トップ 差分 一覧 ソース 検索 ヘルプ PDF RSS ログイン

「母体血による胎児染色体検査」の倫理問題の核心

「母体血による胎児染色体検査」の倫理的問題の核心

                                 (室月 淳  2013年4月7日)

「母体血による胎児染色体検査」の倫理的問題の核心は「選択的中絶」,すなわち出生前診断と中絶が許容されるか,許容されるとすればそれはどこまでかということです.この本質的な問題に眼をふさいで向き合うことなく,その検査としての正確さやメリットデメリット,運用面などについていくら議論しても,それは本質的な批判とはなりえません.

検査の前後には遺伝カウンセリングが重要ですが,しかしそれはこの議論の結論ではありません.遺伝カウンセリングは解決法ではなく問題の明示です.遺伝カウンセリングはクライアントが直面している問題はいったい何なのか,それを整理し明確にしめすことにあります.すなわちその問題とは「選択的中絶」にほかならず,われわれはかならずその是非に向き合わざるをえないのです.

人工妊娠中絶一般についてはうむうまないは親の自己決定権の範囲内とする考えがふつうです.それではみずからの自由,自己決定という論理から出生前診断,選択的中絶の正当性が導かれるでしょうか? 選択的中絶は障がいの有無であったり性別といったある性質の子をうむうまないという決定であり,それは自分のことについての決定ではないという有力な批判があります.自己決定ではなく他者のありかたについての決定であるというわけです.

選択的中絶は胎児の属性を判断してその生存の有無をきめていくのに対し,「非」選択的中絶は,胎児ではなく親の状況であったり都合によって,あるいは社会の環境によってその生存の有無がきめられていくことになります.それらは倫理的に許容されることなのか,あるいは許容されるとすればどこまでなのか.あるひとは,中絶一般はゆるされてもそこに恣意的な「選択」がはいることはゆるされないと考えるかもしれませんし,べつなあるひとは,中絶がゆるされるとすれば逆にそこには「選択」がなければならないと考えるかもしれません.

いずれにしろ「中絶」一般がゆるされながら「選択的中絶」だけが禁止される倫理学的根拠をみつけることはむずかしいようにわたしにはみえます.それでは「他者」の生を選択する「中絶」一般は許容されるのか? 許容されるとすればどういう条件のときであるのか? 真の問題はこの問いに集約されていきます.親と子はふかい関係にありますが,すくなくとも出生後はまちがいなく「他者」となります.近代的な人権概念からうまれた「自己決定」の権利だけでこの問題に解決をあたえるのはむずかしい.そのむずかしい問題に,いま,われわれの社会は解答がもとめられているのです.

選択的中絶であっても「非」選択的中絶であっても,選択をおこなうのは親であり,児本人ではありえません.児は,親の経済的生活的条件はおろかみずからの属性についてもなんの責任ももっていません.「選択」であろうとも「非選択」でも児の存在は消滅することにはかわりなく,そのことに児自身に選択の余地はありません.しかし障害をかかえて生まれてきたとしても,たとえその生命がわずかであったとしても,家族にみまもられてその生をまっとうするのが児自身の本望でしょう.

中絶は間違いなく親が自分の都合しか考えていないエゴイズムの結果です.しかしおおくのひとは,いろいろな意味においてそれはしかたがないこと,ときには必要なこととすら考えるでしょう.わたし自身もそう思います. どんなに技術や文明が発達し,物質文化や精神をかえっていっても,ひとは一個の動物にすぎず,動物としての欲望というものは残って,その矛盾に苦しみつづけることになります.ひとは欲深く,その欲望はとどまることをしりません.

ひとがもつわずかな自由意思ができることは,こういたエゴイズムを否定することではなく,矛盾を矛盾であるままに,ひととひととのエゴの葛藤をすこしずつ協調にかえていくことです.生きるエゴをみにくい因果からうつくしい連鎖にいかにかえていくか? ………ここからさきへはわたしのかんがえはさっぱりすすまなくなります.社会のなかの弱者にあたたかいまなざしをたやさないこと,それが医療者としての最低限のつとめだろうと思うくらいです.

この問題にはみなが納得するような結論をだすことはむずかしいかもしれません.しかし,中絶という原罪をせおう「ひと」として,とくにみずからてをくだしている「産婦人科医」として,この問題にめをそむけることなく正面からむかいあいたいと思います.そのためにはかりに訥々であっても稚拙であったも,みずからのことばでかたることがだいじです.そういった本質的な主張なしでは,NIPTの施設要件がどうの,適応がどうのといった論理は空疎であり,うちわにはつうじても,社会一般にはとおらないだろうと思います.

--------------------------------------------------------------------

ご感想ご意見などがありましたらぜひメールでお聞かせください
アドレスはmurotsukiにyahoo.co.jpをつけたものです

無侵襲的出生前遺伝学的検査(NIPT)(いわゆる新型出生前診断) にもどる

室月研究室トップ にもどる

フロントページ にもどる

カウンタ 2640(2013年4月7日より)