GeneReviews著者: Junne Kamihara, MD, PhD, Kris Ann Schultz, MD, and Huma Q Rana, MD
日本語訳者:箕浦祐子(札幌医科大学大学院医学研究科遺伝医学) 櫻井晃洋(札幌医科大学附属病院遺伝子診療科)
GeneReviews最終更新日: 2020.8.13. 日本語訳最終更新日: 2021.5. 1.
原文 FH Tumor Predisposition Syndrome(Hereditary Leiomyomatosis and Renal Cell Cancer)
疾患の特徴
FH腫瘍易罹患性症候群は、皮膚平滑筋腫、子宮平滑筋腫(子宮筋腫)や 腎細胞癌を特徴とする。褐色細胞腫や傍神経膠腫も少数の家系で報告されている。皮膚平滑筋腫は皮膚色~薄茶色の丘疹または結節として、四肢や体幹、しばしば顔にも分布する。平均30歳で発症し、加齢とともにその大きさや数は増加する。子宮筋腫は多発性でサイズも大きくなりやすい。診断年齢は18歳から53歳で、ほとんどの女性が月経不順、過多月経、骨盤痛を経験する。腎腫瘍は通常片側性かつ単発性で進行が速い。原発腫瘍の大きさは小さくても、臨床的に侵襲的で転移傾向があるため、生存率は高くない。同定される年齢中央値は40歳である。
診断・検査
FH腫瘍易罹患性症候群の診断は、FHにヘテロ接合性病的バリアントが同定されれば確定する。
臨床的マネジメント
症状に対する治療:
痛みのある皮膚平滑筋腫を取り除くために、外科的切除、炭酸ガスレーザー、凍結療法、または電気凝固法を行う。薬物療法は疼痛緩和の補助として使用され、血管拡張剤(ニトログリセリン、ニフェジピン、フェノキシベンザミン、ドキサゾシンなど)や神経障害性疼痛に対する薬剤(ガバペンチン、プレガバリン、デュロキセチンなど)が使用される。子宮筋腫に対する治療は、ゴナドトロピン放出ホルモンアゴニスト、抗ホルモン剤、プロゲステロンを放出する子宮内避妊具、筋腫核出術、子宮摘出術などが挙げられる。腎腫瘍については、本疾患に精通した泌尿器腫瘍外科医に相談すべきである。広範囲の切除を伴う腎全摘出または部分摘出は、状況により、慎重に検討する必要がある。
サーベイランス:
1~2年毎に皮膚の全身検査を行い、疾患の有無や変化について調べる;20歳から婦人科の診察を行い、子宮筋腫の大きさを調べる;正常ベースラインの保因者やフォローアップ中の患者に対して、毎年腹部MRIを行う;8歳から毎年1-3mmスライスの腎MRIをおこなう。
リスクのある血縁者に対する評価:
家系内でFH病的バリアントが同定されている場合、無症状だがリスクのある血縁者に対して分子遺伝学的検査を行うことは、診断を確実にし、早期からの検査と治療提供を可能にする。
遺伝カウンセリング
FH腫瘍 易罹患性症候群は常染色体優性遺伝の形式をとる。発端者の親がFH病的バリアントを有していれば、発端者の同 胞は50%の確率で病的バリアントを受け継ぐ。FH腫瘍 易罹患性症候群患者の子は50%の確率で病的バリアントを受け継ぐ。臨床的な重症度は予測できない。家系内における病的バリアントがわかっていれば、着床前遺伝学的検査や出生前診断は可能である。
訳注:日本では,本症に対する出生前診断や着床前診断は行われない.いずれにしても次世代への遺伝に関しては細心の遺伝カウンセリングが必要である.
疑わしい所見
以下の所見がみられる人では,FH腫瘍易罹患性症候群を疑うべきである。
皮膚平滑筋腫(~50%) [Smit et al 2011, Muller et al 2017, Bhola et al 2018]
子宮平滑筋腫(子宮筋腫)(女性~90%) [Wei et al 2006, Smit et al 2011, Muller et al 2017]
腎腫瘍(~15%) [Muller et al 2017]. 一般的には単発で、非常に侵襲性の高い腎細胞 癌で転移も速い
腎腫瘍は、乳頭状腎細胞癌type 2、 亜型分類不明の乳頭状癌、分類不能型、管状嚢胞状 腎細胞癌から集合管癌のスペクトラムが含まれる。
確定診断
発端者でFHのヘテロ接合性生殖細胞系列病的バリアントが検出されることによって、FH腫瘍 易罹患性症候群の確定診断となる(Table1参照)。
分子遺伝学的検査の手法には,表現型によって、遺伝子標的検査(マルチジーンパネルまたは単一遺伝子検査)と包括的ゲノム検査 (エクソーム解析、エクソームアレイ、ゲノムシークエンス)がある。
遺伝子標的検査を用いる場合は、医師が関連すると思われる遺伝子を選択する必要があるが、ゲノム検査ではその必要はない。FH腫瘍 易罹患性症候群の表現型は幅広いため、疑わしい所見の項に記載のある特徴的な所見があれば遺伝子標的検査を用いることが多いが(Option 1参照)、FH腫瘍 易罹患性症候群とは考えられてこなかった人は、ゲノム検査で診断される可能性が高い(Option 2参照)。
オプション1
表現型や検査機関での所見によってFH腫瘍 易罹患性症候群の診断が示唆される場合は、分子遺伝学的検査の手法として、マルチジーンパネルや単一遺伝子検査を用いる。
マルチジーンパネルに関する概論はここをクリック.遺伝学的検査を発注する臨床医向けのより詳細な情報については こちらを参照のこと.
オプション2
表現型が非典型的であるためにFH腫瘍 易罹患性症候群の診断つかない場合、包括的なゲノム検査(関係しそうな遺伝子を臨床医が判断する必要はない)が考慮される。エクソーム解析が最も一般的に用いられるゲノム検査の方法であるが、ゲノム配列解析も可能である。
エクソーム解析で診断がつかない場合-特に、常染色体優性遺伝を支持する証拠がある場合は-配列解析では検出できない(複数の)エクソンの欠失や重複を検出しうるエクソームアレイを(臨床的に可能であれば)検討してもよい。
染色体マイクロアレイ解析(Chromosomal microarray analysis;CMA)は、オリゴヌクレオチドやSNPアレイを用いて、配列解析では検出できない(FHを含む)ゲノムワイドな大規模欠失/重複を検出する。
包括的なゲノム検査についての詳細は,ここをクリック.遺伝学的検査を発注する臨床医向けの,より詳細な情報については こちらを参照のこと.
Table1 FH腫瘍 易罹患性症候群に用いられる分子遺伝学的検査
遺伝子1 | 方法 | この方法により検出可能な病的バリアント2を 有する割合 |
---|---|---|
FH | 配列解析3 | ~90%4 |
遺伝子標的欠失/重複解析5 | ~10%6 |
現在までに、FH腫瘍 易罹患性症候群の特徴的な所見やFHの病的バリアントを有する300以上の家系が報告されている。最近の研究では、以前にHLRCCとして報告されていたものよりも幅広いFH腫瘍 易罹患性症候群の表現型の多様性が示されている。
臨床像
FH腫瘍易罹患性症候群は、皮膚平滑筋腫、子宮平滑筋腫(子宮筋腫)、かつ/または腎腫瘍を特徴とする。褐色細胞腫や傍神経膠腫も少数の家系で報告されている。患者は単発性または多発性の皮膚平滑筋腫を呈すこともあれば、全く皮膚病変を持たないこともある。典型的には1つ以上の子宮筋腫、かつ/または単発の腎腫瘍があることもないこともある。稀に多発性腎腫瘍を発症する患者もいる。疾患の重症度は家族内や家族間で著しく異なる[Wei et al2006]。
皮膚平滑筋腫.臨床的に、皮膚平滑筋腫は皮膚色~薄茶色の丘疹または結節として現れる。このような皮膚病変は平均30歳(10-77歳) [Muller et al 2017] で生じ、加齢とともに数や大きさは増加しやすい。罹患者は皮膚病変が痛みを伴い、光や冷感に敏感であることをしばしば指摘する [Lehtonen 2011]。
組織学的には、細胞中央に棍棒状の核を有する平滑筋線維束の増殖が観察される。
皮膚平滑筋肉種. 114家系182名のFH腫瘍 易罹患性症候群患者のうち、3人に皮膚の平滑筋肉腫が発症した [Muller et al 2017]。診断基準及び疾患名が変更されたため、これまで平滑筋肉腫と呼ばれていた病変が、異型平滑筋新生物/平滑筋腫であった可能性がある[Kraft & Fletcher 2011]。
子宮平滑筋腫(子宮筋腫). FH腫瘍 易罹患性症候群の女性では、一般集団と比較して子宮筋腫ができやすく、発症も若い。筋腫が見つかる年齢は、18~53歳と幅がある(平均的には~30歳) [Lehtonen 2011]。FH腫瘍 易罹患性症候群の女性にみられる子宮筋腫は、通常、多発性で大きく、月経不順や月経困難症、月経痛などを伴うことが多い [Lehtonen 2011]。FH腫瘍 易罹患性症候群の女性では、しばしば症状のある子宮筋腫に対して、若い年齢で子宮全摘や筋腫の核出術を行っている。ある研究では、FH腫瘍 易罹患性症候群の女性114人中59人が筋腫の核出術または子宮全摘を行い、年齢中央値は35歳(25-58歳)だった[Muller et al 2017]。
子宮平滑筋腫のある2,060人の女性のコホートでは、前向きスクリーニングプログラムで30人(1.4%)の腫瘍にFH欠失の形態が同定された。FH欠失形態の組織学的基準は、弱拡大では 胞巣状浮腫と鹿角状(staghorn-shaped)の血管が、強拡大ではハロと好酸球に囲まれたマクロ核小体を有する平滑筋細胞が観察されることである [Rabban et al 2019]。この形態の腫瘍が見つかった10人の女性がFHの生殖細胞系列遺伝学的検査を選択した;そのうち5人でFHの生殖細胞系列病的バリアントが見つかったことから、子宮の腫瘍の組織学的形態はFH腫瘍 易罹患性症候群をみつけるのに有用である可能性が示唆された [Rabban et al 2019]。
子宮平滑筋肉腫.FH生殖細胞系列病的バリアントと子宮平滑筋肉腫を持つ女性が、フィンランド人集団において、6人報告されている;そのうち3人は腫瘍組織内で別の病的バリアントが同定されており、1人はFH活性 が低下した孤発性の子宮平滑筋肉腫だが、腫瘍組織の検査では病的バリアントは検出されなかった [Lehtonen et al 2006, Ylisaukko-oja et al 2006b]。しかし他のコホート研究では、子宮平滑筋肉腫の報告はない [Muller et al 2017]。診断基準および疾患名が変更されたため、これまで平滑筋肉腫と呼ばれていた病変が、異型平滑筋新生物/平滑筋腫であった可能性がある[Kraft & Fletcher 2011]。
腎細胞癌.ほとんどの 腎細胞癌は片側性かつ単発性であるが、一部の患者では多発性の 腎細胞癌が見られる。 腎細胞癌の症状には血尿、腰背部痛、触診できる腫瘤が含まれる。しかし 腎細胞癌に罹患している患者の大多数は無症状である。さらに、FH腫瘍 易罹患性症候群患者の全てが 腎細胞癌を発症するわけではない。
FH腫瘍 易罹患性症候群の114家系から182人を調査すると、34人(19%)が 腎細胞癌と診断された。診断年齢中央値は40歳だった。追跡データのある31人のうち、82%で転移をきたした:16人(47%)は転移性 腎細胞癌(新規転移性疾患)を呈し、別の12人(35%)は3年以内に転移した。転移性 腎細胞癌の患者の生存期間中央値は18カ月だった [Muller et al 2017]。
FH腫瘍 易罹患性症候群の腎腫瘍は、乳頭状腎細胞癌type 2、亜型分類不明の乳頭状癌 、分類不能型、管状嚢胞状 腎細胞癌から集合管癌のスペクトラムを示す[Wei et al 2006]。
FH関連 腎細胞癌では、FH染色が消失し、細胞質のS-(2-スクシニル)システイン染色が陽性となることが多い。免疫染色の結果からはその腫瘍がFH腫瘍 易罹患性症候群によるものなのか、両アレルの体細胞性病的バリアントによるものなのかを区別することはできない。
The Cancer Genome Atlasでは、FH関連 腎細胞癌の特徴として、CpG islandのメチル化形質(CpG island methylator phenotype ; CIMP)も報告されている [Cancer Genome Atlas Research Network 2016]。
褐色細胞腫および傍神経膠腫.2014年に、新規の褐色細胞腫と傍神経膠腫の感受性遺伝子をみつけるための2つの研究がおこなわれ、 570人の罹患者のうち7人にFHの生殖細胞系列病的バリアントが同定された [Castro-Vega et al 2014, Clark et al 2014]。その後、フランス人コホートで2人(1%)のFH腫瘍 易罹患性症候群が褐色細胞腫と診断された [Muller et al 2017]。褐色細胞腫と傍神経膠腫の生涯罹患リスクは不明である。
その他.フィンランド人集団のFH腫瘍 易罹患性症候群に関する研究では、4人に乳癌が、1人に膀胱癌がみつかった。検査をした乳癌3つのうち3つとも、野生型FHアレルの欠失が認められた[Lehtonen et al 2006]。
生殖細胞系列FH病的バリアントを有する患者において、その他の腫瘍も報告されているが、それらがFH関連腫瘍であるかどうかを判断するための、さらなるデータが必要である[Lehtonen et al 2006, Ylisaukko-oja et al 2006a]。
遺伝型と表現型の相関
特定のFH病的バリアントと皮膚 病変や子宮筋腫、 腎細胞癌との間に関連性はみられていない [Wei et al 2006]。
傍神経膠腫の既往のある家系で報告されているFH病的バリアントには、以下のミスセンスおよびスプライス部位バリアントがある:p.Ala117Pro, c.268-2A>G, p.Thr381Ile, p.Ala194Thr, p.Asn329Ser, p.Cys43Tyr, p.Glu53Lys [Castro-Vega et al 2014, Clark et al 2014]
病的バリアントのc.700A>G; p.Thr234Alaは、腎細胞癌の有無にかかわらず、傍神経膠腫/褐色細胞腫の既往のあるおよそ10の家系でみつかっている [著者による情報]。
浸透率
ほとんどの研究が、臨床症状のある家系に焦点をあてているため、浸透率は今のところわかっていない。
疾患名
歴史的に見て、皮膚平滑筋腫が発症しやすい素因を、多発性皮膚平滑筋腫(multiple cutaneous leiomyomatosis;MCL/MCUL)と呼んでいた。
[Reed et al 1973]は、複数の家系員が常染色体優性遺伝の様式で皮膚平滑筋腫と子宮平滑筋腫の症状を呈した2家系について記録している。その後、皮膚平滑筋腫と子宮平滑筋腫の関係性は、Reed症候群と呼ばれた。
皮膚および子宮の平滑筋腫と 腎細胞癌の関連性について、フィンランドの2家系において報告されている[Launonen et al 2001]。遺伝性平滑筋腫症・腎細胞癌症候群(HLRCC)の名称があてられた。
現在では、生殖細胞系列FH病的バリアントが様々な腫瘍の易罹患性と関連していることが知られている。「FH腫瘍易罹患性症候群」という用語は、このような新規の概念を示すものである。
頻度
FH病的バリアントの頻度はわかっていない。FH腫瘍 易罹患性症候群と認識されていないものもあると思われる。
フマル酸ヒドラターゼ欠損症(フマル酸尿症).フマル酸ヒドラターゼ欠損症は、FH両アレルの病的バリアントを原因とする、稀な常染色体劣性遺伝の代謝性疾患である。この疾患は、早発の重篤な脳機能障害や痙攣、重度の発達遅延、脳の発達異常を特徴とする。フマル酸尿症がみられる。
両アレルのFHバリアントを有する散発性腫瘍.FH腫瘍 易罹患性症候群の他の所見のない、単発の腫瘍として発症する散発性腫瘍では、生殖細胞系列にはみられない、両アレルの体細胞性FH病的バリアントが観察されている。
疾患名 | 遺伝子 | 腎腫瘍 | 皮膚病変 | その他一般的な所見 |
---|---|---|---|---|
FH腫瘍 易罹患性症候群 | FH | 様々; 乳頭状腎細胞癌type 2、 亜型分類不明の乳頭状癌、分類不能型、管状嚢胞状 腎細胞癌、集合管癌など | 皮膚平滑筋腫 | 子宮筋腫 (若年発症, 多発病変) |
Von Hippel-Lindau 症候群 | VHL | 淡明細胞 腎細胞癌 | なし |
|
Birt-Hogg-Dubé 症候群 | FLCN | 様々:
|
|
|
遺伝性乳頭状 腎細胞癌(OMIM 605074) | MET | 乳頭状腎細胞癌type 1 | なし | なし |
BAP1 腫瘍 易罹患性症候群 | BAP1 | 淡明細胞 腎細胞癌 | 非典型皮膚悪性黒色腫 (BAPoma,非典型Spitz腫瘍と記載されることもある) |
|
初期診断後の評価
FH腫瘍易罹患性症候群と診断された人において,疾患の程度や必要とされるものを確かめるために,(診断のための評価の時点でおこなわれていなければ)Table3にまとめた評価方法が推奨される.
Table3.FH腫瘍易罹患性症候群と診断された人に推奨される最初の診断後の評価項目
臓器関連事項 | 検査 | 補足事項1 |
---|---|---|
外皮 | 皮膚科の精密検査 | 診断時に病変の範囲と異型病変がないか評価する |
泌尿器系 | 婦人科への紹介 | 子宮筋腫がある場合、その重症度を評価するために20歳から、または症状がある場合はそれ以前に開始。 |
ベースラインの細かいスライス(1-3mm)の腎MRI |
|
|
褐色細胞腫/ 傍神経膠腫 |
ベースラインの血圧 |
|
その他 | 遺伝カウンセラーやがん遺伝子プログラム&/or 臨床遺伝専門医に相談 |
症状に対する治療
皮膚病変.皮膚平滑筋腫は皮膚科専門医によって評価されるべきである。皮膚平滑筋腫の治療は以下のとおり:
子宮筋腫は婦人科専門医によって評価されるべきである。
腎腫瘍.FH関連 腎細胞癌は侵襲性が高く、予後不良であるため、腎悪性腫瘍の外科的切除は、他の遺伝性 腎細胞癌よりも、より早期に、より広範囲の手術が必要となる。
サーベイランス
FH腫瘍易罹患性症候群の臨床症状に詳しい医師による、 腎細胞癌の早期発見に重点を置いた定期的なサーベイランスが推奨される。FHの病的バリアントは同定されていないが疑わしいと診断されている人や分子遺伝学的検査を実施していないリスクのある家系員に対しても、サーベイランスを考慮してもよい。サーベイランスガイドラインは、できれば国際的な多施設共同研究による前方視的な検証をする必要がある [Menko et al 2014, Schultz et al 2017]。
Table4.FH腫瘍 易罹患性症候群患者に推奨されるサーベイランス
臓器関連事 | 検査 | 頻度 |
---|---|---|
皮膚平滑筋腫 | 全身の皮膚に対して、病変がないか、また変化がないか評価する検査をおこなう | 診断時より1-2年毎に実施 |
子宮平滑筋腫 | 子宮筋腫の重症度を評価するために婦人科に紹介する | 20歳または最初の婦人科検診(どちらか早い方)から、または症状がある場合はそれより早くに開始し、毎年 |
腎腫瘍 |
|
8歳から開始し、毎年4 |
以前の検査で疑わしい病変(不確定な病変、疑わしいまたは複雑な嚢胞)が発見されている場合は、速やかにフォローアップを行う必要がある。5,6 |
|
|
褐色細胞腫/傍神経膠腫 | 現在のところ、統一されたガイドラインはない |
リスクのある血縁者の評価
家系内にFH腫瘍易罹患性症候群の病的バリアントが分子遺伝学的検査によって同定された罹患者がいれば、早期からのサーベイランスと治療によって恩恵を受ける人と、病的バリアントを受け継いでいなければ無駄なスクリーニングにかかる費用を削減できる人をできるだけ早く同定するために、症状はないがリスクのある血縁者の遺伝的状態をはっきりさせることは大切である.
家族の生殖細胞系列FH病的バリアントの発症前検査を行うのに最適な年齢については、様々な推奨があった。米国がん研究会(AACR)ワークショップで出された小児および青年のがんの 易罹患性に関するコンセンサス勧告では、8歳から生殖細胞系列の検査を支持している。ヘテロ接合体における 腎細胞癌のサーベイランスも8歳から開始することが示唆されている[Schultz et al 2017]。この年齢は過去にFH関連 腎細胞癌と診断された最年少よりも前の年齢ということで合意を得た。これには、11歳で腎腫瘤を触知した小児の最初のサーベイランス超音波検査で発見された8.5cmの乳頭状 腎細胞癌 [Alrashdi et al 2010]と、10歳で 腎細胞癌が見つかった別の小児例が含まれる [Menko et al 2014]。とはいえ、20歳までに 腎細胞癌を発症する全体的なリスクは低い(推定1-2%) [Menko et al 2014]。
遺伝カウンセリングの目的に関する、リスクのある血縁者の検査の問題については、遺伝カウンセリングの項を参照のこと。
現在研究中の治療
FH関連腎細胞癌
FH欠失細胞におけるフマル酸の集積は、相同組換え二本鎖切断修復の不具合につながる可能性がある。このことは、細胞株やFH欠失マウスにおいて示されているPARP(ポリADPリボースポリメラーゼ)阻害に対する脆弱性を示唆している [Sulkowski et al 2018]。これらの腫瘍に対する併用療法を用いたヒト臨床試験が現在計画されている [著者による情報]。
広範な疾患や症状の臨床研究に関する情報は,アメリカではClinicalTrials.govを,ヨーロッパではwww.ClinicalTrialsRegister.euを参照のこと.
「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝学的検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的、倫理的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」
遺伝形式
FH腫瘍 易罹患性症候群は常染色体優性遺伝形式をとる。
家族構成員のリスク
発端者の両親
発端者の同胞
発端者の同朋のリスクは両親の遺伝学的状態による:
発端者の子
他の家族構成員
他の家系員におけるリスクは発端者の両親の遺伝学的状況による:片方の親がFH病的バリアントを有していれば、彼または彼女の家系員はリスクがある。
遺伝カウンセリングに関連した問題
サーベイランスと早期診断・早期治療を目的とするリスクのある血縁者に関する情報は,マネジメントとリスクのある血縁者に対する評価を参照のこと。
リスクのある無症状の家系員の検査.リスクのある家系員に対する分子遺伝学的検査は、臨床的サーベイランスの必要性を見極めるために必要である。病的バリアントを有する者に対しては、定期的な生涯にわたるサーベイランスが提示されるべきである。病的バリアントを受け継いでいなかった家系員やその子孫のリスクは、一般集団と同様である。
明らかに新規(de novo)の病的バリアントがある場合の家系員で考慮すること.発端者でみつかった病的バリアントが、発端者の両親で見つからなかった場合、その病的バリアントはおそらく新規(de novo)のバリアントである。しかしながら精子提供や代理母(生殖補助医療など), 非公開の養子縁組などの非医学的解釈も考えられる。
家族計画
DNAバンキングは、将来的に使用するためにDNA(通常は白血球から抽出されたもの)を保管しておくことである。遺伝子やアレルのバリアント、疾患についての検査手法や理解が将来向上する可能性があるため、その時のために罹患者のDNAを保管することは考慮すべきである。
出生前診断
家系内にFH病的バリアントが同定されていれば、リスクのある妊娠に対する出生前診断および着床前の遺伝学的検査は可能である。
とりわけその検査が早期診断というよりは人工妊娠中絶を目的として考慮される場合、医療の専門家の間や家族内においても、出生前診断に対する考え方の相違が存在しうる。ほとんどの施設では出生前診断をするかどうかは個人の問題ととらえているが、 これらの問題を議論することは有益である。
(訳注:日本ではFH腫瘍 易罹患性症候群における出生前診断および着床前診断は行われていない)
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分子遺伝学
分子遺伝学とOMIMの表の情報はGeneReviewsの他の場所の情報とは異なるかもしれない。表は、より最新の情報を含むことがある。
Table A.
FH腫瘍 易罹患性症候群:遺伝子とデータベース
遺伝子 | 染色体座位 | タンパク質 | 座位特異的データベース | HGMD | ClinVar |
---|---|---|---|---|---|
FH | 1q43 | フマル酸ヒドラターゼ、ミトコンドリア | TCA Cycle Gene Mutation Database (FH) | FH | FH |
データは以下の標準的参照資料をもとに作成した:遺伝子はHGNC,染色体座位はOMIM,タンパク質は UniProt.リンクが提供されたデータベース(座位特異性,HGMD ,ClinVar )の詳細についてはここをクリック.
Table B.
FH腫瘍 易罹患性症候群に関するOMIMの情報(View All in OMIM)
136850 | FUMARATE HYDRATASE; FH |
150800 | HEREDITARY LEIOMYOMATOSIS AND RENAL CELL CANCER; HLRCC |
分子学的病因
概要.
FHはフマル酸ヒドラターゼ酵素をコードする(EC 4.2.1.2.)。この酵素の活性型はホモ四量体である。トリカルボン酸(TCA;クレブス)回路におけるフマル酸のL-リンゴ酸への変換を触媒する。
疾患発症メカニズム.FHの生殖細胞系列病的バリアントに加え、腫瘍組織における体細胞変異やヘテロ接合性の喪失は、FH腫瘍 易罹患性症候群の腫瘍形成の基礎がフマル酸ヒドラターゼタンパクの機能が失われることであることを示唆している[Tomlinson et al 2002]。
FH欠失 腎細胞癌では、酸化的リン酸化が阻害され、ワールブルク効果として知られる好気的解糖に移行する。AMP活性化タンパクキナーゼ発現が低下し、p53の発現量低下や細胞鉄量の減少、低酸素誘導因子(HIF)-1αの安定化、VEGFおよびGLUT1の発現増加など、さまざまな下流の影響が現れる [Linehan & Rouault 2013]。これらの代謝異常は、FH関連腫瘍を標的とした新しい取り組みの対象となる(現在研究中の治療の項、参照)。
最近の研究では、FH欠失細胞におけるフマル酸の集積は、相同組換え二本鎖切断修復の不具合につながることが示唆され、治療選択の新たなアプローチになる可能性がある(現在研究中の治療の項、参照)。
研究機関でFHを調べるときに考慮すること.FHは、ミトコンドリアと細胞質、細胞内の異なる場所を標的とする2つのタンパク質アイソフォームをコードしている。Table5の参照配列は、510個のアミノ酸を有するミトコンドリアアイソフォームに関するものであるが、タンパク質バリアントの指定は、467個のアミノ酸とより短い細胞質アイソフォームに基づいておこなってもよい。Table5のp.Arg101Proバリアントで示されているように、どちらの 表記方法も文献や座位特異的データベースに存在する。これまでの報告では、この2つのアイソフォームの代替的な翻訳開始機構が示唆されていたが、最近、代替的な転写開始機構が提示された [Dik et al 2016]。これらのメカニズムを支持するデータについての詳細な議論は Dik et al [2016]を参照のこと。
Table5.特筆すべきFHバリアント
参照配列 | DNA塩基の変化 | 予測されるタンパク質の変化 | 補足/ [参考文献] |
---|---|---|---|
NM_000143.3 NP_000134.2 |
c. 905-1G>A | ユダヤ系イラン人家系の創始者バリアント [Chuang et al 2005] | |
c. 1210G>T | p.Glu404Ter | オランダ人家系で報告された創始者バリアント [Smit et al 2011] | |
c. 302G>C | p.Arg101Pro (p.Arg58Pro) 1 | イギリスとドイツで報告されたポーランド人を祖先とする創始者バリアント [Chan et al 2005, Heinritz et al 2008] | |
c. 1431_1433dupAAA (dbSNP: rs367543046) |
p.Lys477dup (dbSNP: rs75086406) | FH腫瘍 易罹患性症候群との関連がはっきりしていないために病原性の解釈が相反している、インフレームの重複 [Martínek et al 2015, Zhang et al 2020] | |
c 700A>G | p.Thr234Ala | 腎細胞がんの有無にかかわらず、傍神経膠腫/褐色細胞腫の10家系に同定されている2 |
表に掲載されているバリアントは著者らから提供された.GeneReviews のスタッフはバリアントの分類分けの検証はおこなっていない.
GeneReviews はHuman Genome Variation Societyの標準的な命名規則に従っている(varnomen.hgvs.org).命名法の解説については,Quick Reference を参照のこと.
GeneReviews著者: Junne Kamihara, MD, PhD, Kris Ann Schultz, MD, and Huma Q Rana, MD
日本語訳者:箕浦祐子(札幌医科大学大学院医学研究科遺伝医学) 櫻井晃洋(札幌医科大学附属病院遺伝子診療科)GeneReviews最終更新日: 2020.8.13. 日本語訳最終更新日: 2021.5. 1.[in present]
原文 FH Tumor Predisposition Syndrome(Hereditary Leiomyomatosis and Renal Cell Cancer)