トップ 差分 一覧 ソース 検索 ヘルプ PDF RSS ログイン

母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査について

母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査(NIPT;無侵襲的出生前遺伝学的検査)について

                                   (室月 淳 2013年7月7日)

本稿は宮城県産婦人科医会誌第120号(2013年)から転載したものです.県内の産婦人科の医師を対象に,検査の原理と内容,予約方法などを解説したものです.

 1. はじめに

「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査」,あるいはnon-invasive prenatal genetic test(無侵襲的出生前遺伝学的検査)の略であるNIPT(エヌ・アイ・ピー・ティー)は,妊娠している母体の血液によって胎児の染色体疾患,具体的には13トリソミー,18トリソミー,21トリソミー(ダウン症候群)の3つの疾患をスクリーニングする検査です.羊水穿刺などとちがって母体採血という簡便な方法によって検査できるため,昨年来マスコミをおおきくにぎわせてきました.いわゆる「新型出生前診断」,「新出生前診断」というなまえで人口に膾炙してきました.

日本産科婦人科学会より,本検査にたいする考えかたや検査をおこなう場合にもとめられる要件についての「指針」が今年3月9日に発表されました.すなわち本検査の実施は「臨床研究」としておこなわれ,当面は認定登録された施設においてのみ実施ということになりました.宮城県立こども病院は,その指針にそった「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査を実施する施設」の施設認定の登録を受け,この4月より臨床研究として本検査を開始いたしました.

NIPTはその無侵襲性,簡便性より,検査の意味,結果の解釈についてのじゅうぶんな説明がなされないまま,安易に検査がおこなわれるおそれがあります.また不特定多数の妊婦にひろく施行されるようになると,胎児の染色体疾患を発見するためのマススクリーニング化する可能性があります.そのため本検査は一般的な医療検査でなく,「無侵襲的出生前遺伝学的検査である母体血中cell-free DNA胎児染色体検査の遺伝カウンセリングに関する研究」という臨床研究としておこなうことになりました.検査をご希望されるかたは,この臨床研究に参加するという形で検査をうけていただくことになります.

以下にNIPTの適応と限界,当院で検査を受けるための条件,予約方法などを説明させていただきます.

 

 2. 検査法の原理

ここでは国内でつかわれているシーケノム社のNIPTの原理となっているmassively parallel genomic sequence (MPS)法について簡単に解説します.

一般的にヒト体内では,組織における細胞死とその崩壊にともなって核内の遺伝子が血液中に放出され,DNA分解酵素によって徐々に分解されていきますが,その過程ではさまざまな長さの遺伝子断片(cell-free DNA)が存在します.その断片数は10mlの血液中におよそ1千万程度と考えられています.MPS法では,血液中に存在する遺伝子断片をすべて回収し,次世代シークエンサーによってその塩基配列を解読してしまうのです.そして今世紀はじめになしとげられたヒトゲノム計画による人の全塩基配列の情報をもとに,その遺伝子断片がどの染色体由来であるかをすべて解読し分類していきます(図1).

妊婦から採血した血液の血漿中には,母体由来のDNA断片と胎児由来のDNA断片が混在していますが,全体の約10%程度が胎児由来のものと考えられています.NIPTにおいては,母体由来と胎児由来を区別せずに,染色体ごとのDNA断片の数をカウントしていきます.もし胎児が21トリソミー(ダウン症候群)であれば,21番染色体由来のDNA断片が正常群とくらべてわずかに多くなるはずです(図2).そのDNA断片数の差を解析し,胎児の染色体の数の異常を統計学的に予測するのがMPS法です.

図1.母体血中には細胞核の崩壊にともなって放出されたさまざまな長さの遺伝子断片が存在する(母体血cell-free DNA).そのなかの10%程度は胎児由来のDNAである.MPS法では,血液中に存在する遺伝子断片をすべて回収し,次世代シークエンサーによってその塩基配列を解読する.さらにヒトの全塩基配列の情報をもとに,その遺伝子断片がどの染色体由来であるかをすべて解読し分類する

図2.妊婦から採血した血液の血漿中のDNA断片を,母体由来と胎児由来を区別せずに,染色体ごとのDNA断片の数をカウントしていく.もし胎児が21トリソミー(ダウン症候群)であれば,21番染色体由来のDNA断片が正常群とくらべてわずかに多くなることになる.これがMPS法の検査の原理である

 

 3. NIPTの検査精度

シーケノム社のMPS法については,米国をはじめとする世界の27施設で計1988例を対象としたコホート研究が行われました.たとえば21トリソミーを例にとりあげてその検査精度をみると,感度sensitivityが99.1%,特異度specificityが99.9%という高い数値が報告されています.「精度99%以上の検査」という新聞報道はこの感度,特異度の値を指しています.説明は不要とは思いますが,たとえばすでに21トリソミーとわかっている胎児100人の母体血をとって,そのうちどれだけがこの検査で陽性とでるかが「感度」,逆に正常胎児とわかっている胎児100人の母体血をしらべて,そのうちどれだけが陰性となるかが「特異度」です.

しかし臨床の場でわれわれが真に知りたいのは,21トリソミーかどうかわからない胎児が,この検査で陽性とでたときに実際に21トリソミーである確率(陽性的中率),陰性とでたときに実際に21トリソミーではない確率(陰性的中率)についてだと思います.検査の結果が陽性/陰性のとき,その被験者が疾患/正常なのかを推測する事後確率である陽性的中率/陰性的中率は,「ベイズの定理」をもちいて計算する必要があります.この確率はもともとの検査対象群のなかに21トリソミーがどの程度の頻度(母集団の罹患率)かに依存するため,検査対象者の年齢によってかわることになります.

NIPTの陽性的中率は,母集団の罹患率が1/100(妊婦年齢では38歳相当)では90%以上ですが,1/300(35歳相当)では75%,ローリスク妊婦での一般頻度の1/900では50%程度になります.逆に陰性的中率のほうは,母集団によってあまり変化がなく99%以上の精度となります.

すなわち結論として,感度,特異度からみるNIPTの精度自体は非常に高いのですが,罹患率がひくいローリスク群では陽性的中率がかなりさがってきますので,NIPTで陽性となっても確定診断としての羊水検査や絨毛生検は絶対必要となるでしょう.そして検査対象はハイリスク群とすることがのぞまれます.逆にNIPTの陰性的中率は対象群にかかわらずきわめて高いので,検査で陰性となった場合の確定診断はおそらく不要と考えられます.結果として羊水検査や絨毛生検といった侵襲的検査をかなりへらすことができることになります.

 

 4. NIPTの適応

このようにNIPTの検査対象は,これまでならば羊水検査や絨毛生検などがおこなわれてきた染色体異常のハイリスク群の妊婦が対象とされています.「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査に関する指針」より,高齢妊婦(35歳以上がめやす),超音波検査によってリスクが高いと判定された妊婦,染色体異常児の出産既往歴がある場合のいずれかとなっています.さらにこのNIPT検査について理解し,同意を得られた妊婦のみになります.

NIPTの検査が可能な時期は妊娠10週から14週くらいまでが原則となります.もし検査で陽性となった場合は確定診断としての羊水検査が必要となります.NIPTの結果がかえってくるまで3週間かかり,そのあとに羊水検査をおこなってその結果がかえってくるまでにさらに3週間かかることを考えれば,実際上,妊娠14週くらいまでのNIPT検査がのぞましいことになります.検査対象から除外されるのは妊娠10週未満,妊娠15週以降のほか,多胎,あきらかな胎児の形態異常を認めるとき(この場合は羊水検査をお勧めします)などです.

もし妊婦から高齢妊娠のリスクについてきかれたり,母体採血による「新型出生前診断」について相談されたときは,「紹介状は書くからあとは自分で電話して申し込むように」などとすぐにいわないで,一度じっくりとお話をお聞きしていいただければ幸いです.それぞれの妊婦はそれぞれの不安をかかえています.それはときとして自分自身ですらよくわかっていない漠然としたおそれであったり,迷いだったりします.妊婦さんのお話をていねいに聞くことによって,ばくぜんとした不安の対象を解きほぐしてあきらかにするだけでも,それはなかば解決にむかうこともしばしばです.お話を聞く過程で,NIPTが問題解決の一助となりそうと判断されたときは,どうか当院までご連絡いただければ幸いです.

 

 5. NIPTの倫理的問題と「臨床研究」としての施行

出生前検査の目的は,胎児に関する医療的情報を得ることにより女性が生殖上の選択肢を広げ,自らのことは自らが決める「生殖の自己決定権」をじゅうぶんに行使できることにあるといえます.そのために「安心」を求めている妊婦の気持にそって,より安全でより正確な検査方法を提供されることになります.しかしこの安心感が検査のための口実とされ,やがては全妊婦に検査対象が拡大されていくとすれば大きな問題です.ローリスクの妊婦に広く網羅的に検査を行われるようになれば,妊娠や出産に関する個人の選択に社会の思惑が介入してきて,優生的な目的に容易に転嫁していくことを危惧する必要があります.

また,きちんとしたカウンセリングを受けず安易に検査を受けた場合には,きわめて深刻な問題に直面することになる可能性があります.出生前検査の最大のリスクは,検査自体よりも検査によって得られた情報への対応を知らないためにおこるともいわれています.正常という結果による安心感の裏側には,胎児の染色体異常や選択的中絶という難しい問題が常につきまとい,この矛盾は医療関係者や家族とのつらい話し合い,いろいろな迷いや逡巡といった形で大きなストレスを強いることになります.

こういった倫理的課題にたいしては,生命倫理学における原則を厳密に適応することで対処できるという一応の結論になっています.すなわち,情報を与えられたうえでの自由意思による選択であり,検査をうけるかうけないかは個々人が自発的にきめること,検査結果は厳重に管理され本人以外には開示されないこと,インフォームドコンセント(インフォームドチョイス),自己決定,ブライバシー権の3つです.

この3つの大原則を前提としてみとめたうえで,出生前診断の中心にあらわれてくるのが選択的中絶の是非の問題です.これに対するこたえはもちろん「自己決定の尊重」ですが,それは具体的にはつぎのような意味になります.「検査はいかなる形においても強制的,威圧的ではなく,自発的におこなわれ,検査をうけたカップルの自己決定により以後のことが決められる.検査の前後にはじゅうぶんな説明とカウンセリングがおこなわれ,そのカウンセリングには一切の指示的要素がはいってはならない」

NIPT検査の前と結果の告知のときの両方に,単なる検査の説明だけにとどまらない専門的な「遺伝カウンセリング」が必須とされるのはこのような意味においてです.これまで遺伝カウンセリングというものが必ずしも一般的でなかったわが国の医療において,NIPTを行うためにはどのような条件が必要か,どのようなカウンセリングが求められているのかなどをあきらかにする必要があります.そこで現在,NIPTは医療サービスとしてではなく,臨床研究としておこなわれています.すなわち検査を希望する妊婦は,臨床研究への参加に同意するという形で検査をうけることになります.

 

 6. 検査の申し込み方法と注意点

検査の予約について妊婦や家族からの直接の申し込みは受けつけていません.妊婦から相談をうけた担当医師ないしは医療機関からの予約申し込みについてのみの対応です.担当医師が本臨床研究参加に適格と判断し,依頼があった場合に限りおうけしております.当院の代表番号に電話して「NIPT希望」といっていただければ,担当者につながることになっています.

NIPTをあつかう遺伝外来は毎週木曜日です.遺伝カウンセリングにじゅうぶんな時間が必要なため予約可能な人数に制限があり,研究参加希望のかた全員をお受けできない場合があることをご了承ください.現在(7月)の段階で予約取得可能なのはほぼ4週間先となっています.

それ以外に当院でNIPT検査を受けるために注意していただきたいのは以下の事項となります.

  • ,垢任忙塞愎猷憤紊凌濃,鮗け,超音波検査により胎児の心拍が確認され出産予定日が決定されていること
  • 検査の受診日が妊娠10週から,原則として14週6日までであること
  • じΦ罎量榲である検査前と後のアンケート(全2回)にご回答いただくこと
  • ジ〆哉駘僉21万円),初診料自費(3全円)を採血当日に支払っていただくこと(カード可)
  • Ω〆嵯覯未寮睫世里燭瓩3週間後の予約をしますが,原則としてご夫婦で来院のこと
  • NIPT外来は遺伝カウンセリング外来ですので,産科的診察は行うことができません.超音波検査などのご要望にはおこたえできません

 

 7. おわりに

母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査,すなわちNIPTは,現在のところ「臨床研究」としておこなわれています.それはまったくあたらしいタイプの検査であるため,その利点と危険性をどのように認識して,どのように施行していったらいいか,国内ではまだ手さぐりの状況にあるからです.希望すれば,お金をはらえばだれでも受けられる医療サービスでは決してありません.その点をご理解いただいたうえで,先生がたにはなにとぞご協力のほどよろしくお願い申し上げます.

--------------------------------------------------------------------

無侵襲的出生前遺伝学的検査(NIPT)(いわゆる新型出生前診断) にもどる

室月研究室トップ にもどる

フロントページ にもどる

カウンタ 18212(2013年7月7日より)