マルファン症候群
(Marfan Syndrome)

Gene Review著者:Harry C Dietz, MD.
日本語訳者: 小澤瑳依子(京都大学大学院医学研究科),山田崇弘(京都大学医学部附属病院遺伝子診療部)

Gene Review 最終更新日: 2017.10.12.   日本語訳最終更新日:2020.10.4.

原文 Marfan Sydrome


要約

疾患の特徴 

マルファン症候群は非常に高度な臨床的多様性と幅広い表現型を持つ全身性の結合織疾患である.その表現型はマルファン症候群の単発的な症候から,新生児期に認められる多臓器にわたる重症で急速に進行する症候にまで広範に渡る.マルファン症候群の特徴的症状は視覚器系,骨格系,循環器系に現れる.近視はマルファン症候群の最も一般的な眼の症状であり,約60%の患者に見られる水晶体偏位は,特徴的な所見である.マルファン症候群の患者は網膜剥離,緑内障,早期白内障の発症リスクが高い.骨格系の症状は骨の過成長と関節の弛緩によって特徴づけられる.四肢は体幹に対して不均衡に長くなる(クモ状肢).肋骨の過形成は胸骨を押し込んだり(漏斗胸),押し出したりする(鳩胸).脊柱側彎症は一般的な症状であり,軽度な場合も重度で進行性の場合もある.マルファン症候群の病状と早期死亡の主要な病因は,循環器系に関係したものである.循環器系の特徴的症状にはバルサルバ洞を含む上行大動脈の拡張,大動脈の断裂や破裂,血液の逆流を伴う事もある僧帽弁逸脱,三尖弁逸脱,近位の肺動脈拡張などがある.僧帽弁,大動脈弁の一方もしくはその両方における重度で長期の逆流は,左心室機能不全を引き起こし,場合によっては心不全の原因となる可能性もある.適切な治療により,マルファン症候群の患者の平均余命は一般人の平均余命に近いものになる.

 

診断・検査 

マルファン症候群の家族歴がない場合,以下のいずれかの所見を有する場合に診断される.

臨床的マネジメント 

対症療法:
マルファン症候群の臨床的マネジメントには臨床遺伝学,循環器,眼科,整形外科,胸部外科の専門科によるチームアプローチが必要である.多くの眼症状は眼鏡によって調整できる.水晶体脱臼に対しては水晶体摘出が必要となる.成長が完了していれば人工水晶体の移植を行う.側彎症に対しては多くは整容的に脊柱の外科的固定が必要となる.漏斗胸も外科的治療を要する場合がある.矯正具やアーチサポート(訳注:土踏まずの部分がふくらんだ靴底)は偏平足による下肢疲労や筋痙攣を改善する.成人や年長小児で大動脈径が5 cmを超える場合,拡張速度が0.5~1 cm/年に達する場合あるいは大動脈弁逆流が進行する場合は外科的修復が必要となる.年少小児で(1)拡張速度が0.5~1 cm/年に達する場合,あるいは(2)大動脈弁逆流が進行する場合は外科的修復を検討する.小児で心室機能不全を伴う僧帽弁逆流が進行する場合は,外科的修復が必要となる.うっ血性心不全をきたしている場合は後負荷を軽減する薬剤が奏功する.

一次症候の防止:
大動脈壁の血行動態によるストレス負荷を軽減する薬剤,たとえばベータ遮断薬やアンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)が,診断時もしくはたとえ診断が確定していない場合でも大動脈拡張の進行を抑制するために投与される.ベータ遮断薬やARBが使用できないときは他の降圧薬を用いる.ただし,それらの有効性と安全性については調査段階である.

二次的合併症の防止:
僧帽弁逆流あるいは大動脈弁逆流を有する場合は,亜急性細菌性心内膜炎の予防を行う.

サーベイランス:
定期観察では,眼科的検査,上行大動脈の状態を把握するための超音波検査を毎年行う.成人で大動脈基部の径が4.5 cmを超える場合,拡張速度が0.5 cm/年を超える場合,明白な大動脈弁逆流を生じた場合はより頻繁な観察が必要となる.若年成人期または小児期の大動脈基部手術後は,CTあるいはMRAによる継続的な観察を行う.

予防的な薬物や環境:
罹患者は身体接触を伴う競技や競争,等尺性運動,関節の外傷や疼痛を引き起こすような活動を避ける.充血除去剤やカフェインを含む,心血管系を刺激する薬剤,トリプタンを含む血管収縮を引き起こす薬剤,レーシックによる屈折矯正手術を避け,再発性気胸の危険がある場合には気道抵抗に対抗するような呼吸や陽圧呼吸管理も避けるべきである.重大な合併症,特に生命に関わる心血管症状を早期発見するための定期観察を受けることができるよう,リスクのある親族の遺伝的状態を明らかにすることが勧められる.リスクのある親族の遺伝的状態は,次のいずれかに基づいて診断される.

妊娠管理:
マルファン症候群の妊婦は,妊娠中および産後においてハイリスク妊娠管理に精通した産科医による管理を受ける必要がある.ベータ遮断薬は妊娠を計画しているあるいは妊娠中のマルファン症候群の女性で継続する必要があるが,ACE阻害薬やARBは流産や催奇形性の可能性があるため中止する必要がある.大動脈基部径や拡張速度を観察するために,妊娠中は2~3ヵ月ごとの超音波検査を行う.分娩直後に大動脈解離がおこることがあるため,観察は産後も継続する必要がある.

遺伝カウンセリング 

マルファン症候群は常染色体優性の遺伝形式をとる.マルファン症候群と診断された人の約75%は両親のどちらかがマルファン症候群に罹患している.残りの約25%の人たちはFBN1遺伝子の新生突然変異の結果として発症している.マルファン症候群を罹患している親から生まれた子が,変異アレルや疾患を受け継ぐリスクは50%である.罹患家系内において一旦FBN1の病的バリアントが確認されれば,リスクのある妊娠におけるマルファン症候群の出生前診断や着床前診断は,(技術的には)可能である.
訳注:本邦における出生前診断は日本産科婦人科学会の「出生前に行われる遺伝学的検査及び診断に関する見解」に従って行われ,本疾患のような生命予後の良い成人発症疾患は原則対象とならない)


診断

示唆する所見

マルファン症候群は,以下の臨床所見および家族歴のある場合に疑われる.

臨床所見

注:正確に解釈するためには,大動脈基部径と体格を照らし合わせる必要がある.Zスコア≧2.0は95パーセンタイル値以上の値を示し,Zスコア≧3.0は99パーセンタイル以上の値を示す.この基準と計算に関してはNational Marfan Foundation webサイトを参照。

表1 全身スコア

症状 点数
手首徴候陽性かつ親指徴候陽性 3
手首徴候あるいは親指徴候陽性(どちらか一方のみ) 1
鳩胸 2
漏斗胸あるいは胸郭非対称 1
後足部変形 2
偏平足のみ 1
気胸 2
硬膜拡張 2
寛骨臼突出症 2
上節下節比の低下かつ指極長/身長比の増大 1
側彎あるいは胸腹部後彎 1
肘関節伸展障害 1
顔貌特徴(長頭,頬骨低形成,眼球陥凹,下顎後退症,眼瞼裂外下方傾斜のうち3つ以上陽性) 1
皮膚線条 1
-3SD以上の近視 1
僧帽弁逸脱症 1

上記の評価の詳細と計算に関してはNational Marfan Foundation webサイトを参照。

家族歴 常染色体優性遺伝形式と一致する

確定診断

家族歴がない個人では,マルファン症候群を発症させるFBN1遺伝子の変異(表2参照)を有しており,かつ以下のいずれかを有する場合に確定診断となる[Loeys et al 2010a].

注:マルファン症候群の多くの症状は加齢とともに出現するため,臨床診断を満たさない20歳未満の個人に対して代替的な確定診断を行うことは望ましくない.このような状況において,著者は暫定的な診断名の使用を提案している.

分子遺伝学的検査では,表現型に応じて,対象遺伝子を絞った検査(単一遺伝子検査あるいはmulti-gene panel検査)と網羅的ゲノム解析の組み合わせを検討する.

対象遺伝子を絞った検査は網羅的ゲノム解析と異なり,臨床医が関与している可能性の高い遺伝子を判断する必要がある.マルファン症候群に特徴的な臨床所見が認められる患者は,単一遺伝子検査やmulti-gene panel検査によって診断される可能性が高いが(オプション1を参照),マルファン症候群を疑う特徴的な臨床所見が認められない患者の場合,網羅的ゲノム解析によって診断される可能性がある(オプション2を参照).

オプション1

臨床所見によってマルファン症候群が疑われる場合,分子遺伝学的検査として単一遺伝子検査またはmulti-gene panel検査の使用が検討される.

オプション2

表現型がマルファン症候群と同様の特徴をもつ他の遺伝性疾患と区別がつかない場合,分子遺伝学的検査として網羅的ゲノム解析(全エクソームシーケンシングおよび全ゲノムシーケンシング)が検討される.

表2 マルファン症候群に用いられる分子遺伝学的検査

遺伝子 検査方法 検査法別の変異検出率
FBN1 シークエンス ~93-93%
単一遺伝子検査(欠失/重複分析) ~5%

 


臨床像

自然経過

マルファン症候群は幅広い表現型を持つ,全身性の結合組織障害である.マルファン症候群の特徴的症状は視覚器系,骨格系,循環器系に現れる. FBN1遺伝子の変異が,マルファン症候群の単発的な症候から,新生児期に認められる多臓器にわたる重症で急速に進行する症候にまで広範な表現型の発現に関わっている.近視はマルファン症候群の最も一般的な眼の症状であり,約60%の患者に見られる水晶体偏位は,特徴的な所見である.マルファン症候群の患者は網膜剥離,緑内障,早期白内障の発症リスクが高い.骨格系の症状は骨の過形成と関節の弛緩によって特徴づけられる.四肢は体幹に対して不均衡に長くなる(クモ状肢).肋骨の過形成は胸骨を押し込んだり(漏斗胸),押し出したりする(鳩胸).脊柱側彎症は一般的な症状であり,軽度な場合も重度で進行性の場合もある.マルファン症候群の病状と早期死亡の主要な病因は,循環器系に関係したものである.循環器系の特徴的症状にはバルサルバ洞を含む上行大動脈の拡張,大動脈の断裂や破裂,血液の逆流を伴う事もある僧帽弁逸脱,三尖弁逸脱,近位の肺動脈拡張などがある.

一般に,家系内では症状は類似しており,FBN1遺伝子の遺伝子型が表現型の主たる決定因子であることを示唆している.

 近視はもっとも頻度の高い眼症候で,しばしば小児期の間に急速に進行する.瞳孔の中心からの水晶体の偏位(水晶体偏位)はマルファン症候群の特異的な所見であるが,患者の約60%に見られるにすぎない.マルファン症候群の患者は網膜剥離,緑内障,早期白内障に対するリスクが高い.

骨格系 骨格系の症状は長管骨の長軸方向の過形成と関節の弛緩によって特徴づけられる.四肢は体幹に対して不均衡に長くなり(クモ肢),両腕を広げた長さと身長の比は大きくなり,上半身と下半身の比は小さくなる.肋骨の過形成は胸骨に割り込んだり(漏斗胸),胸骨を押し出したりする(鳩胸).脊柱側彎症は一般的な症状であり,軽度な場合も重度で進行性である場合もある(臨床的マネジメントの項目参照).骨の過形成と関節の弛緩は特徴的な親指徴候と手首徴候を引き起こす.足首の内側が内側に倒れることで偏平足を起こす事がある.逆に,特にひじや指の関節の可動性が減少したり,足のアーチが増強する(凹足)場合もある.寛骨臼が異常に深くなり,その陥凹が増強を示す(股臼底脱出症)こともある.骨格系の所見は幼児期に出現し,成長期に進行しがちである.

マルファン症候群の特徴として狭くて長い顔があり,落ち窪んだ眼球(眼球陥凹),下方に傾く眼瞼裂,平たい頬骨(頬骨低形成),小さくて後退した下顎(小顎,下顎後退)などを伴う.口蓋はアーチ状で狭くなり,歯の密生と関連している.

マルファン症候群の患者は必ずしも平均身長より背が高くはないということは重要である.彼らは遺伝的な予想身長よりも背が高くなるのである[Erkula et al 2002].

心血管系 マルファン症候群における合併症の発現や早期の死亡の主な原因は心血管系に関連している.

心血管系の特徴的所見にはバルサルバ洞の高さでの大動脈拡張,動脈の断裂に対する素因,血液の逆流を伴うことがある僧帽弁逸脱症,三尖弁逸脱症,近位肺動脈の拡大などがある.

マルファン症候群における動脈の拡張は時間とともに進行しがちである.組織学的検査では動脈中膜における弾性線維の切断や,エラスチンの欠如,無定形の基質成分の蓄積などが認められる.この「嚢胞性中膜壊死」という所見でマルファン症候群と他の原因による動脈瘤とを区別することはできない.成人の場合,動脈の最大径が約5.0 cmに達すると重大な動脈断裂の危険が生じてくる.進行性の動脈拡張の出現や拡張の速度は極めて多様である.動脈解離は小児期初期ではきわめてまれである.動脈瘤が拡大するにつれて,動脈輪は引き伸ばされ,二次的な動脈血の逆流を引き起こす.
弁の機能不全は容量過大を引き起こし,二次的に左心室の拡張や機能不全を招く.実際,うっ血性心不全を伴う僧帽弁逸脱症はマルファン症候群の小児における心血管系合併症や死亡の主な原因であり,この年代の心血管手術の主要な理由である.マルファン症候群や僧帽弁逸脱症の患者の大部分では僧帽弁における血液の逆流は耐えられる程度であるが,年齢とともにゆっくり進行していく.50人のマルファン症候群患者に対する最近の調査では,74%で肺動脈基部が拡大していた[Nollen & Mulder 2004].

心血管病変に対する適切な治療により,マルファン症候群の患者の寿命は一般人口のそれに近いものになる[Silverman et al 1995].

その他 

硬膜 マルファン症候群患者はしばしば腰仙椎領域の硬膜が引き伸ばされ(硬膜拡張)を起こし,これにより骨が侵食されたり,神経が障害されたりすることがある.症状としては腰部痛,下肢近位部痛,膝関節上下の筋力低下やしびれ,生殖器や肛門の痛みがある.硬膜嚢からの脳脊髄液の漏出は起立性低血圧や頭痛の原因となる[Foran et al 1995].

皮膚 皮膚や外表における症状にはヘルニアや,皮膚萎縮線条(線状皮膚萎縮症)などがある.
また,充分な栄養を取っているにもかかわらず,筋肉が減少したり,脂肪が蓄積したりする.

肺のブラ 肺では特に上葉においてブラが発達したり,自発性気胸に罹患し易くなったりする.総肺気量や残気量は増大し,最大酸素摂取量は低下し,有効な換気容量の減少を示唆している[Giske et al 2003].

妊娠 マルファン症候群の女性,とくに大動脈基部が4.0 cmを越えている女性にとって妊娠は危険である.合併症には妊娠,分娩,産褥期における動脈基部拡張の急速な進展や大動脈解離あるいは断裂がある.

自己イメージ 13歳以上の大多数の罹患者は一般的にポジティブな自己イメージを有している[De Bie et al 2004].

学習障害や多動 マルファン症候群のまれな症状として示されているが,一般人口集団と同頻度で生じているだけかもしれない.

遺伝型と臨床型の関連

マルファン症候群には遺伝子型と表現型の相関がほとんど存在しない[Dietz & Pyeritz 2001].発端者に同定されたFBN1の病的バリアントはほとんど予後予測の情報とはならないし,患者の治療の指針ともならない

浸透率 

家系内においても臨床像の個人差が大きいが,マルファン症候群は高い浸透率を示す.

病名・用語

マルファン症候群の説明で使用される古い用語には以下のものがある.

頻度 

マルファン症候群の有病率は5,000~10,000人に1人であり,性差,人種差などは認められない.


遺伝的に関連する(アレリックな)疾患

表3 マルファン症候群の鑑別における遺伝的に関連する疾患

疾患名 参照(GeneReview, OMIM, その他)
MASS表現型 604308
僧帽弁逸脱症候群 Loeys et al [2010a]
マルファン症候群の診断の特色を持った顕著な大動脈瘤 Furthmayr & Francke [1997]
顕著な,もしくは孤立したマルファン症候群の骨格系の特徴 Furthmayr & Francke [1997]
家族性水晶体偏位 129600
Shprintzen-Goldberg症候群 Shprintzen-Goldberg症候群

その他のマルファン症候群と遺伝的に関連する疾患:


鑑別診断

Loeys-Dietz症候群(LDSは常染色体優性遺伝性疾患でマルファン症候群と共通の多くの所見(長い顔,眼瞼裂の下方への傾斜,高口蓋,頬骨低形成,小顎症,下顎後退症,胸郭変形,側彎症,クモ状指,関節の弛緩,硬膜拡張,大動脈瘤と解離)を伴う.マルファン症候群でみられるいくつかの所見はより低頻度か軽度(クモ状肢)もしくは欠如(水晶体偏位)している.特徴的な所見としては眼角解離,幅広もしくは二分口蓋垂,口蓋裂,学習障害,水頭症,Chiari I型奇形,青色強膜,外斜視,頭蓋早期癒合,内転尖足,柔らかくビロード状で透見性の高い皮膚,あざができやすいこと,全身性の動脈捻転と動脈瘤,大動脈全体の解離などがある.頚椎の奇形や不安定性,食物アレルギー,喘息,好酸球性食道炎,まれに炎症性腸疾患のリスクもある.

大動脈瘤の臨床経過はマルファン症候群のそれとは大きく異なり,小さいうちに,また小児のうちに解離や破裂をきたす.この病態は,5つの遺伝子のいずれかのヘテロ変異によっておこる(表4を参照).

表4  Loeys-Dietz症候群の病型と関連する遺伝子

遺伝子 病型 コメント 参照
TGFBR1 LDS1   Loeys et al [2005], Loeys et al [2006]
TGFBR2 LDS2  
SMAD3 LDS3 変形性関節症との強い関連あり Van de Laar et al [2011]
TGFB2 LDS4   Lindsay et al [2012], Bertoli-Avella et al [2015]
TGFB3 LDS5  
 

X連鎖遺伝子BGNにおけるヘミ接合性機能喪失型変異は、早期発症の胸部大動脈瘤・解離,両眼隔離症,漏斗胸,関節過可動性,拘縮,軽度の骨格異形成を特徴とする [Meester et al 2017].

その他の結合組織疾患 マルファン症候群の骨格的特徴の多くは,一般人口においても共通している.しかし,重症かつ複数の組み合わせで認められた場合,以下のような結合組織疾患を有する可能性がある.

 

後側彎型EDS(以前のEDS VI型)は常染色体劣性遺伝性疾患で,脆く伸びやすい皮膚,うすい瘢痕,あざができやすい,関節弛緩,出生時の重度の筋低緊張,出生時から,あるいは生後1年以内にみられる進行性の脊柱側彎症,眼球破裂のリスクが高い強膜の脆弱性を特徴とする.知能は正常である.寿命は一般と同程度であるが,患者は中等サイズの動脈の破裂のリスクがあり,後側彎が高度な場合には呼吸機能にも障害をきたす.後側彎型EDSはprocollagen-lysine,2-oxoglutarate 5-dioxygenase 1(PLOD1: lysyl hydroxylase 1)の両アレルの機能欠失が原因である.

 


臨床的マネジメント

初期診断後の病態把握のための評価

マルファン症候群と診断されたその患者の疾患の程度と必要なことを決定するために,まだ疾患の評価が完了していない場合は,以下が推奨される.

病変に対する治療

マルファン症候群の治療は遺伝専門医,循環器専門医,眼科医,整形外科医,心臓胸部外科医などの専門家を含む多くの専門分野にわたるチームからの情報が必要である.

骨格系

心血管系

または

または

若年での大動脈解離の家族歴がある場合にはより積極的な治療が適応になりうる.多くの患者は弁膜を保存する術式が選ばれ,長期の抗凝固療法を避けることができる.

その他

一次的症候の防止

通常は,ベータ遮断薬やARBのような大動脈壁へのストレスを減弱させる薬剤が投与される.この治療は熟練した専門家によって行われるべきである.治療は通常,年齢にかかわらずマルファン症候群の診断が確定した時点もしくは診断が確定していない場合でも,大動脈基部の拡張が進行した時に開始される.ベータ遮断薬の投与量は効果と耐性に合わせて調整する必要がある.

ベータ遮断薬とロサルタンの併用によって大動脈基部の拡張を抑えることを示す小規模な観察研究[Broole et al 2008]に続いて,複数の前向き研究によりベータ遮断薬とロサルタン併用の有用性が示された.マルファン症候群の小児と成人の両方において,ベータ遮断薬単独よりも,ロサルタンと併用する方が有用であると示されている[Chiu et al 2013, Groenink et al 2013, Pees et al 2013].

マルファン症候群におけるロサルタンとアテノロールを比較した大規模な多施設臨床試験では,小児と若年成人に対して高用量のアテノロール投与かつロサルタンの標準投与と比較して,ベータ遮断薬とロサルタンの併用は同等の有効性を示した[Lacro et al 2014].両群ともに,未治療またはより標準的なベータ遮断薬投与を受けたマルファン症候群の小児に関する多くの先行研究と比較し,大動脈基部径の拡張率が非常に低く,両群とも試験期間中にZスコアの明らかな低下を示した(年齢と体格を考慮して).

高用量のARBや新世代の薬剤を用いた研究は現在進行中である.複数の研究により,ベータ遮断薬,ARBの最大の効果は,疾患の初期段階で投薬を開始した際に得られることが示唆されている.

二次的合併症の防止

歯科治療やその他血液中に細菌が混入する可能性がある医療行為を行う際は亜急性細菌性心内膜炎の確実な予防を行う.

サーベイランス

 毎年眼科医の診察を受けるべきである.検査には緑内障や白内障の評価も含まれる.

骨格系 重度のあるいは進行性の側彎症がある場合は整形外科のフォローを要する.

心血管系 上行大動脈の状態を評価するため,頻繁に心血管エコー検査が必要である.

重度のあるいは進行性の弁膜障害や心室機能障害が出現した場合は,不整脈の有無にかかわらずさらに頻繁に循環器専門医の診察が必要となる.

マルファン症候群では若年成人に達したらCTかMRAによる大動脈全体の定期検査を開始すべきである.こうした画像検査は大動脈根置換や大動脈解離の既往がある場合は少なくとも毎年行う必要がある.

回避すべき薬物や環境

リスクのある親族の評価

重大な合併症,特に生命に関わる心血管症状を早期発見するための定期観察を受けることができるよう,マルファン症候群のリスクのある親族の遺伝的状態を明らかにすることが勧められる.

リスクのある親族の遺伝的状態は,次のいずれかに基づいて診断される:

注:(1) 親族にマルファン症候群を疑わせる所見がある場合には心エコーを用いた評価が行われる.発端者における所見がごく軽度の場合には,無症状の親族に対しても検査を行うべきである.(2) 乳幼児の場合には鎮静剤を使わずに検査が行えるようになるまでは施行を延期するのが妥当である.ただし弁膜症やうっ血性心不全の徴候が見られている場合は例外である.(3) 明らかな大動脈基部の拡張を有する個人におけるすべての第一度近親者は,心エコーを用いた評価が行われるべきである.
リスクのある親族の遺伝カウンセリングについては「遺伝カウンセリング」の項目参照

周産期の管理

妊娠は本症に精通した遺伝専門医や循環器専門医,遺伝カウンセラー,あるいはハイリスク妊娠管理に精通した産科医による適切なカウンセリングののちに考慮される.何故ならば妊娠,分娩,産褥早期により急速な大動脈拡張や大動脈解離がおこることがあるためである.妊娠成立時に大動脈最大径が4 cmを超えている場合にはより注意が必要である.
注:大動脈基部の拡張を有するマルファン症候群の女性が妊娠を検討する場合,外科的介入の従来の基準(大動脈基部径<5cm)に達する前であっても弁温存手術による選択的大動脈修復を行う.これは妊娠に関連した上行大動脈解離のリスクを低下させると考えられているが,下行大動脈解離や他の潜在的な心血管症状のリスクを低下することはない.

マルファン症候群の妊婦は,妊娠中および産後においてハイリスク妊娠管理に精通した産科医による妊娠管理を受ける必要がある.

ベータ遮断薬は妊娠を計画しているあるいは妊娠中のマルファン症候群の女性で継続する必要があるが,ACE阻害薬やABRは流産や催奇形性の可能性があるため中止する必要がある.

さらに妊娠中の薬物使用について情報を得たい場合にはMtherToBaby(https://mothertobaby.org)を参照.

妊娠と分娩を通じた心血管ストレスを最小限に抑える努力をするべきである.

大動脈基部径や拡張速度を観察するために,妊娠中は2~3ヵ月ごとの超音波検査を行う.分娩直後に大動脈解離がおこることがあるため,観察は分娩直後も継続する必要がある.

管理下での経腟分娩と帝王切開のどちらを選択すべきかについては,いまだに議論の余地がある.

研究中の治療法

マルファン症候群におけるロサルタンの使用を支持する動物実験の情報を得たい場合にはここを参照.
幅広い疾患や状態についての臨床研究の情報を得るためには米国ではClinicalTrials.govに,欧州ではEU Clinical Trials Registerにアクセスする.


遺伝カウンセリング

「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質、遺伝、健康上の影響などの情報を提供し、彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである。以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価、遺伝子検査について論じる。この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的な問題に言及しようと意図するものではないし、遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない。」

遺伝形式

マルファン症候群は常染色体優性遺伝形式である.

患者家族のリスク

発端者の両親

注:患者の親が新生突然変異によりFBN1変異を最初に有した個人である場合,その個人は体細胞モザイクを有している可能性があり,表現型が軽度~中度の可能性がある.

発端者の同胞

発端者の子 

発端者の他の家族

発端者の他の家族がマルファン症候群を発症するリスクは,発端者の両親の遺伝子の状況に依存している.もし,親が病気を発症しているなら,その家族にはリスクがあるといえる.

関連する遺伝カウンセリング上の問題

早期診断と治療を目的にリスクのある親族を評価するための情報のためには「臨床的マネジメント」と「リスクのある親族の評価」の項目参照

発症前診断

家系内でリスクがあるが発症していない成人の検査を実施する場合は,事前に家系内のFBN1変異を特定する必要がある.

明らかに新生突然変異による家族 発端者の両親が罹患していない場合は,発端者は新生突然変異の結果発症したと考えられるが,父親・母親が異なる場合(生殖補助医療など)や明らかにされていない養子縁組など,医学的要因以外の原因も考えられる.

家族計画

遺伝的リスクの評価や遺伝カウンセリングは妊娠前に行われるのが望ましい.若年成人に対して(次世代への遺伝リスクと生殖の選択肢についての議論を含む)遺伝カウンセリングを行うことは適切である.

DNAバンキング

DNAバンクは主に白血球から調製したDNAを将来の使用のために保存しておくものである.検査法や遺伝子,変異あるいは疾患に対するわれわれの理解が進歩するかもしれないので,DNAの保存は考慮に値する.

出生前診断と着床前診断

家系内に罹患者がいる場合,FBN1変異が同定されていれば出生前診断や着床前診断は(技術的には)可能である.

特に遺伝子検査が早期診断よりも中絶を目的として考慮される場合は,医療関係者と家族の間では出生前診断に対する見解の相違が生じるかもしれない.多くの医療機関では最終的には両親の意思を尊重するとしているが,この問題については注意深い検討が求められる.

訳注:マルファン症候群に対する出生前診断,着床前診断は,日本では行われていない.


関連情報


更新履歴:

  1. Gene Review著者:Harry C Dietz, MD.
    日本語訳者: 安藤孝志(信州大学医学部医学科),涌井敬子(信州大学医学部附属病院遺伝子診療部),櫻井晃洋(信州大学医学部附属病院遺伝子診療部)
    Gene Review 最終更新日: 2005.10.26.  日本語訳最終更新日: 2006.8.3.
  2. Gene Review著者:Harry C Dietz, MD.
    日本語訳者: 小澤瑳依子(京都大学大学院医学研究科),山田崇弘(京都大学医学部附属病院遺伝子診療部)
    Gene Review 最終更新日: 2017.10.12.   日本語訳最終更新日:2020.10.4. [in present]

原文 Marfan Sydrome

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