[Synonyms: MEN1, MEN1症候群, 多発性内分泌腺腫症, Wermer 症候群]
Gene Reviews著者: Francesca Giusti, MD, PhD, Francesca Marini, PhD, and Maria Luisa Brandi, MD, PhD.
日本語訳者: 箕浦祐子(札幌医科大学大学院医学研究科遺伝医学),櫻井晃洋(札幌医科大学医学部遺伝医学)
GeneReviews最終更新日: 2022.3.10 日本語訳最終更新日: 2022.6.22
原文 Multiple Endocrine Neoplasia Type 1(MEN1)
疾患の特徴
多発性内分泌腫瘍症1型(MEN1)では20種以上の内分泌腫瘍および非内分泌腫瘍がさまざまな組み合わせで生じる.
内分泌腫瘍は,腫瘍によるホルモンの過剰産生または腫瘍そのものの増殖のいずれかにより明らかになる.
訳注:「カルチノイド腫瘍」は現在「神経内分泌腫瘍」と呼ばれるため,以下原文の”carcinoid tumor”は「神経内分泌腫瘍」と表記する.
非内分泌腫瘍には,顔面血管線維腫,コラゲノーマ,脂肪腫,髄膜腫,上衣腫,平滑筋腫などがある.
診断・検査
MEN1の臨床診断は,発端者で以下の症状があれば確定する:
分子遺伝学的診断は, MEN1遺伝子にヘテロ接合型生殖細胞系列病的バリアントが同定されることによって確定する.
臨床的マネジメント
症状に対する治療:
副甲状腺機能亢進症に対する治療として,副甲状腺亜全摘術後の副甲状腺組織の凍結保存や副甲状腺全摘術後の副甲状腺組織の自家移植が行われる;副甲状腺亜全摘または全摘後の副甲状腺機能低下症を評価するために,副甲状腺ホルモン(PTH)および/または血清カルシウムを測定する;手術が禁忌あるいは不成功に終わった患者の原発性副甲状腺機能亢進症の治療には,カルシウム受容体作動薬を用いる;術前には,高カルシウム血症や骨吸収を制御する目的で,骨吸収阻害剤が用いられる.プロラクチノーマはドパミン作動薬(カベルゴリンが第一選択薬)で治療する.先端巨大症の原因となる成長ホルモン産生腫瘍は経蝶形骨洞手術を行う;成長ホルモン産生腫瘍の薬剤治療には,ソマトスタチン誘導体,オクトレオチド,ランレオチドが用いられる.クッシング症候群を伴う副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)産生下垂体腫瘍は外科的に切除する;非機能性下垂体腫瘍は経蝶形骨洞手術で治療する.ガストリノーマによる胃酸分泌過多はプロトンポンプ阻害薬やH2受容体拮抗薬で軽減できる.インスリノーマやほとんどの膵腫瘍は手術適応となる.長時間作用性ソマトスタチン誘導体でカルチノイド症候群に伴うホルモン産生過剰は制御可能である.副腎皮質腫瘍で,径が4 cmを超えるもの,非典型的または疑わしい画像所見を有する径1-4cmのもの,または6ヶ月の間に顕著に増大したものは外科的治療が提案される.褐色細胞腫による手術中の急激な血圧上昇を避けるために,手術に先行して診断と治療を行う必要があり,尿中カテコラミンを測定する. MEN1患者の皮膚病変については,一般的な治療を行う.
一次予防:
男性,特に喫煙者では胸腺切除が胸腺神経内分泌腫瘍の予防となる.
サーベイランス:
年1回の空腹時血清カルシウム濃度の測定を5歳から,空腹時血清インタクトPTHも考慮する;年1回の血清プロラクチン,IGF-1,空腹時血糖およびインスリン測定を5歳から;3-5年ごとの頭部MRIを5歳から;その他の膵内分泌腫瘍のために,年1回のクロモグラニンA,膵ポリペプチド,グルカゴン,血管作動性腸管ペプチドの測定を8歳から;年1回の空腹時血清ガストリン測定を20歳から;3-5年ごとの腹部CT,MRIまたは超音波内視鏡を20歳から考慮する;年1回の胸部CT,MRIまたはソマトスタチン受容体シンチグラフィオクトレオスキャンを15歳から考慮する;年1回の皮膚科の診察を考慮する.
避けるべき薬剤/環境:
喫煙は神経内分泌腫瘍のリスクを高める
リスクのある血縁者の評価:病変の早期発見が疾患管理に影響するため,家系内で生殖細胞系列MEN1病的バリアントが既に同定されている血縁者に対しては,分子遺伝学的検査を提供する.
妊娠中の管理:
原因に関わらず,原発性副甲状腺機能亢進症がある女性では,子癇前症発症のリスクが高まる;原発性副甲状腺機能亢進症が出産した乳児は,出生後の低カルシウム血症を監視する必要がある.
遺伝カウンセリング
MEN1は常染色体顕性遺伝(優性遺伝)疾患である.MEN1と診断された患者の約90%に罹患した親がいる;約10%の患者は,初期の胚形成時に生じたde novo(新たな)病的バリアントを原因として診断される.MEN1患者の子は(性別に関わらず)それぞれ50%の確率で病的バリアントを受け継ぐ.家系内の罹患者でMEN1病的バリアントが同定されれば,リスクの高い妊娠に対する出生前診断やMEN1に対する着床前遺伝学的検査が可能である.
訳注:日本では,本症に対する出生前診断や着床前診断は行われない.いずれにしても次世代への遺伝に関しては細心の遺伝カウンセリングが必要である.
MEN1を疑う所見.
多発性内分泌腫瘍症1(MEN1)は,内分泌腫瘍があれば疑うべきであるが,非内分泌腫瘍もホルモン産生内分泌腫瘍の前駆病変として現れることがある(臨床像の項参照).注:MEN1患者では20種以上の内分泌腫瘍および非内分泌腫瘍がさまざまな組み合わせで報告されている;臨床的な基準や定義では,すべての罹患者を捉えることはできない.
副甲状腺腫瘍では,副甲状腺ホルモンの産生過剰の結果として高カルシウム血症(原発性副甲状腺機能亢進症[PHPT])を呈する.MEN1におけるPHPTの根本原因は,単一の腺腫ではなく一般的に全副甲状腺の肥大を伴う多腺性疾患であるため,副甲状腺疾患の診断には,通常画像検査は必要とされない.
下垂体前葉腫瘍
注:あらゆる種類の下垂体腫瘍に対する画像検査はMRIである.
高分化型膵消化管(GEP)内分泌腫瘍(胃,十二指腸,膵臓,腸管の腫瘍を含む)は,次のような臨床症状を示す(もっとも頻度の高いものから稀なものの順):
注:(1)MEN1の腫瘍では,生化学検査および画像検査で診断が困難な非機能性膵内分泌腫瘍がもっとも頻繁に認められる[Jensen 1999].(2)胃の2型腸クロム親和性様(ECL)細胞神経内分泌腫瘍は膵消化管の高分化型神経内分泌腫瘍に含まれる.これらはMEN1でよく認められ,通常,ZESに対する胃内視鏡検査の際に偶然発見される[Bordi et al 1998, Gibril et al 2000].(3)超音波内視鏡(EUS)検査は,無症候性MEN1患者の小さな(≤10 mm)膵内分泌腫瘍の検出にもっとも感度の高い画像検査法である[Gauger et al 2003, Langer et al 2004, Kann et al 2006, Tonelli et al 2006].膵ガストリノーマは通常CT,MRI,および/またはEUSで評価する [Yates et al 2015].
MEN1に関連する非内分泌腫瘍には顔面血管線維腫,コラゲノーマ,脂肪腫,髄膜腫,上衣腫,平滑筋腫がある.
皮膚病変はホルモン産生性腫瘍が出現する以前のMEN1患者の診断に有用なことがある.
診断の確定
MEN1の臨床診断は,発端者において以下を認める時に確定する.
分子遺伝学的検査によって,発端者に生殖細胞系列ヘテロ接合性MEN1病的バリアントが同定されれば,分子学的診断が確定する( Table 1参照).
分子学的検査方法には,表現型により,遺伝子標的検査(単一遺伝子検査,マルチジーンパネル検査),包括的ゲノム検査(エクソームシークエンス,ゲノムシークエンス)が検討される.
遺伝子標的検査は医師が関連しそうな遺伝子を選定する必要があるが,ゲノム検査では必要ない.疑わしい所見に記載のある鑑別所見のある患者では,遺伝子標的検査(オプション 1参照)で診断のつくことが多いが,他の腫瘍易罹患性疾患と表現型で鑑別できない場合は,ゲノム検査( オプション2参照)によって診断がつくことが多い.
オプション1
単一遺伝子検査.通常は初めにMEN1の遺伝子内の小規模な欠失/挿入やミスセンス,ナンセンス,スプライス部位バリアントを同定できる配列解析を行う.注:配列解析は,単一エクソンや多エクソン,全遺伝子の欠失/挿入は検出できない.そのため,配列解析でバリアントが同定されなければ,次の段階として,エクソンや全遺伝子の欠失または重複を検出するために遺伝子標的欠失/重複解析を行う(例:multiplex ligation-dependent probe amplification[MLPA]).
MEN1および関係のありそうなその他の遺伝子を含むマルチジーンパネル検査を用いてもよい.注:(1)パネルに含まれる遺伝子や検査の精度は,検査機関によって異なっているだけでなく,時代とともに変化する.(2)マルチジーンパネルには本稿で扱っている病態に関連のない遺伝子が含まれている場合もあるため,臨床医はどのマルチジーンパネルが症状の遺伝的要因を特定する可能性が最も高いかを決定する必要があり,同時に,意義不明なバリアント(VUS)や,根本的な表現型を説明しえない遺伝子における病的バリアントの同定を避ける必要がある.(3)検査機関によっては,臨床医が指定した遺伝子を含むカスタム設計された検査機関独自のパネルや,表現型に焦点を当てたエクソーム解析パネルといった選択肢が存在することもある.(4)こうした検査で用いられる手法には,配列解析,欠失/重複解析,配列解析以外の検査がある.
マルチジーンパネルの概要についてはこちらをクリック.臨床医のための,遺伝学的検査依頼に関するより詳細な情報はこちらを参照.
オプション2
他の腫瘍易罹患性疾患と表現型で鑑別できない場合は,医師が関連のありそうな遺伝子を選定する必要のない包括的ゲノム検査が望ましい選択肢となる.エクソーム解析が最も一般的に用いられているが,ゲノム解析も可能である.
包括的ゲノム検査についてはこちらをクリック.遺伝学的検査をオーダーする臨床医のためのより詳細な情報はこちらを参照表 1.多発性内分泌腫瘍症1型で用いられる分子遺伝学的検査
遺伝子1 | 検査方法 | 本検査法で検出される生殖細胞系列病的バリアント陽性となる発端者の割合2 |
---|---|---|
MEN1 | 配列解析3 | 家族性: 80%-90%4 孤発性: 65%4 |
遺伝子標的欠失/重複解析5 | 1%-4%4 |
家族性 = MEN1の診断基準に合致する発端者に加え,少なくともこれらの腫瘍の1つを有する一度近親の血縁者が1人以上いる
孤発性 = 家系の中でひとりだけがMEN1を発症
臨床像
多発性内分泌腫瘍症(MEN1)は,20種以上の内分泌腫瘍および非内分泌腫瘍がさまざまな組み合わせで発症することを特徴とする.MEN1に伴って発症する内分泌腫瘍を Table 2に示す.
表2. 多発性内分泌腫瘍症における内分泌腫瘍の種類
腫瘍の種類 | 腫瘍のサブタイプ | ホルモン産生 | MEN1における頻度 | |
---|---|---|---|---|
副甲状腺 | NA | Yes | 50歳までにPHPT は100% | |
下垂体前葉 | プロラクチノーマ | Yes | 下垂体前葉全体~30%-40% | 60% |
GH-産生 | Yes | 25% | ||
GH/PRL-産生 | Yes | 10%v1 | ||
TSH-産生 | Yes | Rare 2 | ||
ACTH-産生 | Yes | <5% 1 | ||
非機能性 | No | <10% 1 | ||
高分化型 GEP内分泌 | ガストリノーマ | Yes | 40% | |
インスリノーマ | Yes | 10%1 | ||
グルカゴノーマ | Yes | <3% 1 | ||
VIPoma | Yes | 3% | ||
ソマトスタチノーマ | Yes | <1% | ||
非機能性 | No | 55%1 | ||
神経内分泌 | 胸腺 | No | 3%-8% 1 | |
気管支 | No | 4.7%-6.6%1 | ||
2型胃ECL | No | 10%1 | ||
副腎 | コルチゾール産生 | 稀に過剰分泌 | 40% 1 | |
アルドステロン産生 | 稀に過剰分泌 | |||
褐色細胞腫 | 稀 | <1%1 |
ACTH=副腎皮質刺激ホルモン;ECL=腸クロム親和性様;GEP=膵消化管;GH=成長ホルモン;NA = 該当せず;PHPT=原発性副甲状腺機能亢進症;PRL=プロラクチン;TSH=甲状腺刺激ホルモン;VIPoma=血管作動性腸管ペプチド分泌腫瘍
MEN1関連腫瘍は同部位に生じる散発性腫瘍(他のMEN1の所見がみられない単一の腫瘍)と臨床像が異なることが多いことに注意する必要がある(鑑別診断の項参照).
原発性副甲状腺機能亢進症(PHPT)
PHPTはしばしば軽症であり,高カルシウム血症はMEN1のリスクがあるまたはすでに診断のついている無症状の人でよく見つかる.PHPTはもっとも頻度の高いMEN1関連内分泌病変であり,90%の患者では初発病変となる.通常20~25歳で発症する.すべてのMEN1患者は50歳までに高カルシウム血症を呈すると考えられる [Thakker 2010].PHPTは長期にわたって無症状であることが多いが,小児においてくる病や骨軟化症として現れることがある[Wang et al 2017].
高カルシウム血症の一般的な臨床的徴候:
高カルシウム血症はガストリノーマからのガストリン分泌を増加させるため,ゾリンジャ―・エリソン症候群の症状を急出現および/または増悪させる[Norton et al 2008].
病理.一腺の腺腫ではなく,すべての腺が腫大する多腺性副甲状腺疾患を呈するのが典型である.
がん発症リスク.MEN1では副甲状腺癌はまれである.これまでに報告されているのは21例のみである[Song et al 2020].
下垂体前葉腺腫
孤発例(家系内で1人だけMEN1を発症)の25%,家族例の10%で,下垂体腺腫が初発病変となる.MEN1の下垂体腺腫の発症頻度は,15~55%と幅がある[Thakker et al 2012].下垂体腺腫は男性よりも女性に顕著に高い頻度(31% vs 50%)で発生する Vergès et al [2002].
下垂体腺腫は通常単発であるが,複数のホルモンを産生する腺腫も報告されている(例えば,卵胞刺激ホルモン[FSH],黄体ホルモンあるいは副腎皮質刺激ホルモン[ACTH]産生を伴う成長ホルモン[GH]とプロラクチン[PRL]共産生腫瘍) [Trouillas et al 2008].稀ではあるが,ひとりの患者に同時に複数の下垂体腫瘍が見られることがあり,-例えば,Al Brahim et al [2007] によって,ゴナドトロピン産生巨大腺腫とACTH産生微小腺腫を発症した患者が報告されている.
臨床症状は産生される下垂体ホルモンによって異なる:
病理. MEN1の下垂体腺腫の65%~85%が巨大腺腫である[Brandi et al 2001, Vergès et al 2002].MEN1関連腫瘍は,散発性の下垂体腫瘍より大きく,浸潤性であることが多い.多病巣性下垂体腫瘍は,MEN1では稀である(1.5-4%) [Trouillas et al 2008, Le Bras et al 2021].
がん発症リスク.Vergès et al [2002]は下垂体巨大腺腫の32%が浸潤性であると報告しているが,MEN1関連下垂体腫瘍の悪性転化はまれである[Thakker et al 2012].MEN1関連転移性または悪性のプロラクチノーマ,ゴナドトロピン産生腫瘍,TSH産生腺腫, および/または非機能性の下垂体腺腫の報告は稀である[Benito et al 2005, Scheithauer et al 2009, Morokuma et al 2012, Philippon et al 2012, Incandela et al 2020].
高分化型膵消化管(GEP)内分泌腫瘍
ガストリノーマ.MEN1患者のおよそ40%はガストリノーマを発症し,ゾリンジャ―・エリソン症候群(ZES)を呈する.MEN1関連ガストリノーマの10%未満は膵臓で発症するが,90%以上は十二指腸で発症する.ZESは通常40歳以前に発現する[Gibril et al 2004]; MEN1関連ZES患者の25%はMEN1の家族歴がない[Gibril et al 2004].所見としては上腹部痛,下痢,食道逆流,潰瘍などがある;適切に診断や治療が行われないと,先行症状がないまま潰瘍穿孔を起こすこともある.体重減少も一般的ではないが報告されている.ZES関連高ガストリン血症は多発性十二指腸潰瘍を引き起こす;多くの場合,食後2時間以上経過してから,あるいは夜間に心窩部痛が出現し,食事によって軽快する.痛みは右上腹部や胸部,背部に現れることもある.嘔吐は胃流出部の狭窄や閉塞による可能性があり;吐血や下血は消化管出血の結果として起こる.
膵ガストリノーマは二指腸ガストリノーマに比べて腫瘍が大きく,肝転移の危険性も高く,結果としてより悪性度が高い.多発膵内分泌腫瘍の患者でも,平均33歳で手術を受けた8例の無症状の患者では転移が見られなかった[Tonelli et al 2005]が,平均51歳で手術を受けた,すでに症状を呈していた12例のうち4例には遠隔転移がみられ,うち2名は結果的に死亡した.
インスリノーマ.MEN1に関連するインスリノーマの発症年齢は,散発性のインスリノーマに比べて約10年早い [Marx et al 1999].高インスリン血症の原因となる腫瘍の大きさは通常直径1~4 cmである.
グルカゴノーマ.グルカゴノーマは他のMEN1関連腫瘍に伴って生じうるが,非常に稀である.MEN1関連グルカゴノーマは,診断されたすべてのグルカゴノーマのおよそ3%に過ぎないと推定されている[Castro et al 2011].腫瘍サイズは>3 cmであることが多い.
VIP産生腫瘍.MEN1患者の3%が疾患のいずれかの段階でVIP産生腫瘍を発症すると推定されている.MEN1関連VIP産生腫瘍はすべての診断されたVIP産生腫瘍のおよそ5%である[Yeung & Tung 2014].腫瘍サイズは3 cmを超えることが多い.
非機能性GEP腫瘍はMEN1患者で頻繁に認められる.超音波内視鏡による前向き調査では,MEN1患者における非産生性膵腫瘍の発現頻度は54.9%で,その頻度はこれまで考えられていたよりも高かった[Thomas-Marques et al 2006].さらに,フランス内分泌腫瘍研究グループ(French Endocrine Tumor Study Group)によると,これらの腫瘍の50歳での浸透率は34%で,MEN1の膵十二指腸腫瘍の中でもっとも頻度が高い.非機能性腫瘍を発症したMEN1患者の生命予後は,膵十二指腸腫瘍を発症していない患者に比べて短い[Triponez et al 2006].
神経内分泌腫瘍
胸腺,気管支,2型腸クロム親和性細胞様(ECL)神経内分泌腫瘍はMEN1患者の3-10%に発生する.CT検査は限局した無症状の気管支腫瘍の検出に有用であり,CTとMRIは最初の評価において胸腺神経内分泌腫瘍の検出に同程度の感度を有する[Thakker et al 2012].胸部X線撮影やソマトスタチン受容体シンチグラフィは,初発もしくは再発胸腺神経内分泌腫瘍の検出においてはCTやMRIに比べて感度が低いので,これらは最初の画像診断検査には用いられない[Gibril et al 2003, Scarsbrook et al 2007, Goudet et al 2009].
神経内分泌腫瘍は,MEN1関連腫瘍の中で唯一発症に性差が存在することが,近年知られるようになった:胸腺神経内分泌腫瘍は男性により多く,その割合は20:1であり,気管支神経内分泌腫瘍は主に女性に発症する(男女比1:4)[Thakker et al 2012].興味深いことに,日本人MEN1患者では胸腺神経内分泌腫瘍の性差はさほど顕著ではない(男女比2:1)[Sakurai et al 2012].さらに,喫煙者は非喫煙者よりも神経内分泌腫瘍腫瘍を発症するリスクが高い.
神経内分泌腫瘍の臨床経過はゆっくりであることが多いが,進行が早く治療に抵抗性を示すものもある[Schnirer et al 2003].胸腺,気管支,胃神経内分泌腫瘍がACTHやカルシトニン,GH放出ホルモンを分泌することは稀である;同様に,セロトニンやヒスタミンを分泌することもほとんどなく,カルチノイド症候群の原因とはならない.胸腺神経内分泌腫瘍の成長ホルモン産生による先端巨大症の例[Boix et al 2002]や,ACTH産生によるクッシング症候群の例[Takagi et al 2006, Yano et al 2006]が報告されている.
Gibril et al [2003]による後ろ向き研究では,胸腺神経内分泌腫瘍が初発病変であった患者はおらず,胸腺神経内分泌腫瘍はMEN1の中では遅い時期に現れる病変であることを証明した.MEN1の胸腺神経内分泌腫瘍は通常大きな浸潤性腫瘍に進行した時点で発見される.頻度は高くないが,胸部画像で発見されたり副甲状腺手術の際に行う胸腺摘出術で発見されたりすることもある.
胃神経内分泌腫瘍の平均診断時年齢は50歳である[Berna et al 2008].
病理
神経内分泌腫瘍は多発傾向があり,同時に発生することも異時性に発生することもある.
がん発症リスク
胸腺神経内分泌腫瘍は,特に男性喫煙者において進行性かつ高度に致死性である[Goudet et al 2009].神経内分泌腫瘍腫瘍の脊髄転移[Tanabe et al 2008]や,胸腺腫と胸腺神経内分泌腫瘍の同時発症の報告もある [Miller et al 2008].
多くの気管支神経内分泌腫瘍は,胸腺神経内分泌腫瘍に比べ,腫瘤による局所症状および転移や切除術後再発が見られることもあるが,臨床的には穏やかな経過をたどる[Sachithanandan et al 2005].
したがって,胸腺腫瘍の存在はMEN1における死亡リスク増大に有意に関与している(ハザード比=4.29)のとは対照的に,気管支神経内分泌腫瘍は生命予後には影響しない[Goudet et al 2010].胸腺腫瘍の診断から生存期間中央値はおよそ9.5年であり,70%の患者では腫瘍が直接の死因となる[Goudet et al 2009].
副腎皮質腫瘍
副腎皮質腫瘍は片側性のことも両側性のこともあり,用いられる画像検査法の違いによりさまざまな頻度が報告されている(20~73%).副腎皮質腫瘍はCTスクリーニングで見つかることが最も多い.
これらの腫瘍の大部分は非機能性であるが,皮質腺腫,過形成,多発腺腫,結節性過形成,嚢胞,あるいは癌も含まれる;これらの腫瘍の10%未満にホルモンを過剰分泌するものがあり,その中ではクッシング症候群の原因となる副腎皮質腫瘍が最も多い[Thakker et al 2012].
稀ではあるが,副腎皮質腫瘍が原発性高コルチゾール症や高アルドステロン症に関連することがある[Honda et al 2004].患者67例の研究で,Langer et al [2002] は10例で非機能性の良性腫瘍を,8例で両側性の副腎腫瘍を,3例のクッシング症候群および1例の褐色細胞腫を同定した.4例で副腎皮質癌を発症しており,うち3例は機能性であった.
病理
無症状の副腎腫大はポリクローナルまたは過形成性であり,通常腫瘍化しない. Langer et al [2002]の報告では,診断時の腫瘍径中央値は3.0 cm(1.2~15.0 cm)で,大部分が3 cm以下であった.
がん発症リスク
715例のMEN1患者の調査で,Gatta-Cherifi et al [2012]は副腎皮質癌の発症率を1%と推定している.1cm以上の副腎腫瘍がみられるMEN1患者のうち,副腎皮質癌のリスクは約13%である.このリスクは腫瘍径が4cmより大きい患者ではより高い可能性がある[Wang et al 2019].
MEN1に伴う非内分泌腫瘍
以下の皮膚病変が含まれる [Darling et al 1997, Thakker et al 2012]:
中枢神経系腫瘍はMEN1では稀である.
平滑筋腫は平滑(無紋)筋由来の良性腫瘍である[McKeeby et al 2001, Ikota et al 2004].散発性子宮平滑筋腫は妊娠可能年齢女性の20-30%に認められる.MEN1女性における子宮筋腫の頻度と散発性発症を比較したデータはない.またMEN1患者における食道や肺の多発平滑筋腫に関するデータもない.
甲状腺腫瘍.腺腫,コロイド腫瘍,および癌がMEN1患者の25%以上に発生すると報告されている.一般集団においても甲状腺病変の頻度が高いことを考慮すると,MEN1患者における甲状腺腫瘍はおそらく偶発的で,有意なものではない [Thakker et al 2012].
乳癌.オランダ,フランス,タスマニアおよび米国の4つの独立したMEN1コホートにおいて,乳癌発症が有意に高いことが示された.オランダのコホートでは,MEN1女性の乳癌の相対リスクは2.83;乳癌の診断年齢中央値は45歳で,オランダの一般集団より15年若い[Dreijerink et al 2014].
MEN1の罹患率と死亡率
MEN1に伴う臨床像の理解,MEN1関連腫瘍の早期診断,リスクのある子どもの発症前のスクリーニング,MEN1の代謝性合併症の治療により,死因となるZESおよび/または合併するPHPTが死因からほぼ除外され,MEN1関連腫瘍に伴う罹患率と死亡率が減少した[van Leeuwaarde et al 2016].それにもかかわらず,MEN1患者が早期死亡にいたる危険性は依然として顕著である[Geerdink et al 2003].現在,MEN1の死亡の約30%は悪性腫瘍が原因である.
生活の質(QOL)
29例のスウェーデン人MEN1患者を対象とした定性的研究では,参加者は日常生活における身体的,心理的,社会的制約やこうした制約が彼らのQOLに与える影響を報告している.参加者の大多数は状況に適応できており,身体的な症状や治療を受けているにもかかわらず自身を健康であると評価していた.参加者は臨床的な経過観察プログラムのもとで良好なケアを受けていた [Strømsvik et al 2007, Marini et al 2017].近年ではイタリアの76例のMEN1患者で,5つの共通した質問票を用いた健康関連QOLの解析が行われた.罹患者の半数は,専門施設に紹介されて管理されており,個別化されたケアを受けられているため,その臨床的状態に関わらず適度に楽観的だった[Giusti et al 2021].
遺伝型-表現型の関係
MEN1における遺伝型-表現型の直接的な関係は特定されていない[Brandi et al 2021].
メニンのJunD結合ドメインに影響を与えるヘテロ接合性MEN1病的バリアントがあると死亡リスクが2倍高いという報告がある[Thevenon et al 2013]( 分子遺伝学の項参照). Thevenon et al [2015] の別の報告では,下垂体腺腫,副腎腫瘍,胸腺腫瘍にのみ軽微な正の家族内遺伝率が認められ,遺伝的関係が小さくなるとともに漸減することが示された.しかしながら,両報告とも直接的な遺伝型‐表現型関連はないことを確認している.
MEN1遺伝子の短縮型バリアントを有する場合に,他のMEN1関連腫瘍よりも胸腺神経内分泌腫瘍の頻度が高い傾向がある(統計的有意差はない)という報告がある[Lim et al 2006]が, Lips et al [2012]の総説では単一の病的バリアントと特定の表現型との関連は認めていない.
MEN1の表現型としての腫瘍特異的なクラスターとして唯一報告されているのは,ニューファンドランド島の4家系とモーリシャスの1家系で同定されたBurinバリアントc.1378C>T (p.Arg460Ter)のみで,平均的なMEN1と比べ,プロラクチノーマの頻度が高く,ガストリノーマの頻度が低い[Hao et al 2004].
浸透率
すべての臨床的所見に対する年齢別浸透率は,20歳で50%以上,40歳では95%以上である [Brandi et al 2021].
有病率
MEN1の頻度は1万人から10万人に1人の間である.創始者効果の結果としての地域的集積が報告されている[Carroll 2013].
遺伝的に関連のある疾患
MEN1生殖細胞系列病的バリアントに関連するその他の表現型について Table 3にまとめた.
表3.MEN1アレルに関連する疾患
疾患 | 遺伝形式 | 臨床的特徴 / 備考 |
---|---|---|
MEN1-関連家族性孤発性副甲状腺機能亢進症 (FIHP) |
AD | FIHPは副甲状腺腺腫や過形成,その他の関連内分泌病変を特徴とする.MEN1 生殖細胞系列病的バリアントはFIHP家系の20-57%で報告されている1.MEN1-関連FIHP家系では, 病的バリアントの38%がミスセンスであるが,MEN1ではミスセンスバリアントは20% 程度である. 2 FIHP家系ではMEN1 ナンセンスバリアントは 5%のみだったがMEN1家系では23%である. 特記事項として,イントロン領域にMEN1病的バリアントを認め,副甲状腺機能亢進症-顎腫瘍症候群の臨床的エビデンスがないFIHPの1家系では,発端者の母親(遺伝的背景は不明だが,発端者と同様の病的バリアントを保有していた可能性が高い)は副甲状腺癌で死亡した3.つまり, MEN1に比較しFIHPでは副甲状腺癌のリスクが高まると考えられる (鑑別疾患の項参照). |
家族性下垂体腫瘍 | AD | 家族性下垂体腫瘍の発端者でMEN1病的バリアント陽性例は1%に満たない.4 |
AD=常染色体顕性(優性);MEN1=多発性内分泌腫瘍症1型
MEN1の他の所見を伴わずに発生する散発性腫瘍(副甲状腺腺腫,ガストリノーマ,インスリノーマ,気管支神経内分泌腫瘍など)では,しばしば生殖細胞系列に存在しないMEN1の体細胞病的バリアントが認められる.この状況では,これらの腫瘍が次世代に遺伝することはない[Carling 2005].より詳しい情報は,分子遺伝学,がんおよび良性腫瘍の項を参照.
表4.MEN1の鑑別診断にあがる遺伝性がん症候群
遺伝子 | 疾患 | 遺伝形式 | MEN1と重複する所見 | 鑑別所見 |
---|---|---|---|---|
AIP | AIP-関連下垂体腫瘍易罹患性 (PAP) & 多発性下垂体腺腫(PITA1) (See AIP 家族性孤発性下垂体腺腫参照.) | AD | 下垂体腺腫 |
|
GPR101 | 下垂体腺腫2, GH-産生型 (PITA2) (OMIM 300943) | XL | GH-産生下垂体腺腫 | MEN1の他の典型的な内分泌病変とは関連しない |
CDH23 | 下垂体腺腫5, 多発型 (PITA5) (OMIM 617540) | AD | 家族性下垂体腺腫で見られるGH-産生型 & 非機能性下垂体腺腫,GH-産生非機能性, PRL-産生,ACTH-産生, TSH-産生, & 散発性下垂体腺腫型における多形性ホルモン(GH & TSH) 腫瘍 | MEN1の他の典型的な内分泌病変とは関連しない |
CASR1 CDC732 GCM2 MEN1 |
家族性孤発性原発性副甲状腺機能亢進症(FIHP)3(OMIM 145980, 145000, 617343) | AD | 副甲状腺腺腫または過形成 | MEN1の他の典型的な内分泌病変とは関連しない.遺伝学的に関連する疾患の項参照 |
CDKN1B | MEN4 (OMIM 610755) | AD | すべての所見 | 特定の鑑別できる臨床的所見はない |
RET | 多発性内分泌腫瘍症2A型(MEN 2A) | AD | PHPT (MEN 2A患者の20-30%); 高カルシウム尿症 &腎結石 (少数) |
|
ACTH=副腎皮質刺激ホルモン;AD=常染色体顕性(優性);GH=成長ホルモン;MEN1=多発性内分泌腫瘍症1型; PTPH=原発性副甲状腺機能亢進症;PRL=プロラクチン;TSH=甲状腺刺激ホルモン;XL=X連鎖性
表5.MEN1関連臨床所見との鑑別診断
臨床所見 | 備考 |
---|---|
下垂体腫瘍 |
|
ゾリンジャ―・エリソン症候群(ZES) | |
非機能性神経内分泌腫瘍 | |
インスリノーマ |
|
神経内分泌腫瘍 |
|
顔面血管線維腫 |
|
平滑筋腫 | あるポート症候群でもみられることがある. |
MEN1=多発性内分泌腫瘍症1型;MEN4=多発性内分泌腫瘍症4型;NF1=神経線維腫症1型;TSC=結節性硬化症;VHL=フォン・ヒッペル・リンドウ症候群
多発性内分泌腫瘍症1型(MEN1)の診療ガイドラインが公開されている[Thakker et al 2012] (全文).
初期診断後の評価
MEN1と診断された患者の疾患の程度と必要性を確認するために,Table 6にまとめた評価方法が推奨される.
表6.MEN1患者における初回診断後の推奨評価項目
臓器/関連事項 | 評価方法 | 備考 |
---|---|---|
多腺性副甲状腺疾患 |
|
5歳以上で |
下垂体前葉腫瘍 |
|
5歳以上で |
高分化型GEP内分泌腫瘍 | クロモグラニン-A, 膵ポリペプチド, グルカゴン, その他膵NETに対する血管作動性腸管ペプチド | 8歳以上で |
|
20歳以上で | |
神経内分泌腫瘍腫瘍 | 考慮する1
|
15歳以上で |
非内分泌腫瘍 | 皮膚科の検査 | |
遺伝カウンセリング | 遺伝の専門家による2 | 罹患者やその家族に対して,早期診断や治療および個人的な意思決定を支援するために,MEN1の病態や遺伝形式,その人に対する影響などについて情報提供する. |
EUS=超音波内視鏡;GEP=膵消化管;PTH=副甲状腺ホルモン;SRS=ソマトスタチン受容体シンチグラフィ
症状に対する治療
原発性副甲状腺機能亢進症(PHPT)
副甲状腺摘出がMEN1患者の治療選択肢であるが,亜全摘手術(3.5腺以下)か全摘術か,また,手術は病気の初期に行うべきか,後期に行うべきかは,議論のあるところである.手術の時期や副甲状腺への介入については,個人の特定の臨床的特徴に合わせて調整する必要がある.
MEN1におけるPHPTの最初の治療として副甲状腺亜全摘が提案される;副甲状腺全摘術と自家移植は,初回または再手術時に病変が広範囲に及んでいる場合にも行われることがある[Thakker et al 2012].
高Ca尿症を伴う高Ca血症の場合には,高Ca量による臨床的影響を予防および/または軽減するために副甲状腺摘出術を延期することがある.
無症状の高Ca血症では,通常,症状発現や合併症の定期的評価を行うことで副甲状腺手術を遅らせることができる.
ゾリンジャ―・エリソン症候群(ZES)を伴うMEN1患者の場合には,PHPTと高Ca血症を是正し,結果として胃酸分泌を減らして消化性潰瘍のリスクを下げるために,副甲状腺摘出術は必須である.
手術前に骨吸収抑制剤を投与することで高Ca血症を改善し,PTH依存性骨吸収が制御され,将来的な骨粗鬆症リスクを軽減する.
術後副甲状腺機能低下.副甲状腺全摘または亜全摘後初日の血清PTH濃度の測定は,残存副甲状腺機能の予測に適している[Debruyne et al 1999, Mozzon et al 2004].血清Ca濃度を繰り返し測定することも有用で,血清PTH濃度の測定より安価である[Debruyne et al 1999].
副甲状腺の自家移植後には,血清PTH濃度を術後2か月以内に評価すべきであり,その後は1年ごとに測定する;血清PTH濃度は,副甲状腺自家移植をした腕とそうでない腕の両方から同時に別々に採血して測定するべきである.
副甲状腺手術の適応とならない患者や過去の治療が失敗した,あるいは術後再発やさらなる外科治療を拒否するPHPT患者に対しては,正常のCa代謝を回復し,副甲状腺細胞増殖を制御する,カルシウム受容体作動薬(シナカルセトなど)でも治療可能である.シナカルセトは耐用性が高く安全で,MEN1患者の治療薬として有用である[Moyes et al 2010, Giusti et al 2016].
下垂体前葉腺腫
プロラクチン-産生腺腫(プロラクチノーマ)
成長ホルモン(GH)-産生腺腫
副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)産生腺腫
非機能性下垂体腺腫
高分化型膵消化管(GEP)内分泌腫瘍
ガストリノーマ
膵腫瘍.MEN1患者の無症候性の膵手術については議論がある.
神経内分泌腫瘍腫瘍
長期作用型SSAsが神経内分泌腫瘍症候群に伴う分泌機能亢進を制御する [Tomassetti et al 2000];しかしながら,悪性化リスクは変化しない[Schnirer et al 2003].したがって,神経内分泌腫瘍に対する治療は可能であれば外科的切除である.
MEN1に伴う胸腺神経内分泌腫瘍は,切除後1年以上経過観した症例では全例で再発していた [Gibril et al 2003].
切除不能例や転移例では,放射線治療や化学療法(シスプラチン,エトポシド)が行われる[Oberg et al 2008].
副腎皮質腫瘍
副腎における非機能性腫瘍のほとんどは良性であるため,MEN1関連副腎皮質腫瘍の管理についての合意の得られたガイドラインはない.径4 cm以下の副腎皮質癌も知られてはいるものの,腫瘍が4 cmを超えると悪性化の危険が高まる[Thakker et al 2012].4 cmを超える腫瘍や1~4 cmでも非典型的もしくは悪性を疑う画像所見を認める時,6ヶ月の間に明らかに腫瘍増大を認める時は,手術が提案される[Langer et al 2002, Schaefer et al 2008, Gatta-Cherifi et al 2012].MEN1患者の機能性副腎腫瘍に対する治療は,散発性の副腎腫瘍と同様である.
術中高血圧クリーゼ.MEN1では褐色細胞腫の発症は稀ではあるが,術前に褐色細胞腫の診断と治療のために尿中カテコラミンを測定し,術中の危険で致命的な血圧の急上昇を防ぐことが肝要である.
MEN1関連非内分泌腫瘍
特別な治療はない.MEN1患者の皮膚病変に対しては,一般と同様の方法で治療される.
一次予防
MEN1において悪性腫瘍発生のリスクが高い臓器は,十二指腸,膵,肺(気管神経内分泌腫瘍)であり,(予防的)切除には向いていない.
MEN1で唯一行える予防的手術は,胸腺神経内分泌腫瘍予防のための胸腺切除である[Brandi et al 2001].原発性副甲状腺機能亢進症の頸部手術に際して,MEN1男性,特に喫煙者の場合や胸腺神経内分泌腫瘍の血縁者がいる場合には,予防的胸腺摘出を考慮すべきである[Ferolla et al 2005].
サーベイランス
ヘテロ接合性MEN1病的バリアントを有するが無症状の人(Table 7a参照),あるいはMEN1関連腫瘍のリスクがある人(罹患した親がいるが,分子遺伝学的検査を受けていない)(Table 7b参照)に対しては,サーベイランスが推奨される.悪性化の可能性がある神経内分泌腫瘍の早期発見,早期治療は,MEN1の臨床経過や生命予後を改善する.こうしたスクリーニングは,臨床症状が現れるよりも10年早く疾患発症の検出が可能で,早期治療を可能にする[Bassett et al 1998].
表7a.MEN1患者に対して最低限推奨されるサーベイランス
臓器/関連事項 | 評価方法 | 頻度 |
---|---|---|
副甲状腺腫瘍 |
|
年1回 5歳から開始1 |
下垂体前葉腫瘍 | 血清プロラクチン,IGF-1,空腹時血糖,およびインスリン濃度 | 年1回 5歳から開始1 |
頭部MRI | 3-5年ごと 5歳から開始2 |
|
高分化型GEP内分泌腫瘍 | クロモグラニン-A, 膵ポリペプチド, グルカゴン, その他膵神経内分泌腫瘍に対する血管作動性腸管ペプチド | 年1回 8歳から開始1 |
空腹時血清ガストリン濃度 | 20歳から開始1 | |
腹部CT, MRIまたはEUS検査を考慮する | 3-5年ごと 20歳から開始2 | |
神経内分泌腫瘍腫瘍 | 考慮する:3
|
年1回 15歳からの開始を考慮する. |
非内分泌腫瘍 | 皮膚科の検査 | 年1回または必要に応じて |
EUS=超音波内視鏡;GEP=膵消化管;PTH=副甲状腺ホルモン;SRS=ソマトスタチン受容体シンチグラフィ
表7b.MEN1の可能性が50%の人に対して推奨されるサーベイランス
臓器関連事項 | 評価方法 | 頻度 |
---|---|---|
副甲状腺腫瘍 |
|
年1回 10歳から開始 |
下垂体前葉腫瘍 | 血清プロラクチン濃度 | 年1回 5歳から開始 |
高分化型GEP内分泌腫瘍 |
|
ZES(胃食道逆流症または下痢)の症状があれば年1回 20歳から開始 |
EUS=超音波内視鏡;GEP=膵消化管;PTH=副甲状腺ホルモン;ZES=ゾリンジャー・エリソン症候群
避けるべき薬剤/環境
MEN1患者において,喫煙は神経内分泌腫瘍腫瘍の高いリスクとなる.
リスクのある血縁者に対する検査
早期にサーベイランスを開始し,予防法や治療の恩恵を受けることのできる可能性のある家系員を早期に同定するために,リスクの高い見かけ上無症状の血縁者に対し,家系内のMEN1病的バリアントの分子遺伝学的検査によって遺伝的状態を明らかにすることは適切である.悪性化の可能性がある神経内分泌腫瘍の早期発見,早期治療は,MEN1の臨床経過や生命予後を改善する.
罹患している血縁者に生殖細胞系列にMEN1病的バリアントが同定されている家系では,リスクのある家族に対する分子遺伝学的検査が行える[Lamimoreら2004].
MEN1病的バリアントに対する分子遺伝学的検査の実施が不可能な場合,また有用な情報が得られない場合には,50%のリスクがある人(MEN1罹患者の一度近親者)は定期的な検査を行うべきである(サーベイランス, Table 7b参照).
リスクのある血縁者の検査に関する問題と遺伝カウンセリングの目的については 遺伝カウンセリングの項を参照のこと.
妊娠管理
MEN1は稀な疾患であるため,妊娠中の罹患者の健康管理についての特別なガイドラインはない.
母体のPHPTは,その原因にかかわらず,妊娠中の子癇前症のリスクを高める[Hultin et al 2009].PHPTの母から生まれた子の約50%は新生児低Ca血症を呈する[Kort et al 1999].その他の新生児合併症としては,子宮内発育不全,早産,永続的副甲状腺機能低下症がある[Diaz-Soto et al 2013].
妊娠7年前に副甲状腺全摘術を受け,妊娠中もカルシウム製剤とビタミンDの補充と毎月の血清カルシウム測定で管理されていた,分子遺伝学的に確定したMEN1の29歳女性の報告がある.彼女は無症候性の下垂体微小腺腫と膵島細胞腫も有していた.妊娠は合併症なく経過し,満期で健康な児を分娩した.児には特に新生児合併症を認めなかった[Daglar et al 2016].
研究中の治療法
下垂体腫瘍.下垂体プロラクチン産生腺腫を発症するMEN1の動物モデルで,抗VEGF-Aモノクローナル抗体(mAb)であるG6-31単剤の研究が行われた.腫瘍増大はMRIで評価し,細胞切片における血管密度が評価された.治療群では下垂体腺腫増殖抑制による有意な腫瘍の倍加時間の延長と血清プロラクチン濃度の低下が認められたが,対照群では認められなかった.さらに,治療によって膵島腫瘍の血管密度の有意な減少が認められた.これらの所見は,VEGF-A阻害がMEN1関連腫瘍を含む内分泌系良性腫瘍の非外科的治療となり得ることを示唆している[Korsisaari et al 2008].
高分化型膵消化管腫瘍.
奏効率は15-35%と報告されているが,腫瘍のタイプと用いられる放射性核種によって異なる[Kwekkeboom et al 2011, Nicolas et al 2011, Ezziddin et al 2014].MEN1に伴う神経内分泌腫瘍に特化した研究はない.
分子標的治療
広範な疾患や症状の臨床研究に関する情報は,米国については ClinicalTrials.gov を,ヨーロッパについてはEU Clinical Trials Register を参照すること.
「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝学的検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的、倫理的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」
遺伝形式
多発性内分泌腫瘍症1型(MEN1)は,常染色体顕性遺伝(優性遺伝)形式をとる.
家族構成員のリスク
発端者の両親
発端者の同胞
発端者の同胞のリスクは発端者の両親の臨床的/遺伝的状況によって異なる.
発端者の子
他の家族構成員
他の家系員のリスクは発端者の両親の遺伝学的状況によって異なる.もし片方の親が罹患している,および/またはMEN1病的バリアントを有している場合は,その家系にもリスクがある.
遺伝カウンセリングに関連した問題
リスクのある血縁者への早期診断・治療目的の評価に関する情報については,臨床的マネジメント, リスクのある血縁者の評価の項を参照されたい.
リスクのある無症状の家族の検査
MEN1病的バリアントが同定された患者のすべての一度近親者に対して,分子遺伝学的検査を行うことが強く推奨される.リスクがある無症状の血縁者に対する検査はできるだけ速やかに行うべきであり,これにより,病的バリアント陽性の場合,適切な臨床的サーベイランスを受けることが可能になる( 臨床的マネジメントの項参照).遺伝学的検査の前に,家系内のすべてのリスクのある血縁者に対して教育と遺伝カウンセリングを提供するのが適切である.
遺伝性腫瘍のリスク評価とカウンセリング
分子遺伝学的検査の実施の如何に関わらず,がんのリスク評価の過程でリスクのある者を同定することの,医学的,心理学的,倫理的な包括的説明は癌の遺伝的リスク評価およびカウンセリング-医療従事者用 (part of PDQ®,米国国立がん研究所)を参照すること.
家族計画
DNAバンキング
遺伝子や発症メカニズム,疾患についての検査手法や理解が将来改善する可能性があるため, 分子学的診断が確定しなかった(つまり原因となる発症メカニズムが判明していない)発端者のDNAの保管を考慮すべきである.
出生前検査および着床前遺伝学的診断
MEN1病的バリアントが罹患者の家族に同定されれば,リスクがある妊娠についての出生前検査およびMEN1についての着床前遺伝子診断が可能である.
医療の専門家間や家族内においても,出生前診断に対する考え方の相違が存在しうる.多くの専門機関は出生前診断については夫婦の自己決定の問題だと考えているが,この問題については議論することが適切である.
訳注:日本では本症における出生前診断および着床前診断は行われていない.
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Multiple Endocrine Neoplasia Type 1
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訳注:日本では当事者会として「むくろじの会」が活動している.
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UK National MEN1 & PNET Research Registry
http://men-net.org/mukuroji/
分子遺伝学
分子遺伝学とOMIMの表の情報はGeneReviewsの他の場所の情報とは異なるかもしれない。表は、より最新の情報を含むことがある。
表A. 多発性内分泌腫瘍1型:遺伝子およびデータベース
遺伝子 | 染色体座位 | タンパク | 座位特異的データベース | HGMD | ClinVar |
---|---|---|---|---|---|
MEN1 | 11q13.1 | Menin | MEN1 gene homepage | MEN1 | MEN1 |
データは以下の標準的参照資料をもとに作成した.遺伝子は HGNC;染色体座位はOMIM;タンパク質は UniProtを参照した.リンクが提供されたデータベース(座位特異性, HGMD,ClinVar)の詳細についてはこちらを参照のこと.
表B. 多発性内分泌腫瘍1型に関するOMIMの登録 (OMIMですべてを見る)
131100 | 多発性内分泌腫瘍1型; MEN1 |
613733 | MENIN 1; MEN11 |
分子病理学
MEN1はDNAの複製と修復および転写機構において組織特異的な役割をもつ核タンパクであるメニンをコードする.メニンは,以下の機構による細胞増殖の抑制を通じて,腫瘍形成を抑制することが示唆されている:
メニンの生理学的作用は腫瘍形成に直接関係しない他の過程でも示されている.
疾患発症メカニズム.生殖細胞系列のヘテロ接合性機能喪失型バリアントおよび後天的体細胞性機能喪失型バリアントによるMEN1の両アレルの不活化
MEN1特異的な検査上の技術的考慮点.MEN1のコーディング領域はエクソン2-10を含む;エクソン1の全てとエクソン2および10の一部は非コード領域である.エクソン1には病的バリアントは見つかっておらず,このエクソンは通常遺伝学的検査から除外される.
表8.注目すべきMEN1病的バリアント
参照配列 | DNA塩基変 | 予測されるタンパク変化 | 備考[参照] |
---|---|---|---|
NM_001370259.2 NP_001357188.2 |
c.1378C>T | p.Arg460Ter | 遺伝型と表現型の関連の項参照 |
表に掲載されているバリアントは著者らから提供された.GeneReviewsのスタッフはバリアントの分類分けの検証はおこなっていない.
GeneReviews はHuman Genome Variation Societyの標準的な命名規則に従っている(varnomen.hgvs.org).命名法の解説については,Quick Referenceを参照のこと.
がんおよび良性腫瘍
Arnold et al [2002] は,体細胞バリアントおよび/または散発性副甲状腺腫の15~20%に認められるMEN1両アレルの欠失に関わる特定のクローン性変化を同定した;これらの病的バリアントは,MEN1がコードする領域全体に散在しており,ホットスポットはみられない.さらに,散発性内分泌腫瘍の5~50%では,MEN1が位置する11q13座位のヘテロ接合性の喪失(LOH)が示されている [Friedman et al 1992, Heppner et al 1997].