う |
甲状腺癌 | 甲状腺エコー | 甲状腺癌との関連は不確定的であるため1年毎に評価を考慮する |
大腸癌 | 大腸内視鏡 | 大腸癌の家族歴がある場合、当該罹患者が発症した年齢の10歳前から大腸内視鏡を始める5 大腸癌の家族歴がない場合、40歳から大腸内視鏡の開始を考慮する |
回避すべき薬物や環境
以下のものは回避すべきである。
リスクのある血縁者の評価
家族性のFLCN病的バリアントがわかっているときは、リスクのある家系員を早期同定するために分子遺伝学的検査を実施することは診断の確実性を上げるとともに、病的バリアントを受け継いでいない家系員に高価なスクリーニング検査を実施することを減らすことになる。
無症状家系員に家系特異的病的バリアント検査を実施する推奨年齢に関してコンセンサスは確立していない。BHDSを多く診ている施設のほとんどは、16-18歳以降に疾遺伝カウンセリングを行い、インフォームドコンセントを得て検査を提案している [Menko et al 2009]。しかし小児期あるは思春期発症の家族歴がある、または潜在的に気胸リスクを高める趣味やキャリアプランがある場合には、より低い年齢で検査を推奨することもある。
リスクのある親族への遺伝カウンセリング目的の検査に関連する問題点についてはGenetic Counselingを参照。
研究中の治療法
幅広い疾患と症状に関する臨床研究の情報へアクセスするには米国のClinicalTrials.govや欧州のEU Clinical Trials Register を検索するとよい。
注:この疾患に関する治験はないかもしれない。
「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝学的検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的、倫理的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」
遺伝形式
Birt-Hogg-Dubé症候群(BHDS)は常染色体顕性 (優性)遺伝形式をとる。
家族構成員のリスク
発端者の両親
*de novo病的バリアントにみえる場合、他の可能性として生物学的親子関係にないこともありうる。
発端者の同胞
発端者の同胞におけるリスクは発端者の親の臨床的/遺伝学的状態による。
発端者の子
BHDS患者の子がFLCN病的バリアントを受け継いでいる可能性は50%である。臨床的重症度は予測できない。
他の家族構成員
家系員のリスクは発端者の両親の状態に依存する。親が罹患していれば、その家系員はリスクを有していることになる。
関連する遺伝カウンセリング上の問題
リスクのある家系員への、早期診断・治療を目的とした検査に関する情報については、前出の「マネージメント」中の『リスクのある血縁者への検査』を参照。
リスクを有する無症状の家系員に対する検査
リスクを有する家系員への分子遺伝学的検査は、クリニカルサーベイランスを生涯にわたって続ける必要があるかを見極めるのによい。結果の解釈は、罹患した家系員にFLCN病的バリアントが同定されている場合に最も正確となる。病的バリアントを有する人は、生涯にわたり定期サーベイランスが必要となる。病的バリアントを受け継いでいない家系員とその子孫のリスクは一般と同等である。
リスクを有する人を早期に同定することは医療的マネージメントにも影響する。しかし米国臨床腫瘍学会(ASCO)は、小児悪性腫瘍を発症するリスクが高くない場合には、リスクを有する人への遺伝学的検査は、18歳に達し遺伝学的検査に関するインフォームド・ディシジョンができるようになるまで待つことを推奨している[American Society of Clinical Oncology 2003]。
BHDSの診断が確定している家系においては、症状を有する人に対しては年齢を問わず検査を考慮するのが適切である。
家族計画
DNAバンク 検査の方法論や遺伝子、対立遺伝子バリアント、そして疾患に対するわれわれの理解が将来さらに進むと考えられるので、分子診断が確定していない(原因となる遺伝子変化が不明の)罹患者DNA保存は考慮されるべきである。
出生前検査と着床前遺伝子診断
FLCN病的バリアントが罹患家族で認められた場合、高リスク妊娠例に対する出生前遺伝子診断やBHDSの着床前遺伝子診断を行うこともありえる(訳注:日本では行っていない)。
出生前診断の利用、特にそれが早期診断よりも妊娠中絶を目的として考慮されているならば、医療専門家の間でも家族内でも見解の相違が生じることがある。ほとんどの施設で出生前診断の利用は個人の判断に委ねられるべきだろうが、この問題を議論することは役に立つかもしれない。
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分子遺伝学
分子遺伝学とOMIMの表の情報はGeneReviewsの他の場所の情報とは異なるかもしれない。表は、より最新の情報を含むことがある。
表A. 表A
Birt-Hogg-Dubé症候群:遺伝子とデータベース
Gene |
Chromosome Locus | Protein | Locus-specific Databases | HGMD | Clin Var |
---|---|---|---|---|---|
FLCN | 17p11.2 | Folliculin | Folliculin (FLCN) @ LOVD | FLCN | FLCN |
データは次のレファレンスより集めた。
遺伝子 HGNC
染色体領域 OMIM
蛋白 UniProt
リンクを貼ったデータベース(Locus Specific, HGMD, ClinVar)の説明はこちら。
表B
Birt-Hogg-Dubé症候群のOMIMエントリー (View All in OMIM)
135150 | BIRT-HOGG-DUBE SYNDROME; BHD |
607273 | FOLLICULIN; FLCN |
分子病態
BHDSの責任遺伝子である癌抑制遺伝子、FLCNはフォリクリンfolliculin(FLCN)蛋白質をコードしている。FLCNは普遍的に発現しており、進化を通じて高度に保存されていて、細胞生理におけるいくつかの重要な経路をコントロールしていると考えられている。グアニンヌクレオチド交換因子として働き、腫瘍形成と正常細胞代謝の両方において重要な各種シグナル伝達経路、具体的にはmTOR、AMPK、EGFRシグナリング、そしてHIF1αなどとリンクしている[Yan et al 2014, Laviolette et al 2017, Haley et al 2018, Zhao et al 2018, Collodet et al 2019, Martínez-Carreres et al 2019]。FLCNは様々な役割を担っているようであり、(とりわけ)線毛形成、オートファジー、リソソーム生合成に関与している。相互作用する蛋白質はいくつか同定されており、FLCN相互蛋白質1と2(FNIP1/FNIP2)、TORシグナル伝達経路レギュレーター(TIPRL)、SIN1、RAG GTPaseがこれに含まれる。アミノ酸飢餓状態の細胞ではFLCN-FNIP複合体がリソソームへリクルートされることがわかっている。これはGATOR1とRagA/B GAPにより調節されている栄養依存的機構である[Meng&Ferguson 2018]。これによりFLCNがアミノ酸依存的にmTORを活性化できるようになるのは、細胞生理的にも腫瘍形成的にも鍵となるプロセスである。FLCNは細胞の多能性喪失過程において状況依存的な役割も担っているようであり、これも腫瘍発育にとって重要なメカニズムである[Mathieu et al 2019]。
疾患発症メカニズム 機能喪失
表6.FLCN のよく知られた病的バリアント
参照配列 | DNAヌクレオチドの変化 | 予測されるタンパクの変化 | コメント[参照文献] |
---|---|---|---|
NM_144997.7 NP_659434.2 |
c.1285delC | p.His429ThrfsTer39 | 最も頻度の高い病的バリアント 20-24%の家系でみられる[Sattler et al 2018b] |
c.1285dupC | p.His429GlnfsTer27 | ||
c.1347_1353dupCCACCCT | p.Val452ProfsTer6 | 日本人家系の16-32%でみられる[Furuya et al 2016, Iwabuchi et al 2018] | |
c.1062+2T>G | -- | オランダの創始者バリアント(7.7%)[Rossing et al 2017] |
ここで挙がっているバリアントは著者によりリストアップされたものである。GeneReviewsスタッフにより独自に検証されたものではない。
GeneReviewsではHuman Genome Variation Society(varnomen.hgvs.org)の標準的な命名規則に従っている。命名法の説明についてはクイックリファレンスを参照。