免疫治療と癌ワクチン
昨今のNHKの報道などの影響で,たくさんのがん患者さんが免疫治療を求めるようになりました。また,雑誌やネット上でも,免疫治療を受けることによってがんの進行を止めることができて,つらい制がん剤の化学療法から解放されて,日常生活に戻ることができたという事例をあげたりしています。さらに,末期がんを治したりする効果があるというような喧伝をしています。News Weekなどの権威ある雑誌でも取り上げられました。このような報道が続くと,がんの免疫治療を知らない一般の方や,場合によってはお医者さんも信じてしまうかもしれません。行く先不明です—-。
脳腫瘍の世界では,この50年の間に,免疫治療は,泡のように出ては消えていきました
いま大切なこと
脳腫瘍,悪性グリオーマ,小児脳腫瘍などなど,どのような脳腫瘍病名であっても,現時点での方法では,免疫治療の効果はありません。有名な大学が,ワクチン治療の治験をしてもいますが,効果はないと考えて間違いはありません。ですから最新の治療法だとか高度先進医療とかいう文言に惑わされて安易に高額な治療を受けないようにしましょう。脳腫瘍の免疫治療に科学的に証明された効果はないのです。
特に気をつけなければならないのは,民間団体あるいは民間病院の宣伝している免疫治療です。免疫賦活剤(免疫の能力を高める薬剤や食品),ワクチン,樹状突起細胞,リンパ球活性化などなど,様々な ものがありますが,お金がかかるということです。治らないといわれた脳腫瘍の患者さんの家族が,大切な人を助けるために精一杯のお金を使うことをわかっていての行為をしている可能性があります。
自家がんワクチンもネットで宣伝されていますが,グリオーマに効くという事実はありませんので注意してください。2023年末,DCVax®-Lが英国で臨床使用申請がなされるようです。
以下は主な情報
DCVax-L免疫治療の臨床第3相試験
A Phase 3 Prospective Externally Controlled Cohort Trial.
上記雑誌に発表される前に,2022年のニューヨークの学会で第3相試験の結果が発表されました。結果は同じです。樹状突起細胞を取り出して賦活化して腕に皮下注射で戻すという免疫治療です。初発膠芽腫232例で試験が行われました。コントロールはexternal control 1,366例です。生存期間中央値はコントロールの16.5ヶ月に対して,DCVaxでは19.3ヶ月へ延長しました。この差は統計学的に有意であると発表されています。5年生存割合はそれぞれ5.7%と13%です。
問題はexternal controlとして取られた例が,文献で2013年に発表された411例などを含むことです。10年以上前に治療された例をコントロールとして用いていることです。この学会発表が正式な論文となるのを待たなければなりません。JAMAではコントロールが99例の患者さんで取られていますが,結果は同じです。
デリタクト:がん治療ウィルス療法の供給制限
第一三共が生産している製品ですが治験実施施設で使用できるはずでした,しかし製品の供給に制限があり,2022年5月時点では東京大学で適応となる患者さんのみに使用されています。
放射線とオブジーボ(ニボルマブ)の併用に利点はない
560名の膠芽腫患者さんで臨床第3相試験が行われました(CheckMate 498)。オブジーボと放射線治療の組み合わせは,標準治療であるテモゾロマイドと放射線治療より全生存割合を改善しませんでした。
日本でテセルパツレブ(商品名デリタクト,ウィルス療法)の使用が許可されました
いわゆるウィルス療法と呼ばれるものです,2021年8月に再生医療等製品として認可されました。単純ヘルペスウイルス1型を使用しますが,正常細胞での複製に必要な2の遺伝子を欠失しているので正常脳細胞の中では増えません。さらにICP6遺伝子を不活化した遺伝子組換えを主成分とする製品です。それを膠芽腫の内部に直接注入することで、腫瘍細胞で選択的にウィルスが複製し、感染した膠芽腫細胞を破壊して殺細胞効果を示します。加えて,腫瘍反応性T細胞 CTL の誘導により抗腫瘍免疫効果を示すことが理論的に期待されています。脳腫瘍の内部に外科的処置(定位脳手術)で,1回あたり1mLを直接投与します。原則として、1回目と2回目は5~14 日の間隔、3回目以降は4週間の間隔で投与で,6回までです。臨床第2相試験は19例の再発膠芽腫の2018年時点での解析ではPFS 無増悪生存期間は30%ほどと報告されています。
(注意)まだごく小さな早期の臨床試験を終えたばかりで2022年でも治験段階の治療法です,有効性は証明されていません。かなり小さな膠芽腫にしか有効性はないものと考えられていますし,副作用としての脳浮腫が問題となるものです。
HSV-1 G207免疫療法
Gregory K: Oncolytic HSV-1 G207 immunovirotherapy for pediatric high-grade gliomas. N Engl J Med, 2021
正常脳細胞では増殖できないという性質をもつ単純ヘルペスタイプ1 (oncolytic HSV-1 G207) を用いたウィルス免疫療法の臨床第1相試験の結果です。再発あるいは進行性テント上悪性神経膠腫の小児(7-18歳)12人が治療を受けました。腫瘍部分に4本のカテーテルを挿入し,翌日に6時間かけてG207ウィルスを注入します。コホート3と4では,24時間後に5グレイの局所放射線治療が加えられました。12人中11人で,画像上,病理学的あるいは臨床的な反応が認められたとのことです。OSは12ヶ月,11人中の4人が投与後18ヶ月で生存していました。G207は腫瘍内浸潤リンパ球の数を増加させたとの結果です。
「注意点」読み間違えそうなのですが,臨床効果があるとは書いてありません。
VB-111の有効性はない
Neuro Oncol 2020
臨床第3相大規模無作為試験です。256人の再発膠芽腫の患者さんに,VB-111の効果が試されましたが有効性はありませんでした。VB-111は,アデノウィルス replication defficient adenovirus5 を用いた遺伝子治療です。腫瘍血管内皮細胞をアポトーシスに誘導して腫瘍虚血を起こす,抗腫瘍免疫を賦活して腫瘍内へのT細胞誘導を計るという構想です。実臨床では,腫瘍免疫は賦活されなかったという結果です。
再発膠芽腫にオブジーボ (ニボルマブ)の有効性はない
オブジーボはMGMTメチレーションのある初発膠芽腫には有効ではない
2019年6月の情報です。初発膠芽腫に対するオブジーボの臨床第3相試験 (CheckMate-548) の結果で,無増悪生存期間を延長しないと報告されました。
Toca 5(Toca 511 and Toca FC)は有効ではない
2019年9月の情報です。グリオーマ細胞だけに選択的に感染するというウィルスベクターを利用する免疫治療が試されました。高悪性度グリオーマに対して行われた臨床第3相の無作為大規模試験の結果です。生存期間の延長はありませんでした。
オブジーボは膠芽腫には有効ではない
2019年6月の情報です。初発膠芽腫に対するオブジーボの臨床第3相試験 Nivolumab GBM study (CheckMate-498) の最終結果は,生存期間を延長しないというネガティブな結果でした。
キイトルーダ:新たな免疫治療
Cloughesy TF, et al.: Neoadjuvant anti-PD-1 immunotherapy promotes a survival benefit with intratumoral and systemicimmune responses in recurrent glioblastoma. Nat Med. 2019
キイトルーダ (Keytruda)は,ペムブロリズマブ(Pembrolizumab)という抗体で,PD-1阻害剤といわれます。日本でも保険収載され「がん化学療法後に増悪した進行・再発の高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-High)を有する固形癌(標準的な治療が困難な場合に限る)」に使用許可があります。
35人の再発膠芽腫への投与報告がネイチャーに発表されました。手術で摘出できる膠芽腫があるということが条件です。無作為に患者さんが分けられ,手術前にキイトルーダ (neoadjuvant pembrolizumab) を投与した患者さんで有意な全生存期間の延長(中央値で417日)があったとのことです。摘出した腫瘍内では,upregulation of T cell– and interferon-γ-related gene expressionがあり,downregulation of cell-cycle-related gene expression が見られました。抗腫瘍活性をもつT細胞系の免疫賦活と腫瘍増殖の抑制があったらしいとの結果です。
「解説」腫瘍組織と末梢血内で生じた現象はそうなのかもしれません。しかし,本当に膠芽腫の患者さんの生命予後を改善できるかどうかはまだ不明です。
本庶教授のノーベル賞受賞とオブジーボ
2018年10月の報道で,オブジーボが悪性腫瘍に広範囲に有効だということがまた広く報道されました。オブジーボは, nivolumab ニボルマブという抗体で,T細胞系を賦活する免疫治療の一種です。これは脳腫瘍の分野でも,2015年頃から学会発表などで注目されましたが有効性は証明されませんでした。臨床試験も中断されています。
DCVax-L免疫治療の臨床第3相試験
Liau LM, et al.: First results on survival from a large Phase 3 clinical trial of an autologous dendritic cell vaccine in newly diagnosed glioblastoma. J Transl Med 2018
自分の腫瘍を採取して分解して,それで樹状突起細胞を刺激して体内に戻すという免疫治療です。personalized glioblastoma vaccine 膠芽腫自己ワクチンともいいます。放射線治療とテモゾロマイドの後で232人の膠芽腫の患者さんにDCVaxが投与されました。99人はテモゾロマイドを用いる標準治療のみですが,再発した場合にはDCVazが使用できました。結果的に90%の患者さんでDCVaxが投与されています。中間解析なのですが生存期間中央値は23ヶ月にも達し,30%ほどの患者さんが3年以上生存しているとのことす。まだ結論は出ていませんが,大きな副作用もなく,生存期間の延長が得られるかもしれないという期待をもった報告です。
再発膠芽腫にオプジーボ Opdivo (nivolumab)は有効ではない
2017年に,注目の再発膠芽腫に対するOpdivo (nivolumab,PD-1 checkpoint抑制剤)の第3相試験 CheckMate-143の結果がわかりました。生存期間の延長は得られませんでした。
たとえば2015年から始った大規模試験 ICT-107
2015年9月に,米国のNIHが認可した臨床第3相試験があります(URL: https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT02546102)1。欧米で120カ所以上の施設が参加して,24億円以上の資金が投じられて行われるものです。
ICT-107 consists of dendritic cells, prepared from autologous mononuclear cells that are pulsed with six synthetic peptides that were derived from tumor associated antigens (TAA) present on glioblastoma tumor cells. This is a Phase 3 study to evaluate ICT-107 in patients with newly diagnosed glioblastoma. Subjects will be randomized to receive standard of care chemoradiation (temozolomide (TMZ) with either ICT-107 or a blinded control. Reinfusion with the pulsed dendritic cells should stimulate cytotoxic T cells to specifically target glioblastoma tumour cells. 簡単に訳すと,膠芽腫に発現している腫瘍関連抗原から選んだ6種類のペプチド蛋白で,患者さんの末梢血から分離した単核球を刺激して,樹状突起細胞にしたものをICT-107と呼びます。それを患者さんの体内にもどすと,樹状突起細胞がT細胞(リンパ球 CTL)をさらに刺激して,そのTリンパ球が膠芽腫の細胞を攻撃するという理論です。
「解説」この研究は2018年くらいで先が見えるかもしれません。でも同じような研究が今まで何度となくなされて失敗に終わったということもあります。はっきりした結果が出されるまで,樹状突起細胞が有効であるとは決して言えません。まして,日本の各大学で単発的に行われている極小規模の実験的使用の結果を信じることはできません。
rindopepimut ワクチンの中止
Schuster J, et al.: A phase II, multicenter trial of rindopepimut (CDX-110) in newly diagnosed glioblastoma: the ACT III study. Neuro Oncol 17: 854-861, 2015
膠芽腫ではEGFR(epidermal grwoth factor 受容体)の変異の頻度が高いことが知られていました。3割ほどの膠芽腫はEGFRvIIIを発現していて,そのタイプの予後が悪いとされています。rindopepimutはEGFRvIII由来のペプチドで,ワクチンとして用いられます。この報告は,EGFRvIIIを発現している膠芽腫に対してのrindopepimutの効果を多施設臨床第2相試験でみたものです。65人の患者さんに投与され,生存期間中央値21.8ヶ月という良い成績がでました。2015年,臨床第3相試験 (ACT IV)が行われました。全摘出 gross total removalできた膠芽腫でEGFRvIIIを発現している400症例が対象となりました。
「結果」全生存割合で優位性がなく,2016年3月にこの試験は中止されました。
サイトメガロウィルス抗原と樹状突起細胞
Mitchell DA, et al.: Tetanus toxoid and CCL3 improve dendritic cell vaccines in mice and glioblastoma patients. Nature 519: 366–369, 2015
tumor-antigen-specific dendric cells (DC, 腫瘍抗原特異的樹状突起細胞)を使った免疫治療の報告です。Cytomegalovirus phosphoprotein 65 (pp65)が膠芽腫の90%以上に発現しているということから,この抗原が膠芽腫の腫瘍特異抗原であるという仮説に基づいて,pp65 RNAで感作した樹状突起細胞が用いられました。同時にtetanus/diphtheria (Td) toxoidがDC投与前処置されています。13人の患者さんが無作為に分別され,Td処理されたRTOG-RPA (recursive partitioning analysis) class IV(predicted 11 mos) 6人の患者さんでは,中央値18ヶ月以上の生存期間が得られたとのことです。
「解説」大きな期待が持てそうな免疫治療の報告はこの40年間で何度も何度も現れたものです。しかし,現実的に臨床応用できるものはありませんでした。Natureという権威ある雑誌に掲載されたのですが,同様な結果が多数例で追試確認されないと信じることはできません。
「結果」2017年の報告ではサイトメガロウィルスと膠芽腫に関連はないと結論されています。他の報告で,122例の星細胞系腫瘍のサンプルにも見出されませんでした。
WT-1 ペプチドワクチン (Wilms’ tumor gene-1) peptide vaccine
Izumoto S, et al. Phase II clinical trial of Wilms tumor 1 peptide vaccination for patients with recurrent glioblastoma multiforme. J Neurosurg. 2008
Hashimoto N, et al. Wilms tumor 1 peptide vaccination combined with temozolomide against newly diagnosed glioblastoma: safety and impact on immunological response. Cancer Immunol Immunother. 2015
日本で10年以上使用されているワクチンで,主として小児脳腫瘍に有効だとされてきました。多くの日本の悪性脳腫瘍の子どもたちがこの治療を受けたと思います。でも結果が公表されていません。結果が出ないということは「有効かも無効かもしれない」ので,「有効かもしれない」という期待の上に使用し続けるということになります。「無効」だという結果が出ることより「不明」のまま使用されることの方が恐ろしいと思います。学術誌ではないネットでは何でも書けるので,2016年時点の記事でも「WT1ペプチドワクチンは,難治性といわれるグリオブラストーマの臨床において驚異的な治療成績をあげています。」と書いてありました !(◎_◎;)
このページにこの写真を出すのは偏見かもしれないのですが—(-_-)